雪の痕 投稿者:皇 日輪
  隆山に雪が降ります

  しんしんと降る雪は

  ありとあらゆるものを
  
  白く白く染めていきます

  私、雪は好きです

  でも・・・

  雪は・・・

  ・・・私の『痕』も覆い隠してくれるでしょうか・・・

  白く・・・ただひたすらに白く・・・

  優しい貴方に気づかれないように・・・



  耕一さん・・・


  ・

  ・

  ・
  

「うぅー・・・寒い!」
  列車から降り、外に出た俺の第一声がこれだった
  あたりは一面は、深い雪に覆われている
  俺はまた隆山に来ていた
  隆山の方でで年を越さないかと千鶴さんに呼ばれたからだ
  もっとも俺は千鶴さんから誘われなくとも隆山に来ていただ
 ろうが
  そういうわけで大学が休みに入ったと同時に俺はここに来た
「さてどうししようか・・・」
  駅から出た俺は白い息ををはきながらどうやって柏木の家に
 行こうか考えていった
  この雪のせいでバスは大幅に遅れているようだ
  実際、隆山でこれだけ雪が積もるというのは珍しいことだ
  もともと温泉地である隆山は地熱が高く、多少雪が降った程
 度ではすぐに溶けてしまう
「仕方ない、歩いていくか・・・」
  俺はそう決め、雪が降り積もる街を柏木家に向かい歩き出し
 た


「おかえりなさいー」
  柏木家の戸を開けたとたん、聞こえてきた声は初音ちゃんの
 声だった
  初音ちゃんはにこにこと例の『天使の微笑み』を浮かべ、俺
 を迎えてくれた
  ・・・それにしても『おかえりなさい』か・・・
  俺はそんな初音ちゃんの言葉で自分が帰ってくるべき場所は
 ここなんだなということを感じていた
  ・・・ん?でもなんでこんな時間に初音ちゃんがいるんだ
  まだ学校は授業中あるはずの時間である
「私の学校、雪が積もったちゃったから午前中で授業が終わった
  の、梓お姉ちゃんも楓お姉ちゃんも一緒だよ」
  俺がそのことを尋ねると初音ちゃんは嬉しそうな顔で答えた
「えへへ、耕一お兄ちゃんが帰ってくると思ったから急いで帰っ
 てきちゃった・・・」
  すこし照れたような笑顔でそんなことまで言ってくれる
  ・・・くぅー・・・かわいいぜ
「耕一お兄ちゃん、みんな待ってるよ!」
  思わず初音ちゃんを抱きしめたくなる衝動を何とか押さえつつ
 俺は初音ちゃんの後に続いた


「おかえりなさい、耕一さん」
「おかえり、耕一!」
「・・・おかえりなさい・・・耕一さん・・・」
  居間では三者三様の迎えかたをしてくれる、千鶴さん、梓、そ
 して楓ちゃんがいた
「ただいま・・・みんな・・・」
  俺は照れながらも再会の挨拶をした
  すでに居間には梓が作ったものと見られる豪華な食事が並べら
 れていた
  その豪華な料理に感心していると
「私と楓お姉ちゃんも手伝ったんだよ」
  初音ちゃんが嬉しそうに説明してくれる
  楓ちゃんはというと・・・
  気恥ずかしそうにすこしこっちを見るとすぐに頬を染め、目を
 そらした
  ・・・くぅー・・・これはこれでかわいい・・・
「私は手伝わせてもらえませんでした・・・」
  とこれは千鶴さん、すごく残念そうな顔をして言う
  ・・・心遣いはうれしいがそれだけは勘弁してほしいぞ
  俺はこのまえ千鶴さんが料理を作ったときのことを思い出した
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  散々だったな・・・あのときは・・・
  俺は思い出して俺はすこし後悔した
  千鶴さんの料理はうまくできても、できなくても混乱の原因に
 なるのだ
  ・・・絶対に口には出して言わないが・・・
「手伝わせられるわけないだろう!大体、千鶴姉ぇは・・・」
  馬鹿・・・梓、よせ!
「なんですって・・・」
  その後、周囲の温度が下がったりといろいろあったがおおむね
 俺の歓迎会は楽しいものだった
  いつもの柏木家・・・
  みんなの笑顔が俺の心を和ませる
  俺は帰ってきたということを大いに実感した


  その宴会も終わり、俺は酔い覚ましに廊下と境に座り中庭の雪
 を見ていた
  あの歓迎会の最中に、梓が酒を持ってきたのだ
  しかもみんなで飲んだのだそれを・・・
  持ってきた張本人の梓と未成年じゃない千鶴さんはともかく、
 初音ちゃんと楓ちゃんははじめは乗り気ではなかった
  しかし、「あたしの酒が飲めねーのか!」とばかりに詰め寄っ
 た梓の迫力に負け、しぶしぶ飲みはじめた
  あえなく、初音ちゃんはダウン・・・かわいそうに・・・
  楓ちゃんはというとちびちびと最後まで黙って飲んでいた
  顔は十分赤くなっていたが・・・
  で、その後、俺と飲みくらべと称してダウンした梓と初音ちゃ
 んを抱え、千鶴さんは部屋に戻っていた
  ・・・力持ちだね・・・千鶴さん・・・酔っていても言わないが・・・
  今、現在居間には楓ちゃん一人である


