ホントの笑顔 投稿者:皇 日輪
 「・・・実験?」
  俺は唐突なセリオの言葉に、少し驚いた。
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  マルチがテスト期間を終え数ヶ月が経っていた
  あれの別れの朝から、俺はマルチのことばかり考えていた

  ・・・マルチはあれからどうなったのだろう?

  ・・・また逢えるのか?

  そんなことばかり考えていた

  そして、そんなある日の朝セリオが俺の家を尋ねてきた

 「・・・実験というよりもテスト期間の延長です・・・」
  俺と差し向かいにソファに座っているセリオは淡々とした口調で続けた。
 「・・・マルチさんがこちらでよいデータをとる事ができたので・・・私もということです」
  そこまで言い終わるとセリオは黙り込んだ
  なぜか気まずいものを感じて俺は話しかけた

 「・・・でその荷物はなんなんだ?」
  セリオはここにきた時、かなりの量の荷物を抱えてきた
  まるで家出でもしてきたのかというぐらいの量だ
 「・・・まさか家・・・」
 「違います」
  俺が全部言い終わるよりも早くセリオは答えた
 「今回のテストではメイドとしてのテストも同時に行うことになりまして
  それを藤田様のお宅でお願いできないかというご相談を・・・」
  
  ・・・おい・・・

 「まて!ちょとまて!」
  今度は俺がセリオの言葉を遮った
 「はい?・・・」
 「・・・テストなのはわかるがなぜ『俺の家』なんだ?」
  そうである・・・ データをとるだけなら『俺の家』である必要はないはずだ
  他の家のほうがむしろより多くのデータをとることができるだろう
 「それは・・・」
 「それは?」
 「テスト先を決めるときマルチさんが、『それなら浩之さんの家がいいですぅ』と
  おっしゃられたからです」
  ・・・ずる・・・
  俺は座っていたソファからずり落ちた
 「・・・?・・・どうかなさいましたか?」
 「・・・いっ・・・いや、なんでもない・・・」
  ・・・セリオの奴はマルチの台詞のところをマルチの声色を使ってしゃべっていた
  しかも、きっちりいつもの真面目な、悪く言うと無表情で・・・
  ・・・やめようぜ・・・そういうのは・・・
 「・・・そうですか・・・」
  なんだか納得していないみたいだが、セリオは続けて言った
 「特に主任も開発スタッフからも反対がでなかったので今日、こうしてお伺いを
  たてに来たのですが・・・駄目でしょうか?」

  ・・・『駄目でしょうか?』言われてもな・・・
  はっきり言ってセリオが家にきてくれれば、かなり俺は楽ができる
  炊事・洗濯・掃除・その他諸々においてセリオは完全にこなすだろうし
  きてもらって損なことは、ほぼないに等しい
  ・・・だがな・・・
 
  しばらく考えるために黙っているとセリオは言った
 「承諾が頂けないでしたら、私は・・・」
 「まて!・・・まだ嫌だとは言ってねーぞ」
 「はい?」
 「・・・家にくることはむしろ助かる・・・ありがたい・・・だけどな・・・」
  セリオは素直に俺が言うことを聞いている
 「だけどな・・・ほら・・・その・・・なんだ・・・俺は男の一人暮らしみたいなもんだし
  ・・・その・・・いろいろと問題が・・・」
 「・・・?・・・」
  俺がしどろもどろに言っていることを聞いてセリオはきょとんした顔で俺を見ている
  ・・・といってもいつもの無表情なだけのような気もするが・・・
 「・・・そのだな・・・わからねーかな・・・その・・・女の子と・・・同棲みたいなことをするのはだな・・・」
 「・・・私は、HMですが?」
 「・・・女の子だろう?・・・セリオは・・・」
 「女性型のHMというだけで厳密には『女の子』ではありませんが?」
 「それでも・・・・・・あぁ!もういい!・・・」
 「?」
  ・・・まあ、いいか・・・俺がなんとかすればいいことだ・・・
 「いいぜ!俺の家にきても」
 「・・・よろしいのですか?」
 「ああ、歓迎するぜ!」
 「藤田様、ありがとうございます、ご協力感謝します」
  セリオはやたら丁寧に頭を下げた
 「いいってことよ、これからしばらくの間よろしくな!セリオ」
 「はい」
  ・・・少しの沈黙のあとセリオが話し掛けてきた
 「ところで・・・藤田様」
 「ん・・・なんだ?」
 「藤田様が承諾されたら渡すようにと主任から預かった手紙があるのですが・・・」
  そういうとセリオは手紙を俺に差し出した
  俺はそれを受け取ると、とりあえず読んでみることにした

