−遊撃宇宙戦艦セリオン・第四十一話『最後の審判・序曲』− 投稿者:紫炎 投稿日:9月11日(月)01時51分
「リズエルだと?」

「はい、どうやら長瀬君はリズエルの行方を探っている

ようですね」

「なるほどね、セリオンが大破にまで追いこんだリズエルを

今の内に破壊しようっていうわけか」

 香奈子の言葉に月島はリズエルとの戦闘のことを思い出した。

「あの時、すでにリズエルはセリオンの主砲『ブランニューハート』

をくらったのと同時に転移したんだっけ?」

「主砲のエネルギー拡散によって詳細なデータは記録できません

でしたが戦闘後のヨークの残骸のデータを照合によれば十中八九

リズエルは現在もまともに動ける状態ではないハズです」

「ふむ…」

 とその時だ。

「…香奈子ちゃ〜〜ん!」

「あ…!?」

 月島の後ろに見える人影に香奈子は目を丸くした。

「瑞穂!?」

「それに新城君も…」

「どうもお久しぶりです」

 新城沙織はわずかにアタマを下げると月島から目を離した。

 昔からこの少女は月島に対してそっけなかった。

 それはかつての月島の過ちに起因している。

(しかし委員会の親衛隊である君たちがこの戦艦に乗っているのは

しごく当然のことだったな)

 むしろ今までこの艦内で出会わなかった方が不思議なくらいだったのだ。

 かつて自分がその立場<親衛隊>にあった。だが今の月島たちは

親衛隊ではない、正確には電波推進委員会の幹部でも会員でもなかった。

セリオンに正式入隊するときに不都合だったため一時脱退した…が、

セリオンから帰った今もその待遇は変わらない。長瀬祐介の一方的な

計略…いや単なる我が侭によるものだろう。月島にはそうとしか思えない。

「そんなに瑠璃子と僕を合わせたくないのか…」

「はい?」

 沙織は不信気に月島を見る。

「いや、なんでもないさ」

 裏では再会を喜び合う香奈子と瑞穂の姿があった。







−遊撃宇宙戦艦セリオン・第四十一話『最後の審判・序曲』−







「やり直す…?」

 セリオンの去った軌道衛星『クルス』内では藤井冬弥が『ただ一人』

で話をしていた。誰かと話しているように聞こえなくもない…

だが彼の周りには誰もいない。

『そうだ、すべてをやり直すために力を…』

 それは冬弥の脳裏に直接語り掛けてきていた。

「由綺はそれを喜ぶだろうか?」

『このまま恋人とも会えず朽ち果てるのは忍びなかろう?』

 その言葉に冬弥の思考は止まる。

『3年前の凶事、お前には何一つ関係のない因果、来栖川の小娘に

よって悪しき因子を埋め込まれ、愛すべき者との間も絶たれた。

そして今もまだお前はこの檻の中だ…』

 すでに身体の動かないハズの冬弥がゆっくりと回りを見渡す。清潔感…

そういえば聞こえはいいただ白いだけの部屋。そして目の前にある

肉塊…これはなんだ?

『ほら見ろ、これがお前の末路だよ。阿部貴之というかつて与えられた

名も<これ>にはなんの意味も持たない。名をつけ、自らの中に意味を

持たせ喜ぶのは人だけだよ。そしてこれはもう人ではない』

「人ではない…?」

 冬弥はそれをじっと見つめていた。エルクゥという繋がりによっての

意志の疎通ももうできないようだ。

「これが…死?」

『そう…もうじきお前もこうなる。それはゴメンだろう?』

「それは…」

 …ごめんだ。

 冬弥は思う、自分の人生…それはなんだったのか?

