【こみパSS】『大庭家の食卓』 秋 投稿者:初心者A
        【注意】この作品はネタばれがあります。

○この二次創作小説は『こみっくパーティー』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しています。
○この二次創作小説は『痕』(Leaf製品)の脚本の一部を使用しています。
○この作品はフィクションです。劇中に登場する団体及び個人は実在する団体、個人とはなんら関係ありません。また、演出上の要請により、一部登場人物が危険な行為、または道義的に反する行為等を行っておりますが、二次創作小説ですので寛大な心で接して下さい。
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        こみぱSS『大庭家の食卓』秋の巻

「さて、外へ出たはいいが彩ちゃんはいったいどこへ……」
「彩の行くところなんてそんなたくさん無いわよ。アニメショップやゲーセンに一人で行く子じゃないしぃ」
 詠美の言うことも然りである。確かに彩ちゃんの行動パターンからすると出現場所はほんの2・3カ所に限定される。
「公園かバイト先の画材屋あるいは……」
「あんたの部屋ねっ! 女子校生監禁ちょうきょおってやつぅ? 不潔よ、不潔っ、変態!!」
「だあーっ!」
 それはそれで男のロマンだが、この状況しかも人通りの多い路上で叫ばれてはたまったものではない。
「するか、そんなこと!」
「あんた、あたしが美少女ちゃんだからって変なこと考えないでよねっ! 半径おくまんひかりとし立入禁止!」
 自意識過剰もここまでいくと立派なものだ。俺はもう脱力してしゃがみ込みたくなったが、まずは当面の目的を果たさなければならない。
「あと彩ちゃんの行きそうなところっていうと……」
 俺はそこで脳裏にぴーんとひらめくものがあった。多分彼女はあそこに向かっているだろう。同時に俺はその予想通りだとすると危険度が一気に上昇することも悟った。
「こ、こみパ会場か!?」
「あ、そーね。彩の行く所ってそこくらいよね。じゃあ後から創作系のトコ行けばいいじゃん」
 詠美はお気楽そうに言っているが、俺としては心配で仕方がない。
「俺、先にこみパ会場に行ってる」
 そう詠美に言うと俺は振り向きもせず駅の方に走り出した。後ろで彼女が何か言っているが、どうせ「あたしを置いていくなんて憲法違反よ」とか「あたしのブースを乗っ取ってこみパ征服に乗り出すつもりね」とかいつものハイブロ〜な台詞を連発しているだけだろう。つきあっていると際限がないので無視して走り出した。

 一時間後、俺は人の列に並びながら重大な過失に心を痛めていた。まるで昔からの恋人と有名アイドル歌手を二股かけたのがその妹分と実兄にバレて、ろーきっくとぼでぃぶろぅをダブルで食らったような気分だ。
「あ、いたいた。あんたって本当にとろいわね〜。のーみそピーマン?」
 人の壁をかき分けてそんなふうに言ってくる奴が居た。こ、こいつにだけは言われたくないんだがなぁ〜。
「サークルチケットも持たずにここ来ても、うざったいパンピーの列に並ぶだけじゃん」
 反論できないのが口惜しい。だがここは大人しく従うほか無いであろう。
「あ、悪りぃな詠美。じゃあチケットくれ」
 スッ
 取ろうとしたチケットが俺の手から逃げていく。また掴もうとすると再び遠ざかる。
「なんだよ」
 俺が怪訝そうに言うと、詠美は“ふふーん”と鼻を鳴らしてチケットをピラピラと見せびらかすようにはためかせた。
「あんた、感謝とかそんけーとかって言葉知らないのぉ?」
「あ、ありがとうな」
 俺はぶっきらぼうに一言だけ口にして、もう一度チケットに手を伸ばした。
 スッ
「ああ〜ん? このちょおビッグネームの大庭詠美ちゃん様がわざわざパンピーの村まで降りてきて、行き倒れ寸前のホームレスにちょおプラチナチケットを恵んであげてるのに、全く意味の分かってないのもいるのよね〜。手本を教えてあげないとダメダメちゃん?」
