Happy Door(2) 投稿者:佐々木 沙留斗 投稿日:5月20日(土)08時14分


 きっぱりハッキリといいきるスフィーに、国王以下、高官達の全員が絶句する。

「スフィー……お前そんな理由の為に……」

 国王の声が震える。
 まあ、そんな自己中心的もいいところな理由で、自分を廃しようとするなどと
言う意見を聞かされ、怒らない国王の方が変では有るが。
 高官達などは、驚きを越えて、放心しかけていた。
 そんな国王達を見つつ、スフィーは鮮やかに微笑んでみせる。

「国王……貴方が国王でなくなれば唯の父……でも、例え父といえども、国王の
意見には逆らえますまい?」
「スフィー、お前何を言っているか分かっておるのかっ!?」
「えぇ……国王、貴方こそ、お分かりになっていますか? 貴方に選択権は少な
いという事を」
「くっ……減らず口を……」

 苦汁を舐める感じでうめく。
 実際のところ……国王の交代は、前王の死去か、前王がその地位を廃するかに
よって起る。
 そしてその地位は、直系の王位継承者上位の者へと受け継がれる。
 つまり、立場的にはスフィーの王位継承権威主張は正しい。
 手続きや言い分的には全然出鱈目だが。

「くす……国王。どうなさいますか…?」

 そんな、苦虫をかみ締める様な国王に対し、スフィーは涼やかに問う。
 余裕とも居直りとも取れる、その視線を受け、しばし…
 国王が口を開いた。

「一つ、聞きたい」
「何か…?」
「……其処までする理由は、何だ?」
「理由、ですか?」
「そうだ。このワシに其処まで刃向かい、こんな大それた事をする、その理由だ」

 真摯。
 そう言えるほどに鋭い視線で、国王はスフィーを射抜く。
 スフィーの方も、微笑みは絶やしはしないが、真摯な視線でそれを受け止めた。
 そして、ゆっくりと口を開く。

「けんたろの事が、好きだからです……」
「っ……」

 分かっていた答え。
 だが、ある意味信じたくなかったともいえる。

「何故……」

 だから、声が震える。

「なぜそこまでできる?」

(たかだか半年だぞ? たったそれだけ一緒に過ごした男の事を、何故其処ま
で思う事が出来る?)

 唯の我が侭、一過性の物。
 そう決め付けていた国王だからこそ、こんな行動に出たスフィーの気持ちが
分からなかった。

「この国を捨て、このワシを廃し……そこまでして思う価値が、そやつに有ると
いうのかっ! 第一王女、第一王位継承権を危険に晒してまで、そうする価値が
あると言うのかっ!!」

 生れた時から王になるべくして育ち、そしてその地位に就いた彼だからこそ、
それを越えてまで恋人を思うスフィーの気持ちが、理解できなかった。

「お前の此れからの未来全て……この世界での全てを捨ててまで、その男を思う
価値が、あるとでも言うのかっ!!」
「……」
「答えろっ、スフィーッ!!」

 血を吐かんばかりに叫ぶ国王。
 王として、父として……この世界に生きるものとしての問い。

 だがそれは、スフィーがしてきた事を、見て来た物を知らないものの叫び。
 恋、という経験をしてない、男の言葉。

「……」

 そんな叫びを……自分の父を、じっと見詰めてから。
 スフィーは笑い。

「……くすっ……」

 そして、いつもの調子で言った。

「あったりまえじゃないっ! この世界で、あたしの人生で……けんたろ以上に
大事な物なんて、ある分けないでしょ?」

 自身たっぷり克つ、とても嬉しそうに言い放つ。
 一点の曇りもない、じつに明るい笑顔だった。

「其れに……あたしとけんたろは、もうしちゃったし……」
「……した……だと?」

 嫌な予感。
 だが聞かずにはいられまい…
 そういう風に、国王は問いただす。
 そしてその予感は見事に適中した。

「くす……エッチ☆」
『なっ!!!??』

 衝撃、では済まされない一言に、国王は絶句。
 高官達の幾人は気絶して倒れ始めている。

「……お前……そんな大事な事を……軽々しくぅっ…!」
「お父さん……? こういう言葉を、知ってる? あっちの世界で覚えてきた言
葉なんだけどね……」
「なんだっ?」
「くす……『恋する乙女は無敵』、なのよ♪」

 茶目っ気たっぷりなウィンクとともに言うスフィー。
 がしかし、その行動は国王の神経を逆なでする結果にしかならない。
 いやむしろ、煽っているかのようだった。

「ぐぅっ……お前ぇっ……!」
「あたしは、其処までの覚悟を持って言ってる訳……」
「なに?」
「別に冗談や遊びでこんな事する訳無いでしょ? あたしだって馬鹿じゃないわ
よ。そりゃ、エッチは大事なことだし、このクーデターを考え付いたのは一瞬だ
ったけど……」

