【こみパSS】『大庭家の食卓』 冬 投稿者:初心者A
        【注意】この作品はネタばれがあります。

○この二次創作小説は『こみっくパーティー』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しています。
○この二次創作小説は『痕』(Leaf製品)の脚本の一部を使用しています。
○この作品はフィクションです。劇中に登場する団体及び個人は実在する団体、個人とはなんら関係ありません。また、演出上の要請により、一部登場人物が危険な行為、または道義的に反する行為等を行っておりますが、二次創作小説ですので寛大な心で接して下さい。
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        こみぱSS『大庭家の食卓』冬の巻

「ええとここは?」
「アニメとゲームジャンルね。あたしのブースもここにあるから」
 詠美は一目見ただけで現在位置を割り出した。さすがはベテラン、また一年も経っていない俺とは年期が違う。それにしても彩ちゃんがこのジャンルに足を踏み入れるなんて珍しいこともあるなぁ。
「あ! あれって彩じゃない?」
 詠美に示されてその方向を見ると、列に横入りして同人誌を買っている彩ちゃんが目に入った。しかもその後、防火扉と消化器の前に腰を下ろして本を貪り読んでいる。
 ところで今更ながら気付いたが、よく見たら彩ちゃんのコスプレは、憧れのせ……せえらあ服姿ではないか! さらに足を立てながら広げているので……その……中身が見えている。
 その場で立ち止まったまま声をかけない俺に、詠美が苛立って背中を押す。
「何やってんのよ! 早く彩に注意するんでしょお!?」
「あ、いや、もう少しこのままでもいいかなって……」
「へ、へんたぁ〜い! あんた制服フェチぃ?」
 無礼な。俺の燃えさかる熱き魂はあくまでナマに命を懸ける脚フェチなのだ。……と開き直っている場合ではない。彩ちゃんのせえらあ服のスカートから覗く白く細長い脹ら脛を鑑賞していたいのはやまやまだし名残惜しいし心苦しくもあるが、このままではカメコが寄ってきて彩ちゃんは大変なことになってしまう。道徳に反する行為をこれ以上重ねる前に、とにかく彼女を退避させねば。
「あ、彩ちゃん!」
「んん〜? 誰かと思えば和樹か?」
「もっとスカートを下げないと危ないよ!」
「ばぁ〜か。これは白いレオタードだぜ」
「そんなセラムンのコスプレのようないいわけを」
 彩ちゃんは詠美の家を出たときと同じ危険度200%の目つきをしていた。しかも手にしている本をよく見たら……『封神演○アニメ化記念 聞仲受けオンリー本』
「だぁぁっ! 彩ちゃんが目も当てられない“大きな女のお友達”にぃ!!」
 狼狽して取り乱す俺に、彩ちゃんはさらに妖艶な流し目を送ってくる。しつこいようだが、せえらあ服姿のままでだ。
「ふっ、何だい、そんなに私のアレが見たかったのかい?」
「アレって?」
 含意の理解できない俺を見て、彩ちゃんはさらにスカートをすすっと上げてふとももをあらわにしていった。
「見たいんだろ、水芸」
「うわぁぁ〜っ! 確かに見たいことは見たいがそれはヤバすぎる〜!!」
「いや〜〜っ! 和樹、ちょおぜつ変態っ!」
 フォローしてくれる立場であるはずの詠美がこれでは足を引っ張られるだけだ。ん? やけに“足”って字の使用が多いって? だって脚フェチだから。
 ピンポンパンポーン
 その時また館内放送の合図である電子音が鳴った。
『ただいまから、声優アイドル桜井あさひちゃんのコンサートを開催いたします』
 ぎらーーーーん!