「くっ……」
 ここで詠美と口論してもしかたあるまい。それより彩ちゃんの保護が最優先事項だ。詠美のアレはいつものことだし、この場だけ我慢すればいいだろう。
「はい。“ありがとうごさいます詠美様”」
「あ、ありがとうな詠美」
「“いっしょおそんけーいたします”」
「尊敬するぜ、一応」
「じゃあバイバ〜イ」
「ああ、待てっ! そ、尊敬してもいい……かな」
「はぁ〜? 聞〜こ〜え〜ん〜なぁ〜」
「一生尊敬するぜ!」
「ふっふっふっ。もーこれであんたは永遠に私のしたぼくね。私の美貌と才能がまたひとつ罪を犯してしまったのねぇ」
 なんか俺、人間として最後のものを失ってしまったような気がする。ま、どうせ詠美のことだから数日もすれば忘れるだろうけど。
 とにかく入場が昼過ぎになってしまうという最悪の事態だけは避けられたようだ。いやまだ避けられたかどうかは判らないのだった。このやたら広い会場で彩ちゃんを見つけなければならないし、凶悪になっているであろう彼女を止めなければならない。まずは創作系の島に行ってブースを確認しよう。
「きゃああ!」
 まだ閑散としている会場の中を早足で歩いていた俺の耳に女の子の悲鳴が聞こえた。どうやら女性向き格闘ゲー系ブースの方かららしい。
「どうしたの夕香?」
「だ、誰かに突然コスの衣装を……」
「取られたの?」
「そうなんですぅ」
 なんかゴタゴタがあったらしい。会場内で強盗なんて、こみパも国際化してきたなぁ……なんてボケをかましている暇はないか。でもここ数年本当にこみパ会場から突然有名作家が姿を消す事件が続発しているそうだ。数日後にはその作家は必ず戻ってきているし当人も消息を絶っていた間のことは朦朧としていて記憶がないらしいので、警察沙汰には未だなってはいない。
 俺は動きつつもその女の子らの会話を耳に入れた。
「でもあの衣装って前回のでしょ?」
「ええ、今日のが破れちゃったりしたときの予備で持ってきた分で」
「だったら不幸中の幸いね。一応準備会には届けておこうよ」
 どうやら一応決着したようだ。もし事態が収拾しなかったら手助けしようと思っていたが、スタッフに依頼するのであれば却って俺が出しゃばったら足手まといなだけだろう。とにかく今は彩ちゃんを発見するのが先決だ。
 ピンポンパンポーン
『あと5分でこみっくパーティーを開催いたします。サークル入場者の方は自分のブースに戻って……』
 電子音と共に会場内にアナウンスが流される。何度も聞いた内容だが、何度聞いても緊張する放送である。喩えて言えば運動会でスタート位置への集合を促す連絡のようで、これから勝負に挑む雰囲気が最高潮に達する合図でもあった。
「やばいな。もう時間がない」
「ちょっと、ちょっと、ちょっとぉ〜! どーするつもりよ!? あたしだって自分のブースに戻らなきゃいけないのよっ!」
「すまん。詠美のところには俺の知り合いに売り子を頼んであるから」
 とはいえ俺の人脈もか細い限りなので、無理矢理高校時代の同級生に来てもらっている。あとで散々嫌みを言われるだろうからハーゲンダックのアイスクリームでもプレゼントして機嫌を直しておこう。
 それにしても……放送でブースに戻るよう指示があったにもかかわらず通路には人が溢れている。いやアナウンス前より混雑してきているのが正確だ。人気のあるサークルの同人誌はすぐに列が出来て買うのに時間がかかるから、チケットを入手して会場前から並んでいる連中がいるのだ。まぁこれはイロイロと事情があるから規制が難しい。こみパ等の同人誌即売会はまだましな方で、3Dつまりガレージキットの即売会なんて当日版権や原価の関係で限定10個とかザラなので直後どころか会場前に既に勝負がついている場合が多い。そういえば大志の奴も有名造型師の当日限定1/6カードマスターピーチが入手出来なくて悔しがってたっけ。それで俺に八つ当たりしてきたのは勘弁してほしかったが、とにかくこの業界はゲットした者勝ちの因循が横行している。詠美のブースでも既に数十人の列が出来ていることであろう。
