戦場のチェリーブロッサム  投稿者:ざりがに


 ジェイムズ『突撃』カーバイン、
 すなわちジェイムズ・アサルト・カーバイン、
 すなわち『突撃騎銃』ジェイムズことジェイムズ・A・カーバイン中尉(二十九歳離婚
暦あり、オーストラリア陸軍所属)は、目下のところ人生最大の危機に瀕していた。
 というか、既に危機の真っ只中にいた。

「ジーザス」
と一緒に捕虜になったスティーブが言う。
「死にたくないよ」
と言ったのはドイツ系のリチャードだ。
「ゴーゴー、ヤンキー」
これはもちろん、ジェイムズ達を捕虜にしたゲリラの一人が口にした。
 そう、ジェイムズ達はつかまっていた。


 中央アジア、ザリガニスタン共和国。
 この国は、冷戦時代、いわゆる『東側』に属していた。
 国を支配していたのは、共産主義者。ということになってはいたが、本当はただの金の
亡者たち。
 そしてソヴィエト崩壊後。国を支配したのは、一晩で共産主義者から資本主義者に変わ
って見せた、やっぱり金の亡者たち。
 住民達は不幸だった。働いて、搾取されて、働いて、搾取されて。
 住民達は本当に不幸だった。それこそ、おもわずコーラン至上主義イスラム反政府ゲリ
ラを支持してしまうほどだ。
 話を聞いて、ジェイムズ達も同情した。政府とゲリラの戦闘が激化して、国連が政府側
に立った介入策を発表したとき、国連に怒りを覚えたほどだ。
 そのときは、まさか自分がそこにいく羽目になるとはおもっていなかった。


「ゴーゴー、ヤンキー」
とゲリラは言う。ゲリラはヤンキーを憎んでいる。
 資本主義者に早変わりしたザリガニスタン政府を支持したのは、主にアメリカ人と日本
人だ。理由は簡単で、この国に油が出る見こみがあったから。
 国が国民から搾取する。ヤンキーとジャップが国から搾取する。これが、この国の人間
が考える常識だ。
「おい」
とスティーブが声を荒げる。
「俺達は、ヤンキーじゃないぜ……」
確かな怒りを込めて口にする。
 だが、ゲリラ達は他に英語を知らないように、
「ゴーゴー、ヤンキー」
を繰り返す。ゴーゴー、ヤンキー。行け、行け、アメ公。

 捕虜達は山の稜線を歩かされていた。山の向こうにはゲリラのキャンプがあるという。
 捕虜になったのは、オーストラリア陸軍を主体とした、国連の一個小隊ほどだ。現地ス
タッフを数に入れて、その数三十から四十人。
 だが、その中にアメリカ人はいなかった。それどころかアメリカは国連に兵士を提供し
ていなかった。どうやら、いまの大統領の支持率が高いのが原因らしい。日本人について
は誰も期待していなかった。

「スティーブ、黙っていてくれないかな」
と言ったのはリチャードだ。ジェイムズは、こいつのおかげで『兵士にするならドイツ系
かアイルランド系』というアメリカ人の神話が嘘だとわかった。リチャードには、まるき
り度胸といえるものがなかった。
 ジェイムズが無視を決め込むと、リチャードは気弱な笑みを浮かべて
「ほら」
と言った。あごでゲリラの一人を示す。
 ジェイムズもそれには気付いていた。まだ少年のような顔をしたそのゲリラは、全身、
がちがちに緊張していた。肩からつるした小銃の、引き金には指がかかりっぱなしだ。
 一応、見るべきものは見ているわけか。一瞬、ジェイムズはそう思ったが、じゃあなん
で俺に話しかけて来るんだ馬鹿野郎と思い、すぐに評価を元に戻した。
「ねえ、僕達、どうなるのかな……」
リチャードはそうしていないと不安になるのか、しつこく話しかけてきた。
「だまれ」
とジェイムズは小声で言う。
「今、俺は忙しい」
 何が忙しいのさ、とリチャードは言い、それをゲリラに聞きとがめられた。