 怪しかった変貌彩ちゃんの瞳がさらに300%アップで閃光を発した。続いてモップを右手に、フライパンを左手に持ち、コンサート会場の方へと歩いていく。
「あ、彩ちゃん……?」
「くっくっくっくっ」
「わ、悪いことするんだね?」
「そうだ。悪いことさ」
「何をするつもりなんだぁぁぁっ!?」
「うるせぇーーーっ! あのアマ、あたいとキャラがダブって鬱陶しいんだよぉーっ!」
 言うが早いか彩ちゃんは最初の破壊力を発揮して人混みを蹴散らし会場へと邁進していった。盆レボ連続十数回の後とは到底思えない。
「や、やばい! いくら何でもあさひちゃん、いやあさひちゃんのファンを敵に回したらこみパ追放なんて比べものにならないくらい危険だっ!」
「えーっ、そんじゃあたし関わりたくないぁ。あ、後はあんた一人でやってね。そんじゃバハハーイ」
 詠美は無情にも逃げようとしている。しかし残念ながらそうはいかないのだ。
「詠美、お前のサークルが前回出した本の奥付な、誰の名前が載ってたっけ?」
「えーっ、確かあたしと彩の合作本でしょお……って!」
「そうそう。彩ちゃんの個人サークルはマイナーだからほとんど誰も知らないだろうな。しかしお前のサークルは結構発行部数多いから、彩ちゃんがお前の身内だって知ってる人はかなりいるんじゃねーか?」
「“結構”じゃなくて“ちょお”多いの! と、と、とにかくぅ、それってヤバヤバじゃん!」
 自分に降りかかる厄災に対してだけは敏感になるのは別に詠美に限ったことではないのだが、格別こいつは見栄に虚勢を張っている。こういう場合は扱いやすい部類だ。手足をばたつかせて焦ってやがる。
「じゃあ彩ちゃんを追いかけようか」
「あんたが勝手に追いかけたいのをあたしがつきあってやってるだけなんだからね〜っ!」
 そんな事を言いつつも付いてきてるのだから、詠美も少しは彩ちゃんのことを友達だと意識しているであろう。
 それはさておき、こみパ会場の隣のホールではコンサートの準備がすっかり整い、今まさにステージが開始されようとしていた。割れんばかりの『あさひコール』がホールの天井を揺らしている。変になってなければ大志の奴もここに居たことであろう。一瞬照明が落ちたと思うと、色とりどりの目映いライトがステージ上に投じられた。いよいよ盛り上がるあさひコールの中、舞台右手から今世紀末最大のアイドルが登場してきた。
「あさひちゃぁ〜……」
「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜っ! そこにいやがったかあぁぁぁぁ〜〜っ!!」
 数千のあさひファンの掛け声より巨大な音圧が客席の一角から発現した。続いてそこからステージへと一直線に何かか突進し、コース上にいたおたくたちは全て跳ね飛ばされている。
「彩ちゃんはあそこだっ! 追いかけるぞ!」
「マジ? マジ? マジぃ〜っ!?」
 即売会場と同じく彼女が通過した後は死屍累々としていて道が確保されている。俺と詠美は熱狂しているあさひファンをかき分ける苦労をすることなく舞台の前まで辿り着けた。
「きゃーっ! あたし、いきなりステージデビューなのぉ?」
 そんな勘違いも甚だしくしている詠美はこの際無視していよう。肝心の彩ちゃんとあさひちゃんは……
「おらぁ〜っ! てめーっ!」
「えと……あ、あの……だ、誰で……そ……その……あ、あた、あた……あたしは……こ、こんにち……じゃなくて、あ、あなた……ど……な、何の……打ち合わせでは……え、えと……」
 台本外のハプニングで(というより台本にないことをハプニングと言うのだが)、あさひちゃんは完全に混乱している。“おたおた”なんて表現は生温いほどの狼狽ぶりだ。そんな破滅的な状況にいるあさひちゃんに追い打ちをかけるように、黒髪に緑のカツラをした悪鬼がのしかかる。
「おらぁぁぁ! 『ゆ、ゆうしろうお兄さまっ!』ってせつなげに言ってみろぉっ!」
「はうっ! 誰もが言わせたいが言わせてはいけない台詞をっ!」
 しかも演技指導付きだ。既に顔面蒼白になっている俺に目もくれず、彩ちゃんはあさひちゃんへの攻めを続行している。マイクをぐりぐりと頬に押しつけて、足の間に自分の足をねじ込む。はっきり言ってめちゃくちゃ危ない体勢だ。あ、足フェチの俺としてはアイドルと美少女のナマ足を拝める折角のチャンスを逃すつもりは……いやいやっ、仮にも主人公たる者、女性の羞恥をカメコなんぞに撮られるのを黙ってみているわけにはいかない。
 彩ちゃんを取り押さえるため俺は舞台へと飛び出そうとした。だがそれより一瞬早く、誰かが俺より先に舞台へ上がった。
「こーらこらこらこらこら! あんた、あたしの許可もなくあさひを滅殺していいと思ってんのぉ?」
 って詠美かっ! あいつも目立つの好きだからなぁ。
「殺っちゃうくらいならあたしんとこの売り子にでもしなさいよねっ!」
 ば、馬鹿……。それでも彩ちゃんを止める台詞を言ったつもりなのか?