 そんな人種たちの間をかき分けて進むこと数分、ついに創作系のジャンルに辿り着くことに成功した。ここはそれほど列が出来ることはないから未だ閑散としている。だから彩ちゃんのスベースにも難なく行けた。
「あれ? いないぞ」
 そこにはちゃんと同人誌が積まれてはいたが売り子が居ない。ここは彼女の個人サークルなのでつまりは彩ちゃんは自分のブースを放り出してどこかへ行ってしまっているのだ。
「でも新刊があるって事は彩はここに来たって事よね」
 詠美にしてはなかなかの推理だ。っていうかそれで普通だが。
「このちょお大手の作家であるあたしがわざわざ足を運んでやってるのにぃ、マイナーの暇サークルが留守にしているなんてちょお生意気ぃ〜っ! 大人物の到着くらいあたしが言わなくてもテレパシーで察して待ってなさいよねっ!」
 ……ま、詠美はこのくらいが程度だろうて。さて、ここにもいないとなると一体どこへ?
「あ、判ったぁ! 彩の奴ってば、この詠美ちゃんの新刊を一番最初に拝みたかったから早めに来たのね。もう、下僕とはいえ一応知り合いなんだから、新刊くらいは取り置きしといてあげるのに」
 その妄想却下。第一、新刊が落ちそうだったから俺たちを呼び出して作業させたんだろうが、お前は。
 彩ちゃんがここに居ないとなれば行き先の特定は難しい。彼女は即売会中ずっと自分のスペースにいてトイレ以外は出歩かないからなぁ。アニメやゲームにも行きそうもないし、コスプレスペースや男性向け18禁なんかは気弱な彼女を鑑みれば問題外だ。あとは女性向け18禁、つまり……いわゆるお耽美系ジャンルなのだが……まさかなぁ……。あ、ホモと耽美を一緒にすると愛好者から怒られるか。ってそんなこと今は関係ない。
 ピンポンパンポーン
『ただいまからこみっくパーティーを開催いたします』
 一際高らかな声がスピーカーから響き、会場内全体から拍手がわき起こる。会場の合図だ。直後にゲートが開かれ、買い手のおたくたちが目的のブースへと殺到しはじめる。
「うわっ、もうこうなっちゃったら彩ちゃんを捜すのは無理っぽいぞ」
 隠喩ではなく本当に地響きを立てて数万の人間が雪崩れ込んでくるのだ。冗談抜きで毎回死人が出ないのが不思議なくらいである。
 とにかくここにいても進展はしない。彩ちゃんの居そうな所は全く予想が付かないが、隅々まで探せば見つかるだろう……って、こみパでそれは甘いか。自分たちで探しつつ準備会に呼び足し放送をしてもらえるよう頼んでみよう。原則的に呼び出し放送は受け付けてもらえないが、緊急事態だし。
「ねぇちょっとぉ」
 動き出そうとしていた俺を詠美が呼び止めた。
「ん? 何だ?」
「アレよ、アレ」
「はぁ?」
「アレだってば! その……だからぁ……もう、気が利かないわねっ! あんた“他人の心を理解できない”って学校の内申書に書かれてたんじゃない?」
 うーん、今度は何を言いたいのだろうか? いつもながら不明だ。
「あそこよ、あそこ! 何て言うかぁ……一番人気の列に並ぶのよっ!」
「ええっ?」
 一番人気って、彩ちゃんを捜さなくちゃならないこの状況でのんびり本を買って行こうなんてちょっと……。でも詠美が本を並んで買いたいなんておかしいな。
「あ、もしかしてトイ……」
「きゃーきゃー変態、チカン! ち、違うわよ! 美形はそんなことしないって宇宙の大原則を知らないの? ちょろっとお化粧をしたいだけなの! ほ、ほら、あたしってばちょお有名人だから下々に見せる姿にも気を配らなくちゃならないのっ! 有名税ってやつぅ?」
 はぁ……しょうがないか。化粧を直すだけなら鏡を借りればいいことなのだから、わざわざ手洗いを使用したいってのは宇宙の原則とやらに当てはまらない生理現象なんだろう。俺はギャンギャンわめいている詠美を引っ張るように女性用トイレの列まで来た。確かにここは超人気ブースだ。しかも完売がないから会場から閉場まで列が絶えない。皆が本の購入に駆け回っている開催直後の今が一番空いている時間帯であろう。その点ではさすが詠美は慣れていると言える。