 其処までで一旦切って、ちらっとリアンを見る。
 リアンの方は、何処か諦めた感じでスフィーを見返す。

「でもね……リアンも、分かってくれた。あたしの思いが本物だって。だから手
伝ってくれたんだし、今こうしていられてる……」
「リアン、お前…」
「ごめんなさい……お父様」

 視線を向けられ、リアンが申し訳なさそうに口を開く。

「でも……私も、姉さんの気持ちに賛成です……」
「リアンッ!」
「好きな人と一緒になれないのは……女の子には辛いです」
「ぐっ…」
「馬鹿な事だって……私も分かってます。でも、姉さんの気持ち…分かるから。
止められません……止めたく、無いです……同じ、女の子として」

 か細いが、しっかりとした口調で言うリアン。
 其れは、とった行動を謝罪しつつも、撤回はしないという意志が含まれている。

「お父さん…分かってくれました? あたし達は、本気だって」

 にこやか〜に微笑むスフィー。
 自身たっぷり、一点の曇り無し、絶対の信念を含んだ笑顔だ。
 横に居るリアンも、申し訳なさそうではあるが、しっかりとした視線で国王を
見据え、儚げに微笑む。

 そんな笑顔を見せされては、国王はもう、諦めるしかなかった。

(この子は…この子達は…もう、ワシの手を離れたか……)

 その事実を見とめた時、何かが崩れる気がして…
 同時に、なにか晴れ晴れとした感じがした。

「……分かった……もう止めはせん」
「お父様っ」
「お父さん、分かってくれたんだねっ!?」

 嬉しそうに言うスフィーとリアン。
 国王はそんな2人をじっと見詰めて……そして、諦めたように口を開く。

「……が……王位を譲る事は、せぬ。そして、お前をそのままで下界に下ろす事
もまかりならん」
「なっ……此れだけ言ってるのにまだそんな事をいうのっ!?」
「お父様っ、其れはあまりに……」
「黙れっ、ワシは王だ!!」

 国王は反論しようとする2人を一喝する。

「ワシの王権はまだ生きておるのだっ! そして、その王たるワシの言だっ!! 
しかと聞けっ!!」

 そして、王としての威厳を持って、告げた。

「スフィー=リム=アトワリア=クリエールッ!! いま、この時を持って……
お前の第一王女としての地位、及び、第一王位継承権を剥奪するっ!!」
「えっ…」
「そして、お前は国外追放の刑……下界送りに処す」
「……其れ……って?」

 スフィー、そしてリアンが呟いた時……国王が、不意に優しい声で言った。

「もう、お前は自由だ……お前の思うように、するが良い……」
「お父……さん」
「お父様……」
「刑の執行は早急に行え。一刻も早く下界に行くのだ……もうお前は王女でも何
でもないのだからな」

 ついと玉座に背を向け面白くなさそうに告げてから……国王がポツリと呟いた。

「……幸せに……なるんだぞ。スフィー……」

 その言葉を聞いたスフィーは…
 今日、一番の笑顔を浮かべて言った。

「あったりまえでしょ? 絶対、幸せになるんだからっ! けんたろと一緒にっ!」




 次の日。

「父上……父上は、承知だったのでしょう?」
「ん……何の事かの……?」

 国王の私室で、彼と前国王……つまりは、スフィーの祖父であり、国王の父で
ある者が話し合っていた。
 2人とも、豪華な椅子に腰掛けている。
 しかし、その様子は対照的だった。
 どこか気の抜けた国王に対し、祖父は実に楽しげな様子だった。

「呆けないで下さい。あのタイミングで父上が居なくなるなどという…しかも、
狙ったように昨日だけ。明らかに、以前から計画なされていましたね?」
「ふふ……さぁ……何の事かの……」

 憮然とした感じで言う国王に対し、祖父は好々爺然とした笑みを向けるだけだ
った。

「何の事かは分からんが……わしは、リアンには弱いからのぉ……ふぉっふぉっ」
「まったく……知らぬは私ばかりですか……」
「なに……わしも初めは相手にせなんだよ……」

 不貞腐れる国王に対し、祖父が諭すように言い始めた。

「じゃがな……2人の真摯な思いに、負けたのじゃよ……」
「……」
「毎日毎日わしの所に来て、『力を貸して下さい』じゃとよ…ふふっ、信じられ
るか? あのスフィーが土下座をもしたんじゃぞ?」
「なっ……其処まで?」

