哀奴隷(アイドル)伝説  投稿者:ざりがに


「青年、青年。アイドルになってみないかね」
 ある日、エコーズでバイトをしている俺に、英二さんが言ってきた。

「あの、俺、ただのしがないバイトですけど……?」
 当然の疑問だと思う。
「だけど、君、ADのバイトもしているだろう?」
「それだってただのバイトであることには変わりないですよ」
 これだって当然といえば当然の事だ。

 ああ、でも……、と英二さんは言った。
「はやっているだろう? そういうの」
「はやっているんですか? そういうのが」
 どうやら流行っているらしかった。



 何人か友人にも声をかけておいてくれ、という英二さんの言葉にしたがって、俺は仲間
を集めることにした。
 最初に声をかけた美咲さんは恥ずかしがって辞退したけど、あとは割と簡単に集まった。



「本当に、緒方英二に会えるんでしょうね」
マナちゃんが、だましたら承知しないというように俺をにらんだ。
 ここは緒方プロダクションが所有する、由綺とか理奈ちゃんがマスコミから隠れて練習
するための秘密の練習場だった。
 具体的には、英二さんの家の地下のガレージ。
 マナちゃんは、英二さんの名前を出すと、二つ返事でのってきた。
 なんだか、誘拐犯になったような気分だな……

「だいじょうぶかなあ、実はドッキリだなんて無しだからね」
彰が不安そうな声で言った。
 彰については、アイドルになったら美咲さんの見る目が変わるかも知れないと言うと、
もう理性はどこかに吹き飛んでいた。
 なんて言うか……、彰の、美咲さんに対する気持ちを利用したみたいで、少しだけ良心
が痛くなった。

「ん」
そして、彼女が最後の一人。
 はるかは……、多分何も考えていなかった。



「やあ、どうもどうも」
 やがて英二さんがやってきて、俺達一人ひとりと挨拶した。
 驚いたことに、英二さんが俺達をアイドルにしようというのは、どうやら本気のようだ
った。

 その後、英二さんは俺達に軽く発声練習をさせたり筋肉の付き方を見たりした後、おも
むろに俺達をベースだのギターだのヴォーカルだのと割り振って、一日中『THE Blue Hearts』
の『ボインキラー』を練習させた。

「ぼいんぼいーん、ぼいんきらー」
「『ぼいん』の発音がなっていない!!」

 どういう練習なんだろう、これは。



 ……だが、やがて、英二さんが天才プロデューサー緒方英二であることが少しずつ証明
されてきた。
 なんというか、英二さんによって割り振られたパートを、俺達はほぼ完璧にこなしてみ
せたのだ。

 例えば、マナちゃんはドラムをやることになっていた。マナちゃんのあのキック力が見
事にドラムに活かされていた。というか、これは本当に十八歳の女の子の出す音なのだろ
うか。

 彰はいっぱしのベーシストに仕立て上げられていた。暗い情熱をかたむけてベースにう
ちこむ彰の姿は、男の俺から見てもめちゃくちゃストイックで格好良かった。

 そして、一番意外だったのが、ヴォーカルのはるかのレベルの高さだった。普段あまり
歌ったりしないから知らなかったけれど、はるかは凄く歌がうまかった。
 もともとスポーツをしていたからか、お腹をつかった呼吸法は完璧だった。まともに音
楽関係の勉強をしたことはないはずなのに、音感もかなりすぐれていた。
 腹式呼吸もできない、声量もない下手なアイドルなど、たぶんはるかの敵ではなかった。

 あと一応、俺はギターをやることになっていた。

「グループ名は『ベイビートーク』でどうだろう。甘い言葉と気弱な態度で女の子をだま
す藤井君にぴったりの名前だと思うんだが」
「どういう意味ですか、英二さん」



 ……その年、俺達はデビュー曲『ファッキン・サムバディ・イン・ザ・スカイ』で見事
音楽祭を制覇した。



 そのあとが大変だった。ほとんど無名の新人(というか、真面目に音楽をはじめて一年
目の素人)が、この国で最も権威のある賞をかっさらっていったのだ。俺達は一躍時の人
となっていた。

 俺達はTVのトーク番組に出演した。はるかがぼけた。彰もぼけた。するとマナちゃん
がマジギレした。
 殴られたのはなぜか俺だった。

 俺達に関する根も葉もない噂が連日ワイドショーや週刊誌で取り上げられた。
「私と七瀬さんがつきあってるって!?」
 マナちゃんが事務所で絶叫した。
 殴られたのはなぜか俺だった。

 夏と冬に行われる日本最大のイベントにて、俺と彰のカラミを描いた同人誌が売られて
いた。
 マナちゃんが殴ったのは俺だった。

 法的根拠がないのにこの国で一番えらいと思われてる某氏の在位十周年イベントにて、
はるかが
「私たちはロッケンローラーだから」
参加しないと表明して、国中の右よりの人の恨みを買った。
 刺されたのはなぜか俺だった。



「こ、このままでは身体がもたない……」
 なんで俺だけこんな目に遭うんだ?

「り、理奈ちゃん、助けてくれぇ!!」
「ごめん、藤井君は、ライバルだから……。いつか倒さなきゃいけないライバルだから」
そうだったのか!?

「ゆ、由綺……俺には、やっぱり、お前しかいないんだ!!」
「ごめん、冬弥君、わたし、怖かったの、怖かったの……」
そうだったのか!?
 ていうか、なんで英二さんと抱き合っている!?

「弥生さん、弥生さんは、俺のことを……」
「好きではありません」
そうだろうな……

 美咲さんに手を出したら彰に殴られるし、マナちゃんに何か言ったらとりあえず足を蹴
られそうな気がする。
 そうすると……

「はるかーっ!!」
「ん」
「肉まんが食いたいんじゃない!」
「あぅー」
「あぅー、じゃない!!」
「……うぐぅ?」



 はるかは……やっぱり何も考えていなかった。





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 あ、これ、オチてないや。
 とりあえず『藤井冬弥をいじめたかった』と。
 他意はないです。本当です。