彼方  投稿者:皇 日輪



        ぶつかる。
        そう思った時には遅かった。
        体が宙に投げ出される。
        空が青いな……などとばかげた感想を思い浮かべるひまもなく。
        オレは、意識を失っていた。



      「んあっ!?」
        体か落ちていく感覚にオレは上半身を起こし飛びおきた。
        慌てて自分の体を確認する。
        ……五体満足。
      「なんだ……。夢かよ」
        確認し、安堵する。
        それにしてもリアルな夢だった。
        いつものように、あかりと登校……までは良かったんだが、途中、幼稚園児の
      集団に出くわした。
        ガキんちょどもは妙に元気に、はしゃぎまわっていて、「おいおい、あんまり
      道の側によるとあぶねぇぞ」とでもいってやろうかと思っていた矢先だった。
        お約束といえばお約束。ガキんちょの一人が車が来てるにもかかわらず道に飛
      び出しやがった。
        慌てて助けようとしたんだが……どうも轢かれちまったらしいな、オレは。
      「夢くらい、もう少しカッコよくできないもんかね……」
        オレは誰とでもなく苦笑して頭を掻いた。
        夢にしては、跳ね飛ばされた感覚が生々しく残っていて気色が悪い。
        部屋の中は暗い。目が慣れてないせいもあるのだろう、はっきりいって真っ暗
      闇でなにもみえない。……今夜は月さえ出てないのか?
        暗闇の中、目をこらす。
        まあ、自分の部屋なんだから目をつぶっていても何とかなるんだろうが。
        ……水でも飲んでくるか。
        オレは、完全に身を起こし立ち上がった。
        それにしても、何にもみえねえな。まだ目が慣れてないのか、オレ?
        二三歩、歩いていく。ドアの方向は当然分かっている、だから記憶を頼りに進
      む。
        …………。
        変だ。
        いくら歩いてもドアにたどり着かない。
        たかがしれた距離にこんなにかかるはずねえし。
        試しに手を適当に闇の中動かしてみる。
        …………。
        なんにもふれない。ほんとにオレの部屋か?
      「って……なんだっ!?」
        その時、急に周りが明るくなり、オレは浮遊感を感じた。
        さっきとは逆に眩しすぎて何にも見えない。
        続いて……げぇっ!、落ちてる!?
      「わっわとっと!?  うわあああああああああぁぁっっ!」
        上も下も分からぬまま、オレは手足をばたつかせる。
        だが、捕まるようなものは何一つない。
        一体何だってんだっ。
        しばらくそうやっていると、なにかを突き破るような衝撃が俺の体を襲った。
      「……っ!」
        あまりの衝撃にオレは身を縮め、声も出せない。反射的に目をつぶったオレの
        目の前でちかちかと光が点滅しているっ!?
        っと、またしても、不意にオレの体にかかっていた衝撃がおさまった。
        …………。
        オレはうっすらと目を開けていく。
        そこに広がっていたのは、夜の街の明かりだった。



        空を飛んでいる。
        そういう風に言った方が正しいのだろうか?
        オレは夜の街の上空にいるようだ。
        上を見上げると、雲がある。月は雲に隠れて見えない。
        月の明かりを背負った雲が白く輝いてる。
        眼下には……さっきも言ったとおり街だ。
        イルミネーションが綺麗だ。
        のんきだねぇ……オレも。
        問いをするまでにえらく時間がかかった。
        ……オレ、死んでるじゃないか?
        全然自覚がないが。
        いや、別に認めたくもないが。
        とにかく、妙に冷静になったオレは(ただ単に、頭があまりの急な状況につい
      ていってないだけかもしれないが)現状をどうするか考えることにした。
        …………。
        思いつくわけねえよな……。
        行動あるのみか?……ってどうやって移動するんだ?
        オレは足を普通に歩く時のように動かしてみた。だが結果はむなしく空回りし
      ただけだった。
        横に、少し向こう側に移動するだけでいいんだけどな。

        すすぅ……。

      「おおぅ……」
        えっと今度は逆方向に。

        すすぅ……。

        ……上に上に。

        ふわっ……。

        満月と星空が目の前に広がる。
        ……雲の上にまで来てしまった。
        どうもどちら側に移動するということを意識するだけで動けるみたいだな。
        よし……。
        オレは下に、街に降りてみることにした。



