−遊撃宇宙戦艦セリオン・第三十七話『いつか笑顔で会える日を…』− 投稿者:紫炎 投稿日:6月11日(日)01時01分
 傷ついた心を癒すことなどはできない。ただ時の流れの中で忘却と
いう名とともに埋もれていくだけだ。もしくはすべてを認め、向き合う
意思だけがそれを克服する力に繋がる…だが藤田浩之は今も傷つき
続ける。開いた傷口からは今だ血が流れ続け止まることを知らない。
立ち上がればそこには死しかないと分かっていながらなお立ち上がる
彼の行動は勇気か? ただ罪の意識からなのか?
「いや、笑顔を…あかりの笑った顔を…そしてそれに向き合える
俺自身の笑った顔を………思い出したかっただけだ」

 

−遊撃宇宙戦艦セリオン・第三十七話『いつか笑顔で会える日を…』−



 機動衛星『クルス』内の集中治療室、その扉の前には多くの仲間
たちが鎮痛そうな顔をして待っていた。その場にいる誰もが語ろうと
せずただ中で行われている作業が終わることを待ち続けた。
「あ…」
 それは誰の声だったか、あるいはその場にいる全員の声だったのかも
しれない。扉の上のランプが消え扉が開く。
「先生、浩之はっ!?」
 一番最初に声をあげたのは雅史だった。
「…手は尽くしたよ」
 扉から出てきた医師はただ一言だけそう言った。最初から結果は
見えていた手術だったから、答えなど分かっていたハズなのに…
「やはり…助からないん…ですか?」
「かなりの細胞がすでに死んでる。特に急激に動かした手と足は
二度と動かないだろう」
「…話せます?」
 雅史との間に入った綾香がそう聞いた。
「今はまだ麻酔が効いてるがすぐに目を覚ますよ。だが脳への影響もやがて
出てくるだろう。時間はそれほどない…」
 それが医師の最後の言葉だった。 


 
 目を覚ますとそこは白い、壁も天井も白い部屋だった。藤田浩之は
そこで目を覚ました。
「ここは…?」
「病室だよ浩之…」
「あ、雅史…か」
「うん…」
 気付けば自分の周りには仲間たちが囲んでいた。
「ああ、そうか俺は…グインの前で倒れて…あ、あれ?」
 浩之は自分の手が上がらないことに気付いた。
「あれ、なんで手が…動かない?」
「浩之、その…浩之の手は…」
 雅史が少し震えた声で浩之に伝えた。その雅史の目を見て浩之は
なんとなく納得した。
「そっか…」
「うん」
「…雅史、委員長どうなった?」
 浩之はどこか遠くから聞こえた保科の声を思い出した。
「…死にました。私を…守るために…」
「琴音ちゃん!?」
 浩之の質問に答えたのは雅史ではなく琴音だった。
「……私は…保科さんの分まで生きていこうと思います。生きろって
あの人は言ってました…だから」
「……………」
 琴音の瞳は浩之を見続けていた。自分は生きる、だから浩之にも
生きろと目が語っていた。それが保科の願いなのだと…
「…そうだな、委員長怒ると怖いからな」
「はい…」
 浩之の言葉に琴音は静かに笑った。
「先輩…」
「!?」
 浩之はみんなの裏に隠れている芹香に対して声をかけた。
「なんだよ? 顔見せてくれって…先輩」
「……(フルフル)」
 芹香は後ろにうつむき、首をふった。
「先輩、俺がおかしくなってたときずっと助けてくれたんだろ?
礼、言いたくてさ…」
「……(フルフル)」
 芹香は首をふり続けた。
「ありがとうな、先輩」
「………私は…」
 芹香は小さな声で言った。
「……あなたを……苦しめていただけでした…」
「…そんなことないよ、たとえ偽りの世界だったとしても
俺は幸せだった」
「……………」
「ありがとう、先輩…」
 もう一度浩之は今度ははっきりと言った。
「……はい…」
「たく、相変わらず甘いわね。アンタ」
 とは綾香の言葉。
「いいカッコしいだからねえ、ヒロは」
「志保、ヒロユキは単純なだけで〜す。まあそこがいいトコロ
なんですが!」
「レミィ、それフォローなんかよく分からない」
「ソーリー」
「お前らなあ…病室で騒ぐなよ」
「あれ…矢島じゃねえか?」
「よぉ藤田、なんだよ。俺がここにいたら変か?」
「脇役じゃん、お前…」
「うぐぅ」
 矢島はかなりヘコんだ。
「あのねえ浩之、矢島はとりあえず主役なのよ。しゅ・や・く!」


