『永遠』 投稿者: 紫炎

ザサア…
遠くから波の音が聞こえる…
「もう…起きてたんですか浩之さん?」
こじんまりとした小さな…だが一人の老人が住むには十分な部屋…ここはそんな部屋だった
「ああ…ここから見える朝日は綺麗だから……なあ見えるだろうマルチ…」
「はい…そうですね…綺麗です」
その言葉に老人は満足そうに頷いた
「ふふ…今年で78…か、ようやく分かったような気がする」
老人は静かにそう語った
「分かった……?」
「…朝日の美しさ…それがなぜ美しいのかを…」
「浩之さん?」
少女の戸惑いに老人は微笑みながらこう答えた
「過ぎ去っていくモノだからだよ…額縁に収めることなぞ出来はしない…あれはもうじき天へと昇る…
2度とは見られまいという儚さが…美を生み出している」
「でも…朝日は明日にも来ます…明後日にも…ずっと…いつまでも」
「だが今日の朝日は二度と昇りはしない…明日の朝日はまた別のモノだよ…
過ぎ行く時は止められない…分かるかな?」
その言葉に少女は少し悲しそうにうつむいた
「分かりたくは…ないです」
「だがね………んっいやいい、すまないな…お前を困らせてしまったようだ」
「……」
「私は過ぎ去る時間の中であまりに多くを失ってしまった…」
確かに彼は多くを…いやすべてを失ったといってもいいのかもしれない
今の彼に残されたものはこの少女と崖の上に立つ一件の家のみである…
「…浩之さん」
「後悔はしていない…だけどね私はただ謝りたいんだよ」
ザサア…
「………あかりさんにですか?」
遠慮ぶかそうに少女は聞いた…ただその表情からは悲しみが感じられた
「あかり…あいつが亡くなってからもう5年か…」
「はい…」
藤田あかり…旧姓・神岸あかり…老人の妻であった人物…だが老人は最後まで彼女を
愛することはできなかった
「あなたのあんなに悲しそうな顔を見たのはあのときで2度目です…」
「…いや3度目だよ…私のなかでは」
一つめは少女との最初の別れのとき…そして二つめは親友との別れのとき
『あかりはあんたの気まぐれにすがって生きてるのよっ!分かってるのに…どうして…』
親友であったハズの彼女は叫んでいた…泣いていた…
『ヒロ…あんた最低だっ!!!』
少女はあの時のことを忘れない…原因は自分にあるのだから…そして老人の回りから
多くの人が去っていったのにはすべて自らの存在があったという理由からなのだから……
だが離れることはできなかった…二人とも互いを手放すなどできなかったから
「あかりさんは私にも良くしてくれました…優しい人でした」
「分かってるさ…だからこそ私は……」
彼女の死因はガンだった…気付いたときにはすでに手後れといわれた…
手のほどこしようがない…医者の口から出た言葉はあまりにも唐突なセリフでひどくおかしな
ジョークに思えた…
彼女の最後の日…病室には老人と少女だけが彼女の前にいた…寂しい終わり方…
彼らの間には子供はいない…愛がなかった、そう言ってしまうには残酷すぎる事実だった
『私…幸せだったよ…ねえ浩之ちゃん』
『あかり……』
『笑って…浩之ちゃん、私も笑うから…泣くなんて浩之ちゃんらしくないよ』
「浩之ちゃん…か……」
結婚してから久しく聞かなくなった言葉であった
そして40分後に彼女は死んだ
……・
「あいつは許してくれる…それが私には重かったんだな…」
ザサア…
「結局…私の弱さがあいつをあんな風に追い立ててたのかもしれない」
「浩之さん…そんなこと……」
「志保のいう通り…私は最低だ…」
「でも…それでも私は浩之さんのことが好きです…」
「………」
「自分だけを責めないで下さい…二人で背負うって言ってくれたじゃないですか」
老人はうつむくと、一言呟いた…
「ありがとうマルチ…」
消え去るほどか細い声を聞いた少女は無意識に老人を抱きしめた
「あなたと一緒なら…何も恐くはありません」
「愛してる…」
「私もです」
バサア…
「あ……」
開いた窓からすでに日は昇りきっていた…
「風、強くなってきましたね…閉めますか?」
「頼む…」
カーテンがたなびいている…
「マルチ…」
「はい?」
窓に駆け寄る少女を老人は呼び止めた
「…生きていて…幸せ…だったか?」
「……・はい…」
その声は小さかったが老人には十分だった
「そうか…」

カチャン…
「これでよしっと…あの浩之さん、今日の朝食は……」
「……」
「浩之さん……?」
そこに返事はなかった…
「先にお休みになられたんですね…」
………
「私も今から…参ります…いつまでも一緒に…」
(本当に本当に大好きでした…誰よりも一番大好きでした……)

後日
海岸に面した家から老人の遺体とそれに寄り添うようにして倒れていたメイドロボットが発見
された…二人はともに幸せそうな顔で眠りについていたという……

ここにあの老人の日記がある…その日記は老人が死んだ前日で止まっている…
その最後の文章を見てみたいと思う…

『今日マルチが逝った…もうじき私もこの世を去るのだろう…だけど寂しくはない…
またあの子に会える…そう思えるから笑って行ける、またマルチに会えるのだから』

そこでその日記は閉じられている…そこで一つ疑問が残る…ならばあの朝の出来事は
なんだったのだろうか?
寂しき老人の妄想だったのか?それともあのメイドロボットの最後の思いが…いや…邪推はよそう…
少なくとも彼らは愛し合っていた、それだけは真実だといえる…
あなたはこれをどう思ったのだろう?残酷だと思ったのだろうか?可哀相だと思ったろうか?
幸せだとは思わなかったのだろうか?…そしてすべての人への問いかけを残しこの物語を
閉じよう…永遠に……


『大好きです…ずっとずっと忘れません』
『たとえ何年経とうと…この命が果てようと………』



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どうも紫炎です…これはりーふ図書館の10万HIT記念に書いたものですが初の読み切りって
こともあって本家にも載せました…(続きもんしか書いてないんだよね…そういえば)
にしてもこういうの書いているとめちゃブルーになりますね!今辛い気分…
そんなわけでこの終わり方は俺なりの人とロボットの愛の形だと思っています…
文章中にも書いた通り、この終わり方をどう思ったのか感想が知りたいです!
これはハッピーエンドだったのか?バットエンドだったのか?
できれば教えて下さい…
それとこれはvladさんの<関東藤田組 人間の恋人>から思って、書いたもんです…
俺なりの答えの一つってことで…いいですかね?