 普通だったハズだ。多少、テレビメディアに関係していただけの

普通の人生だったハズだ…あの日、あの時、あの場所にいなければ…

あの場所にいたのは偶然だった。あのホテルのレストランで由綺と食事

をとる予定だったのだ。だが由綺との待ち合わせの時間にまだ予定が

あったのでたまたま結婚式場を覗いただけだった。



『そしてお前は偶然にも鬼に出会い、その身にキズを受けた』



 今なおそのキズは癒えない。それどころかキズはこの身体を蝕み、

もはや自らの意志すらも拒んでいる。



 それはとても大きな痕<キズアト>だ。







『だからこそ…我は問うのだ…



死を超越するために…



運命に抗うために…



すべてを終わらせ



始めるために…



この我の…』







 その声は部屋中に響き渡った。







『力をくれてやろう』







 その時冬弥はわずかに笑った…のだと思う。





 だがそれを本人が確認することもなく





 瞬間、









 冬弥の意識は消失した。



















「なんだろう?」

 私は顔を上げた。



 ヴゥゥウウン…



 今、そんな音が聞こえたような気がした。

「葵ちゃん、どうしたんだい?」

 横にいたこのラボの医療員(厳密には医療員ではない。研究員として

登録されている)の南さんが不思議そうな目でこちらを見た。

「いえ、今なにか聞こえたような気がしたんですが」

「そお?…気付かなかったけど」

「あ、いえ…私の気のせいだと思いますから」

 空耳…だったのかもしれない。

 どのみちあまり大したことではないだろう、この壁の中にだって機械が

埋まっていて動いているのだ。多少音が洩れても可笑しくはない。

「あの…葵ちゃん、やっぱり疲れてるんじゃないかしら?」

「そんなことないですよ」

 あの人の世話をできるのはとても嬉しいことだ。今私がここにいる意味

はあの人とともにいることだけなのだから、その役目で疲れるようなハズ

などない。

「そう…」

「はい、大丈夫ですから…」

 …心配しないでください。

 と、小声で言った。

 この南という人は苦手だ。何が悪いというわけではない、この人は

優しくて、親切で、人が立ち入って欲しくないようなことには決して

立ち入らない。今までの私なら明らかに好意的な感情を持ったと思う。

いや、だからこそ苦手なのだ…今の私はもうあの頃の私ではない。

こちら側に来てしまった私があちら側の世界に戻されそうな…そんな

感じがしてしまう。



 だから敬遠する…



「あ、それじゃあ私はこれで」

 201号室…そうプレートの書かれた部屋のドアの前で南さんは

止まった。

「それじゃあ」

 私は一礼すると再び歩き出した。あの人のいる私の安らげる場所へと…

 後ろで声が聞こえた。

 それは南さんの悲鳴だ…誰かが死んだとか、誰かがいないとか

そんな言葉だったと思う。だが私には関係ない、私はその声に足を止める

ことなく歩き出した。

 そして目的の部屋に辿りついたのはそれから数刻のことだ。

「藤田先輩、入りますよ」

 扉が開く。

「藤田せ…」

 そこに車椅子に座っている藤田先輩がいた。

 そして…

「やあ、キミは…松原葵さんだったかな?」

 もう一人、いるはずのない人物がそこに立っていた。

「あなたは…!?」

 藤井冬弥…あの事件の被害者で藤田先輩と同じくエルクゥ細胞を移植

されたもう一人の男…

「藤井さん…アナタ…なんで?」

 …なぜここにいるか?

 いやそれ以前に…この人はエルクゥ細胞の拒絶反応で…

「身体が動かないハズじゃあ」

「ごらんの通りだ」

 藤井冬弥はニヤリと笑った。

「まあ、彼も『候補』の一人だったんだけどね、事情を知っていた分

相容れなかった。簡単な話、悪魔の甘言に乗るのは無知な者だけなのだ…

ということかな?」

 何の話だ?

 この男の言葉はまるで理解できない。

「だがその言葉に乗らなかったのが正しいかどうかは別だ。なぜなら

キミの愛すべき藤田君は舞台に上がる機会を永久に逃したのだから…

もはや彼には主役どころか観客としても失格だ」

 そう言って藤井冬弥は藤田先輩を見た。

「アナタは…一体?」

「オレは藤井冬弥だよ。3年前鬼に傷つけられ、ここで隔離され続けた

藤井冬弥ですよ」

「…………」

 藤井冬弥…初めて会ったときから彼はしゃべることしかできない

くらいエルクゥ細胞に蝕まれていた。それがなぜ動ける?…否、なぜ

『ここ』にいる?

「オレは藤田浩之君に会いに来たんです」

 まるで心を読んだかのように藤井冬弥は答えた。

「なぜ?」

「さきほども言ったように彼も『候補者』だったから、まあ挨拶です。

彼は今もこんなナリですが一応はエルクゥ、命の炎が燃える限りその意志

は消えません」

 それは…まさか

「アナタは藤田先輩と話が出来る…と?」

「さてね、彼はオレを拒んでいるからどうにも…もっとも藤田君が嫌っている

のはこのオレではなく…」

『我を嫌っているのだろう』

 声が聞こえた。

 それは確かに藤井冬弥の口から発せられモノだったが明らかに異質

なモノだ。そしてその声には聞き覚えがあった。

「まさか…」

『我を、このグインをッ!』



 ダンッ



 その言葉と同時に私は床を蹴り、飛んだ。

『ふむ』

「くっ!?」

 私が蹴りのモーションに入ったときにはすでに藤井冬弥、いや

グインは後方に飛んでいた。

『まあ動きは悪くないが、あの九品仏大志に遠く及ばない』

 私の蹴りをよけ、部屋の端に立った藤井冬弥…いやグインは言った。

『だが人間の中では優秀な方であろうな』

「なんでアナタが藤井さんの中に!?」

『言っただろう? コイツは甘言に乗ったんだよ。再び舞台に立つ

ために役を手に入れたんだ』

「役…!?」

 何を言っているのか相変わらず不明瞭だ。

『つまり柏木耕一に代わり、劇の黒幕を引き受けたのさ』

「なッ…」

 それはまさか…

『それでは藤田浩之へ挨拶も済んだことだし、我はここで退くとしようか』

 そういうと目の前の男の身体がふわりと浮いた。

「ま…待てッ!!」

『それでは…』



 ヴゥウウウン…



 私が駆け出したときすでにその男は消えていた。

「………………あ………」

 一体何が…起きてるの…

 劇の黒幕…それはつまりエルクゥの王?

 藤井冬弥はエルクゥの王になり…そして地球に帰った?



 ジリリリリリリ



 突然警報が鳴り響く。

 その時私は先ほどの201号室の南さんの悲鳴を思い出した。



 たしか…阿部貴之が死んだとか、藤井冬弥がいないとか…



 ならばもう遅い、



 彼はたった今、ここから去ってしまったのだから…



 





 続く…





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 前回のUPっていつだったっけな〜〜とか思う今日この頃、

更新速度がかなり遅いんでダレも覚えてなさそうですが最終章

に繋がる第41話です。京極夏彦の影響を少し受けてますがオレの

書き方が未熟ゆえ多分誰も分からんだろうな。



 でわ〜〜〜♪

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Spade/5164/