「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」


 矢島とフォローの入れた綾香以外の全員が一斉に声をあげた。
「うぐぅ」
 矢島はほとんど泣き顔になって部屋の角でイジケてしまった。
「あ〜あ、ん?」
 綾香はこの和やかな場の中で一人暗い表情をしている葵を見た。
「浩之…」
「あ?」
 浩之は綾香の方を見た。そして綾香の視線を辿りその言わんと
することを悟った。
「あ、ああ…」
「綾香さん!?」
「葵、相手が違うでしょう?」
「……」
 綾香の言葉に葵はうつむいてしまった。
「葵ちゃん…なんでツラそうな顔をするの?」
「藤田先輩がこんなになってしまったの、私のせいだから…」
「…それは違うよ。俺はただエルクゥに無謀に突っ込んでっただけさ。
結果、葵ちゃんの邪魔をしたばかりか、自分にまで…」
「違います!」
「葵ちゃん…」
「あれは私のことを…かばって…」
「…葵ちゃん、たとえどうであれ俺はアイツらに向かっていった」
「………」
「俺が悪い…」
「そんなっ!?」
「そして葵ちゃんも悪い、それでいいんじゃないかな?」
「え…」
「それでおあいこ…だろ?」
「あ、あの…」
「それにだ、葵ちゃんにそんな泣きそうな顔をさせてる俺が悪くない
わけないよな、なあ綾香?」
「えっ………うん、そうね。まったくその通りだわ…本当にひどいヤツ…」
 綾香は心底そう思った。自分が心から愛している人間の笑顔を
奪ったのだ。ひどくないわけがない、だが…だからといって憎めない、
この男は昔と変わらずどこまでも優しかった。
「藤田先輩、綾香さん…」
 葵は戸惑った顔をして二人を見た。
「葵、あんたに出来ることは浩之の前で笑うことよ。この男なら
それだけであんたのことなんて許してくれるんだから」
「………」
「葵ちゃん…?」
「今はまだ…出来ません。笑えない…んです。でも…」
 葵は視線をそらすことなく浩之に向け話した。
「きっと…すぐに藤田先輩の前で笑ってみせます。だから時間を
下さい」
「ああ…待ってる」
 葵の言葉に浩之はゆっくり頷いた。



『セリオンとマルチザードのドッキング完了しました』
「OK、そのまま調整よろしく。それと地球航行ソリッドの
修正もしておいてくれ」
『修正ですか?』
「ああ、以前のセリオンとは性能が比較にならないくらい違うからね、
サポートに佐藤雅史も今そちらにまわしてある。わからないことが
あったら遠慮なく聞いていい」
『了解しました』
「それじゃっ!」

 ピッ…

 矢島の前のウィンドウが閉じられた。
「やっぱ、地球行くんだよね?」
 綾香は矢島に再度確認するように聞いた。
「ああ、芹香さんの言う通りなら電波推進委員会がエルクゥに対して
攻撃を仕掛けているらしいからね」
「姉さんの言葉信じてるの?」
 綾香は責めるように矢島に言った。
「まあね」
「散々私たちを騙していたのよ、姉さんは!」
「エルクゥによって連合軍と中央政府の機能を停止させ、そこを
電波推進委員会が乗っ取る。来栖川グループは電波推進委員会の支配
する世界で多くの権利を約束されてたんだろ?」
「……そうよ」
「でもさ、結局の処それすらも芹香さんにとっては手段の一つ
だったんじゃない?」
「……………」
「藤田を、あかりさんを自分のせいで失ったことへの贖罪
だったんだ。それぐらい綾香さんだってわかってるんじゃないの?」
「……でも、それでもずっと騙していた姉さんを私は…信用できない」
「………」
「それより矢島、浩之…どうなの?」
「ああ、なんか元気みたいだぜ。今はゆっくりしてんだろ」
「そう…このまま元気になるといいいね」
「そうだな…」
 そうはならないことは二人ともすでに聞いていた。奇跡は起こらないから
こそ奇跡なのだ、だが願わずにはいられない。
「そうだな…」
 矢島はもう一度繰り返した。今度はゆっくりと、そして自らに
言い聞かせるように…



 次の日の朝、浩之が目を覚ますことはなかった。予期されていた
通り、ただ生きているだけの『モノ』になった。だからその日、誰もが泣いた。
いやただ一人泣かなかった人物がいる。

「笑顔…まだ私、笑った顔見せてないですよ…起きてください。ほら
私笑顔ですよ…ねえ、藤田先輩?」

 綾香が止めていなければずっと浩之を揺さぶり続けていただろう。
葵はその日、ずっと笑顔で浩之のそばにいた。それは浩之と約束したこと
だったから……だがそこに救いはない。


 
 そして3日後、旧マルチザードクルーもセリオンの乗り込み
セリオンは地球に向け進行を開始した。藤田浩之のそばを離れない葵を
除いて…

そして同時刻、セリオンから離れた月島拓也と太田加奈子は地球と月の間で
起こっている戦場の真っ只中にいた。



 続く…


  



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 うぃっす、紫炎です。今回んなかで某鍵作品と類似する言葉が出てきてんのは
気にせんでくだせえ。とりあえず今回でToHeartエピソードは大体終わり
ましたねぇ。長かった、20話からずっと戦い続けてたし…次は雫vs痕戦に
入ります。ここからようやく終盤です、どうかもう少しお付き合いくだされ♪

>スフィーの行動が理解できない俺。
>そんな俺に、彼女は「ちっちっちっ」と人指し指を振りながら舌を鳴らした。
モハメド・アヴドゥルと解釈(笑)

 

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Spade/5164/