DE・NI・MU5 投稿者: 故・紫陽
		「de・ni・mu」


 そういう風にぶつくさ文句を放れていると…
あっという間に昼でやんの。
 「こんにちは…」
 「いらっしゃい」
 と…由綺だ。英二さんも一緒だな。
 「やぁ、由綺じゃないか。なんだか懐かしいな…元気にやってるか?」
 俺は、穏やかに喋って見せた。実際、もう由綺との事はなんとも思っていない。
 「うん…冬弥君、変わらないね」
 一時はトップを極めた由綺だったが、もう大分下り坂に差し掛かっている。
今は穏やかに、歌を謡いつづけ、偶にトーク番組に出る調子である。
 「そうか…」
 俺はしっかりとうなずいて見せる。
 「もう…青年じゃないけどな、藤井君も」
 “藤井君も”の所がやたらと強調されていて気になったが、それは水に流した。
 しかし、英二さん…もうすっかりオッサンになってしまったな…。
それでも、英二さん調は変わらない所はさすがだ。
 「んもう、あなたったら」
 バシッとツッコミを入れる由綺の手には、いつしか迫力が備わっていた。
理奈ちゃん程とは言えないまでも、どこと無く…英二さんで苦労してきたのだろう…
うん…きっとそうだ…だから、理奈ちゃんみたいに迫力があるのも仕方ないんだ。
 「ねぇ、冬弥くん…」
 由綺がゆっくりと喋り出す…
 「今だから言えるけど…わたしね、冬弥君に告白したとき…」
 「あぁ…」
 不意に喋りだしたので、何のことか判らなかったが、やっと思い出し、相づちを
入れる。
 「あのね…知ってたんだ。美咲さんの事…」
 「そうだったんだ…」
 今更それを責める気などさらさらない…
 「美咲さんが冬弥君の事好きで…、冬弥君も美咲さんの事を見つめだして…」
 「何っ!!」
 俺は少し叫んだが、溜め息をして落ち着いてから、また喋りだした。
 「それ、逆じゃないのか!?」
 「え?」
 呆気に取られた顔を見せた由綺だったが、やがて哀しく微笑んで…
 「そう、冬弥君もはじめから…美咲さんの事好きだったんだね…」
 「…」
 俺は唾をゴクリと飲んだ。
由綺くらいの鈍感でも、感じてしまったそれを…俺は感じられなかった訳だ。
俺は自分を中心に見ていたが、周りから見れば…美咲さんが中心という事だって
ありえたわけだ。
 「ごめんね…あたしったら…邪魔しちゃったんだね」
 そして顔を伏せてしまう由綺。それに対し、俺は…
 「いいよ、もう…」
 俺は最高に優しい微笑みを作り出し、由綺に向けた。由綺も若干それで安心
したようだ。
 「本当に、良いのか?」
 脇で尋いていただけの英二さんが、口を挟んできた。
 「はい?」
 「澤倉さん…あぁいう人だからな、結構…」
 「結構?」
 「今でもずっと我慢してるのかもよ…恋愛を、おあずけのまんまで…」
 「…」
 俺は黙ったままだった。
 「さぁて、由綺ちゃん、もうそろそろ行こうか」
 「あっ、はい。…冬弥君、それじゃ」
 「あぁ、由綺も身体気をつけて…」
 「あばよ、藤井君!釣りは要らないぜ!!」
 「あ、どうも…」
 最後にカッコ良くお代を払っていった英二さんだが、90円足りない…。
俺はあえて何も言わず、二人を手を振って見送った。
 その後、俺は溜め息をつき…
 「美咲さんが…」
 そうか、そうだったのか…と思ってしまった。
幸か不幸か、店は暇なので考える時間は、豊富にある。
色々考えた…考えてしまった。美咲さん、美咲さん、美咲さん…
その内次第におれの体温は熱くなり、火照っていく…

 いつしか夜になり、お客が増えてきた。
 俺はせっせと料理を作ったり、それを運んだり、オーダーを聞いたりと、
大忙しであった。バイトが休みの日に限って忙しいのである。
この売り上げは、普段の三日分にも匹敵するぞ。
 俺は必死に働いた。お陰で美咲さんの事も、ほとんど忘れ去ることが出来た。
恋愛のイタミなんてものは忘れた方が得だ。うんうん。

 「ふぅ…」
 今日も良く働いた…もとい、“今日は”良く働いた。いつもこれくらいだとなぁ…
なんて思いながら、店を閉める準備をしていると…
 「あの…いいですか…?」
 「あ、すみません今日はもうオー…」
 俺は硬直した…
 「お久しぶり…藤井君…」
 「み…美咲さん…」