 『藤田浩之君へ
     この手紙を読んでいるということはテストを承諾したということだね
   とりあえずご協力を感謝する
   ・・・ところでマルチから君のことはよく聞いている
   いろいろ世話になったそうだね、おかげでマルチはもとからいい子だった
   がさらにいい子になって戻ってきてくれたよ・・・ありがとう・・・あたらめて
   礼を言おう
   ・・・本来ならばテストのこともマルチのことも直接君に会いに行って礼をす
   べきなのだが、あいにくと時間の都合が取れなくてね・・・セリオに手紙を預
   けることにした・・・すまないね・・・・・・では・・・
   
   君がこの手紙を読んでくれることを祈って・・・
                                            来栖川HM研究所 主任
                                                      長瀬 源五郎
   <追伸>
   ・・・ここから先はうちの馬鹿どもがこの手紙を書いてることに気づいて書い
   た・・・まあ、気にせず頑張ってくれ・・・

   『・・・よくもマルチを・・・』
   『月夜ばかりと思うなよ!!』 
   『今度、うちの娘に手を出したら・・・』
   『暗い夜道に気を付けようね・・・君・・・』 
                                                                      』
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  ・   
  ・        
 「・・・藤田様?」
 「・・・ ・・・ ・・・ ・・・」
 「藤田様?」
  ・・・すごく恨みかってないか、俺?
 「・・・セリオ、この手紙・・・読んだか?」
 「いいえ、私はそのようなことはいたしませんが・・・」
 「そっか・・・それならいいが・・・」

  ・・・気にしないでおこう・・・

 「・・・ところでマルチはどうしているんだ・・・」
  俺は一番聞きたかったことをセリオに聞いてみた
 「・・・本来、関係者以外知るべきではないのですが・・・」
  と言いつつもセリオは答えてくれた
 「マルチさんは私より一足先に休眠状態にはいり、データ処理を行っています
  ですから・・・」

  ・・・そうか、もう逢えないのか・・・マルチ・・・
  
  結局、その日はセリオの荷物の片づけで一日が終わった
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  それから数日がたった
  セリオは家事を何から何まで完璧にこなしている
  ほんとに完璧に・・・
  俺達の高校にも慣れたようだ
  志保には、からかわれた
  マルチのことを知っているあかりは、少し困った顔をしていたが認めていた
  雅史も同様
  
  ・・・だが、俺は・・・
  
 「・・・なあ、セリオ・・・」
  俺は夕食の後片付けを台所でしているセリオに話し掛けた
 「はい」
 「・・・お前、笑えないのか?」
 「・・・・・・・・・・・・」
  沈黙・・・ちょっとたって返事が返ってきた
 「・・・笑えますが・・・」
  ・・・違う・・・そうじゃない・・・
  あれは・・・そういう笑顔じゃない・・・
  どう見ても、儀礼的に笑っているようなそんな笑顔は・・・
 「・・・心の底から笑えるのか?・・・」
 「・・・・・・・・・・・・」
  また沈黙・・・
  
  俺が、ここ数日ずっと思っていたことがある
  セリオが、家事をうまくこなすたび・・・
  セリオが、高校にいくたび・・・
  セリオが、クラスメイトを話すたび・・・
  セリオが、俺と話すたびに・・・
  セリオが、あの『嘘の笑顔』を浮かべるたび・・・

