「de・ni・mu」(4) 投稿者: 美咲萌え紫陽
前書き〜☆

 この物語は、WAの主人公 藤井冬弥と同じ苗字だった“美咲萌え紫陽”が
復習の為に書いた文章です。
 本編をベースに、設定変えまくってます。(笑)
 しかも、ネタバレまで含んでいるという、凶悪さ。(爆)
ただ、美咲シナリオに関して「もし、こうだったら…」
という部分が大きいです。…セキニン…取れません。(笑)

 今回、ネタバレ多しです…要注意☆

		「de・ni・mu」

 「あっ、冬弥、立てる?」
 「肩…貸して」
 ゆっくりと立ち上がり、そしてはるかの肩に手を回す。
 はるかはしばらくしてから、返事をくれた。
 「うん…」

 それ以来、はるかとは話しをしなかったような気がする…8年間も…か…。


第五話	「想いの色 〜山吹〜」

 こたつ上に置かれた手元には、みかんを載せたカゴがある。
そのカゴに立ててあるポストカード…
 不意にそれを手に取ってみる。

 『私たち、結婚しました
				七瀬 彰
				七瀬 はるか

p.s  冬弥もお早めにね☆(by 彰)
p.s2 上の文ははるかが勝手に書いたものであって、僕は関係ありません。彰』

 結婚式で撮ったと思われる写真を印刷した、実に幸せそうな葉書だ。

 「ふぅ…」
 俺はあまりにもハイテンションな葉書に、思わず溜め息をつき、そして思い付いた。

 「そうだ、アルバム…」
 俺は押し入れをごそごそやりだした。
はっきり言って、埃にまみれた押し入れは犯罪に近い。
俺は棚にあった科学雑巾を手に取り直して、犯罪者を追いつめにかかった。

 10分後…

 「ふぅ…綺麗になった。よし、昼寝でもするか」
 お昼のTVドラマも終わり、いつも通りの休日スケジュールである。
言っておくが、今日は日曜では無い、水曜だ。
彰を差し置いてエコーズの跡取りとなった俺は、水曜日を定休日に選んだのだ。
 「ふあぁぁぁ」
 情けない欠伸を大仰にカマシ、俺は万年床に横になった。
 「…」
 何かが頭の中でひっかかる。
 「…」
 俺、眠たいんだけどさ。
 「…」
 何,このひっかかりは?
 「…って」
 俺はアルバムを見るんだった。いかんいかん、どうも忘れっぽいな。
俺は再び押し入れに戻った。

 「あったあった、…おぉっ!埃一つついてない!!」
 って、さっき掃除したっんだっけな。
 「え〜と、確かこの辺に…」
 俺はその白いアルバムを縦に持ち直し、サクッと指を挟めると、ページを開いた。
 「へへへ、ドンピシャだぜ」
 俺は胸に確実な勝利を感じた。
 「俺の美咲さん〜☆」
 その2ページ一面には、正面から見た写真を中心に、様々な角度から撮った
美咲さんが散りばめられていた。
 「…っとイカンイカン、先にトイレ」

 3分後…

 ジャー…・
 「ふぅ…。さてと…」
 俺は伸びをして、気合を入れる。
 「昼寝だ昼寝!!」
 ドタン!!そのまま万年床に横になる。せんべいなので、ちょっと痛い。
 「…」
 なん〜か、忘れているよーな。
 「…」
 まっいいか。
 「ぐぅ…ぐぅ…」

 俺は、夢を見た。
10年前のあの日…俺が高校2年で、美咲さんが高校3年の3月1日…卒業式の日。
あの日は、美咲さんの後ろ姿を見つめながら、色んな思い出を浮かべていた。
 しかし、その思い出から開放されたとき…