「ちっ、うざってぇ邪魔が入ったぜ」
 詠美を見た彩ちゃんの攻めが止まった。意外にも詠美の行動は彩ちゃんの蛮行阻止には役だったようだ。
「とにかく戻るわよ。新刊のコピー本のホッチキス留め、あんたやりたいんでしょお?」
「誰がするかあっ!」
「またまたぁ、あんたはぁ、このちょお天才の才能に憧れてぇ、自分から弟子入りしてきたんでしょおがぁ」
「けっ、いつまでもおめでてぇ頭だぜ。次のこみパからあたいの委託サークルに指定してやっから場所空けて待ってな」
「な、な、な、ぬぁんですってぇ〜っ!」
 やっぱりダメだぁ! 予測は出来たが、普段の彩ちゃんならいざ知らず暴走中の彼女と詠美とでは反発こそすれ合致しそうにない。しかも元来彩ちゃんの方がIQもEQも上回っていそうだし、さらに超絶な性格まで加わってしまったら詠美には勝ち目がない。
「おい、詠美! あとは俺に任せろ!」
「うっさい、うっさい、うっさぁ〜いっ! 思い知らすぅ! ちょお必殺当て身〜っ!!」
 ドガァ!
 やけくそになった詠美が彩ちゃんへと体当たりしていく。まぁいいか。この偽善者直伝の技が出たらこの話も終了だ。いわゆる開始22分頃の必殺光線とか45分頃の印籠と同じだな。あとは気絶した彩ちゃんを回収して……。じゃあ帰るとするか。
「けっ、口ほどにもねぇ」
「って、ええ?」
 俺が拾い上げようとしていた白目をむいてステージに転がっている女の子は、他でもない詠美の方だった。彩ちゃんの方はかすり傷一つなく余裕の笑みを浮かべている。
「おい和樹」
「な、何かなぁ?」
「おめぇもまさか、このあたいに逆らおうってんじゃないだろーねぇ?」
「め、め、め、滅相もございませんです、はいぃ」
「じゃあ今からなぐり込みにいくぜ」
「何処へ?」
「まずは、いつまで経ってもあたいをスカウトに来ない上に、文京区に偉そうなビル建ててやがる講○社からじゃああああああ〜〜っ!」
「ひええええ〜っ!」
 その時、舞台上から一つの影が飛び降りてきた。瞬きする間もなくステージへと降り立ったそれは、姿を確認する時間も許さず彩ちゃんの背後を取った。
 ドス
「うっ……」
 短い息を吐くと、彩ちゃんは抵抗することもできずにその場へ崩れ落ちた。あまりのあっけなさに俺はぽかんと立ちつくす。
「ふぅ、危ないところだったわね」
「ってあなたは……編集長!?」
 手刀を構えた格好のまま安堵のため息を付いていたのは、以前俺にプロにならないかと誘いをかけてきた某誌の女性編集長だった。確か澤田とかいう名字で、詠美は『マキちゃん』となれなれしく読んでいた人である。
 その編集長は彩ちゃんを抱きかかえると俺に詠美を運んでくるよう指示し、観客やあさひちゃんを無視して舞台を去ろうとした。
「ああっ、ちょっと待ってくださいよぉ!」
 俺は仕方なく未だ混乱のままおどおどしていたあさひちゃんも抱えて舞台袖に下がった。あさひちゃんをプロダクションのマネージャーに任せ、ファンによる暴動が起きる前に俺は急いでコンサートホールを逃げ出した。

 その後はどこをどう逃げたのかよく覚えていない。とにかく背負った詠美と共に彼女のブースまで辿り着いたことだけは確かだ。売り子をしていた瑞希は最初驚き、次に怒っていつもの説教をしてきた。だが俺はもう力尽きていて耳を傾ける余力さえなかったので、壁ぎわに引っ込んで椅子にもたれ掛かっていた。瑞希は一度ぷうっと頬を膨らまして文句を言うと、売場に戻って次から次に絶えない客相手にハンドメイドのコピー本を渡していった。売り子の真後ろで紙を折ってホッチキスで留めてるんだもんなぁ、あれじゃあ時間がかかりすぎていつまで経っても客が捌けないはずだ。労力も並じゃないだろう。ハーゲンダックに追加してアクセサリーでも考えといてやるか。
「ちょっといいかしら」
「は、はい!」
 すぐ近くでいきなり声をかけられたので、呆けていた俺は驚いて立ち上がった。
「あ、いいのよ、座ったままで。私はこの子を返しに来ただけだから」
「編集長! それに……」
 凛とした態度の澤田編集長の横には、長い黒髪を一つに束ねて右肩に垂らしているあの少女の姿があった。
「あ……あの……」
 言葉はたどたどしく小さい。遠慮がちと言うより影に沈んでいるような雰囲気である。
「彩ちゃん、大丈夫だった?」
 コクリ
 彼女ははっきりと頷いて無事を伝える。目つきも普段と同じ落ち着きを取り戻し、すっかり元のままだ。