 意外な言葉に驚く国王。
 彼はスフィーとリアンの調子から、2人だけで考えた物とおもっていたのだが、
実際にはスフィー達は綿密に計画を立てていたのだ。

(まったく、こういう時だけはしっかりするのだから……スフィーの奴は……)

 呆れた感じで椅子に凭れる国王。
 そんな国王を、祖父は楽しそうに見詰めた。

「良い事ではないか。あの年で、其処まで出来る事……男に出会えたのじゃ」
「……しかしですね……だからといって…」
「まあ、この国を捨てる結果になったのは、わしも辛い……スフィーも可愛い孫
じゃての……」
「……はい……」
「じゃがな……」

 軽く、外を見やりながら、祖父が言う。
 窓の外は、相変わらずの晴天……そして、花畑。
 常春の、グエンディーナが見えた。

「孫の幸せを思い、力を貸すのも……爺としての勤めじゃ。そして……幸せは、
他者から与えてもらう物では、無いのじゃ……」

 そういう祖父の顔は……年を経た者独特の、重みの有る物だった。

「…………」
「お前には、其れを伝える事が出来なんだな……其れが少々、心残りじゃったが」
「ふふっ……大丈夫です……スフィーに教えられましたから……」
「ふぉっふぉっふぉ……そうじゃったな……」
「ええ……此れから肝に銘じておきますよ」
「ふぁっふぁっ。大事な事じゃ、しっかと覚えておくが良いぞ?」
「ふふ……はい……」

 苦笑いに近い微笑みを浮かべながら笑う国王と、やはり好々爺然と微笑む祖父。
 しかし、2人の思いは一つだった。

「……スフィーは……幸せに、なれますかね?」
「当り前じゃよ。わしの孫で、お前の娘じゃ……そして何より…」
「何より……?」
「ふ…あのスフィーが、あれだけ思う男が、側に居る事になるのじゃぞ?」
「ふふ、そうですね…」
「大丈夫、じゃよ……スフィーなら、の……」
「……はい」

 涼やかな笑みを交わす2人…
 その瞳は、娘を、孫を思う気持ちで溢れていた。

 その時……

 コンコン

 軽いノックと共に、高官の1人が告げてきた。

「国王、前王。そろそろスフィー様をお送りする時間でございます…」
「ん……もうそんな時間かの……」
「むっ。分かった、すぐ行く、見送る者と儀式に参加する者を準備させて置け。
但し、最低限に留めるように。分かったな」
「はっ!」

 短い掛け声とともに、高官の気配が去る。

「……さて、行きますか?」
「ふぉっふぉ…そうじゃな…可愛い孫を、送り出す為に」



 そして……謁見の間では。

「姉さん……元気でね」
「あ〜もう、泣かないでよ。ほら」

 魔法学院の制服に身を包んだスフィーと、ドレスを着たリアンが別れの挨拶を
行っていた。

「でも……もう逢えなくなっちゃうから……」
「なに言ってるのよ、リアン。また逢えるって」
「……ホントですか?」
「くす、あったりまえじゃない♪ リアンが、来てくれるんでしょ?」
「えっ……でも……私には時空転移の魔法なんか覚えられ……」
「リアン」

 続けようとするリアンを押し止め、スフィーが優しい口調で言った。

「あなたはあたしより凄い魔法使いになれるわ。だから、信じて…自分
を。そして、待ってるからね☆」
「……ハイッ」

 涙を流す妹を、諭す姉。
 その様子は、見ている者達の胸を打った。

「スフィー様…お元気で」
「お体にお気を付けて下さいましね?」
「うん、ありがと。でも大丈夫よ。あたしはそんなに柔じゃないわ」
「スフィー様……寂しゅうございます……」
「あぁもぉ。皆まで湿っぽくならないでよぉ……せっかくの門出なのに」

 スフィーにかわるがわる挨拶をする高官達。
 スフィーの快活な人柄は、高官達の中でも人気が高かった。
 故に、そのスフィーの旅立ちを哀しむ者は多い。
 だが、そんな高官達に対し、スフィーは明るく言った。

「大丈夫、心配しないで……絶対、幸せになるからさっ♪」
『は……はいっ』

 明るいスフィーの姿を見て、高官達も涙乍らに微笑む事が出来た。
 その時、ちょうど国王達がやってきた。
 そして、近衛兵風の高官に話し掛ける。

「準備は出来ておるか?」
「はっ! 後は前王陛下に儀式を行っていただくだけでありますっ!!」
「うむ……皆の者の挨拶は済んだのか?」
「はっ! 一通りは済ませてありますっ! 後は陛下と前王陛下のみにございま
すっ!」
「ふむ……良し。では準備に取り掛かれっ!」
『ははっ!!』