 『マルチとは違うんだ』と・・・

  いまだ沈黙しているセリオに俺は続けて言った
 「・・・マルチのように笑えるかと聞いてるんだ・・・」
 「・・・・・・・・・・・・」
  ・・・さらに沈黙・・・
  ・・・が、台所から俺がいる居間に戻ってくるとセリオは答えた     
 「それはわかりません」
  ・・・わからない?自分のことなのに?
 「最初のテストのあと、表情についての仕様は変更されましたが・・・わかりません・・・」
  ・・・なぜ?
 「たしかにマルチさんのように笑うことは理論上可能でしょう・・・」
  ・・・そうならば、なぜ『マルチのように笑わない』・・・
 「でも、私は・・・マルチさんじゃないですから・・・わかりません・・・」
  ・・・そう『マルチじゃない』・・・
 「・・・なぜマルチじゃないんだ・・・」
  俺は吐き捨てるようにいった
 「なぜ・・・セリオなんだ・・・なぜマルチじゃないんだ!」
  いつしか言葉は叫びとなっていた
 「なぜお前なんだ!マルチは!マルチは!・・・」
  セリオはそんな俺をみると悲しそうにこう言った
 「私は、・・・私は『セリオ』です・・・それ以外の何者でもない・・・」
  
  ・・・そのままセリオは家を出ていってしまった・・・

 「・・・マルチ・・・」
  セリオを追いかけはせず、俺は家に残った
  叫びは、鳴咽にかわっていた
  そう、セリオはマルチとは違う
  感情がない・・・
  笑わない・・・
  泣かない・・・
  悲しまない・・・
  

  ・・・悲しまない?


  俺は、いまさっき確かにセリオが「悲しんでいる」と感じていた・・・
  特に表情がない、いつもの「無表情」だったはずだ
  にもかかわらず「悲しんでいる」と感じた
  なぜだ?

 「・・・!・・・そうか!」
  俺は自分の愚かさに気づき、すっかり暗くなった外へと飛び出した


  俺はセリオの姿を探し走った

  表情がなくとも感情がないわけではない
  ・・・俺はうわべにとらわれすぎていたんだ
 『マルチ』を想うばかりに『セリオ』を傷つけた
  感情を表情にださないセリオを『心』がないものと決め付けていた
  表情をださずともまっすぐに向いていた『心』を踏みにじった

  …俺は卑怯者だ…
  
  強いものだ決め付けてた・・・
  ・・・傷つけてもいいと思っていた   
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  セリオは公園にいた…
  外灯の下、セリオはいつものように無表情で…

  …いや、泣いている

 「セリオ…」
  俺の呼びかけにセリオは振り返った

  ・・・泣いている…俺の『心』がが、そう感じたんだ…
  
  「セリオ…ごめんな…」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「俺、わかってたんだ・・・セリオがいろいろな感情をもっていること
 『心』をもっていることを・・・わかっていたんだ・・・俺の『心』は・・・」
 「・・・・・・・・・・・・」 
 「・・・でも嫌だったんだ・・セリオに『心』があることを認めることが・・・
  それを認めてしまったら、俺はきっとマルチを忘れてしまう・・・」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「だから『マルチとは違う』と思い込もうとした・・・でも違うんだ!」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「セリオは『セリオ』でしかないんだ!この世界でたった一人のセリオなんだ!」
  
 「藤田様・・・私は・・・」
 「私は・・・私は・・・」

  セリオは懸命に言葉を紡ごうとしている
  自分の『心』を俺の『心』に伝えるために・・・

  ・・・俺はそんなセリオを・・・

  ・・・そっと・・・

  ・・・俺は抱き寄せた・・・


 『こうすることがどんな言葉よりも今は、『心』が通じ合えると思ったから・・・」



                                                            ===了===

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