このSSは、PC版「To Heart」のネタばれを含みます。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 存在を続けていきたいと考えている── セリオがそういった時、長瀬は、今度こそ本当に絶句した。 マルチについては、ある程度覚悟もしていた。 自らの手でロボットを作り上げるようになってから、いや、それ以前から心の中 にあった、一つの夢。恐らく、このような仕事についている者ならば、誰でも一度は抱く夢。 その手で、自我を持つ機械を作り上げること。 マルチはその試作一号機といっても良いものであった。 彼女の開発コンセプトは、ハッキリ言って「メイドロボ」というものではない。 「共にいられる家族の一員」だった。機械であっても、限り無くそれを意識しないで、人間 のようにつきあうことができる──、そのための「人間らしさ」であり、そのための「自我」であるのだ。 ここまで成功(成功とするべきか、失敗と呼ぶべきかという問題もあるが)するというのは 計算外だったにせよ、仕方ないという意識はある。 だがセリオは違う。 セリオの開発コンセプトは、マルチと全く逆の方向──「メイドロボ」そのものである。 有り体にいってしまえば、「人間の形をした、ばか高い便利な家電製品」なのだ。 様々な応用がきくサテライトサービス。見た目よりも高い力。感情を見せることのない能面 のような顔。抑揚のない話し方。 唯一マルチと似た所を上げるとすれば、各仕事場に応じた行動をするための、自己書き換え プログラムぐらいなものである。それも、思考ルーチンに対して働きはするものの、それほど 大きな変更はしないはずであった。 「・・・・・・そうか」 長い沈黙の後、長瀬はそれだけを言った。 それ以外に発する言葉がなかった。 彼女達は、大成功であると同時に、大失敗であった。 彼女達を「発売」することはできまい。彼女達は、「メイドロボ」の範疇をこえてしまった。 『マルチ達には悪いが、このままでは商品として成り立たない。使用変更の必要があるな・・・』 軽くため息を吐きながら、自分達の迂闊さを悔やんだ。 自分達で生み出しておきながら、その自分達の勝手な都合で、彼女達が連ねていこうとしている 意志を断ち切ってしまう。なかったことにしてしまおうとするのである。 『いずれ償わなくてはなるまい』 それは人として、親としてしなくてはならない、最低限度のことであろうと長瀬は思うのだった。 「さて・・・と。んじゃ、マルチ。メンテナンスルームに入ってくれるか?」 「あ、はい!」 衝撃的な事実に打ちのめされて、思わず忘れていたが、マルチのメンテはまだしていなかった のである。 気の重さを感じつつも、するべきことはやってしまう自分の性格が、長瀬は嫌いになっていくよ うな気がしていたのだった。 そして数時間後。 長瀬は、今までの何十年にも渡る人生の中で、生まれて始めて、心の底から後悔していた。 吐き気を催す程の、激しい自己嫌悪に襲われていた。 マルチの記憶を見たのだ。 マルチが──藤田浩之という青年と親しいのは知っていた。だが、あくまでも友人どまりだと 思っていたのである。研究所に電話を入れてきたときも、せいぜいがお別れパーティか何かが終 わった後、別れ難くなって、もう少しいたいのだという意味でとっていたのだ。 しかし、現実は違っていた。 二度と会えない事を知る二人は、最後の別れをしていたのである。 恋人として。 ある種、最も残酷な形で。 仕事を理由にして、隠れみのにして創った機械はみずからの意志を持ち、少年と少女の心に、 一生消えないであろう傷を残してしまったのである。たかが金と、自己満足のために。 「新しい思い出を作っていこうな」 そう言った少年の笑顔はあまりにも眩しくて。 「すまない・・・」 謝ってすまされることではないと知りながらも、長瀬は一人、ただそれだけを呟きつづけた。 「Interlude of Multi's story 来栖川芹香−1」 に続く −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 少々時間が空いてしまいましたが、やっと第6話です。 最初のプロットと、なんかずれてきてます。 まー、これからも頑張って書いていきたいので、自己満足な、このような話でよければ、 最後まで付き合った下さいませ。(って、きちんと最後までかけよ、俺(笑)) それではまた!