こみパSS『編集長といっしょ』:その1 投稿者:初心者A 投稿日:8月30日(木)01時36分
○この二次創作小説は『こみっくパーティー』(Leaf・Aquaplus製品)の世界及びキャラクターを使用していますの。
○ほんの少しDC版のネタバレしているので注意、ですの。
○この作品はフィクションですの。劇中に登場する団体及び個人は実在する団体、個人とはなんら関係ありませんの。また、演出上の要請により、一部登場人物が危険な行為、または道義的に反する行為等を行っておりますが、二次創作小説ですので寛大な心で接して下さいですの。
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        こみパSS『編集長といっしょ』:その1

「はい、これ返すわね」
「どうも。で、どうでした?」
 けたたましく鳴いているであろう蝉の声もここには届かない。直下のアスファルトから反射される陽光に、白い天井は焦がされんばかりに輝いていた。肌に感じないぎりぎりの微風がたなびくこの無機質な部屋で、男性は女性から大きく厚い封筒を受け取る。
「そうね。……あと一歩って所かしら」
「くっそぉ。まだダメかぁ」
 部屋の空気ほどにはその言葉は冷ややかではなかった。業界最高峰を常に提供し続けるマニア向け漫画誌、その編集長が要求しているのは屈強の連載群と比較しても頭一つ以上出ている作品なのだ。採用されればそれがデビュー作となるこの新人作家に課しているのは、常識的に考えて無茶なクオリティである。
「でも本当にもう少しなの。あなたは期待の新人なんだから、並の作品を挙げてもらっては困るわ」
「はいはい、痛み入ります。本当に痛いほどにね」
「あら弱音?」
「吐いたらまたお説教でしょ?」
「今の内はね。デビューしてプロになったらそんなことはしないわ」
「自滅するならご勝手に、ってことですか」
「それがこの世界の厳しさよ」
 何気ない会話に含まれるヤスリに彼の心がピリとささくれ立つ。おそらく言葉を発した彼女は自分がどれだけ無情なことを言っているのか気付いていないだろう。あまりにこの業界の荒波に揉まれすぎて、鈍化してしまっている一端が無自覚に表面化していたに過ぎない。
「ところで……」
 彼は状態以上の喉の渇きを感じて茶を一口飲んだ後、軽く息を吐き出して情緒のスイッチを切り替えた。
「編集長って昔漫画描いてたんですよね」
 誰からそれを?と尋ねようとして、彼女は一人の後輩を即座に思い浮かべた。それならば自分の過去を他人が知っていても不思議ではない。故に予想された答えが返ってくるだけの会話は飛ばし、結果だけを告げる。
「ええ、学生の頃まねごとレベルでね」
「へぇ〜、でもかなり上手かったって聞いていますよ」
「買いかぶりすぎよ。現に私は漫画家にはなれなかったしね」
 漫画の質を見極める目は、自分に対してもいささかの容赦なく下されたらしい。だが代わりにその漫画家を使役する立場にいる。分担は違えど同じ業界に留まったのは、彼女の漫画に対する愛故であろう。
 過去の砕けた話をしたからか、ポーカーフェイスの彼女にも頬の弛みが見える。普段見慣れないものを発見した彼は、面白くなって追及の手を加えることに決定した。
「でも東京に出てきたんだから同人活動は出来たんでしょ?」
「いいえ、やらなかったわ」
「全然?」
「ええ。……ううん正確には一回限りで、それ以降は」
 照れている。あの鬼と言われた人が恥ずかしさに目を背けてたりする。“か、かわいいーっ!” 心の側面でそんな叫びが起こる。原稿を挙げるための連日徹夜で、彼の神経は平常と違っていた。PC版のHシーン的人格が自我意識を浸食していく。
「へぇ〜そお〜、編集長が同人誌をねぇ〜」
「あ、これは内緒にしてよ。南にも言ってないんだから」
「そりゃあそうですよねぇ。田舎に残った南さんを放って独りだけ即売会に参加してたなんて、言えないですよねぇ」
「だ、だから黙っておいてって言ってるでしょう!」
 今のはかなり目が本気だ。この話題をあまりつつくと機嫌を損ねかねない。だがしかし、一度火がついた彼の加虐心はそう簡単に治まりはしなかった。
「はいはい、言いませんって」
「それならいいの。ありがとう」
「でもどんな本を作ったのかくらいは教えてくれたっていいでしょう?」
 メモ用に握っている筆記用具に相当度負荷がかかったのが分かる。彼のした何気ない質問のため、編集長の持っていたシャーペンはその寿命をさらに縮めた。
「わ、忘れたわ」
「あれ〜? 自分が最後に描いた作品を忘れるだなんて、漫画に関しては鬼と言われる編集長らしからぬことですねぇ」
「くっ……」
 彼女の赤面化はなおも進行中であった。額に薄く汗までかいているのが分かる。ここまで焦るジャンルとは……彼は編集長の年齢から逆算してあの頃流行っていた作品を想起してみた。
