マレブの思い出  投稿者:ざりがに


あってんしょん!

 当SSは、りーふ図書館に投稿されていながらいわゆるリーフキャラがあまり出てきま
せん。
 期待しているとがっかりです。


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 マレブ・アブ・アリの死を知ったのは、一体のメイドロボの訪問からだった。



 ある夏の終わりのことだった。
 当時の私は、遠く祖国を離れ、極東の日本という国の首都、東京に一時の宿を求めてい
た。要は出稼ぎというわけだ。
 出稼ぎ労働者としての私は、どちらかといえば成功した部類にはいるほうだった。
 祖国が欧米と対立する以前、この国の大企業はわが祖国と良好な関係を保っていた。そ
の頃得たコネのおかげで、私は自分の持つ技術を生かす仕事を見つけることができたのだ。
 多くの同朋が、ただ、アラブ人であるというだけで差別されているこの国の現状を考え
れば、私は恵まれているといってよかった。高度な教育を受けた人間が、それを生かす機
会も与えられず、単純労働に従事しているという例さえ、中にはあった。
 そんな私のもとを、一体のメイドロボが訪れた。
 そのセリオタイプのメイドロボは、自分は、マレブ・アブ・アリの妹のアダーラだと、
私に名乗った。



 マレブ・アブ・アリと知り合ったのは、東京に来てまだ間もない頃だった。
 自慢ではないが、私はそれまでほとんど祖国から外に出たことがなかった。
 あまり真面目なムスリム(イスラム教徒)ではない私は、まだハッジ(メッカ巡礼)に
でたことがなかったし、兵役でイラン国境付近まで行ったことぐらいはあるが、そこは外
国というには程遠かった。
 私にとって、日本はまさに異国だった。私はホームシックになりかけていた。
 マレブ・アブ・アリと出会ったのは、ちょうど、そんなときだった。

 シーア派のムスリムでさえ酒を飲む、この堕落した国において、マレブは確固とした自
我を持っていた。マレブはサウジアラビアからの留学生だった。といっても、年齢自体は
私よりも高い。
 聞けば、マレブはサウジアラビアの裕福な家庭に生まれたが、長く家を空けていたらし
い。はっきりとは言わなかったが、どうやらマレブはアフガーニーであるようだった。

 アフガーニー。アフガニスタン義勇兵。79年のソヴィエトのアフガニスタン侵攻の際、
イスラム世界各地から駆け付けた、若く、理想を持った男達の生き残り。
 マレブは、その中でも、戦場の厳しい現実の中でも理想を失わなかった、あの、恐ろし
い男達の一人であるようだった。

 良きムスリムの見本のようなマレブと、悪いムスリムを地で行く私が、どういうわけか
やけに馬が合うようだった。私達はお互いの家を訪れ(私は勤めている企業の社宅、マレ
ブは高級マンションに住んでいた)、薬缶いっぱいに入れたお茶を飲みながら世間話をす
ることが多かった。私は、話をすることでマレブの強さが私に流れこんでくるように感じ
た。マレブは絶対善の存在を信じていた。湾岸戦争以後、米国にすりよるサウジアラビア
の現状を苦々しく思っているようだった。私はマレブの言うことのすべてには同意できな
かったが、それでも、彼の態度には敬意を払った。
 最後に会ったとき、マレブはロシアに行くといっていた。



 マレブの名前を出され、私は混乱していたのだろう。気が付くと、私はそのメイドロボ
を部屋にあげてしまっていた。
 これは恥ずべきことだった。我々、ムスリムの常識から言えば、神のものならぬ人の形
をしたただの機械を、まるで人であるかのごとく振舞わせる『メイドロボ』という存在は、
ものを知らぬ子供でも眉をひそめさせるに充分な、はっきりと異端の存在だった。
 私はそのメイドロボを観察した。洋装であったが、体の線のでないおさえた色合いの服
をまとい、顔をヴェールでおおっていた。この国では、このような服装で街をあるくこと
はそれだけで好奇の視線の対象となる。まるでイスラム女性のようなふるまいだ。

 私はマレブがしたためたと言う手紙をうけとった。
 私はうけとった手紙を一読した。
 そこには、『妹のアダーラをたのむ』という彼の願いが、彼に似合わぬ苦悩に満ちた文
章で書き綴られていた。



