エルクゥ15(フィフティーン) 投稿者:七草武光 投稿日:3月11日(土)20時57分
 2月も終わりだというのに、寒さはますます厳しくなってきたようだ。
 そんな中、昨日から俺はまた隆山へ遊びにきている。寒さ厳しき折りのんびり温泉につ
かって体を温める……ためではなく、今日は誕生日だからだ。初音ちゃんの。もちろんプ
レゼントも抜かりはないが、それよりも誕生日を一日俺とすごせる事がうれしいとは初音
ちゃんの弁。まったくよくできた子だよ。お兄ちゃん感動で涙が出てくらぁ。
 そしてその言を違える事なく、今日の朝は7時前に初音ちゃんによって目覚まされる事
となった。さすがにのんびりと惰眠をむさぼらせてはもらえないらしい。それでも、梓の
怒声ではなく初音ちゃんの美声によって訪れた朝はすこぶる快適であった。

「ふわあああああ、おあよ、はふねひゃん」
「くすくす、お兄ちゃんてば、モノローグと言動が一致してないよ」
「いや、朝に大あくびするのは癖みたいなもので…って何でモノローグの内容……」
「さ、朝ご飯さめちゃうよ、お兄ちゃん」
 そうだな、細かいところにいちいち突っ込んでいては話が前に進まないし。……って誰
に言ってんだ俺は。……まあいいか。
 居間にたどり着けば、すでに朝食の用意は万端整っていて、あとはご飯をよそうだけと
いった風。
 台所からは梓がお約束とばかりに「やっと起きたか、寝ぼすけ」などと憎まれ口をたた
く。
 千鶴さんは朝ご飯の支度を何も手伝っていないで座っているのが居心地悪いのか、しき
りに台所を気にしては梓にジト目で牽制されている。
 楓ちゃんもすでに自分の指定席に座っていて、箸を両手で握り締め『おあずけ』の状態
を我慢してるようだ。俺が「待たせちゃってごめん」と謝ると、真っ赤になりながら慌て
て箸を置きなおす。
 初音ちゃんは俺を急かすように「はやくはやく」とシャツの袖を引っ張って座らせよう
とする。そんなに引っ張ると伸びるのだが。
 のどかな朝。のどかな食卓。何度来てもここにいる時が一番落ちつく。この家が俺の居
場所なんだな、とつくづく思う。
「それじゃあ、『やっと』全員そろった所で」
 『やっと』は余計だ。まったくこいつは一言多い。
「いただきます」
「「「「いただきまーす」」」」
 そう、これ。この斉唱は決して一人暮らしでは味わえない団らんの証。

 やがて。
 食事のお茶を飲みながら、ひとときの語らい。楓ちゃんは真っ先に食べ終わってお茶も
すでに3杯目だったりするが。
 千鶴さんは、「ちょっと用事がありますから」と言って席を外してしまった。
「しかし時の経つのは早いもんだ。俺が初めてこの家に来たときは、まだこーんなに小さ
かったのにな、初音ちゃん」
「なんかおやじくさいぞ、耕一」
「それいったらお兄ちゃんだってこーんな小さかったよ」
「あれ? 今の初音ちゃんくらいはあっただろ?」
「うー、いぢわるぅ」
「耕一さん、あんまりいじめては初音がかわいそう」
「ははは、そうだね、ごめんごめん」
「そうそう、もう初音も立派なレディなんだから」
「そうだよ、今日の試験に合格さえすれば私もとうとう16歳だよっ!」
「そうかあ、今日の試験に合格すれば……って試験?」
 試験といったか? はて、今日は何かテストのある日だったのか? いや、日曜日なん
だから学校なんか無いはずなんだが。それにしても……『試験に合格すれば16歳』とは
いったい何の試験なんだろう? 
「うん、昇齢試験、午後からなんだって」
 昇齢試験……??
 なんだ、何の事を言っているんだ、初音ちゃんは?
「例によって試験官は千鶴姉?」
「うん」
「千鶴姉さんの試験、厳しいから……」
 もしもし?
「ましてや16歳の試験だからねえ」
「やっぱり難しいの?」
「まあ『成人』資格がかかってるからな、それなりに……」
 ちょっと……
「ううっ、落ちたらどうしよう」
「大丈夫、初音なら。今までだって……」

