パイロット(包帯と、眼鏡のつると長い髪の毛)  投稿者:ざりがに


「――大丈夫です」
セリオは力づけるような口調で言った。
「――長瀬裕介二等空尉は、本人が思っているよりも私達に近しい存在です。あなたが私
を受け入れてくれるように、長瀬二尉を受け入れるのは容易でしょう」
 コックピットの中にある、いくつかの計器が反応した。
「――いえ、そんなことはありえません。彼は確かに人間です。言ってみれば、その……
魂のありようが、私達に近いのです」



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 『パイロット』

  THE PILOT

    by
  ZaRiGaNie
    1999

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(承前)



 包帯と、眼鏡のつると長い髪の毛。
 裕介と過去のある時期とを結ぶ、それは細くあやうい糸だった。


 ドールハウスへ来た裕介を最初に待っていたのは、『無人戦闘機』への機種転換訓練と
いう、面白くもなく、ただ面倒なだけの現実だった。
「この、直接揚力制御というのはなんですか」
 とある座学の時間のことだ。裕介は、臨時に教官役を勤める長瀬源五郎に質問した。
 kSu-37VFXに関する教育は、それを実際に操縦した『人間』がいないということもあり、
教官役に来栖川の技術者やkSu-37VFXの整備担当者などを取り揃え、とにかくkSu-37VFXに
関する各種情報・ノウハウを、無理やりパイロットの頭に詰め込もうという、きわめて乱
暴なものだった。
「ああ? ちょっと待ってくれ」
ホワイトボードの前に立った長瀬は、ドールハウス謹製らしいプリントアウトの束をめく
って、裕介の質問に答えるページを探そうとした。
「ええと、丸秘のスタンプが多すぎて詳しいところはわからないんだが、機の置かれた状
況によって、主翼断面形状がリアルタイムで変わるらしい」
長瀬は難しい顔をしてそう言った。
「それだと主翼内に燃料タンクなんかは置けませんよね? それに機械的稼動部分が増え
て整備に影響が出るんじゃないですか?」
「私が知るかい」
長瀬は投げ出すような口調で言うと、実際にプリントアウトを放り出し、近くの椅子に身
を投げ出した。
 長瀬は疲れているようだった。長瀬はいつのまにかkSu-37VFX実験飛行隊の実質的なナン
バー2とみなされており、皆が長瀬のもとに面倒の種を持ち込んだ。
「すまん、ちょっと休ませてくれ」
 裕介は床に落ちたプリントアウトを黙って拾い、何もいおうとはしなかった。
 黒ぶちの眼鏡をひたいに押し上げ、まぶたの上から眼球をもむ長瀬を横目に見つつ、裕
介は拾ったプリントアウトをめくってみた。

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 Q、
   なんでわざわざ人工知能を乗っけた飛行機を作るんですか? ミサイルに人工知能
  を乗っけても、結果は同じじゃないですか?

 A、
   ランボーが爆弾を抱えて戦車に特攻をかけるより、ランボーが戦車に爆弾を投げた
  ほうが結局安くつくからです

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「なんですか、これ?」
 裕介は思わず声に出した。
「私の部下に教員免許を持っているのがいてな」
 長瀬が目元をマッサージしながらそれに答えた。
「お前に詰め込み教育をするためのテキストをそいつに作らせたらば、万事が万事その調
子だ」
「教員免許って、小学校の?」
「一応、高校まで教えられることになっている」
 裕介は首を振ってプリントアウトを閉じると、気遣わしげに親戚にたずねた。
「おじさん、なんか疲れてますね」
 長瀬はのどの奥でうなってそれに答えた。
 しばらく、二人は黙っていた。
「裕介」
 やがて、ぽつりと長瀬が言った。
「まだ、もどらないのか、お前の記憶は」
裕介は軽く肩をすくめて見せた。
「高校時代のことですね? ええ、僕の高校時代の記憶はすっぽり、完全に抜けています」
「S−市の集団発狂事件」
長瀬は淡々とした口調でつぶやいた。
「お前の両親はそれで死んだし、源一郎も行方不明だ。お前は本当に、何を見たんだろうな」
「本当に覚えていないんですよ」
裕介は何度もくりかえした言葉を言った。
 S−市の集団発狂事件。ガスが使われたという噂もあった。一晩で、街はその機能を失
ったらしい。住民の九割が何らかの理由で死亡している。生存者の九割も窓に鉄格子があ
る特殊な病院の中にいる。事件後、病院のベッドで目覚めた裕介は、そのどちらでもない
数少ないひとりだった。
「なにも、覚えていないんです」
もう一度裕介は口にした。
「そのときの記憶が完全にない。その日、僕はいつものように朝を迎えて、テレビのスイ
ッチを入れた。両親が起きてこないことをおかしいとも思わず、僕はパンをトースターに
セットした。なかなかパンが焼けないと思ったら、トースターのコンセントが入っていな
くて、僕はそのことで自嘲して……」
 裕介は長瀬の座っている椅子へと目を向けた。
 どれくらい疲れていたのか、長瀬はすでに眠っていた。


 包帯と、眼鏡のつると長い髪の毛。
 裕介と過去のある時期とを結ぶ、それは細くあやうい糸だった。
 裕介が高校生だったときに起きた、S−市の集団発狂事件。裕介は当時の記憶を失って
いた。
 包帯と、眼鏡のつると長い髪の毛。それは、病院で目覚めた裕介が持っていた、唯一の
手がかりらしきものだった。
 正確には、それらは裕介の吐瀉物の中に含まれていた。
 それらの物は長時間、裕介の腹の中にあったのだ。


 廊下に出たところで、裕介はオペレーターの本城二尉と顔を合わせた。直、非直を問わ
ず長瀬と共にいることの多い本城二尉は、陰で長瀬の副官と呼ばれていた。
「長瀬二尉って、あの、本当にあの長瀬主任と親戚なんですか」
 軽い挨拶をかわした後に、世間話のつもりだろうか、本城二尉がたずねてきた。
「似てないかな?」
裕介は少し笑って見せた。歳が近いということもあり、裕介と本城二尉はわりと気安く話
が出来る仲になっていた。
「はい、あ、あの、いえ。ただ、長瀬二尉のほうが少し女の子みたいだな、と思って」
「源五郎おじさんも昔はそうだったかもしれないな」
裕介はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「まあ、僕はまだましなほうだね。親戚に彰っていうのがいるんだけど、彼なんかまるっ
きり女の子だからね」
「でも、篠塚三佐には気をつけてくださいね」
本城二尉はそこで声を低くした。
「気をつけていないと、篠塚三佐に食べられちゃいますよ」
 裕介はなにか冗談を言おうと思い、本城二尉の表情があまりにも真剣であることを見て
それをやめた。


 どこかでシャワーを使う音がする。
 一日の勤務を終えたメイドロボが、空いているシャワールームに全員無理やり詰め込ま
れ、一日のほこりを取るために頭から冷水を浴びせられている音だ。
 メイドロボには人権はない。だから裸を隠す必要もない。
 一度、現場を見たことがある。何十体ものメイドロボが、うつろな目をしてうつむいて、
黙って水流に身を任せている。
 それを見て裕介は、ナチのガス室を思い浮かべた。



                               To be continued...?

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 昔、『ドクター・アダー』という、裏ヒロインのヴァギナに牙が生えているいかす小説
があったです。
 メイドロボメインの話を書こうと思っていたのに今回、メイドロボ最後のほうしか出て
こないです。
 感想とか書きたいけど時間ないです。
 すみませんです。