		第六話 〜終局の色〜

 そこには、幾分か疲れたような美咲さんが立っていた。
ノートパソコン、書類入れ、そしてデニム地の服…
 いつしか見た、美咲さん…
それに、今では度の軽い眼鏡が加わって、童顔ではあるが大人の女性を演出していた。
 それが今俺に向かって、いつしかの微笑みを送り続けている…
優しい…優しい…

 「何か飲む?」
 俺は看板を下ろし、店のドアに"closed"を掲げ、
いつしか美咲さんと時間を共にしてた。
 「うん、何かジュースがいいな」
 よし!ここは一つボケをかますのがお約束ってもんだ!!
 「『メッ□ール』でいい?」
 「…」
 美咲さんが俺の事をマジマジと見つめている。
統□協会ネタだから、あんまりリアクションとられても困るけど…
 「ごめん…じゃぁ、ぬるくなった『M△Xコーヒー』?」
 「……」
 美咲さん、さらに俺の事マジマジと見ちゃって、なんか照れる…わけない。
 「…」
 イカン、舞い上がってるのは俺だけのようだ。どう打開すべきか…
とか思っていると…
 「そうねぇ、じゃぁ、カフ○ガラナにしようかな…」
 「…」
 「…」
 「ぷぷぷ…」
 「ふふふ…」
 「ははははは」
 「うふふ」
 思いっきり笑った…二人で腹がよじれるほど笑った。
 「ねぇ、美咲さん仕事…最近どぉ?」
 「ん?」
 「脚本家やってるんだよね?」
 「あ、うん…由綺ちゃんと緒方さんが共演するドラマの…」
 「え?」
 「結構TVとかでも宣伝してるんだけど…」
 「へぇぇ、すごいや美咲さん!!」
 「うん、TVの脚本書いたのって今回初めてだから、結構どきどきしてる」
 「あ、舞台脚本だったもんね…でも、どうしてTVの脚本もするようになったの?」
 「うん、緒方さんが…」
 「あれ、そうなんだ」
 そういえば英二さん…やたらと美咲さんの事知ってたような…。
 「そうなの…あの人…思ってた通りの素敵な人で…あの、妹の緒方理奈さんとも
 お話し出来たりもしたのよ…」
 「ふぅん…」
 美咲さんの目にはそういう風に映ったか。
 「うらやましいよね、あの兄妹…仲良くって」
しまいにはこれか。
 「そうかなぁ…」
絶対屈折してると思うけどなぁ。
 「そうだよ」
 「そうかなぁ…」
 「そうだよ」
 「う〜ん、そうかなぁ…」
 「そうだよ」
 「やっぱそうなのかなぁ…?」
 「そうだよ、あの方達ってなんだかんだ言っても、あれで上手くやって来たんだと
思う」
 「そうかぁ…そうなんだぁ…」
 「うん、そう思う」
 まったく、美咲さんってば良い人だな〜、寄りにってあの英二さんを『素敵な人』
扱いだもんなぁ…
 「ふぅ〜ん…」
 「ねぇ、冬弥君…」
 美咲さんが体勢を整えてから語り掛けてきた。
 「なに、美咲さん?」
 「わたしの話…きいてくれるかな?」
 「ん、あ、そうだね、ごめん」
 そうだ、美咲さんもこんなわざわざ時間に来たんだ…何も用が無いわけがないな…
 「あのね、冬弥君…」
 「ん?」
 「わたしね、脚本家としての…自信無くしたんだ」
 「え、どうして?」
 「うん、ちょっとね…」
 「それで、辞めちゃおうかなーって…」
 「…」
 「…」
 「で、俺のところに来たの?」
 「…」
 「…」
 「…うん」
 「…」
 「…」
 「どうしてだよ?」
 「えっ?」
 「美咲さんらしくないよ、そんなの…」
 「…そうかな」
 美咲さんはそう呟くと、腕の中に顔を埋めてしまった。
 「…そうだよ」
 「…そうかなぁ」
 「…そうだよ、美咲さんらしくないよ」
 「わたしらしくない…か」
 「あぁ…」
 「フフ…」
 そうして、美咲さんはゆっくりと立ち上がると
 「そうだね、わたしらしくないよね」
 「…」
 「わたし、がんばるから…脚本家、続けるから」
 「…そう、それでこそ美咲さんだよ、がんばって」
 「…うん」
 そうして美咲さんは入り口の方へ行き、こっちに向き直して言った
 「じゃぁ、わたし…もう帰るから」
 「あ、送ってこうか?」
 「ううん、いいの一人で帰れるから…今日はありがとう…」
 「じゃぁ、美咲さん…気をつけて」
 その日はそれで終わった。