「彩ちゃん、さっきの騒ぎだけど……」
「?」
 彼女は俺の言葉に不思議そうに首を傾げた。まるで俺が何を言っているのか意味がつかめていないようだ。
「ええと、あさひちゃんのステージの事、覚えてる?」
 ふるふる
「じゃあコスプレしたことは?」
 ふるふる
「詠美に……その……暴言を……」
 ふるふるふるふるふる
 最後のを一番強く否定し、彩ちゃんは理解できないことが悲しいとの表情をして俺に訴えた。
「どうやら数時間前から気絶するまでのことは覚えていないようね」
 編集長がそうフォローしてきた。俺が彩ちゃんに「なんでもないよ」と言うと、彼女はきょとんとし、少し怪訝そうな面持ちを浮かべたが、考えても判りそうもないと悟ると編集長と俺に一礼して瑞希を手伝うため売場へと自ら向かっていった。
 暴走の記憶が無いのならトラウマにならないし、彩ちゃん自身が無事だったのだからなによりだ。しかしこみパの半分近くを壊滅させてしまった事実は消しようがなく、良くて出入り禁止、最悪の場合損害補償を迫られかねない。俺はこの後の処理問題を思うと頭を抱えたくなった。
「今回の長谷部さんのことだけどね……」
 そんな俺の胸中を察したのか、澤田編集長が優しく語りかけてくる。
「コスプレで変装していたから誰なのか解らないし、南の方は私が何とかしておくわ」
「そ、それでいいんですか?」
 本当はよくないのだろうけど、今はこの人を頼りにする他はない。俺はきっと地獄に仏との言葉を体感しているのだろう。確かに彩ちゃん自体を知っている人は少ないし、仮に既知であったとしても彼女を知っていればいるほどあんなことをするなんて思わないであろう。こみパ準備会に対しても、大手版権元出版社とはことを構えたくはないだろうからもみ消しも可能だ。
 ちょっと、いやかなり後ろめたいところもあるが最も穏便に済ませられる方法であろう。このSSの残り行数も少ないし(笑)。とにかく編集長にはかなりの借りを作ることになる。俺は何度も頭を下げて礼を言った。
「ありがとうございます! この恩は忘れません」
「くすっ、商品一つゲット」
「は?」
「ううん、何でもないわ」
 ……もしかして俺は良い方に誤解をしていたのかもしれないような気がしてきた。
「う……ううーん」
「あら、大庭さんも気が付いたみたいね」
 そういえば……なんて言うとまた怒られそうだが、俺は運んでいた詠美を壁際のダンボールの上に寝かしたままだったのだ。ダンボールは、近くの大手サークルに処分用があったので貰ってきて潰して平たくしたのを敷いたものだ。
「ふにゅううう……なんか身体が痛ぁ〜い」
 意識がはっきりし出せば俺の用意したダンボールベッドの文句を言い出すに違いない。聞く気にもならないので俺は先に編集長と会話をして誤魔化すことにした。
「ところで編集長、どうしてあんなところにいたんですか?」
「え? だって将来有望な商品が○談社へ行くなんて言い出し……じゃなくって、ただの偶然よ。たまたま通りかかったの」
 偶然ねぇ……。俺が疑惑の目を向けると南さんの先輩でもある彼女は愛想笑いをして別の話題に逸らそうとする。
「は、長谷部さんのことだけど、どうも物質誘発性の急性中毒に罹っていたみたいね」
「物質誘発性?」
「類似例を挙げると急性アル中みたいなものね。飲み過ぎで自我意識を失うのと同じよ」
 やっぱりあの雑炊に入っていた何かが原因だったのか。二袋も食べた彩ちゃんが元に戻ったってことは、一緒に食べていた大志や由宇も既に元に戻っているだろう。よく考えればコピー本が出来ているということは由宇が完成してくれたってことだもんな。多分完成した後に自分のブースまで這って行って、そのまま爆睡モードに突入していることだろう。一応後で様子を見に行ってやるか。
「後遺症とかは無いんですか?」
「心配ないみたいね。長谷部さんもトランス状態だったおかげで暗示をかけやすかったし」
「え? トランス?」
「な、何でもないのよ」
 この人は何か隠しているようだ。俺はさらに疑惑の視線を強めていく。
「それにしても編集長、随分催眠に詳しいですね」
「ん? ま、まあね。ほほほほほ……。じゃあ私はこれで」
 編集長はそそくさと立ち上がってブースを後にした。
「あれ? マキちゃん、もう帰っちゃうの?」
「ええ、あなたもプロになりたかったら私の所へ来てね」
