「本実験計画は、すでに決定事項です」 弥生はさきほどと同じ言葉をくりかえした。 「パイロットもすでに決定しています。長瀬裕介二等空尉。私が直接声をかけました」 「篠塚三佐……」 「彼も面白い経歴の持ち主ですね」 弥生は言った。 「S−市の集団発狂事件。彼はその生き残りだそうですね。例の事故による怪我も驚異的 なはやさで回復している。普通の人間にはありえないほど」 長瀬は言うべき言葉を失った。 ================== 『パイロット』 THE PILOT by ZaRiGaNie 1999 ================== (承前) 埼玉県狭山市にある、航空自衛隊入間基地。 本来、国内に三つある輸送航空隊の根拠地のひとつであり、実戦戦闘機部隊をもたない この基地に、kSu-37VFX実験飛行隊は一時の宿を求めていた。 これは、kSu-37VFX実験飛行隊が自衛隊内においても継子、鬼子のたぐいであることを示 す一方、長瀬源五郎をはじめとする来栖川からの出向者達が入間の電子開発実験群に納入 された来栖川製のコンピュータを必要としたという実際的な理由もあった。 古いガレージを改装したkSu-37VFX実験飛行隊の仮宿舎をさして、人々は『ドールハウ ス』という言葉をつかった。 病院を出て、そのままkSu-37VFX実験飛行隊に異動になった裕介を出迎えたのは、親戚の 長瀬源五郎と、裕介の知らない若い女性幹部だった。 「なんでここが『ドールハウス』と言われているのかわかりましたよ」 開口一番に裕介は言った。裕介は片手で宿舎の前に立つ人影を示した。 kSu-37VFX実験飛行隊の宿舎の前に、衛兵よろしく立つ二つの人影は、どちらもメイドロ ボだった。それはミリタリー仕様のマルチタイプで、対光学視認偽装迷彩インバネスを着 こんで肩にミニミ分隊機銃をかけていた。暗緑色の髪をうしろに撫でつけ、ひたいに軍用 ビデオゴーグルを押し上げたマルチの姿は、人々がマルチというメイドロボに抱いている 印象を完全に裏切っていた。裕介はためしに手を振ってみたが、メイドロボ達があまりに 戦闘的な疑惑をこめて裕介を見返したので、それをやめた。インバネスのすそが吹きすさ ぶ風にはためいていた。 「kSu-37VFX実験飛行隊は、その構成隊員の30パーセント以上がメイドロボだ」 長瀬が今にも肩をすくめそうな声で説明した。 「まあそのほとんどが、この子たちのような単純労働だが。我々は人員に恵まれているわ けではけっしてない。メイドロボでも出来る仕事は人間がやる必要はないだろう」 労働運動的な視点からはまた違った見方ができるだろうなと思いつつ、裕介は尋ねた。 「じゃあkSu-37VFX実験飛行隊ではメイドロボと人間を同等に扱っているということです か?」 「同等というには程遠いが、まあそれに近いといってもいいかもな。何といっても肝心の kSu-37VFXのパイロットがメイドロボなんだ。それに来栖川の人工知能技術のレベルの高さ もある。kSu-37VFX実験飛行隊では、人間の隊員をHR隊員、メイドロボの隊員をHD隊員 と呼んでいるよ」 「HR? HD、ですか?」 「ヒューマンレースとヒューマノイドです」 それまで口を開いていなかった女性幹部が口を挟んだ。裕介は始めて気が付いたかのよう に女性幹部のほうを向いた。実際に気付いていなかったのかもしれない。長瀬源五郎には 集団の中で彼一人を際立たせるような、形容しがたい何かがあった。 長瀬が言った。 「おっと、紹介が遅れたな。ああ、紹介しよう。こちらはkSu-37VFX実験飛行隊のオペレー ターをつとめている、ホンジョウトシオ二等空尉だ」 本城俊生、と長瀬は指で空中に書いて見せた。 「たぶんあなたのほうが先任ですね」 裕介はそう言って先に敬礼をして見せた。大真面目な顔をしてはいたが、その動作には そこはかとないユーモアが見て取れた。本城二尉は軽く口元をほころばせて返礼した。 「本城二尉には、kSu-37VFX実験飛行隊を案内してもらうことになっている。