 それから数日の後…
 「ふぅ…今日も終わった終わったっと」
 俺はいつも通りに仕事を終え、部屋でごろごろしていた。
 「さって、TVでも観るかっと」
 プチ…俺はTVをつけた
 『今日のゲストは、脚本家の澤倉美咲さんでーす』
 お、今日の“ゲキガンよう!”は美咲さんか…
マンネリ化してしまった番組展開…当然つつがなく進行し、
ついに美咲さんがサイコロを振る番だ。
 ゴロゴロゴロ
 “重大発表”
 なんだ、こんな賽の目あったのか。
でも、美咲さんの重大発表なんて、興味あるなぁ…
 「さて、澤倉さん…“重大発表”です」
 司会のコカサイ・カズミが解説をする。
 「…わたしの重大発表は…」
 「はいはい」
 コカサイ、うるさい。
 「わたし、脚本家を引退します」
 「え〜っ!!」
 え〜っ!!である。
ちょっと待った、何で美咲さん…あの時は続けるっていってたのに…。

…と、んで次の日の夜なわけ
 「さぁて、今日もそろそろ閉めるかな〜」
 と思って、外に出たところを…
 「冬弥君…」
 ちょっとありがちかかなー、美咲さんだ。
 「あ、美咲さん…」
 「こんばんは…ごめんね、また閉めてるとこだったかな…」
 美咲さんは前と似た格好だったが、今度はノートPCや書類等は持っていなかった
その代わり、地味なハンドバックが肩にぶら下がっていた。
 「あ、うん、いいよ、また前みたいに話そうよ」
 「うん、ごめんね」
 そうして、俺は美咲さんと店と中に戻った。

 「ねぇ、美咲さん何か飲む?」
 「うん、そうね、紅茶か何かもらえるかな…」
 「あ、うん解った」
 俺はスグに2人分の紅茶をカウンターに運び、美咲さんの隣に座る。
 「今日はどうしたの?」
 俺は美咲さんに対してやさしく問い掛ける。
 「ねぇ、わたしが脚本家引退するって知ってる?」
 「え、あ、うん、TVで言ってたね」
 「そう…そうなの」
 「この間は、続けるって言ってたのに…」
 「え、あ、うん…それがね…」
 そう言うと、美咲さんはうつむいて
 「それより、冬弥君…どうしてるの?」
 「どう…って?」
 「彰くんも、はるかちゃんも、由綺ちゃんも…みんな決まったよね?」
 「美咲さん、それって…」
 「うん、結婚」
 「けけけ、結婚!?」
 「そう、結婚」
 「どどどど、どうしたの、美咲さん?」
 「ん、わたしね…」
 そう言うと美咲さんはさっきよりも、もっと首(こうべ)を垂れて
 「…」
 「冬弥君のこと、ずっと前から…」
 「…」
 「ずっと、ずっと前から…高校生のときだよね…その時から…あのね…」
 「あの、美咲さん?」
 「ん?」
 「俺、美咲さんの事、その頃から…」
 「知ってたよ」
 「え?」
 美咲さんは、今度は頭をあげて天井を見ている。
 「冬弥君の態度…露骨だもん。気づかないわけないよ」
 「あ…」
 「クラスでも、偶に噂を耳にした…かな」
 「あ、ご、ごめん、美咲さん」
 「ううん、いいの…」
 「…」
 「でね…」
 ゴクリ
 「わたしも冬弥君のこと…好きだよ」
 すっかり赤面してしまっている美咲さん…俺の身体も充分に熱かっただろう
 「み、美咲さん…」
 「うん…」
 美咲さんはこちらに向きなおり、にっこりと微笑んだ。
 「美咲さん…」
 そのまま、俺は顔を近づけてみる…
 「あ、冬弥君…」
 「美咲さん…」
 「うん…」
至近距離にまで近づいたところで…
 「MY…STEDY…」
 俺は呟くように言ってみた。
 「ぷ」
 美咲さんに笑われた。
 「ふはは」
 「あははははは」
 「へへへ、ちょっと俺には似合わなかったかな?」
 「うん、冬弥君には似合ってないかも」
 「う、美咲さん、それ、ちょっと非道いよ」
 「え、あ、うん、ごめん、ごめんなさい」
 「はは、でもいいや」
 「ふふふ」
 「ふ…」
 「ん…」
 そして、笑い声は唇に遮られる…ヽ(´ー`)ノ

Fin..

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