 わいわいわいわい…
 わいわいわいわい…
 わいわいわいわい…

 卒業式が終わり、俺達は会場の後片付け。
後片付けとは言っても、遊びみたいなものだったが…。
 「冬弥に乱闘〜」
 振り返ると、はるかが椅子で俺を襲おうとしている。テニスプレーヤーが恐ろしい。
 「わ〜、馬鹿っやめろ!」
 ガキィ!!
 俺は寸での所で、これまた椅子で防いだ。
 ギリギリギリ…二人の目がキラリと光る。
 「隙ありっ!」
 先に仕掛けたのは、はるかの方だった。
 「ふははっ、馬鹿めっ!先に動いた方が負けじゃっ!!」
 と、その時…
 「こら〜っお前ら!!」
 先生に見つかった。
ドゲッ
 「ぐはぁ…」
 しかも、はるかの横一文字パイプ椅子斬りを脇腹にマトモに喰らってしまった。
 「きゃっ、冬弥、ゴメン…。止めると思ってた…」
 椅子を持ったまま口に手を覆うはるか…。こんな奴と真剣勝負は嫌だな、うん。

 ガミガミガミガミ…

 やっと説教が終わった頃には、もう会場はきれ〜に片付いていた。
おや?向こうに男子生徒が一人、呆然と虚空を見つめながら立ち尽くしている…。
おっ、こっちに気づいたぞ…
 「もう、冬弥!非道いよ!!」
 いきなり叫ぶ…。パターン的には、ここらでミミックの罠が登場…俺は敢え無く
ミミックに捕まり、助けを求める。救いとなるのは、後ろで“ぼ〜”っと
よそ見していた魔法使いのはるかなんだけど、これがまた俺の危機に気づかない。
そうそう、しかも 
 『あ、宝箱だ!!ねぇ、冬弥、ラッキーだったね』
なんて、腐れたこと言うに決まっている…あれ?世界がチガウな…先週やった
TRPGの影響かな…?
 と…修正修正。で、俺は思うわけだ…実に平凡な事を。いつも通りのお約束☆。

 なんだ、彰か。
 「僕一人で、僕らの担当区域全部片づけたんだよ!!」
 彰は頬を膨らませて叫んでいる…う〜ん、カワイイ奴だ。
 「あれ、そうだっけ?」
 そういえば、3人一組で各ブロックを担当するんだった。
 もちろん『ゴメン』だなんて言わない。
“仮令解ってても、呆ける奴が偉い”と孫子にあったから、俺はそれを実行するのだ。
 「冬弥、非道いよ…」
 この期におよんでシラを切るか、はるか。
 「はるか、お前もだ。」
 俺はかぎカッコの中の最後にまで、句点をつけて言い切った。日本軍的だ。
あまりにハッキリ言い過ぎたせいか、はるかは長い髪をなびかせ、
 「へへへ」
と舌を出しながら、そっぽを向いてしまった。ふふふ、なかなかお茶目だな。
 「でもさ、彰、先に教室に帰れば良かったのに…」
 俺は軽く言ってのけた…そう、実に軽くだ。その軽さ故か、彰の眉間にしわが寄る。
 「冬弥…、担任の先生に結果報告しなきゃイケナイの、忘れてる?」
 「え?…」
 俺は疑問符をつける場所をズラしてまで当惑の色を示してやった。実に効果的だ。
彰は、今度は顔を沈め、かつ顔に横線をつくって自己の精神をアピールしている。
 「それも、全員そろってOK貰わないと、返してくれないんだよ…」
 おぉ、もう既に臨海点突破?これはイカン…なんとかして怒りを鎮めないと、
手後れになってしまう…。いや、そうなると捧げ物は…はるか…?
駄目だろうな、多分。
 「あ…彰、待て、落ち着け…」
 俺は両手をかざして“待て”を表現する。
本当はこんな事しない方が丸く収まるのだが。
 「僕は興奮してなんかいないよ…」
 ゆらりと彰の陰がゆれたような気がした。
 「大魔神さま〜、怒りをお鎮めくだせ〜」
 はるかっ、余計なこと言うな…。
 「もういいよ、さぁ、先生も居ないし、教室にかえろうよ」
 ふぅ、逆に呆れてくれたようだ、助かった。
 「ふふふ、助かったね」
 「はるか、お前…他人事のように言うなよ」
 「なんで?」
 「お前も共犯だろ…」
 「へへっ」
 将来…ペテン師になるだろうな…。
こうやって、はるかと自然に戯れているが、実はこんな事をしたのは久しぶりだ。
いつもは河島先輩同様、テニスに没頭していて、俺の事なんざ見ちゃぁくれない。
そのスポーティな笑顔と、何かを追う澄んだ瞳は、実際何人もの男を惹きつけた。
だが、彼女の河島先輩を見る目は、特別なものがあった。誰も二人の間には
近づけない…決して変な意味ではないが・・