「シャラップ・ユア・ファッキン・マウス」
だまれ、その糞ッ垂れの口を閉じろ。ゲリラはそう言ってリチャードの背中をどやしつけ
た。リチャードは泣きそうな顔をして口を閉じた。
「おい」
いいかげんにしろ、そう言おうとしたスティーブは、銃で顔を殴られた。
 ジェイムズは全てを無視して黙っていた。
 他の捕虜たちの何人かは、ゲリラよりもジェイムズを非難がましい目つきで眺めていた。
 やっぱり、あの噂は本当らしい。何人かの捕虜はそう考えた。ジェイムズ・カーバイン
が『アサルト』なのは、そしてジェイムズが離婚したのは、ジェイムズが風呂場で自分の
娘に『突撃』しかけたからだという噂のことだ。
 そしてそう考えた者達は、ジェイムズはやっぱり人間のくずなのだと結論づけた。


「お前さんも大変だねえ」
と言ったのは、リーダー格のゲリラだった。
「他の連中が浮ついている中で、一人、冷静でいるだけなのに、見ろよ、連中、お前に含
むところがあるみたいだぜ」
多少なまりはあるものの、ゲリラが喋ったのはほぼ完璧な英国英語。そのなまりに、ジェ
イムズは聞き覚えがある気がした。
「あんた、ザリガニスタン人じゃないだろう……」
ジェイムズは引っ掛けるつもりで言ってみた。今なら喋っても問題がないと思ったことも
ある。
「ザリガニスタン人の大半は、タジク、ウズベク、朝鮮系の混血だ。あんたは、どちらか
というと日本人に近いと思う」
言いながら、ジェイムズは自分ではほとんど信じていなかった。いまは、情報が欲しかっ
た。その糸口になればいいと思っていた。
 だから、ゲリラの次のセリフに、ジェイムズは内心驚いた。
「よくわかったな」
ゲリラは感心した口調でそう言った。
「そうだ、俺は日本人だ……、SDFにいたこともあるんだぜ」
「そのあんたが、なんでこんな糞ッ垂れの便所でゲリラのまねごとをしてるんだ……」
ジェイムズはSDFというのが何を指す略語か知らなかったが、気付かないふりをして質
問した。
「軍事顧問さ」
とゲリラは言った。
「教えて、殺して、ダラーたっぷり。なかなか割のいい仕事ってやつ」
「雇い主は誰なんだ……」
「それは企業秘密ですよ、お客さん」
ゲリラは茶目っ気たっぷりに話を打ち切った。ジェイムズは喋りすぎたかと不安になった
が、ゲリラの言葉でそうではないことが判明した。
「着いたぜ、お客さん。我らがキャンプ。我らがホーム」
 そしてその言葉が全てを地獄へ引きずり込んだ。


 キャンプの入り口には子供が立っていた。後ろには母親らしき人影があった。ジェイム
ズ達を連行してきたゲリラの一人が、歓声を上げて手をふった。
 他のゲリラも歓声を上げた。ゲリラのほとんどは訓練されたアマチュアにすぎない。帰
る場所があるのはいいことだ。
 ゲリラの間に、なごんだ空気がただよった。
 そして全てが吹き飛んだ。

 いきなり、そう、本当にいきなり、戦闘爆撃機が突っ込んできた。それに寸前まで誰も
気付いていなかった。山の向こうに点が見えて、気が付けばキャンプの上空にいた。
 信じられないほどの運動性能、信じられないほどの低空飛行。キャノピーのないその戦
闘機は、二機編隊でキャンプ上空にくると、クラスター弾をばら撒いた。

 キャンプは一瞬で吹き飛んだ。手をふっていた子供も吹き飛んだ。
 最初に歓声を上げたゲリラが絶叫をあげて、ジェイムズのわからない言葉で何かを言った。
 日本人ゲリラはいきなり銃でジェイムズを殴った。
「貴様、おい、貴様、何をした!」
ジェイムズは声をあげて笑って見せた。もう一度ゲリラに殴られた。
「発信機だよ」
とジェイムズは言った。まだ、笑いの衝動が収まらなかった。
「俺の腕時計には、発信機とマイクが付いている。耳腔にはイアフォンを突っ込んである。
どっちも日本製だよ、俺達の居場所も、会話も、筒抜けだ」
 動物のような唸り声を上げて、ゲリラはさらにジェイムズを殴ろうとした。
 だが、それは果たせなかった。

 山の稜線からヘリが飛んできて、重機でゲリラを掃射した。
 ローターが空気を叩く音にまぎれるように、ヘリから兵士達が降下し始めた。
 ゲリラはその兵士達に銃口を向けて、兵士達がまだほんの子供であることに気が付いて、
引き金を引くことに躊躇した。
 相手は躊躇しなかった。