        繁華街。
        街はネオンの明かりで彩られていた。
        オレは人込みの中に降り立つときょろきょろと周りを見渡した。
        とはいうもの、周りは見慣れたオレが生活する街じゃない。
        どうもぜんぜん別の場所に飛ばされてきたみたいだな。
        だが、それでもオレはなんとか少しでも見覚えのある場所を探そうと……。
        そうしたとたん急にオレの目の前に目の前に人がいた。
      「わっと!  わりぃっ!……あ?……」
        慌てて謝ったがオレにぶつかったサラリーマンらしきスーツ姿の男はオレを何
      事もなかったように通り過ぎていった。
        ……ぶつかるわけねえか。……オレ、死んでるんだし。
      「おい、そこのおじさんっ!」
        酒を飲んでべろべろになったおっさんに声をかけてみる。
      「そこのきれいなお姉さんっ!」
        きゃらきゃらと笑いながら歩いていくカラオケ帰りのお姉さん。
        だが、周りに人は行き交うが、誰一人としてオレに気づく人はいない。
        なんか……急に。
        ……オレは。
        自分がこの世界にいないということを強く自覚した。



        オレは人気のない公園にいつのまにかきていた。
        人がいるところにいる事がなんとなく耐えられなくなったのだ。
        ベンチに座り込み公園の外灯をぼーっと見ていた。
      「あかり……なにやってかな?」
        誰とにでもなく呟く。
        どうせ誰かいたところで誰にも聞こえやしないだろう。
        泣いてるんだろうな、あかり。
        あいつは昔からよく泣くやつだからな。
        いっしょの大学いこうって言ってたのにな。
        ごめんな……。
        雅史も志保も、泣いてくれてるんだろうか?
        …………。
        志保が泣くところなんて想像がつかねえな。
        でも、なんとなく二人とも泣いてるような気がする。
        急に死んじまったからな。……自分でも信じられねえよ。
        こんなにあっさり終わっちまうなんて。
        来週はまた四人で遊びに行く約束をしてたのによ……。
        …………まだ、オレはここにいるのに。
        認めたくねえよ。死んじまったなんて。
        あ?…………涙、流してるのか、オレ?
        まあ……いいか……誰にもみえないんだし。
        ……泣くのはひさしぶりだ。


      「食べる?」
      「…………えっ?」
        いつのまにか俺の隣に一人の女の人がいた。
        年はオレよりの上だろうか?髪はショート。一見するとかわいい男の子のよう
      にもみえる。服装もまた、ボーイッシュな感じなのでその感覚はなお、強く感じ
      る。
        目の前には一欠片のチョコが差し出されている。
        ……さっきの「食べる?」はオレにいったのだろうか?
      「あんた……オレが見えるのか?」
      「冬弥」
        はぁ?
        よくみると、その女の人の視線は俺より後ろに向けられていた。
        視線を追い、振りかえるとそこには男の人がいた。
        その「冬弥」とかいう男の人はなんだか困ったようななにか複雑そうな表情を
      女の人に向けている。
        この人もやっぱり年上……大学生ぐらいみたいだ。
        差し出されたままのチョコを「冬弥」……さんは受け取ると一言、礼を言って
      チョコを口にほうり込んだ。
        女の人もチョコを口に入れると、そのまま二人はだんまりになってしまった。
        ただ、もごもごとチョコを口の中で溶かしている。
        変な人たちだな……。
        アベックというにはなにか雰囲気が違うし、強いて言えば男友達同士のような
      印象を受ける。
        オレは、なんとなくこの奇妙な男女が気になった。
        いつのまにかさっきまでの涙は止まっていた。
        オレが見えてないということを残念がるよりもこの男女のほうへの興味、好奇
      心が勝ったのだろうか?
        とにかく俺は、この二人の様子をしばらく見ていることにした。
        が、二人は黙ったまま、チョコを口の中で転がしているだけではあったが。
      「そろそろいこうか?」
       「冬弥」さんが女の人にそういうと女の人は、
      「ちょっと待って」
        というと座っていたベンチから立ち上がりちょっと離れたところにおいてあっ
      た自転車を取りに行った。
        男の人はその様子を黙ってみている。
        やがて女の人が自転車をこちらのほうに持ってくると「冬弥」さんを促して公
      園から出ていった。
        オレは視線で公園から出て行く二人を追っていた。


      「妹にもこまったものだね」
      「うわっ!」
        急にオレの後ろで声がした。
      「なあ……君もそう思わないかい?」
        声とともにすぅっとオレの目の前に男の人がまるで立体映像のようにあらわれ
      た。
        男の笑顔はあきらかに俺に向けられている。
        俺が戸惑っていると男の人は笑いながら言った。
      「ああ、俺は君といっしょだから」
      「へ?」
      「幽霊……といった方がいいのか……まあそういうたぐいのものだよ」