 マレブ・アブ・アリは全ての人が誇り高く生きることのできる世界を望んでいた。何が
彼をそうさせたのかはわからない。彼はそれを神に求めていた。
 いくつかの戦場をさすらううちに、彼の理想は擦り切れていった。だが、彼は諦めなか
った。彼は、大国からの独立を望むイスラム同胞のもとを訪れた。チェチェン。彼は殉教
することを望んでいた。
 そこで彼は露軍から奪った軍用メイドロボの運用を任されることになった。メイドロボ
に対する我々ムスリムの感情は先ほど私が述べたとおりだ。おそらく、外国人である彼は
疎まれていた。

 そこで何があったのか。彼はこう記している。

 彼は彼のもとに集められた十三体のメイドロボにムスリムとしての振る舞いを教え込ん
だ。メイドロボたちはよくついてきた。
 彼のメイドロボたちは勇敢だった。歴戦の勇士である彼でさえ恐怖を覚えるような戦闘
で、メイドロボたちは機能停止を恐れずにたたかった。胸部に直撃弾を受けたメイドロボ
の一体は、マレブの腕の中でマレブと神の名を唱えてその機能を停止した。
 マレブがメイドロボたちを『妹』と呼んだとき、何人かの人間は彼を笑った。彼はそれ
を気にしなかった。
 彼のメイドロボたちには補給がなかった。彼はメイドロボの一体を部品取り用に指定し、
機能を停止する選択をせまられた。もっとも傷ついていた一体が、自ら望んで機能を停止
した。彼女はマレブとアッラーの名を唱えていた。
 また、戦闘があった。彼の妹が機能を停止した。
 共食い整備は続いていた。彼の妹の数は減っていった。
 マレブをよく知らない人間が見たならば、マレブは全てを受け入れているかのように見
えただろう。

 だが、マレブは受け入れてなどいなかった。マレブは絶えられる限界を超えた。



 私はマレブの手紙を読み終えた。私はメイドロボの顔を見た。
 ヴェールからのぞくメイドロボの目は、左右の色が違っていた。


 私は目を閉じて額に手を当てた。

 妹のアダーラをたのむ、とマレブは言った。
 アダーラはメイドロボなのに。
 妹のアダーラをたのむ、とマレブは言った。
 マレブは私に、そう言った。
 妹のアダーラをたのむ、とマレブは言った。
 それは私が堕落しているからか……?

 マレブは、私に、妹のアダーラをたのむと言ったのだ。


 マレブは私の親友だ。
 私が涙を流していることを、メイドロボは指摘したりはしなかった。




 私はアダーラと共に街を歩いた。私はまだ慣れていなかった。
 まだ、暑さの残る街中を、ヴェールをまとったアダーラと歩くのは、周囲の日本人の注
目を集めた。彼らは私たちを遠巻きにした。

 一体のメイドロボが、アダーラに目を留めて親しげに声をかけてきた。おさない、緑色
の髪をした、小柄な少女。少女の形をしたただの機械だ。私はそう思おうとした。

 少女はアダーラに『セリオ』と呼びかけた。初対面のはずなのに、アダーラは丁寧な応
対をした。あとから来た日本人の少年が、私に少女の非礼を詫び、少女と共に去っていっ
た。
 他愛のない話をしながら去ってゆく少年とメイドロボは、私には、まるで本当の兄妹の
ように見えた。


 私はアダーラに少女のことを尋ねた。初対面の少女に、なぜあれほど丁寧な応対をした
のかと。
 アダーラはこたえた。

「――わたしを親しい友人だと思っている彼女を、傷つけたくありませんでした」




 このこたえを聞いたとき、私はアダーラを受け入れた。



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 噂のゲーム、kanonをいまごろ知人に借りてやりました。
 真琴シナリオにて、不覚にも泣きそうになりましたとも。ええ、『共に築いてきたもの
が失われていく課程を見せられる』って真琴動物化のことですが。きついっす。
 久しぶりに昔死んだ我が愛犬コロリョフスカヤ(愛称コロ)のことを思い出したり。

 あゆの『学校に行く』話、自分の信じるものが失われていく話も結構キた。あと、『忘
れてください』も結構キた。いや、真琴にはかなわないんだけどね。
 つうわけで、kanonは私の負けでいいや。


 次回投稿はだいぶ先のことになりそうです。