〜鬼哭〜 投稿者:紫炎 投稿日:5月24日(水)00時59分
 コロン‥コロン‥


 夕日だ、空は赤く、風は冷たい‥そんな日だった。
その公園にはまだ小さい男の子が1人で遊んでいた。

 コロン‥

 男の子の転がしていたボールが私の足にぶつかる。
「あ‥」
 その男の子はそのときようやく私の存在に気付いたようだ。
私はそのボールを手に取り、そっと男の子に返した。
「あり‥がとう」
「‥柏木圭吾君よね?」
「うん‥」
 間違いない、この少年が今回の標的なのだ。
「お母さんの代わりに迎えに来たの」
「お姉ちゃん誰?」
「私は‥」
 わずかに疑問の残る少年の目に私は自分の名前を出すのが
躊躇われた。これからこの子の身に起こる悲劇と自分が犯すであろう
大罪‥
「私の名前は千鶴って言うのよ、君の家の親戚なの」
 そのどちらに私は後ろめたさを感じているのだろう?
「千鶴‥お姉ちゃん?」
 おそらくはそのどちらとも‥だろう。
(帰る場所なんてもうどこにもないのに‥)
 そして私はその身に流れる血を呪いながら心を閉ざした。

「一緒に‥帰ろうか?」



            〜鬼哭〜



 昔、鬼が哭いていた。涙はなかった、出すことも出来なかった。だから
哭き続けることでしか癒せなかった。そして長い刻(とき)が流れたが‥彼の鬼は
今だ哭き続けていた。



「ようやくお着きになられましたか」
「大学の方が手間取っていたので、すみません」
「いや‥我らは従者、貴女様がコウベを下げる必要はありませぬ」
 わずかな灯りの元、老婆たちが若い女を囲むように座る‥
(奇妙な光景だ)
 私は何度となく思ったことを呟いた。
「なにか?」
「いえ‥別に」
 私はそっけなく応えた。そのまま思ったことを言ってやろうかとも
思ったがどうせこの老婆たちには何を言っても無駄なのだ。昔からそうだった‥
「で、なにかあったんですか?」
「昨日のことです‥」
「一族の者が殺された」
「我らが同胞(はらから)に‥」
 昨日‥たしか新聞にもそんな記事が書いてあった。
「北隆山5丁目‥でしたっけ? 母親と長男が殺され、父親も重体‥
そして‥」
「次男が行方不明‥千鶴様‥この意味分かりますな?」
「父親ではなく‥次男が‥ですか?」
「左様‥」
「ですが次男はたしかまだ小学生、まだ『変化』の起こる歳では
ないハズです。本当に強盗なのでは?」
「骸の傷痕はまさしく獣の爪‥人の業(わざ)によるものではない。
検死の結果は大型の獣によるものと‥」
 老婆は答える。警察にまで手は回っている、古い土地柄のこの隆山
は普通の世界とはまた別の法によって動いているということだ。
「そしてその獣はまだ7つ‥精神も未熟、本能のまま命を狩るであろう
ことは明白」
「ですがっ!」
(まだ7歳の子供を殺せと?)
「柏木耕一の時のようにはなりませんぞリズエル様」
「ッ‥!?」
「彼の者は次郎衛門の生まれ変わり、まだ人も殺めておらなんだ」
「故に命を奪うことまではしなかった」
(だが貴女たちはあの子を追放したじゃないか‥)
 忘れもしない、この地に置いて監視するというわけでもなくただ
目覚めたというだけであの子は‥父親と離ればなれにされた。叔父さんは
寂しそうに『これで良かったんだよ‥』と言っていたが私には納得
できなかった。
「今でも私は納得できませんよ、なぜあの子が追放されなければ
ならなかったのか?」
「あれはしょうのないこと、一族の掟なれば従う他なかった」
「勝手なことをずけずけと言う、それに他の土地でエルクゥに目覚めたら
どうするつもりですか?」
「この地ではないのならば問題ではないのです、隆山の平穏が我らの望み」
「アナタたちはっ!?」
 自分たちだけがよければそれでいいのか?
「静まりなされリズエル様」
「その名で私を呼ぶなッ!」
 私の激昂がその場に沈黙を呼んだ。
「‥‥‥」
「‥今はそのような話をしている時ではないですぞ」
「左様、柏木耕一の件はまた後ほど‥」
 何度となく繰り返された会話、この場だけは時が止まっているように
感じる。
「‥‥‥で、私にその子供を殺せと?」
「ダリエリ様が今だご転生なされていない現在、同胞(はらから)の命を断つ
ことが許されているのは‥皇族であるあなた方のみ」
 同胞(はらから)だと?‥皇族などと祭り上げ、厄介ごとを押し付けている
だけではないのか?
「また人を殺めろというんですね‥私に‥‥」
「貴女様が手を汚さずともよいのですぞ」
「妹たちの手を血で染めさせろと?」
「貴女様が望むのならば‥」
(そんなこと‥できるハズがない)
「‥拒否権など最初からないのに‥‥‥」
「一族の掟なれば‥我らとて好きこのんで貴女様の手を煩わせているわけでは
ございませぬ」
「そんなこと聞きたいわけじゃない」
「ならば我らが願い、聞いて下さるな?」
 初めから決まっていたのだ、だが反抗してみたのはこの老婆たちが許せなかった
から‥逆らうことは無理だとは分かっていてもそうせずにはいられなかった。
「‥その子の父親にはこのことを?」
「話しましたが‥すでに気が触れていたので‥」
「そう‥ですか」



