Interlude of Multi's story  第4話  投稿者:笹波 燐
  Interlude of Multi's story  HM開発課-1


 話は、マルチが浩之に最後のお別れをした日に戻る。

 「浩之さん・・・、浩之さん・・・うう、うっく」
 来栖川HM開発課に戻るタクシーの中、マルチはただ浩之の名をくり返し呼び続けながら泣いていた。
 本当なら、今すぐにでも戻って、浩之のもとにいたかった。このまますべてを投げ出して、浩之のそ
ばにいられたら、どれほどいいだろうか。できないとわかっていても、衝動的に戻りたくなる。それを
とどめていたのは、浩之との約束だった。
 ──オレは、必ずお前の妹を買うよ。そしたら、また新しく思い出を作っていこうな。
 そう言ってくれたことが嬉しく、そして同時に悲しくもあった。
 「私」には果たせない約束──
 「私」の心を受け継ぐ妹達。私でない「私」。
 浩之さんの傍にいることは、私にはできないのだから。
 
 マルチは開発課に来るまで、ただ泣き続けていた。
 それしかできなかった。

 マルチを迎えたのは、彼女を生み出した開発課の人間全員である。
 いわゆる「朝帰り」をしたマルチに対して、複雑な顔をしている者も少なくない。
 気の遠くなるような時間と労力を注ぎ込んで誕生させた自分達の「娘」をとられた親の心境である。
それもたった8日間という短い時間の間に、だ。正直、浩之という男に対して、あまりいい心証を持って
いない者は多い。
 「お帰り、マルチ」
 そんな中で、いつもと変わらぬ様子でマルチを迎えたのは、長瀬主任ぐらいなものである。
 「最後の最後に、朝帰りしてくるとはなあ。喜んでいいんだか、悲しむべきなんだか・・・」
 いつ洗ったのか分らないような髪を掻きながら、やや呆れたような口調で呟く。
 涙の跡を見て取っていたが、口には出さないでいた。
 「さて、じゃあ、今日のチェックをしようか」
 「・・・はいっ!」
 少なくとも表面的には、マルチはいつもと変わらぬ笑顔でそう元気よく答えた。

 今日のチェック──それが終われば、マルチには擬似的とは言え「死」が待っていた。
 心を持つ者を殺す。
 その心が、例えプログラムされたものだとしても、それがなんだというのであろう。
 神はかつて、人を創り出したではないか。
 心を持つ「もの」を。
 他者に、本当に心があるのかどうかなど知る者はいない。
 自分と比較してみて、他人にも心があるように「見える」だけである。
 「心」は定義されたことがないのだ──少なくとも、万人が、世界中の人々が納得する形では。
 ならば、マルチに心が在るか無いかを判断する材料は、マルチを見た人がどう思うか、しかない。
 そして、マルチに心があると認めた人間は、少なくとも一人いたのだ。
 少なくとも、一人は。
 ならば、後はもう一つ。もう一つだけ確認できれば、マルチは──

 マルチが開発課の部屋に入ると、そこにはセリオがいた。
 「お帰りなさい、マルチさん」
 いつものように、抑揚のない声。
 「ただいまです! セリオさん。
・・・セリオさんは、もうチェックは終わったのですか?」
 「はい。ただ、後もう一つだけ、私とマルチさんの両方に質問があるということなので」
 「質問・・・?」
 自分一人にならともかく、セリオと一緒に自分が質問を受けても、意味がないのでは、と首を
かしげながら、マルチは答える。
 「ええと、長瀬主任さん。それで、どのような質問なんですかぁ?」
 無邪気に尋ねるマルチを見ながら、長瀬は答える。
 「大事なものだ・・・少なくとも我々にとってはね。
 私達は一体何を作ったのか・・・、いや、何を創ってしまったのか。それを確かめるためのものだよ」
 ロボットを作った──それは間違いない。
 問題はそこではなく、その先にあるものだった。
 「そう・・・、私達の創ってしまった「もの」はなんなのか」
 ──それが、知りたい。
 たとえそれが、パンドラの箱をあけるものだったとしても──


    「”Interlude of Multi's story” HM開発課-2」に続く

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まさたさま、400000HIT、おめでとうございます!
本家が閉鎖されてしまったことは、自分にとってはかなりショックでしたが、そのぶんも
ここで頑張ってください!!