鬼神祭(1) 投稿者:ざりがに
「まずは当局の対応を知っておかなきゃな」


人ごみあふれる街中を、皆の注目を集めて歩く人影がある。
よろめき歩く小柄なそれは、まだ日の長いこの時期を、大きなトレンチコートを羽織り、
それでいながら足は裸足で、そして耳のあるべきところには大きなセンサーがついている。
あまりに、怪しげな姿ではあった。あまりお近づきになりたい姿ではない。
そこで、人々はその人影を遠巻きにして、見てみぬふりを決め込んでいた。気づいていな
がら、気づかぬふりを。
街の中心、人の最も多い区画に来たとき、人影はコートを足下に落として空を見上げた。
まるで見えぬ何かにささげる祈りのように。
コートの下から現れたのは、全裸の、幼い秘部まであらわになった、マルチタイプのメイ
ドロボだ。
それを見たほとんどの人間が、思わず、驚きの声をあげた。露骨に嫌悪の表情を浮かべる
ものもいる。
その量産型マルチの首から下には、大小百以上の釘が無造作に突き刺してあったのだ。
これは、新手のストリート・アートだろうか。それにしたってこの趣味は……。
良識ある人々が眉をひそめる中で、量産型マルチは祈りを続ける。
量産型マルチはゆっくりと腕を持ち上げる。何かの意思に導かれるように。
量産型マルチはゆっくりと腕を頭上に広げる。天から何かを受け取るように。
そして最期に、量産型マルチはゆっくりと自身を抱きしめるかのような動作をして……。
閃光。


……本能のおもむくままに狩りを楽しむ。
手当たり次第に人間を殺し、気に入った女をさらって犯す。
本当に気に入った女は死ぬまで犯すし、途中で飽きればその場で殺す。
腹が減ったら獲物を食らい、喉が渇けばその血をすする。
覚醒後しばらくは、そのようにして日々を過ごした。
押し込められていたことの反動か、目に入る、耳に聞こえる、肌に触れる全てが圧倒的な
存在感で、それらを楽しむのに忙しかった。
だがそれもいつかは落ち着き、かつて柏木耕一と呼ばれた生き物の中にも理性に似たもの
が戻ってきている。
理性といってもそれは、あくまで狩りをする者、狩猟者としての理性なのだが。
いま、鬼がいるのは、不況でなかなか埋まらない郊外の建売住宅の一軒だ。
久方ぶりに人型を取り、だらしなくダイニングの椅子に腰掛けるその足下には、この家の
本来の持ち主が永遠にだらしない姿で寝そべっている。
若い夫婦の、女のほうが、裸に剥かれているのはご愛嬌というものだ。
理性を取り戻した鬼が考えたのは、今までのような狩りを続けていたのでは、いずれ、後
がなくなるということだ。
鬼の中には知識があった。鬼が、自らを人間と偽り生きていた頃の、柏木耕一であった頃
の知識を持っていた。
その知識をもって考えたのだ、今は次郎衛門の生きた時代とは違うのだと。
どんなに狩猟者としての力が優れていても、武器をもって押し寄せる人間の前にいつか力
尽きることがないとは限らないのだと。
物思いに沈んで、鬼は無言でテレビを見ていた。
テレビには、全身に釘を埋め込んだメイドロボによる爆弾テロの現場が映されていた。
元は足下に転がる人間の所有していたマルチタイプだ。
画面では、警察や消防による現場の捜査、負傷者の運び出しが始まっていた。
渋面をつくる警官の後ろに、半身を爆発で飛ばされた釘でハリネズミのようにした子供が
担架で運ばれるのが映っている。
テロに対する当局の反応は、鬼が想像した以上に迅速だった。
人道的な立場から言えば本当に迅速な行動はとられていないが、それでも、何かをつかむ
には十分な速さと言えた。
やはり、今のような狩りをしていてはいつか尻尾をつかまれる。
不快な情報を流すテレビをたたき壊して、鬼は思った。
今まではうまく立ち回ったが、いつかは、追い詰められるときが来る。数に任せた人間に
よる、屈辱的な死がまっている。
ではどうする? 狩猟者はダイニングを出て二階に向かう。
木を隠すには、森の中だ。では、鬼(キ)を隠すには……?
「同族だ」
狩猟者はベランダを抜け、するするとそこから屋根に登った。
自分は人類にとっての災厄だろう。ならば、災厄の種は多いほどいい。
鬼(キ)を隠すには鬼(オニ)の中だ。
どうやら答えを得たようだった。
月光の下で、狩猟者はそのもっとも狩猟者らしい姿へと返っていった。
犬の鳴き声があたりに満ちる。
鬼は月下に咆哮をする。全ての犬が鳴きやんだ。
そのことに満足げに喉を鳴らして、かつて耕一と呼ばれた鬼は、虚空の中へと飛び出した。

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どうも、先日勢いだけでssを書いたざりがにです。
本当は予告編だけ書いてばっくれる予定だったんですが急遽アイデアが
ふってきたので書き込みをば。

>『原作版デビルマン』 狗福さん
当初考えていたタイトルが『デビルマンエルクゥ』だったのは秘密の中のヒミツだ。

>鬼坂下 未樹 祥 さん
鬼ヴァージョンの坂下がえっち汁まみれになるか否かはみんなの応援次第だ。
ていうか応援してくれ。応援してください。お願いします。

ではでは。