パイロット(長瀬源五郎視点)  投稿者:ざりがに


 コンピュータが
 kSu-37VFXのパイロットを
 メイドロボだけに限ったとき
 人間たちは
 なかば嫉妬をこめて
 いっそ無人機にすれば良いといった

 kSu-37VFXは
 もちろん無人機だと
 コンピュータは
 答えた



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 『パイロット』

  THE PILOT

    by
  ZaRiGaNie
    1999

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「kSu-37VFX及び無人標的機、訓練空域に入りました」
 若い女性オペレーターの透き通った声が、管制室の中に響き渡った。
 その声を聞いた人間のほとんどが緊張の色を深める中で、長瀬は声の余韻を楽しみなが
ら、ポケットから取り出した煙草に百円ライターで火をつけた。
「あ、また吸ってる」
 ゆっくりと煙を吐出したところで、それに気がついた女性オペレーターが、管制室は禁
煙ですよ、と長瀬に言った。
「いいじゃないの、別に」
 長瀬はまだ二口しか吸っていない煙草をもみ消すと、女性オペレーターの座る椅子の背
に片手をついて、オペレーターの肩越しに正面ディスプレイへと視線を向けた。


 正面ディスプレイにはいくつかのウィンドウが重なり合うようにして開いていた。その
中のひとつに、この実験の主役であるkSu-37VFXが映し出されている。

 kSu-37VFX。
 来栖川重工航空機部門が自衛隊向けに開発した、試作支援戦闘機。
 Kurusugawa/Sukhoi 37th VFlanker - X。
 軍用航空機開発の目立った実績を持たない来栖川重工が、旧ソヴィエトの軍用機を開発
していたスホーイ実験設計公社から設計図を買い取り、フライ・バイ・ワイヤの知能化に
代表される様々な改変を行った、完成すれば世界最強となる大型戦闘爆撃機。
 今日はその戦技実験がおこなわれる日だった。


「あれ」
ディスプレイを見ていた長瀬が、とぼけた声を出して女性オペレーターにたずねた。
「対抗部隊は、無人標的機だけだったっけ?」
「無人標的機三機のほかに、イーグルが一機参加しています」
管制室には民間から来た人間もいるためか、女性オペレーターの口調は柔らかいものだ。
「長瀬裕介三等空尉。たしか、主任の……」
「そうだった」
 訓練空域を表すウィンドウに、新たな輝点が現れた。
 なんで誰も彼もが、自分のことを『主任』と呼ぶのだろうと思いながら、長瀬はその輝
点のパイロットに通信をつないでもらった。


 やあやあ裕介、久しぶりだな。こんなところで会うとは思わなかったよ。
 あれ、来栖川から来た技術者というのは源五郎おじさんのことだったんですか。いや、
どうもお久しぶりです。

 わざとらしく交わされる社交辞令。実際には、長瀬は実験に参加するパイロットが裕介
に決まった時点ですでに接触を持っている。この挨拶は、あくまでも演技だ。さらに続く
親戚同士の親しげな会話もそうだ。

『自分は仮想空間での戦技は嫌いです。先日も実際にはありもしない岸壁にぶつかったと
みなされて戦死です。くだらないと思いませんか』
『だまれ、裕介。訓練はもう始まっている。そろそろいくぞ』
『いけ、でしょう。おじさんは見てるだけだもんな』
『いいことを教えてやる。相手は、私の娘の中でも最高の一人だ。負けてばかりではもて
ないぞ』
『了解。ミサイルでもプレゼントしてきます』


 ちょっとしたおふざけを交えた短い通信。
 長瀬は通信を切って、ぐるりと管制室の中を見まわした。声を立てて笑いこそしないが、
管制室の人間も少しは肩の力が抜けたようだ。
 長瀬は言った。
「さて、諸君」

