ロボットだから  投稿者:ざりがに


 修学旅行の日程の中に、なぜか来栖川のメイドロボ解体工場見学というのがあった。
「まあウチの学校ってばそんだけ来栖川との関係が深いってことじゃない?」
 わかったようなわからないような説明をありがとう、志保。



 工場では、広報の兄ちゃんが不自然なまでににこやかな表情で
『来栖川のメイドロボはリサイクル率が世界一なんですよ』
だとか
『環境ホルモンに考慮した新素材を使っているため地球にやさしい仕様なんです』
などということを具体的な数字はひとつも挙げずに説明してくれた。
「へえ、そうなんですか」
 誰もまともに聞いちゃいなかった。


で、いよいよ解体現場。
「アイボールセンサーや毛髪といったものは最初の段階で回収されます」
 でかい万力の化け物で頭を固定されたメイドロボに、三本爪のロボットアームが伸びる。

 めりっ、ぶちぶちぶちっ

 ……いやあ、なかなか壮大な光景ですな。

「次に、内部の部品を回収する際に邪魔になる合成皮膚を剥ぎ取ります」
 世の中には、りんごの皮むき機というものがあるのをご存知だろうか。あれの大型、人
型用である。

 ごり、ごり、ぞぶぞぶぞぶっ

 ……後ろで誰かがのどから変な音を出した。
 気持ちはわかる。最悪だ。

「でまあ、そのあと取れるだけ取れる部品をとった後、いよいよ本格的にスクラップとな
るわけです。完全なフォード式というわけじゃないけど、ほら、ベルトコンベアに乗せら
れて、実に効率的なものでしょう」
 最近のメイドロボは肌の質感をよりリアルにするため、内部に赤く着色されたオイルを
循環させているものがある。ベルトコンベアは、流れ出るオイルと乾いたオイルで赤と黒
の染みだらけだった。後ろにいた女の子がしゃがみこんで嗚咽をあげた。


 と、突然、ベルトコンベアの上のメイドロボが動き出して、見学しているオレたちのほ
うへと腕を伸ばした。
 半ば以上解体された体で、必死に人口声帯を震わせて、何とか声に近いものをつくりあ
げる。

『タ……、タス、タ、ス……ケ……』

 オレたちが見ている前で、工場の職員が現れてそのメイドロボに金属パイプをお見舞い
して黙らせた。

「いやあ、たまに内部電源が生きているメイドロボがいて、動き出すことがあるんです。
あの金属パイプは工場の正式な備品じゃないけど、こういう現場では必要不可欠なものの
ひとつです」
 顔色ひとつ変えていない。広報の兄ちゃんは筋金入りのプロだった。



 化粧室から戻ってきてうなだれている委員長の背中をさすってやりながら、オレは他の
連中に目を向けた。

 雅史はあのあとぶっ倒れて、今はロビーの長いすに寝かされていた。
 レミーは何か英語でぶつぶつとつぶやいていた。目が怪しくなっている。
 志保はまだ化粧室から戻ってこない。
 あかりは……

「あかり!?」
 あかりはうっすらと微笑んでいた。
 ……やばい。こいつもイっちまったか。
 オレは委員長に声をかけてからあかりの元に駆け寄った。



「おい、あかり、大丈夫かよ」
「え、なに? 浩之ちゃん」
「なにがって、さっきの……」
「?」
あかりは心底わからないようだ。それどころか、その顔は純粋な恍惚感に輝いていた。
 オレは、ふと、不安になった。

「なあ、あかり。おまえ、今、なにを考えている?」
「えー、何でもないよ」
あかりが照れくさそうな表情を浮かべる。オレはそれを信じなかった。
「おい、あかり!! 何を考えていたんだ、今!!」
不安にあおられてオレはあかりの肩をつかんで激しく揺すった。
 面倒くさそうに揺すられるままになっていたあかりがぽつりと言った。
「マルチちゃんを…………」

マルチを!?

「なんでもない」
「おい、なんでもないってことないだろ、おい!!」
「なんでもないったら」
「おい!!」