「無人標的機、いきなり方向を転換しました!」 「アフターバーナーに火を入れて……」 「くそ、温存していやがったんだ!」 「kSu-37VFXに特攻します!!」 「なっ」 まさに一瞬の出来事だった。 kSu-37VFXに向かって、無人標的機が加速する。 「間に合わない……?」 誰かが言った。 そして―― ================== 『パイロット』 THE PILOT by ZaRiGaNie 1999 ================== (承前) 目が覚めてもしばらく、裕介は自分がどこにいるのかわからなかった。 ぼんやりと天井を眺めるうちに、気泡が水面を目指すように、ゆっくりと意識が浮かび 上がってきて……。天井が見なれた自室のものではないことに気がついた。 病室のベッドの上で、裕介は目覚めた。 頭には包帯が巻かれ、腹部の感覚が鈍かった。 なぜ自分はこんなところにいるのだろう、と裕介は思った。 そして記憶が戻ってきた。 ……イーグルが無人標的機と接触した後、裕介はなんとか緊急脱出シークエンスを実行した。 イーグルが火を吹いたのは、裕介がシートごと射出されたすぐ後だった。 自分に向かってきた破片がいくつか、シートを貫いてわき腹のあたりを傷つけた。訓練 用のビデオゴーグルが砕けて視界がひらく。 前方を飛んでゆくkSu-37VFXの姿が見えた。キャノピーのない戦闘機。 人間の手の届かぬところで創りだされた、見ようによっては異質ともとれるデザインだ。 各国が一度は興味を持ちながら、ねじれなど技術上の問題から諦めた前進翼機。 上下計四枚の垂直尾翼は、必要に応じて角度を変える。 Kurusugawa/Sukhoi 37th VFlanker - X。 その仮称にふくまれるVはいくつもの意味を持っている。 VはVariable、可変のVだ。 VはValuable、有効・有用のVだ。 Voluptuous(官能的)。Vivid(鮮やかな)。Valkyrie(戦乙女)。Volunteer(志願兵)。 そして、Virtual、虚像のVだ。 パラシュートが開いて衝撃が来た。 裕介はkSu-37VFXから視線をはなさない。 乗っているのはメイドロボだ。自分が乗れるとも思えない。だが、それでも。 「美しい」 口に出してつぶやいてから、裕介は意識を失った。 ……裕介は思い出した。 自分は、その後病院へ運び込まれて、治療後、この病室に入れられたのだ。 親戚の源五郎が、見知らぬ女性幹部と共に、無人標的機の行動に関する調査結果を教え に来たことを覚えている。 ドアをノックする音がした。裕介は「はい」と返事をして姿勢を正した。 病室の中に入ってきたのは、十代の少女のような見かけのメイドロボだ。 「――おかげんはいかがですか」 と、メイドロボは裕介にたずねた。 「あなたは?」 裕介は礼儀の上からも聞き返す。 「――あなたが助けてくれたkSu-37VFXのパイロットです、長瀬二尉」 メイドロボはセリオと名乗った。 「僕の耳は大丈夫かな……、二尉だって?」 はい、とセリオ。 「――今回のことが昇進を早めたのでしょう」 「それを言いに、わざわざ?」 「――いいえ」 セリオは懐から細いスティック状の物を取り出すと、口にくわえてオイルライターで火 をつけた。 煙草かと思い顔をしかめる裕介に、「――システムの洗浄剤です」とことわってから、 「――長瀬二尉。あなたのとった行動について、理由を聞かせてください」 とセリオは言った。 「自分がkSu-37VFXをカバーしたわけですか」 裕介は多少口調をあらためた。 「自分はkSu-37VFXを守れと命令されていましたので」 「――ナンセンスです」 とセリオは言った。 「――わたしは回避できました。その途中で攻撃さえできたでしょう。あなたの行動は、 ただ、わたしを邪魔しただけです」 裕介のベッドシーツをつかむ手に力が入る。 「――もうひとつ。なぜわかったのですか。センサーにはそんな兆しは現れていなかったのに」 「予感です。無人標的機の様子をおかしく感じた」 裕介は思いをうまく言葉にできないことにいらだった。 「その感覚に、素直に反応しただけです」 「――そのせいで、今回は命を落とすところだった」 「kSu-37VFXを守れたのだから今回の任務は成功です」 自分も質問してよろしいですか、と裕介は言った。 「――ええ」 「なぜすぐに攻撃をしなかったのです」 セリオの顔をまっすぐに見る。 「――あなたならすぐ撃墜しましたか」 「それが命令ですから」 「――わたしは撃つまでもないと判断した」 セリオは言った。 「――彼はもうミサイルを射耗していた。万が一にも勝てる見こみはなかったのに。あんな 状態で攻撃してくるなんて自殺行為です。そして、そのとおりになった」 裕介は、セリオの言う『彼』というのが無人標的機をさしていることに気がついた。 「――わたしには、理解できない。生き残るチャンスがあったのに」 「彼らはああするしかなかったのですよ」 裕介は穏やかな口調で言った。言いながら、自分がメイドロボを相手に、標的機がまるで 人間であるかのようにしゃべっていることを可笑しく思った。 「あの無人標的機は、我が国の同盟国が、自国防衛産業のために、我が国に買わせている ものなのです。調査でわかったことですが、再利用は最初からできないようになっていま した。助かる機会があったとしても、あの標的機にはあなたを攻撃する以外の選択肢など もとから用意されていなかったのです。 あなたと握手をさせてください。あなたを救えてよかった。kSu-37VFXは無人機のようで した。本当にそうだったなら、僕は自己嫌悪に陥ったかもしれません。でも、いまのお話 をきいて僕は、自分の行動に誇りを持てます」 一瞬の沈黙のあと、セリオは言った。 「――ナンセンスです、それも」 身も蓋もないセリオの言葉に、裕介は今度こそ声をあげて笑った。 To be continued...? --------------------------------------------------------------------------------- パイロット、長瀬源五郎視点の続きです。 とりあえず『プロローグ』が終わったって感じですかね。 Valuableはこじつけだろう、自分。 航空機関連のあれやこれやは、とりあえずそこらの本をななめ読みしてでっち上げたも の、頭文字Vのところは、英語の辞書からの拾い読み。 「そいつぁ違うぜ」とか「ひどい間違いだな、おい」 と思われた方は、当SSをまるごとコピーして直した後、更新履歴をつけてここの掲示板で 公開していただけるとありがたいです。 だるかったらすぱっとシカトしてください。 でわでわ。