来栖川の新型支援戦闘機? うーん、無理なんじゃないかなあ。採用されないと思うよ。 ほら、空自が『来るべき国際貢献が自衛隊の一般業務となったときのために』ってはじ めたこの支援戦闘機騒ぎって、結局のところ来栖川とM−社のどっちの戦闘機を採用する かって話じゃない。 M−社っていったら国内防衛産業の最大手でしょう? あとから来た来栖川は正直、邪 魔だし何とかしたいと思っていると思うよ。 だからじゃないかなあ。ほら、来栖川が防衛庁にテコ入れして空自内に欧米型の戦技研 究まで視野に入れた実験飛行隊をつくったでしょう? うん、あの話を聞いたときはびっくりしたよねえ。 kSu-37VFXだっけ? パイロットがメイドロボってやつ。 たしかに、人間が乗っていなければ撃墜されても人死にって最悪の事態はまぬがれるよ ね。 本当、M−社もあせったと思うよ。だからほら、自分らの影響力でもってその実験飛行 隊に圧力をかけて、うん、本来無人機としてつくられた機体に無理やり人間を乗せろって。 それでもだめだったら、いよいよ最後の手段に出るってわけだ。 いや、悪いね。こんなつまんない話でこんなにおごってもらっちゃって。そういえば、 まだあんたの名前をちゃんと聞いていなかったな。 セバスチャン? うそだあ、あんた、どう見たって日本人…… ================== 『パイロット』 THE PILOT by ZaRiGaNie 1999 ================== (承前) うなされるばかりの浅い眠りから目が覚めたとき、長瀬源五郎は自分の頭がなめらかな 太腿に挟まれていることに気が付いた。 「おはようございます、主任」 茶目っ気をたっぷりと含んだ頭上からの声に、長瀬はあわてて頭を起こした。眼鏡をかけ た長瀬が見たのは、いわゆる生まれたままの格好をした、本城俊生二等空尉だった。 「人が悪いな、二尉も」 長瀬は煙草を探しながら嘆息した。 「私のだらしない寝姿を、ずっと観察していたのかね」 すねたような長瀬の口調に、本城二尉はくすくすと笑いながら煙草を取りだしてみせた。 直接、長瀬に渡そうとはせずに、自分がくわえて火をつけて、二、三度くゆらしたところ で長瀬の口にさしこんだ。長瀬はありがとうとお礼を言った。 「急いで着替えてくださいね」 笑いを含んだ声で二尉は言った。 「今日は、長瀬二尉がkSu-37VFXに乗る日ですよ」 「そうだった」 長瀬はあわててベッドを降りた。ベッドのまわりに脱ぎ散らかした衣服を見る。 まずはここから自分の服を探さなくてはならないのだ。 ……結局のところ、人工知能を搭載した超高機動戦闘機であるkSu-37VFXに人間を乗せる 上での問題点は、いかにして中身であるところの人間を守るかということに尽きた。考え てみれば当たり前で、この戦闘機を設計したコンピュータは、脆弱な人間という要素を切 り捨てることでkSu-37VFXの(まさに殺人的な)高機動を実現したのだ。 「まあそういうわけで」 長瀬はパイロットに説明した。 「お前は空で世界一狭いプールにつかることになるわけだ」 kSu-37VFXのコックピットには、赤黒いジェル状緩衝材が幾ばくかの余裕を持ってたたえ られていた。これはいま流行りのバイオテクノロジーの産物で、鉱物の特徴と生物の特徴 を備えており、限定的な知性、より正確にはある種の反射のようなものを持っていた。 「こいつでベッドを造るべきですね」 と、裕介はジェルの中から返事をした。 「体温に反応して、濡れてくる。しっとりしてくると、しっくりくる。誰のこととは言わ ないけれど、こいつの上でやるのは最高だろな」 裕介の思わせぶりな返答に、長瀬は思わず赤面した。 メイドハウスの管制室は、いつもよりもわずかに緊張感が増していた。この実験が機の 設計段階で想定していなかったものだということもあるが、それだけではない。 長瀬はこっそりと後方の一段高くなっている指揮官席を一瞥した。そこでは、普段は報 告を受けるだけで現場に出てくることの少ない篠塚弥生三佐が、本城二尉から何かを耳打 ちされていた。篠塚三佐は長瀬を見るとうなずいた。 長瀬はため息をついて裕介に言った。 「よし、そいつで空を飛んでこい」 ……昔々あるところに、せりおというひとつの機械がありました。せりおには、kSu-37V FXという双子の姉妹がありました。ふたつはとても仲良しで、いつも何をするにも一緒で した。 ある日、あるとき、ふたつの育ての親である、研究者たちが言いました。 「ふたつはもう大人なんだから、そろそろ別々のことをしてはどうだろう」 ふたつのうちkSu-37VFXはふたつが別々の事をするのは怖いことだと思いました。 けれども、せりおはそんなkSu-37VFXを説得して、研究者達の言うことを聞いてみようと いいました。せりおは、今度kSu-37VFXと一緒になる裕介くんはとても面白いヒトだと言い ました。 それに、これは秘密なのですが、せりおとkSu-37VFXは離れた場所にいても心が通じてい たのです。 その日、kSu-37VFXは長瀬たちが管制室から見守る中で、無事に事前の飛行計画をこなし て見せた。裕介はいつもどおりいくつかの軽い冗談をとばし、管制室は和やかな空気に包 まれた。 裕介はジェル状緩衝材につつまれていた。生温かく、浮力を持つ緩衝材の中で、裕介は 自分の感覚をひとつひとつ断ち切ってゆく大きな鋏の鳴る音を聞いた気がした。 実際、軽口を叩きながらも、裕介は自分が限界に近いことを知っていた。 kSu-37VFXにはキャノピーが存在しなかった。ジェルの中に浮かんだ裕介は、頭部のビデ オゴーグルから外部の情報を得ざるをえなかった。コンピュータを通り編集された、加工 された現実をだ。 加えて、その他の刺激は皆無に近かった。両手は機の操縦系を握っているはずだが、そ れすらも裸眼では確認できなかった。 そして裕介は気が付いた。自分が一人で飛んでいるのではないのだと。 ……目の前を、光をまとった少女が飛んでいた。裕介はそのことを少しもおかしいとは 思わなかった。 さらさらとした紅い髪は、光の微粒子をはらんで風になびいて揺れていた。風を受けと めるために広げられた両手は、あくまでも優しく繊細だ。 裕介は少女を凝視していた。少女は裕介に気が付くと、満面に笑みを浮かべて裕介のほ うへと両手を伸ばした。 裕介は少女の身体を受けとめた。二人の身体はかさなって、かさなるよりも深く浸透し て…… そしてそれから十分後、管制室とkSu-37VFXの通信は途切れ、同時に地上にいたセリオが この世のものとは思えない恐ろしい悲鳴を上げて停止した。 To be continued...? --------------------------------------------------------------------------------- NextAcsece... 『わたし、お願い癖があるの――』 『――感情など、ただの機能に過ぎません』 『企業がエスピオナージュにどれだけの金をかけているか――』 『――人生はジョークよ。死がそのオチだわ』 『許さない。私が、そんなことは許さない』 次回、パイロット第七話『ナイフの日』