        男の人は……河島さんはさっきの女の人……はるかさんというらしいがその人
      のお兄さんだと名乗った。
      「うーん、なんていったらいいのかな?……『憑いている』というのも変だしね」
      「…………守護霊ですか?」
      「そうそう、それそれ」
        河島さんとオレは目の前の二人、冬弥さんとはるかさんを追っていく。
      「だけど、守護霊といっても俺はなにをしているわけでもないけどね」
        河島さんは、前にいる冬弥さんを見ながら言った。
        前を行く二人は何やら、話しているようだ。
        世間話……か?
        端から聞いているとテンポのずれた会話だ。
      「冬弥には期待してるんだけど」
        言ったとたん「しまった」とした顔を河島さんはした。
      「……君にこんな事を話しても仕方がないよね」
      「オレは、構わないっすけど」
      「いやいや……すまないね。こうやって誰かと話すこと自体久しぶりだから、つ
      いね」
      「……河島さんは、長いんですか?」
      「ん?……なにが?」
      「いや、その……」
      「ああ、こうなってからは結構長いよ。生きていれば大学生……ってやつかな?」
        河島さんは、少し複雑そうな顔をしてオレを見た。
        ………悪いこと言ったか?
      「君は?」
      「あっ……オレですか?」
      「そうそう、君はどうなの?」
      「オレは…………」
        河島さんにオレがどうしてこうなったか、話しはじめた。
        話を聞きながら、河島さんはなにやら考え事をしているようにみえた。
        話が終わると河島さんは「……災難だったね」と一言、言った。
      「若くして死ぬということは罪なことさ。家族はもちろん、大切な友達も、恋人
      も、みんな、悲しませてしまう……もちろん、俺もそうだったんだけどね」
      「…………」
      「……君には恋人はいるかい?」
      「いえ……幼なじみならいるけど」
      「そうか……あの二人とおんなじだな」
        冬弥さんとはるかさんを見ながら河島さんは言った。
      「ああやって、生きれると言うことはすばらしいことだよ。きっかけさえあれば
      どんなに落ち込んでいたとしても前に進むことができる。死んでしまった人間に
      はそれができないからね」
      「見ていることしかできませんね。……今みたいに」
      「だから冬弥には期待しているんだよ。妹を……はるかを救ってくれるんじゃな
       いかとね」
      「あの子は、俺が死んでからずっと……っと……ごめんごめん。また俺一人で喋
      ってたね」
        そんなやり取りをしているうちに、冬弥さんは自分の家に辿り着いたようだ。
        マンションの前で、はるかさんと二三言葉を交わしたあと、そのままマンショ
      ンの中に入っていった。
      「さてと……君はどうする?  俺ははるかについていくけど?」
        どうするときかれても……。
        オレには行く場所もない。
        ここはまったく知らない街だ。自分の家に戻るためにもうろうろしていた方が
      いいのだろうか?
        ……だがあてもなく、さまよってもしかたがないような気もする。
        ふと、冬弥さんが入っていたマンションの方を見る。
      「冬弥のことが気になるかい?」
        そんな、オレの様子を見て、河島さん言った。
      「気になるといいうかなんというか……」
      「べつにいいさ。いくあてがないならしばらく、好きにするといい。冬弥を見て
      いるのもいいかもしれない」
        そんなことしていいのか?
      「幽霊だからね。「憑いている」なのかもしれないけど……。まあ、冬弥は昔か
      ら鈍いから君がいることにも気づかないだろうし、大丈夫大丈夫」
      「はあ……」
        河島さんは笑いながら言う。
        なんだか楽しそうだ。不謹慎なような気がするけど言っていることは。
        でも、河島さんいうとおりにしてもいいかもしれない。
      「じゃあ、俺はそろそろ行くから……。なにかあったら話に付き合うよ」
        そういうと河島さんは、はるかさんを追っていってしまった。
        オレは、……ほんとにどうしよう。
        また、冬弥さんのマンションの方に目を向ける。
        …………。
        ……いくか。



        冬弥さんの部屋を探すのに少しの時間を手間取った。
        すぐ行かなかったのが悪かったんだがな。
        おかげで全然しらない人の部屋になんどか入り込んじまった。
        まっ、いいけどな。ちゃんと見つけられたんだし。
        冬弥さんの部屋は大学生らしく、雑然とした……とではなく、結構片づけられ
      たきれいな部屋だった。
        普通大学生の男の一人暮らしって言うと、かなり、壮絶なものを想像してたん
      だが、そうでもないらしい。
        ……って……一人暮らしっていえばオレも似たようなもんじゃないか。
        冬弥さんは帰ってくるなり、キッチンに向かいコーヒーをもってくるとぼーっ
      とテレビの画面を眺めている。
        オレもつられてぼーっとテレビを見てた。
        しばらくして冬弥さんは急にテレビを消すと立ち上がり、風呂に向かった。
        男の風呂を覗く趣味など持ち合わせていないオレは部屋に一人残された。
        仕方がないので部屋をきょろきょろと見渡す。
        つーか、入ってきたときの印象と同じくよく片づけられた部屋だ。
        っと……さっきは気づかなかったがテレビの上に写真立てがある。
        近寄ってみてみると写真には冬弥さんと……髪の長い女の子二人と後もう一人
      の男の人が写っていた
        若いな……中学……いや高校か?
        ……よくみると髪の長い女の子の片方は、はるかさんだ。
        髪型だけで女の人の印象って変わるもんだな。
        今となにか大分印象が違うような気がする。
        四人の男女はその写真からも仲がよいことが想像できるような笑顔をカメラに
      向けている。
        ……オレやあかりたちもこういう風に周りからは見えるのだろうか。
        なんだか妙な感じだ。
        こういう写真をあかりや志保たちととったこと思い出して、なんだかおかしく
      て少し笑った。
        それにしても、この写真に写っているもう一人の女の人……どこかで見たこと
      があるような…………どこだったっけか?
        ………………うーん……思い出せない。
        …………。
        まあよし。そのうち思い出すだろう。
        しかし、考えるのを止めたら急にやることがなくなったな。
        どうしようか……っと思ってるとその時。