 その人気ブースの列に近付くと、何やら揉めているような雰囲気がしていた。
「ちょっとあんた横入りしないでよ!」
「中で着替えるなんてどういうつもり?」
 並んでいる女性たちが一つのボックスに向かって非難を集中させている。いるんだよなぁ、切羽詰まると順番飛ばしも規約無視も構わない参加者って。中でもそのトイレに入っている女性は特にマナーが悪かったらしく、出てきたところをフクロにしてやろうと待ちかまえているビジュアルロックバンド系のお姉さんたちが囲んでいた。
 バタン
 勢いよくそのトイレのドアは開けられた。派手なメイクをして凄んでいる女性たちに後込みする素振りもなく堂々と前に出たその子は……
「あ、彩ちゃん〜!?」
「うりゃりゃああああああああああああああああああああああああ〜〜〜っ!!!」
 薄い桜色のシャツに紅いスカート・リボン・襟の制服を着込み、エメラルドグリーン70%+モスグリーン20%+白10%のカツラと耳にはロボットのような装置をつけている。そして手にしていた掃除用のモップを振り回すと、大声を上げて人混みを蹴散らしていった。
「どぉりゃああああああああああああああああ〜〜〜っ!!!!」
 そのまま即売会場の大通りに突入し、新刊確保に血眼になっているおたくの大群を跳ね飛ばして直進する。
「てぇりゃあああああああああああああああ〜〜〜〜っ!!!!!!!!!」
 反対の端まで行き着くと、今度は隣のストリートにいる体格のよい野郎どもの壁をまるで蟻の行列を踏みつぶすかのように粉砕して戻ってくる。ついでにまだ同人誌を運搬中だった印刷所の女の子まで荒ぶる掃除の犠牲にした。「にゃああああぁぁ」との悲鳴を上げてその子は館外へと消えていく。これでいくつかのサークルは滅びたであろう。合掌。
「ぬぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおお〜〜〜〜っ!!!!!!!」
 最後に壁に沿って配置されていた人気パロディ系サークルの列に突っ込んで全壊させると、一旦停止してくるっとこちらを向いた。
「ずびばぜぇ〜ん! 失敗しちゃいましたぁ〜!」
 思いっきり嘘っぽい口調だ。はっきり言ってそのメイドロボットのようなコスプレより包丁を持った四姉妹の長女の格好の方が適宜である。俺はもうその場で毒電波によりあっちの世界へ行かせてもらいたいような衝動が走ったが、気を持ち直して現実からの逃避を止めた。
「い、いくぞ詠美! こみパスタッフに見つかる前に彩ちゃんを隠すんだ!」
「きぃ〜っ! 彩の奴ぅ、あたしがいつかしてやろうと思っていたことを先にするなんてちょおむかつくぅ〜!」
 一瞬足の力が抜けて転倒しそうになったが何とか持ちこたえることに成功した。会場の対角の位置までは結構距離があるのだが、彩ちゃんの通った後は人ゴミも含めて綺麗に掃除されていたので難なく行けた。嵐の清掃車が停止した場所に辿り着くと、彩ちゃんが壁際で誰かと口論している。いや、よく見ると……
「うらぁぁ〜牧の字ぃ! いき遅れのトロ子ちゃんがあたいに楯突くとはいい度胸じゃねぇかぁっ!!」
 暴走彩ちゃんが見慣れた制服の女性を壁に押しつけて暴言を吐いている。被害を受けている眼鏡の女性は、あぅあぅとビビりまくっているだけで声が出ない。
「げっ、あれは牧村さん! 参加者のみならずこみパスタッフまで手に掛けるとは……」
「彩、あんたはもう死んでるわね」
 横で詠美が縁起でもないことを口にした。だが確かに運営会社の社員にまで逆らうのはあの由宇ですら自粛していたことだ。この業界では第一級の犯罪と言ってもいい。
「は、長谷部さん、会場内で走るのは禁止で……」
 苦しそうな息の下で南さんが正論を語っている。だがこれは逆効果でしかなかった。
「うるせーっ! 毎度毎度あたいをマイナージャンルの島の真ん中なんぞに配置しやがって! そのくせ規則だけは守れだぁ〜? てめぇの偽善者ぶりには反吐がでらぁ!!」