 意識がはっきりと戻ったらしい詠美が去り際の編集長を見つけてそう声をかけた。編集長は立ち止まらずにそれだけ言って人の流れに消えていった。
「ねぇ、ねぇ、ねぇ。あんた、マキちゃんとナニ話してたの? ま、まさかあたしを差し置いてプロデビューとか身分不相応の大それた野望を持っているんじゃないでしょおねぇ〜!?」
「ち、違うって」
 大志が聞いたら「その通りだ」と答えそうな詠美の質問に、俺は当たり障りのない返答をする。確かにまだプロになるとかならないとか、そんなこと考えてはいないよな。
「ま、そりゃそうね。あんたはまだあたしの下僕の立場に甘んじているのが自然の法則ってやつよ」
「はいはい」
 詠美のテクニックは確かに勉強になる。その点では俺もまだまだ見習うところが多いし、しかも詠美はこの性格が災いして未だ100%の実力を出していないのだ。本気になったらどこまで行くのか判らない天才なのだが、今のままではちょっと心配なところもある。それさえなければ編集長も即デビューさせているのだろうけど。
「プロデビューっていえば……あんた、こみパの怪談って知ってる?」
「何それ?」
「あたしも小耳に挟んだ程度の噂しか聞いてないけどぉ、プロデビュー間近の同人作家が突然こみパ会場から消えちゃう話」
「それなら知ってる。消えて数日後にひょっこり帰って来るって話だろ」
「そうそう。んでね、消えた人には共通点があって、全員大手出版社に原稿持ち込みしようとしている矢先に居なくなるんだけど帰ってくると揃ってマキちゃんとこでデビューするんだってさ」
「……」
 それで暗示とかに詳しいってことなんだろーか。確かにこみパ会場を徘徊して青田刈りする編集長って元から怪しいもんな。
 それは置いといて、本日最大の問題は彩ちゃん・由宇の豹変のことだ。大志はどうでもいいけど。
「ところでさぁ、あの雑炊って何か問題あるんじゃねぇのか?」
「え? え? ええ〜っ!? あれが原因で彩とかパンダが変になっちゃったって言いたいの〜? あんた科学とくそー部のまわし者? それとも悪の組織のマッドサイエンティストゆーかい部隊?」
「いやそういうわけじゃないけどさ……」
 だめだ。詠美の突飛な思考に付いていくと疲れるだけである。ストレートに質問すると話が拗れるから、迂遠な歪曲で聞いてみよう。
「お前の家族とかはあの雑炊食べてるのかよ」
「食べてないわよ。最初の一回は食べたけど、もういらないって誰も口にしないから。まぁ恥ずかしながらあたしの他は皆凡人だから、天才にしか判らない味付けは向いてないみたいね」
「あ、そう」
 やっぱりそういうことか。次に詠美に呼び出されたときには食料持参にしよう。それにしても……どうして詠美は性格が反転しなかったんだろう?
「詠美もあの雑炊食べてたよな」
「っていうか毎日食べてるわよ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「いつからだったっけ」
「同人誌はじめた頃だって言ったじゃない。もぉ、あんたって記憶喪失症?」
 そんな病名は正式には存在しないぞ。心因性健忘症と言うのだ。又の名を解離性健忘……待てよ、あの雑炊を食べた直後に自我意識が無くなって別の人格が現れているとしたら彩ちゃんの暴走もその期間の記憶欠如も説明が付く。
 いやそんなことより……
「そんな前から毎日雑炊を食べ続けているのか?」
「そうよ」
「欠かさず?」
「そうだって言ってるでしょお!」
「……」
「……」
「……」
「……」
「すると今の詠美の人格って……」
「……」
「……」
「……」
「何よ、何よ、何よぉ〜っ!!!!」

                            終わり
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食卓あとがき

 こんにちは

 お約束のセイカクハンテンダケものです。最初はテキストで20KB程度に納めるつもりが60KBになってしまいました。私もまだまだ生産スケジュールの立て方が甘いようです。今回のは一人称の口語体でしかもラフなんで早く書けたのですけど。
 久しぶりに“ちょっとは普通じゃない”SSを書けたので、すっきりしています。

 では
                          初心者A