「うおーーーーーーーーーいっ!!」

「きゃあ」
「!」
「な、何だよ耕一突然!」
「あの、さっきからさっぱり話が見えてこないんですけど」
「は?」
「いや、『は?』でなく……」
「無理もありません、耕一さんは知らされていないんですから」
 ちょうどその時だった。ダンボール箱一杯に荷物を抱えた千鶴さんが現れたのは。
「え、知らされてないって……」
「千鶴姉さんいいの? 言っちゃっても……」
「耕一さんも20歳の試験に受かったんです。言ってもいいでしょう」
「へ? 俺も??」
「耕一さん」
「はい」
「私たち銀河最強の戦闘民族エルクゥは」
 銀河最強と来たか。
「他のぬるい種族と違ってただのんべんだらりと年を取れるわけではないのです」
「っつったってほっときゃ年取るんじゃあ……」
 ふるふる……
「違います……耕一さん」
 千鶴さんの言葉をついで楓ちゃんが語り出す。
「私たちエルクゥは一般に言う肉体年齢とは別に『資格年齢』と言うものが存在するので
す。ですから、肉体的にいくら年を取っても資格試験に合格しない限り年齢が上昇するこ
とはありません……」
 ……初耳だ。ほんのごつ初耳だ。
 そして千鶴さんが続ける。
「耕一さんのように自身がエルクゥだと知らされていない者は、特例法案第148条に従っ
て本人に気づかれぬよう秘密裏に行われるのですが……」
「……いつの間に……」
「なに言ってんだ。20の時はあんなに派手にやったじゃないか」
 梓が口を挟む。なんだと、派手にやったって…まさか…
「耕一さんの20歳の試験担当は柳川さんでした。まさか試験官が返り討ちに合うとは思
いませんでしたが」
 え、あれ? え、え、え、え……じゃあ、あの、『朝はまだかあっ!』とか『あなたを
殺します』とかその他諸々あんなことやそんなこと全部……

 こくん……

 うわあっ!! 楓ちゃんうなずかないでくれええええっ!!

「成人の試験はとびきり難しくなるからねえ」
「ちなみに普通は毎年一回のペースで行われるもので、それでも失格して年を取れないも
のも多いのですが……」
「初音、優秀だから」
「そうそう、前代未聞の飛び級でQ歳にして15歳の資格を取っちまったからな」
「えへへー」
 そう言って、照れたようのに微笑む初音ちゃん。
 ……いやまて。と、言うことは。初音ちゃんは今度16歳だが実はQ歳だから……

「ちよちゃん?」
「何の話?」
「いやなんでも……いやそうじゃなくっ! それじゃあ俺が初めてここに来たときの初音ちゃんはなん
だ! どう見ても年相応だったって言うか、本当ならそのとき赤ん坊だったはずだろっ!」
「初音は早熟だったから」
「そう言う問題じゃない」
「エルクゥの場合、男性の成人は20歳、女性の成人は16歳ですから」
「ごまかすな」
「今日の試験に合格すれば、初音は晴れて大人の仲間入りってわけだ」
「うん、これでわたしも目赤くしたりつめ伸ばしたり体重くしたりできるんだね」

 あれは大人の証なのか? じゃあ俺はあの時お赤飯だったのか?

「さあ、今年の試験を始めましょうか。うーん、やっぱり今年はこのドリルとか……」

 試験の内容は想像もつかないが、千鶴さんはやけにうれしそうだった。

 ……でもそうか、勉強になってしまった。これでまたひとつエルクゥの神秘に近づいたと言
うわけだ。なにしろ
「初音ちゃんや楓ちゃんの見た目幼いのは、そう言う理由があったのか」
「え?」
「え? って初音ちゃんの肉体年齢は今年でIO歳なんだろ?」
「あ、わたしはそうだけど」
「え? わたしはって……」
「すみません。私『資格』相応です……」




「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめん
なさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいご
めんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」



〜FIN〜



「それにしてもさあ」
「なんだ梓、こんな欄外で」
「千鶴姉はあんな偉そうなこと言っといて」
「言っといて?」
「何年24歳の試験に落ちてんだろうな」
「え?」
 それって……


「杓死っっっっ!!」


 千鶴さん。
 その技だけはやめてください。
 俺たちなんでもしますから。



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