 国王が命令を下してから、一斉に場の空気が変わった。
 ある者はスフィーの周りに立ち、ある者は祖父と打ち合わせを行う。
 そして、国王はスフィーのところまで向った。

「……」
「……」
「ぁ……お父様、お父様も姉さんに何か言って……」

 リアンがそう言いかけたが、スフィーと国王はじっと見詰め合うだけだった。
 互いの顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
 そして、どちらともなく口を開き。

「さっさと行くがいい、不良娘めっ。もうお前など娘とは思わんからなっ」
「ふふん……こっちこそ。勘当されて清々するわ。第一王位継承権なんて、うざ
ったいだけだったし」
「ふん……減らず口を……」
「ふふ〜んだ」
「あっ……あの2人ともっ、けんかは……」

 互いに憎まれ口を叩き合う。
 そんな様子をおろおろと見詰めるリアンだったが…

「……せいぜい、体には気を付けるんだぞ……」
「くす……分かってるよ。お父さんも、ね?」
「ふん……心配されんでも気を付けるわっ」
「くすすっ☆」

 リアンの心配は無用だったようだ。
 心底からやりあった仲、そして、親子だからこそ、分かり合えるのだろうか。
 2人の顔には、鮮やかな笑みが浮かんでいた。

 その時、高官が告げ、祖父がスフィーの前に立った。

「国王、スフィー様、準備が整いましてございます」
「む……分かった。では、スフィー、行くが良い……」
「くす……うん。じゃあね、リアン、お父さん」
「はい……姉さんもお元気で……」
「うん。其れとおじいちゃん、ありがとうね。後、ちゃんと届けてよ?」
「分かっておる。心配せんでもよい。お前は、向こうで幸せになる事だけを考え
ておるがよい……」
「くす……うん。ありがと、おじいちゃん」
「ふぉっふぉ……では、参るぞっ!」

 そういって気合を込め。
 祖父がキッと視線を絞った。
 そしてその口からは朗々と、そして威厳溢れる詠唱が流れ出す。

「Low……Jesi……Unt……Zax……Wil……」

 詠唱が響き出すに連れ、ポゥ…っとスフィーの身体が輝き出した。

「姉さんっ」

 居たたまれなくなったのか、リアンがすがり付くように姉の名を呼ぶ。
 そんな妹に対し、スフィーは優しい笑みを向けた。

「くす……リアン、またね……」

 笑顔とともに、スフィーの身体が白い光に包まれて行く。
 光の帯がベールとなって頭を覆い、流れ落ちる雫はまるでスカートのように
地面に垂れた。
 その様子は、まるで……

(……ウェディング、ドレス……?)

 国王が、そう思った瞬間、一層光が強くなり。

「Dsc……Van……Meh……Ptn……Rqs……ッ!」

 祖父の声が一段と強まって。

「Atwers!!」

 張上げる祖父の声とともに、光が弾けた。

「スフィー!!」
「姉さんっ!!」

 最後の瞬間…父と妹の声を聞いたスフィーは。

 ニコッ……

 透き通るような笑顔を見せ、そして、下界へと旅立った。
 健太郎に、逢う為に。

「…………」

 そんな、スフィーが行った残光を見詰めつつ…国王はそっと囁いた。

「……幸せに……なるんだぞ」




 そして、地球。

「くす……やっとね……」

 五月雨堂のある商店街。
 その入り口辺り……

「6ヶ月……半年か……長かったなぁ……」

 嬉しそうに歩くスフィーがあった。

「くす……けんたろ、あたしの事忘れてないでしょうね……もしそうだったら許
さないんだからねっ」

 そんな事は絶対に無い、そう確信しているが、口を衝いて出てしまう。
 そうしないと、嬉しさと愛おしさで、今すぐにでも泣き出しそうだったから。

「……もう、すぐ……だよ。けんたろ……」

 名前を口にして泣いた日は、もう来ない。
 どうしようもない悲しさを、ホットケーキで紛らわせなくて良い。
 怒りに身を焦がし、タヌキを締め上げなくて良い。

「けんたろに……逢えるんだよ……」

 もう、すぐ其処に……幸せは来ているのだから。
 ほんの数十歩先…
 あの、五月雨堂の中に。

「……くすっ……やっと、帰ってきた……」

 見慣れた外観の其処は、半年経った今でも同じだった。
 でも、はじめて此所に来た時と同じ……いや、それ以上の感動が有った。
 この中に健太郎が居る……そう思うだけで、スフィーの胸が高鳴り、泣きそう
にすらなる。

「……よしっ」

 軽く気合いを入れ、自動ドアを見据える。
 スフィーは軽く微笑んで……一歩、踏み出した。
 そして自動ドアが開く……

 スフィーと健太郎の未来へ続く、幸せのドアが。



                               Fin

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