        ピンポ〜ン……。

        玄関の呼び鈴が鳴った。
        とはいっても、冬弥さんは今風呂だ。出れるわけもなし。

        ピンポ〜ン、ピンポ〜ン……。

        一回押しても出てこないせいで焦れたのか、今度は二回連続で呼び鈴が鳴る。
        ……オレが出るわけにもいかないよな。まあ出たって見えないんだからどうし
      よもねえんだが。

        がちゃんっ。

      「開いてる……不用心だな、もう……」
        扉の開く音とともに女の人の声が玄関から聞こえてきた。
        声の主は「お邪魔します……」っと一言いって部屋に入ってきた。
        扉が開いてたのは不用心だけど、そのまま入ってくるのもちょっとあれだと思
      うけどな。
        部屋に入ってきた女の人はきょろきょろと部屋の中を見渡している。冬弥さん
      を捜しているんだろう。
        やがて女の人は風呂場の電気が点いてることに気がついた。
        風呂場の方に向かって女の人が声をかけると冬弥さんのなんだか慌てた声が返
      ってきた。
      「ちょっ……ちょっとまっててくれ」
        ばたばたと音が風呂の方から聞こえてくる。
        そんな様子を女の人はくすくすと笑ってみていた。
        ……あれ?……この女の人。
        さっきまで見ていたテレビの上の写真立てに目を向ける。
        写真立ての中で笑っている笑顔とおんなじ……はるかさんのじゃなくてもう一
      人の女の人の方だ。
      「急にどうしたんだ?」
        着替え終わって冬弥さんが出てきた。
      「うん、仕事が早くあがったから」
      「……弥生さんは?」
      「事務所の方に仕事が残ってるんだって……。だから今日は私一人なの」
      「そうか……」
        オレはというと、ずっと女の人の顔を見ていた。
        さっきから……どっかで見た顔なんだけど……思い出せない。
      「コーヒーでも飲むか?」
      「うん」
        嬉しそうに返事をする女の人。冬弥さんはキッチンのほうに向かっていった。
      「冬弥君の入れたコーヒーって好きだな……私」
      「おだててもなにもでないぞ」
        笑いながらキッチンから返事を返す冬弥さん。
      「あっ……これ……」
        女の人はテレビの上の写真立てに気がついたようだ。
        写真立てを手に取ると懐かしそうに目を細めた。
      「高校のときの写真だ……若い〜……」
      「ああ、このまえ物を片づけてたら本の間から出てきたんだ。……ほら、由綺。
      コーヒー」
      「うん、ありがとう」
        冬弥さんと……今呼ばれたから彼女の名前なんだろう……由綺さんはコーヒー
      を受け取ると部屋の真ん中においてあるテーブルをはさんですわった。
      「ほんとに懐かしいな〜」
        由綺さんはテーブルにコーヒー入ったカップの横に手に取ったままだった写真
       立てをおいて見ている。
      「懐かしい、懐かしいって。…………まあ、そうかもしれないな」
      「うん、だって今に比べれば子どもじゃない」
      「その点だけで言うと由綺はあんまり変わってないけどな」
      「私だってすこしは変わってるよ……」
      「「すこし」な」
      「もう……」
        由綺さんは、ちょっとすねた表情を見せながら、コーヒーに口をつけた。
        ……こういう感じのやり取りって、オレとあかりもするよな。
        なんというか……その……傍から見ていると結構……。
        …………。
        琥珀色が波打つ様を見ながら、二人は高校時代の思い出話をしていた。
        が、由綺さんは不意に、ため息を吐くように呟いた。
      「戻りたいね……」
      「……ああ」
        冬弥さんはコーヒーからあがる湯気をただ、見つめていた。



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