とりあえず分 からないことがあったら二尉に聞け。私もいくらかは相談に乗ろう」 「わかりました」 裕介はうなずいて、片手に下げていた荷物を持ち上げて見せた。 「じゃあ、さっそく。とりあえず、僕の部屋に案内してもらえませんか?」 二尉は裕介を案内した。 kSu-37VFXの開発は、いわゆる進化シミュレーション的手法を持って行われた。 物理環境をシミュレートした仮想空間の中を、やがてkSu-37VFXと呼ばれることになる支 援戦闘機の原型は何百時間も飛びつづけていた。この『何百時間』というのは外から見た 時間、実際にコンピュータを走らせた時間のことであり、kSu-37VFXの『主観』ではそれは 何千年にも相当した。 kSu-37VFXの原型の原型になったのは、フランカーの名で知られるロシア製の大型戦闘機 で、来栖川重工はその設計図を買い取り、その何千もの異なったヴァージョンを作りシミ ュレータのなかに放りこんだ。その中で良い成績をとったものはご褒美に次の世代の原型 となり、その何千もの異なったヴァージョンが新たに仮想空間の中を飛びまわった。 評価を下すのはエキスパートシステムだった。コンピュータの中で起こる無機物の進化 は、人間が観察するには早すぎた。世代を重ねるうちに、仮想空間の中を飛ぶ戦闘機は人 間の設計を超えた存在へと進化をはじめた。やがて、システムは戦闘機の中で一番改良の 余地があるのはパイロットであることに気が付いた。人間のパイロットは切り捨てられた。 新たに選ばれたのはメイドロボ、人間の形をした機械だった。 セリオはkSu-37VFXのコックピットの中にいた。kSu-37VFXはハンガーの中にあり、セリ オがそこにいる必然性はまるでなかった。 セリオは誰かの声に耳を傾けるかのように、目をつぶって身体の力を抜いていた。 やがて、セリオは目をあけた。 「――大丈夫です」 セリオは力づけるような口調で言った。 「――長瀬裕介二等空尉は、本人が思っているよりも私達に近しい存在です。あなたが私 を受け入れてくれるように、長瀬二尉を受け入れるのは容易でしょう」 コックピットの中にある、いくつかの計器が反応した。 「――いえ、そんなことはありえません。彼は確かに人間です。言ってみれば、その…… 魂のありようが、私達に近いのです」 また、計器が反応する。 「――ええ、そうです。彼があなたを傷つけることはありません。それよりも、あなたが 彼を傷つける可能性のほうが高いでしょう。けれど、そちらのほうの問題も、どうやら長 瀬主任が解決の方法を見つけたようです」 計器は満足げに反応すると沈黙した。kSu-37VFXは無駄な会話を好まなかった。セリオは人 間から学習したボディランゲージを実行した。セリオは安心したように、その場で小さく ため息をついた。 To be continued...? --------------------------------------------------------------------------------- インバネスというのはとんび、つまり書生風マントのこと。 女性幹部という表記について、自衛隊では一般の軍隊における士官にあたる階級の人間 を幹部と称するそうです。あほか。 パイロットはこれまで パイロット(長瀬源五郎視点) パイロット(長瀬裕介視点) パイロット(氷の猛女) が書かれています。書くのは完全に気が向いたときです。正確には、書けるネタを思いつ いたときだけです。 長瀬源五郎視点、長瀬裕介視点の元ネタに付いては、一部の方にはわかったようです。 申し訳ありません、メールの返事遅れました。『漂流……』を元ネタにしたSSについて はただいま検討中であります。以上、私信でした。 感想とレスはどうか勘弁を。この文章はやんごとない理由によりスタンドアローンの PCで書かれております。これからFDにうつしてネットにつながるPCに移動する予定 です。 (インターネット? 十秒でやれ) (そりゃあ無茶ってものですよ、おやじさん) 今回はここらへんで。でわでわ。