「あー、まさか由宇の言っていた鎧なんとかっていう美少年アニメじゃあ……」
「あんなパチもん認めないわっ!!」
 ホールのパーテーションとして用いられたベニヤ板が破れんばかりの勢いで、編集長の腰掛けていた椅子は壁にぶつかった。立ち上がってこちらを睨む形相も加わり、彼は内心の怯みを顔に出さざるを得なかった。
「え……あの……俺は別に……その……」
「いいこと、そのくされアニメの名を二度と私の前で出すんじゃないわよ」
「く、くされ?」
「そう。パチでくされで二番煎じで下劣でド三品のクズって感じかしら」
 あまりに普段と違う口調が鉄砲水のごとく氾濫していた。パトスの濁流を全身に浴び呆然と我を失いかけている彼に、編集長は何やら勢い込んで拳を握っている。
「いいわ、それほど聞きたいのなら話してあげる」
「あ、いえ、俺は別に……」
「そう。もうこの業界に未練はないのね?」
「是非拝聴させていただきます」
 絶対の威圧に、矮小な少年の心は刹那に膝を屈した。それでは、と四捨五入して30になる女性は昔語りを始めた。眉の弛緩具合が悦に入っているのを充分に表現している。
「あれは……そう……私が高校を卒業してこの出版社に親類のコネで入社した当時のこと……」
 正直な人だ……駆け出し以前にいるおジャ漫画家は恐縮しつつも意識内でそうツッコんだ。現在の不景気で就職浪人中の女性が聞いたら羨ましがったに違いあるまい。
「もう漫画は描かないと自分に言い聞かせていたわ。でも、電車で一時間もしない距離内で毎週のごとく即売会が開かれている……その誘惑に勝てる乙女なんていやしないわ」
 勿論彼は「そんな乙女は特殊な一握りです」とのツッコミを内心欠かさなかった。しかしながらその言葉の行動化は即死刑執行に繋がることくらい、彼は認識していた。
「それで初めてサークル申し込みをしたわ。しかも幸運にも受かったの。まぁあの当時はまだまだ同人誌即売会なんてマイナーだったし、申請ジャンルも丁度エリアが拡大化されて競争率が低かったしね」
 そして彼女は選定した作品の事を説明し始めた。まるで人類創世から語り継がれてきたかのように神々しく煌びやかに、何かの美術品を目の肥えた愛好家に紹介するがごとく。
 あまりに装飾された解説ではあったが、かいつまんで彼に思い当たる番組名があった。かなり昔に初回放映がされていた(らしい)番組で、無論記憶に留まっているのは再放送時に見た断片でしかない。
「えーと、それってなんとか☆矢ってアニメですか?」
 厨房士☆矢、神話の時代から続くアテナの料理人たちの戦いを描いた大ヒット漫画とそのアニメだ。一つ星のブロンズから三つ星のゴールドまで厨房士のランクが分かれていて、主人公達5人のブロンズが天地ほど実力の差があるゴールドに挑む場面で人気の最高潮を迎える。その後は、類似のアニメ作品が乱立したこともあり徐々に廃れていったと彼は記憶していた。
「あら、さすがね。まぁ『キャップーつばつば』と一緒にあの当時の同人少女のハートを鷲掴みにした作品だもの。若いあなたが知っていても不思議じゃないわよね」
 彼は、彼に対する編集長の内部評価が1ランク上がったのを感じた。いや、こんなことくらいで評価が左右されるくらいの存在であるのには悲しくなってきてしまったが。
 兎にも角にも、一度火が点った編集長の乙女心とやらの懐古は収まりそうにもない。
「初めての自作同人誌、初めての即売会……踊る胸は陽光に舞う蝶のごとく、穏やかな風にたなびく野菊の花びらにも似た震えが私の体を包んでいたわ。一面に瞬く星空の下で優しく語りかけられたときに感じると思われる、一抹の怖れと期待……そんな甘美な情動が全てを支配していたの」
 イッちゃっている。目といわず耳といわずイッちゃっているのが彼にもはっきりと分かっていた。おそらく白日夢内で彼女の背中をそっと抱いているのは妙に美形化された男性アニメキャラ。
「しかし……!」
 突然の変調と同時にテーブルに豪雷が落ちた。ビクリと跳ね上がる彼の目前で、木製の板にヒビが放射状に走る。打ち下ろされた編集長の拳の下で、真新しかった机は早くも臨終の時を迎えていた。
「私は喜びに胸弾ませて開場を待ったわ。精魂込めて創り上げた本を、僅かながらでも読んで、楽しみを共有してくれる同志がいるに違いないと。だけど……」
 押しつけられた拳の下でテーブルがさらに軋みの悲鳴を上げる。文脈からしてあまり売れ行きは良くなかったのであろう。しかし、それ以上の怨嗟が彼女の喉奥から響きとなって伝わってきている。
「氷菓、氷菓、氷菓、どいつもこいつも氷菓! 何故、白茄子氷菓×目玉焼き純を認めて純×蟹道楽デッシーを認めないの!?」
 ドォォォォン
 彼には、十年近く前の即売会で血の涙を流すうら若き少女の姿がありありと浮かんできていた。そしてまだ高校の漫研で、一人の後輩と共にあか抜けないアニパロを描いていた時の情景も。