  よく手入れされた庭に降り積もる雪は美しかった
  池には氷が張り、その上にも雪が積もっている
  獅子おどしから流れ落ちる水は凍り付き、美しいオブジェとなっ
 ていた
  まだだれも踏みしめてない雪は、本当にきれいだった
  火照った頬にあたる冷気が気持ちいい・・・
「・・・きれいですね・・・」
  不意に後ろから声をかけられた
  楓ちゃんだ
  お酒で頬を赤く染め、潤んだ瞳で俺をみる楓ちゃんはなんだかと
 っても色っぽかった
  ・・・もっとも俺も酔っているせいもあるだろうが・・・
「・・・・・・」
「・・・・・・」
  俺と楓ちゃんはしばらく無言で雪を見ていたが、楓ちゃんは何か
 思いついたのか、居間の方に戻っていった
  再び廊下に戻ってきた楓ちゃんは、かんをつけたお酒とお猪口を
 持ってきてくれた
  ・・・雪見酒か・・・
  俺の横に座り、お猪口を俺に渡すとお酒を、注いでくれた
「ありがとう・・・」
  俺は礼を言うとそれを最初は冷ますようにちびちびとそして一気
 に飲み干す
  暖かく多少ほろ苦い酒が俺の体に行き渡る・・・
「・・・・・・」
  そんな俺をなんだかとても暖かい、そしてなにより優しい目で見
 つめる楓ちゃん・・・
  ・・・照れるじゃないか
「楓ちゃん・・・」
  楓ちゃんにたった今、俺が飲み干したお猪口を渡し、お酒を注い
 であげる
「・・・・・・」
  楓ちゃんはそれを少しずつ飲んでいく
  その姿は、とても美しく・・・ある意味、妖艶ともいえる
  楓ちゃんはお酒を飲み干すと隣に座っている俺に肩を寄せた
「ほんとにきれいですね・・・」
「・・・ああ」
  庭からくる空気とは対照的に楓ちゃんの体はとても暖かかった
  楓ちゃんから漂ういいにおい・・・楓ちゃんのにおい・・・
  そのすべてが俺を幸せな気分にした
「・・・・・・」
「・・・・・・」
  そのまま俺達は雪をしばらく眺めていた


「・・・耕一さん」
「ん?・・・」
  不意に楓ちゃんが話し掛けてきた
「私は・・・」
  戸惑うように彼女は言葉の間を空ける
「・・・なんだい?」
  俺はできるだけ優しい声をだし、楓ちゃんに次の言葉を促した
「私は・・・」
  意を決したように楓ちゃんは続けた
「私は、耕一さんに選ばれたんですよね・・・」
「ああ、そうだよ・・・」
  俺が答えると楓ちゃんはすこし間を空け、
「なぜですか?・・・」
  と言った
  ・・・なぜかと聞かれてもな・・・
  俺は楓ちゃんを愛してるしそれ以外の理由なんて・・・
「・・・私・・・思うんです・・・」
  楓ちゃんは俺の答えを待たずに続けた
「・・・前世でのことが耕一さんを縛ってるんじゃないかと・・・」
「・・・ほんとは耕一さんは、私よりも千鶴姉さんや、梓姉さん、
 初音のことの方が好きだったんじゃなかったんじゃないかって
 思うんです・・・」
「・・・私、前世のことだけで、同情だけで耕一さんに選ばれたん
 じゃないかって・・・」
「もしも、前世でのことがなかったら耕一さんは私のことを愛し
 てくれたのかどうか・・・自信がなくて・・・私・・・私・・・」
  楓ちゃんの独白は最後の方は軽い鳴咽になっていた
  俺の服の端を握り締め目に涙を溜め泣いている

  ・・・楓ちゃん・・・

「楓ちゃん・・・それは違うよ・・・」
  俺は楓ちゃんにありのままの気持ちを伝えることにした
  言葉を待ち、楓ちゃんが俺を見上げる
「俺、ほんとに楓ちゃんのこと愛してるよ」
「耕一さん・・・」
  潤んだ瞳が俺を見る・・・
「・・・前世のことなんて関係ない・・・仮にそのことがなかったとして
 も俺は君を選んだと思うよ・・・」
「俺は今の君を愛してるんだ・・・過去の自分が愛していた昔の君じゃ
 ない・・・今、ここにいる『柏木 楓』を・・・」

「耕一さん!!」
  楓ちゃんはそんな俺の言葉を聞くと俺の腕に抱きついた
「耕一さん・・・愛してます・・・心から・・・」
「ああ、俺もだよ・・・」
  俺はそう言うと、涙の痕が残る楓ちゃんの頬にそっと手を触れた
  泣きはらした目を楓ちゃんはゆっくりとつぶる・・・
  
  触れるだけのキス・・・


 『愛してるよ・・・楓』

  ・
 
  ・
   
  ・

  それから少しの時間が過ぎた
  楓ちゃんは俺の方に寄りかかったまま静かな寝息を立てている    
  ・・・やれやれ、風邪ひいちまうよ・・・
  俺はそんな楓ちゃんを優しい目で見ていた
  とはいえこのままにしておくのはほんとにまずいな・・・  
  俺は楓ちゃんを抱えると・・・いわゆるお姫様抱きというやつだが・・・
  まあ、とにかく楓ちゃんを部屋に連れて行くべく長い廊下を歩きだした

  楓ちゃんの寝顔は微笑んでるようにみえた  
  

  
  
                                                 ===了===                

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