Interlude of Multi's story  第3話 投稿者:笹波 燐
このSSは、PC版「To Herat」のネタバレを含みます。 


      ”Interlude of Multi's story” あかり-3

 「・・・おちついたか?」
 「・・・うん」
 あれから、二時間も泣き続け、さすがに落ち着いたらしい。浩之が入れた
コーヒーを飲みながら、意外としっかりとした声で、あかりは答える。
 「さっきはごめんな。
 ・・・ただ、あかりには知っておいてもらいたかったんだ。俺達のことを。
 ──そして、俺達が、もう二度と会えないことも」
 「二度と会えないって、・・・どういうこと?」
 「俺達の知っているあのマルチは、いわゆるプロトタイプ・・・量産型の原
形に当たる、試作機なんだそうだ。その役目は、「HMX-12 マルチ」の、実用
テスト及び、データの収集。
 それが終われば、もう用済の機体。何十にも封印され、二度と・・・会うこ
とはできない」
 「そ・・・、んな・・・!
 そんなのひどいよ! それじゃあ、マルチちゃんを殺すのと一緒じゃない! 
そんなのって・・・!」
 「まーな。けどそれは、初めっから分かっていたことなんだよ。あいつ自身
が望んだことでもあるしな。量産型のマルチ──あいつの言葉を借りるなら、
マルチの妹達のため、なんだ。発売された時、何か異常があれば、マルチでテ
ストとかできるだろーしな・・・」
 目の前であかりが取り乱したせいか、浩之は逆に落ち着きを取り戻していた。
 まるで自分に言い聞かせるかのように、一語一語はっきりと話してゆく。
 それは、肺腑を抉るように苦しかったが、必要なことでもあろうことは分かっ
ていた。もう二度と会えない──そのことを、自分自身に理解させてゆくための、
いわば儀式のようなものなのだ。
 「浩之ちゃんはそれでいいの? いくらマルチちゃんが納得していたって、マル
チちゃんが望んでいたことだっていっても、浩之ちゃんはどうなるの? 
 ずっと一人で・・・、それでいいの?」
 「ずっと、じゃねえよ。
 マルチと、あいつの妹を買う、って約束したからな。そこから、新しく始めるんだ。
あいつ自身の記憶はなくても、心は受け継いでるはずだからな。あのマルチに会えない
のは寂しいけど、・・・約束、したから」
 そうか、とあかりは思った。もう、私の入る余地はないんだ・・・、と。
 ずっと見てきた幼馴染み。
 いつもその背中を追い掛け続けていた、大好きな人。
 けれど、その背中ははるかに遠く、その視線が自分を見ることはない。
 いつかきっと。・・・そう思い続けていたけれど。

 もう、きっと、幼馴染みから卒業することはないのだ。

 「あかり・・・?」
 いつの間にかあかりは泣いていた。
 静かに、微笑んで。
 「ううん、なんでもないの。でも、今は少しだけ泣かせて」
 「・・・? ったく、しょーがねえなあ」
 あかりを見つめる優しい瞳。
 もう自分を見つめることはないのかも知れないけど。
 『でも、想い続けるのは自由だよね。そんなに簡単に諦められるような気持ちで、十年
以上思い続けてたわけじゃないんだから』
 報われないかもしれない。でも、それは無駄にはならないだろうから。
 奇跡だって起きるかも知れない。
 
 マルチが帰ってくる奇跡。
 浩之があかりを振り返る奇跡。
 もしかすると別の、とるにたらないような・・・すばらしい奇跡が。

 もうマルチには二度と会えない。
 それを受け入れることができれば、一歩踏み出すことができる。
 浩之は今日、その一歩を刻んだのだった。

 そしてあかりもまた。
 『・・・好きだよ、浩之ちゃん』


     「”Interlude of Multi's story”  HM開発課-1」 に続く


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    第三話です。しかし、今回は(も)、自分の力の無さを痛感させられましたね。
  書きたい事の半分も伝えられてない気がします。(半分なら上等かも)
    それはさておき。
    これからも、ギャグとシリアスの二本立てでいきたいと思います。そーしないと、
  シリアスだけでは、精神的に持たない気がするので。