「なんだ! なにが起きたんだ!」
ゲリラは突然の襲撃に混乱していた。それは襲撃者を見て増幅した。
 ゲリラ達を襲撃したのは、ジュニア・ハイにも届かなそうな、おさない暗緑色の髪をし
た少女達だった。
 少女達。そう、全員がちいさな女の子なのだ。全員が同じ顔をした女の子なのだ。ある
意味、これほど怖い敵はない。

 ゲリラは完璧に混乱した。混乱していないのは、リーダー格のあの日本人ゲリラだけだ。
「落ち着け! こいつらは……メイドロボだ!」
日本人ゲリラが声を張り上げる。まだ、諦めずに、混乱を沈めようと考えている。
 こいつは邪魔者以外の何者でもない。
「スティーブ! リチャード!」
ジェイムズはその日本人ゲリラの足を払いながら絶叫した。ゲリラは不意をうたれて転倒
した。
 スティーブとリチャードの反応は早かった。
 スティーブはその場で回転して、ジェイムズに銃を向けた若いゲリラに、重い回し蹴り
をお見舞いした。
 リチャードは靴底に隠していたナイフを抜き出して、泣きそうな顔をしたまま日本人ゲ
リラの肩に突き刺した。
 立ちあがったジェイムズは叫んだ。
「武器を奪え! 応戦しろ! 連中はただの素人だ!」
いいながら、ジェイムズはすでに奪った銃を撃ちだしていた。
「いくぞ! 突撃!」

 五分後、戦闘は終わっていた。


「あー、どもども」
と言った襲撃部隊の指揮官は、馬のような顔をしたナガセという名のアジア人だった。
「どうも……ゲリラの中に、日本人がいるとか言う話を聞いたんですが」
ナガセはジェイムズに尋ねてきた。背後では、マルチと言うタイプのメイドロボが、黙々
と周囲を消毒、つまり痕跡を消していた。
 男の態度に反感を覚えつつも、ジェイムズは肩に包帯を巻かれた日本人ゲリラをあごで
示してみせた。
「どうも」
ナガセはそう言うと、ゲリラのもとへと歩いていった。ジェイムズは何が起こるのかと見
守っていた。
「おーい、マルチー」
ナガセは間延びした声でそう言った。マルチはナガセに銃を渡した。ずいぶんと大型の、
銃身を切り詰めたショットガン。
 何を、と言う暇もなかった。ナガセは日本人ゲリラの顔に散弾を撃ちこんだ。

「おい! 何をしてるんだ!」
ジェイムズは長瀬に手をかけようとして、メイドロボに銃をつきつけられた。
 感情を映さないメイドロボの透通った目に、ジェイムズは思わず恐怖した。
「ここに日本人などいなかった」
ナガセは淡々とした口調でそう言った。
「ザリガニスタンの反政府ゲリラが一人、国連の捕虜の反撃にあって死亡した。まあ、そ
ういうことにして欲しいわけです、私達は」
「お前も日本人か」
というジェイムズの質問に、ナガセは直接答えなかった。
 ナガセは冷たい視線をジェイムズに向けて、
「国連の捕虜も死亡したほうがいいかもしれない」
とつぶやいた。それで全てが決定した。


「お前達は、何者なんだ!」
 ジェイムズは敗北感にうちひしがれながら、ヘリに乗り込むナガセとメイドロボ達に絶
叫した。ここであったことを喋らないと誓った以上、それだけは知っておきたかった。
 ナガセがよくぞ聞いてくれたという風に目を輝かせてふりかえった。



「天知る地知る人が知る」
 おい。
「悪を倒せと俺を呼ぶ」
 こら。
「我が国にとってちょっと政治的に都合が悪いかなー、と思ったところに颯爽と登場、金
と暴力で全て解決。(ピー)国政府が(ピー・ピー)財閥と手を組んでうまれた特殊部隊、
そう、私達は……」
そこでメイドロボ達がポーズを決める。
「メイド戦隊、クルスガワー!!」
爆発音がして、背後で火柱が立ちあがった。





 ジェイムズは、なんか、もう全部台無しという気がした。





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 参考出展、部内名称『ザ・台無し』、『パイロット』プロトタイプB、ごめん、しばらく
旅に出ます。どうか探さないでください。