「そ、それは私にはどうにも……。でもやっぱり館内での危険行為は……」
「壁際角のエアコン前にあたいのサークル配置したら考えてやらぁ〜っ!」
 む、無茶なことを。あそこは詠美ですら獲得が難しい超々一等地だぞ。一運営社員が気楽に配置指定できる場所ではない。それにしても南さんですらブレーキにならないとは、もう今の彩ちゃんを止められるものはいないのだろうか。
「は、長谷部さんの気持ちはよく解るけど、私個人が無断で決めるわけにはいかないし」
「ナメてんのかぁ!? てめぇ、アレを正統伝承者のあたいに黙って無断使用してるじゃねーかぁっ!」
「え? アレ? せ、正統伝承って……?」
「しらばっくれるんじゃねぇーっ!」
「ひぃぃぃっ!」
 ぐはぁぁ……もう完全に彩ちゃんは別人格だ。言っていることも支離滅裂だ。あまりのことに俺も足がすくんで動けない。もう半分泣きが入っている南さんは、それでもスタッフとしての責任を果たすべく果敢に悪鬼と化した同人少女との会話を続ける。
「で、ですから私には何のことか……」
「じゃあ教えてやるからそれをやってみろぉっ!」
 彩ちゃんが指さした方向にはゲームメーカーのブースがあった。数年前までは同人活動なんてアンダーグラウンドのように扱われていたので企業が参加するなんてありえなかったのだが、ここ最近はおたく市場に注目したメーカーが大規模即売会を新製品のプレゼンとして利用することもある。T社の動物格闘ゲーム『犀麒麟フォース』なんて良い例だ。で、今回プレゼンしている機械は……。
「わ、私『盆レボ』はやったことないんですぅ」
「てめっ、あたしがやれっつってんだよ! あたしの言う事なんてきけないってんですかぁ〜?」
「ひいっ! し、します。させていただきますぅっ」
「よかったじゃねぇか。うれしはずかし初体験だぞ」
「はぅぅぅ……」
 『盆踊りレボリューション』略して『盆レボ』は大人気ダンスゲームだ。渋谷辺りでは普通の土日でもハッピのコスをした若者がユニットを作ってパフォーマンスを披露しているらしい。2・30人のギャラリーだけでもかなりの度胸がいるのに、いきなり数千人の前でデビューするのはいくら何でも酷であろう。もう南さんは失神寸前状態である。
 今回設置してあるのはその最新ver『DancingCircle featuringEOD』である。某有名音楽プロデューサーが曲を提供するとのことで発売前からずいぶんと話題になっていた。数年前時代のカリスマだったそのプロデューサーは、妹である人気絶頂のアイドル歌手がどこの馬の骨ともしれないバイトのADと恋人宣言をしてからめっきり老け込んで、しばらくは地味な田舎暮らしをしながら演歌やフォークソングばかり作っていた。最早引退かと囁かれていたが、世の中何が流行るのか判らないもので突然起こったジャパニーズ・ボン・ダンス・ブームにより再びミュージックシーンの最先端に返り咲いている。
「おらぁぁぁ〜対戦するぞぉっ!」
 彩ちゃんは南さんを無理矢理壇上に昇らせると、どこから入手したのかゲーム筐体の鍵を取り出してカバーを開けるとサービススイッチを2回入れた。ゲーセンでやったら完全に犯罪である。
 スタートボタンでVERSUSを選択し、次いでダンス曲を決める。初心者ならば当然一番簡単な初級の『TOKIO1999』からすべきなのだが……。
「げげぇっ! 『NECRO』を選択しやがった!」
「す、すげぇぜあのコスプレの子!」
 ギャラリーから驚嘆の声が挙がった。前作のファイナルステージで最高難度を誇る『AWARE』や『Over−Q』を遙かに上回る複雑なステップで、元祖ダンスゲー最難度であった『妄想狂』などスローすぎてあくびが出るスピードも兼ねている。クリア出来る人間はいないのでは、と開発スタッフが豪語している曲だ。そういえばこのメーカー、過去に難しすぎて一般プレイヤーがついていけない横スクロールシューティングゲームのパート3を出して、全ゲーマーから呆れられたことがある。第一誰もクリア出来ないんなら、そりゃ単なるサギじゃねぇのか?