 はるか昔から繰り返されてきたこの会合‥エルクゥの血がこの街で耐えぬ
限りこの儀式は繰り返されるのだろうか? そしてこの役目を担うのはいつも私たち
なのだ。



「お姉ちゃん?」
「えっ?」
 私はハッと少年の方を見た。
「どうしたの、ボーっとしてたみたいだけど」
「あ、ううん‥なんでもないのよ」
 視線をずらし私は答えた。
「それにこっちはお家とは道が全然違うよ」
 
 ザサァ‥

 水の流れる音‥ここは私の狩り場だ。
「血の臭いがする‥よ?」
「ここはね、ずっと‥ずっと前から同じことが繰り返されていた処なの」
 私は少年の方を見ることなく呟く‥
「同じこと‥?」
「リズエルという名の鬼が泣き続けた場所、悲しい処なの」
「僕分かんないよ、そんなこと」
「そうね、きっと大きくなった分かるわ」
「‥そうかな?‥僕大きくなったんだよ‥でもママやパパもお兄ちゃんだって
喜んでくれなかった」

 わずかに筋肉が軋む音‥

「そして火が見えたんだ」

 声が低く変質していく‥

「その火、消したのね?」
 
 それが最後の確認‥

「うん、そしたらママもお兄ちゃんも動かなくなっちゃった‥でもパパは‥
笑ってくれたよ」

(話しましたが‥すでに気が触れていたので‥)

「‥‥君が悪いんじゃない‥」


 そして私はゆっくりと後ろを振り向いた。そこにいたのは一匹の『鬼』‥


「お姉ちゃんの火‥綺麗‥だよ」



「‥ゴメンね‥‥」










 グシャッ‥

















「千鶴姉、千鶴姉ってばぁ、御飯だよ」
「‥‥‥」
 部屋だ、ここは私の部屋‥気付けば私は家に戻っていた。
『処理』が終わった後はいつもそうだ、なにも考えられなくなり
こうして布団に寝そべっている。
「千鶴姉、千鶴ね‥あっ、え‥うん、分かったよ」
「‥‥」
「起きているな、千鶴?」
「‥‥‥」
 その声に私はゆっくりと腰を上げる。
「‥叔父さん‥」
「なんだ?」
「私、また‥」
「‥そうか‥」
「はい‥」
「‥明日はどうする?」
「学校行きます、妹たちに心配かけたくないし」
「分かった」
「すみません、心配かけて‥」
「お前だけが悪いんじゃない‥気にするな」
「はい‥」
 私は悪くない、なんて言えない‥だから叔父さんは分かってくれてる。
救いがないわけじゃないから‥まだ私は生きていけてる、あの人がいるならば私はまだ‥








 ガラ‥



「待っていましたぞ賢治殿」
「‥ここは相変わらず辛気くさい処ですね弥雲様」
 そこにいるのは千鶴の叔父の賢治と会合にいた老婆が1人‥
「しきたりだからのぉ、ここは我らが聖域よ」
「山奥の古臭い小屋が聖域‥ね。まあいいでしょう、耕一の件ですが」
「‥‥‥」
「家内が亡くなったと先ほど連絡がありました、もうあの子1人にはしておけない。
私は耕一を呼び戻しますよ」
「そうか‥」
「はい‥それでは‥」
「待て」
 賢治が立ち去ろうとすると老婆が声をかけた。
「なんですか?」
「お主、後どれほど持つ?」
「‥千鶴の手をわずらわせることだけはしませんよ」
 わずかな間の後、賢治は小さく呟いた。
「よかろう」
「‥‥そうだ」
「‥‥‥」
「初音ちゃん、元気でやってますよ」
「‥‥そうか‥」
 老婆の表情がわずかにほころぶ。本当に哀れなのはこの老婆なのではないか?
賢治はわずかに思ったがその心中は複雑だった。自分の息子の娘であるこの老婆
にこれ以上何も言えず賢治はその部屋を出た。老婆はその場を動くことなく、やがて
ロウソクの明かりが消えるとその場は闇に覆われた。



 昔、鬼が哭いていた。涙はなかった、出すことも出来なかった。だから
哭き続けることでしか癒せなかった。そして長い刻(とき)が流れたが‥彼の鬼は
今だ哭き続けていた。鬼の名は弥雲と言った。リネットの娘として生まれたその鬼は
今だ生き続け哭き続けているという‥


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 ども紫炎です、この話は本編から1年ほど前の話になります。ゲームの内容通り
その後耕一が父親である柏木賢治の呼び出しに応じることなく、また柏木賢治もエルクゥの力に
侵され自殺してしまい、そしてゲームは始まる‥ここではそんな未来を知ることもない千鶴の話を
書いてみました。千鶴の口調が違うのは立場の違いによるものです。ゲーム上ではお姉さんと
いう立場からですます口調でしたからね。設定上でなんか間違いあったら教えてくれると嬉しいです。
なにせ設定うろ覚えなんで(笑)

それでわ♪

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Spade/5164/