『先輩、この新作なんですけど……どうですか? ☆矢とヒロインとの初デート物語なんですけど』
 バキッ!
『ぐふうっ……ご、ごめんなさい。柴龍×老師に描き直してきますぅ……』

 長野の山奥から一歩も出たことがなかった故の世間知らず、それを鑑みても余りあるマニアックなカップリングに、当時の好事家すら一歩退いてしまったに違いない。しかも普通、責め受け逆だ。
 いや、そんなことより……。
「編集長、初参加からいきなりやおい本ですか……?」
「当然じゃない」
 何の憂いも咎めも感じられない明快さ、そのディープさが却って彼女らしくすら思えてきた。
「そのとき私は悟ったわ。この世を動かしているのは良心ではなく権力! マスメディアを利用したイメージ戦略なのよ! 権力はいいわよ、ふふふ……」
 あからさまに歪んだ微笑が彼女の怜悧な美貌から洩れる。自らの世間から乖離した性癖を認めずそれをバネにすらする執念……彼はその深き粘着の業に恐怖した。
「それから私は必死になって働き、小さな一出版社に過ぎなかったこの会社から漫画の全国誌を立ち上げたの。それもこれも全て、もちろんメディアミックス戦略も、萌える愛欲の嵐のためよ!」
 鬼だ。この人は紛う事なき漫画のいや同人の鬼である……彼は別の意味での尊敬にすら値すると思った。だが少し引っかかるものがある。彼は、それが彼女の価値観に対して閾値の範囲内であると断を下し、遠慮がちに尋ねてみた。
「あの〜、もしかして由宇がデビューできないのって……」
「当たり前じゃない。あんなパクリ作品に未だ傾倒しているような小娘、私の目が黒いうちは絶対陽の目なんて見せてやらないわよ。ま、性根を入れ替えて☆矢本を作ったら、即巻頭カラーで連載させてやってもいいんだけどね」
「……」
 もしかして俺は、幼なじみの悪友以上の危険人物に目を付けられてしまったかもしれない……と、彼は自分の前途が閉塞されていないことを祈らざるを得なかった。

 終わり

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こんにちは

 DC版やりましたか? DC本体の擱坐を恐れる人はやってはいけません(本当)。

 さてDC版のこみパは、PC版でエロと共に封印されていたやおいが解禁されています。ネタバレというほどでもないし、もしかしたらPC版にもあって私が知らないだけかもしれないので書いてしまうと、由宇がやおい本を出します(笑)。
 それと、今回すばるシナリオで異常に反応する編集長を見て「この人、何か過去にトラウマでもあるのかなぁ」と思ったのがきっかけです。

 ネットでの評判はかなり悪いDC版ですが、それはあくまで仕様の問題です。シナリオはPC版を推敲してずっと良くなっていますので、すばるシナリオだけでも是非。
 プレイしていて「やっぱ『こみパ』の世界好きだなぁ」と再認識した私です。