 いよいよ戦技実験が始まった。



 正面ディスプレイの一番大きなウィンドウに、実際には存在しない石柱が次々と描き出
される。
 これは、パイロット達がつけた訓練用のビデオゴーグルに映し出されるのと同じものだ。
 訓練をより複雑なものにすべく、現実を撮り込み、そこに描きこまれたアニメ・ゴースト。

「ミサイル接近、kSu-37VFX旋回します」
「kSu-37VFX、ミサイルを射撃中。撃破しました」
「しかし、あの機動を旋回と言っていいのか、その」
「重心を軸に回転して前後をいれかえたようです」
「つまり、ミサイル射撃中は後ろ向きに飛行していたことになります」

 管制室にいる人間は、大雑把に二種類に分けられた。
 ひとつは、軍人。いわゆる自衛隊の関係者達。
 そして、もうひとつは、技術者。長瀬をはじめとする来栖川グループの各処から集めら
れた者たちだ。

 長瀬はこの部屋の、技術者側の最高責任者であるとみなされていた。


「難しい顔をしていますね」
不意に声をかけられて、長瀬は我にかえった。
「やっぱり、模擬弾頭とは言えミサイルが飛んでいるようなところに親戚がいるのは気に
なりますか?」
 声をかけてきたのは、実験開始前に長瀬に煙草を注意した女性オペレーター、最近読め
るようになった階級章に拠れば二等空尉、いわゆる中尉の階級にある自衛官だった。
「いや、その」
長瀬は決まり悪げに口篭もった。彼女は裕介のことを言っていた。長瀬が考えていたのは、
まるで別のことだったのだ。
 だが、ありがたいことに、二尉はすぐに話題を変えた。
「どちらが勝つと思いますか」
「どちらが勝つと思う」
長瀬は逆に問い返した。
「互角だと思います」
「あのkSu-37VFXという機は」
長瀬は言った。
「……来栖川重工初の完全なコンピュータ・デザイン戦闘機だ。あれを設計したコンピュ
ータは、パイロットまで指定してきたよ。全員がメイドロボだ。人間では性能のすべては
引き出せないということだろう」
「ならばメイドロボのデータファイルを機体に移植して無人で飛ばすほうが良いのでは」
 女性オペレーターが長瀬にたずねた。
「データだけではうまく飛ばないんだ。メイドロボの体が一種のバッファとして働くらしい」
 彼らが話している間にも、kSu-37VFXはその性能をいかんなく発揮していた。


「kSu-37VFX、無人標的機二機を撃破、イーグルと残った無人標的機はミサイル全弾射耗」
「kSu-37VFXの圧勝ですね」
女性オペレーターの言葉に、長瀬もうなずく。
 問題が何も出なかったわけではないが――いくつかの改善すべき点が見つかっている――
おおむね期待した通りの、いや、期待以上の成績だった。
 kSu-37VFXから見た映像が、ディスプレイに映る。kSu-37VFXは無人標的機のななめ上方
を飛んでいた。裕介のあやつるF-15が近づいてきて、軽くバンクをして見せた。

「まあ、ここまでということで」
長瀬が言うのとほぼ同時に、kSu-37VFXが機首をめぐらせた。

と、

「無人標的機、いきなり方向を転換しました!」
「アフターバーナーに火を入れて……」
「くそ、温存していやがったんだ!」
「kSu-37VFXに特攻します!!」

「なっ」
 まさに一瞬の出来事だった。
 kSu-37VFXに向かって、無人標的機が加速する。

「間に合わない……?」
誰かが言った。

 そして――
 kSu-37VFXと無人標的機の間に、イーグルが立ち塞がった。





「セリオ!!」

 イーグルが無人標的機と接触して火を吹いても、長瀬は裕介の名前を叫ばなかった。



                               To be continued...?

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 もとネタあり。パクリとも言う。すでにこのネタでSSを書かれている方がいたら、ごめ
んなさい。
 被らないように、なるべくマイナーな方へマイナーな方へといってるんですが……

 また、こいつは闘魂秋吉氏のSSに触発された実験的小品なので、続きを書くかどうかは
気分次第。
 でわでわ。