「手紙」 拝啓 お元気ですか? 桜もすっかり若葉に変わり、緑が眩しい季節となりました。 あれからもう何年たったでしょう? この春、私は大学を卒業することになりました。 卒業と同時に彼と結婚式を挙げることになってます。 父と母は、「もうしばらく先でもでもいいのに」と言ってましたが……。 結婚を急いだのには訳があります。 実は……彼との間に赤ちゃんができたのです。 私がこんなことになるなんて……驚いたでしょう? まだ両親には内緒です。……怒られちゃうしね。 この子が生まれて、落ち着いてから両親にはそのことを話そうと思っています。 実は結婚式を挙げる前からこの子はいたのよ……って。 ……いずれにしても怒られちゃうかな? そういうわけでこれは私と彼と、あなただけの秘密です。 何だか楽しい感じがするよね。……秘密って。 で……相談なんですけど。 生まれてくるこの子が女の子だったらあなたの名をもらっていいですか? ……嫌かな? 私、あなたの名、好きだから。 別に本当に嫌だったら別の名にするけど。 まだ、女の子が生まれるとは限らないんだけどね。 予感がするんです。……なんとなく。 私って変だよね? ……ほんとはあなたが嫌だって言っても、名をもらうつもり……。 これじゃ、あなたに聞いている意味がないね。 でもほんとに…… 私、あなたの名が好きだから。 ……なんだか、愛の告白みたいですね。 ちょっぴり恥ずかしいです。 予定日は、秋と冬の間……かな? まだ正確なところはわからないんだそうです。 結婚資金と出産資金をためる為、彼は一生懸命働いてくれてます。 体の調子を崩さなければ良いんだけど。 それだけがちょっと心配です。 心配しなくていいよ……っていつも彼は言うけどね……。 やっぱり心配するのが普通だよね? うん……今度彼のために何かしてあげよう。 ……いつのまにか全然、違う話になってますね。 これ以上、書いちゃうとただの、のろけ話になちゃうから止めますね。 この話はここまで。……また今度までに名前の件、答え考えててね。 また、手紙書きます。 では……。 白い手が伸びベットサイドの机に手紙がまたおかれる。 手紙は、いくつか積み重なっている。 白い天井、揺れる白いカーテン、薬品のにおいが漂う部屋。 彼女はいつまでこうしているのだろう? 光の戻らない両の瞳は静かに窓の外を見ていた。 揺れているカーテンの隙間から覗く、雲一つない青い空を。 追伸 この子が生まれてきたら。 私の娘……「香奈子」を連れて真っ先にあなたに会いに行きます。 いい……よね? −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「