 そんな無謀とも思える挑戦にざわめく衆人を尻目に、彩ちゃんは南さんを叱咤してプレイを開始する。
「ちょええええええええええええええええええ〜〜〜〜っ!!!!!」
 ブルース・リーのような怪鳥音を発して彩ちゃんはものすごいステップを開始した。なんだか足の動きが早すぎて分身しているかのように見えるほどだ。“PERFECT!!!”連発、しかも魅せるパフォーマンスも加えるサービスぶりである。
 逆に南さんは彩ちゃんの迫力に気圧されておどおどしているだけだ。
「あ、あのぉ〜」
「くぇえええええええええええええええええええ〜〜〜っ! カメ村っ! クリアせずに家に帰れると思うなよっ!」
「は、はいぃぃっ!」
 涙を滲ませながら南さんは必死に画面に出ている矢印を追いかけている。だが初プレイの彼女がミスをしないわけはなく、あっという間に減点されてゲームオーバーになってしまった。
「てめぇーっ! あたいがノってるのに中断するとはどういう了見だぁ、ああ〜ん!?」
「ご、ごめんなさいぃぃぃ!」
「もう一回だぁぁぁ! てめーの金でなぁっ!」
「わ、わかりましたぁぁぁっ!」
 南さんは急いで台を降りると眼鏡をハンカチで拭いた。もう一度プレイするのに、涙と汗で曇ってきて画面がよく見えなかったからだ。その行動を横目で見た彩ちゃんの歪んだ瞳がキラーンと光る。
「おいミナ兵衛! てめー今、何をしやがった?」
「え、眼鏡を拭いただけですけど……」
「本家のあたいに黙って“ふきふき”するたぁいい度胸だな、うらぁぁぁぁぁ〜〜っ!」
「いやぁぁぁぁ〜! 意味が分かりませーーーーん!」
 俺はもう頭がくらくらしてきた。しかし彩ちゃんを見捨てるわけにも行かない。だがここで中断させてしまったら彼女のステップに魅了されているギャラリーが暴動を起こすであろう。しかたなしに俺はゲームが終わるのを待った。十数回プレイしてやっと南さんが一番簡単な曲をぎりぎりでクリアすると、そのあともう一度彩ちゃんが一人2Pで『NECRO』のMANIAC・HARDでALL COMBOを叩き出して素早く壇上から消えていった。又一つ、こみパに伝説が出来たようだ……って感慨に浸っている場合じゃない。立ち上がる体力も使い果たして倒れている南さんを別のスタッフに任せると、俺と詠美は彩ちゃんの後を追って別の館へと移動した。

                              続く
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 こんにちは

 全4回の第3回目です。誤解されている方もいらっしゃるかもしれないので一応お断りしておきたいと思いますが、私は基本的に彩萌えで詠美もかなり好きです。念のため。
                             初心者A