 しかし、美咲さん達を送り出して、わずかな時間の間に、河島先輩は交通事故で…。
逆に、幼なじみが、やっと俺の前に帰ってきてくれたような気もしたが。

 不意にはるかの制服姿を思い出した。
夢だとはっきりと解る、ぼんやりとした…それでいてはっきりと認識できる映像…
髪の長いはるか…髪の短いはるか…双方が何度も入れ替わり、ぐにゃりと歪み、
くしゃくしゃになった映像からは、葬儀の日、俺の手をきつく握りしめたはるかの
熱に変わる。熱い、熱い…それにやがて彰の映像が交じり、はるかもそれにすがる
ように抱きつく…。思い出すら、俺…じゃなくて、彰にすり替えようと認識している。
二人の結婚…幸せな結婚。結婚式の招待状…俺は行かなかった。芸術祭の時、俺に
優しくしてくれたはるか…もう俺のものにはなり得ない…戻らない時間…。

 バサッ…
 「ふぅ…夢…か」
俺はぐっしょりとかいた寝汗を腕で拭いながら、手探りのみでリモコンを掴み、
スイッチを入れる…クーラーが唸りを上げて作動する。

 「ふあぁぁぁぁ…」
 俺は欠伸をすると、もう一度寝に入った。



 「大魔神さま〜、怒りをお鎮めくだせ〜」
って随分衝撃的な所からリスタートするなぁ…
 「もういいよ、さぁ、先生も居ないし、教室にかえろうよ」
 ふぅ、逆に呆れてくれたようだ、助かった。
 「ふふふ、助かったね」
 「はるか、お前…他人事のように言うなよ」
 「なんで?」
 「お前も共犯だろ…」
 「へへっ」
 将来…ペテン師になるだろうな…。
そんな事を思いながら、3人歩いた。お昼間の日差しに短い影がみっつ。

 「あれ、冬弥、シューズ…」
 はるかが、ぼそっと言った。
 「冬弥〜上履きは?」
 彰が仕方ないなぁという顔で言った。
 「あれ?俺、シューズは!?」
 何自分で不思議そうに言ってんだか…。
 「忘れたの?」
 はるか…めっちゃくちゃ優しそうに微笑み掛けて…って哀れみか…。
 「やだなぁ…冬弥ったら」
 お前は俺の妻か。
 「あっ…いけねっ。俺、とってくるわ」
 俺はおも舵を一気にとり、一路体育館を目指した。
 「先に行ってるよ〜」
 はるかが俺の方に手を振っている…振り返ってみると、やたらと清々しい笑顔だ…
こいつ…堕天使だな。
 「おぅ…」
 俺も手で応え、全速前進を始めた。

波は少々荒く、多少霧が掛かっていて見渡しは悪い…
 「3時の方向、敵機発見!!」
 クルーの一人が不意に叫ぶ…俺も咄嗟に上を見る。
見ると米軍の爆撃機が編隊を組んで、もう間近に迫っているのが確認できた。
 「いかん、対空砲の準備急げ!!」
 「無理だ!避けられんぞ!!」
 「ぐあぁぁぁぁ」
 戦艦というものはもう既に時代遅れだった。
って…何の話?

 そうだ、イカンイカン体育館だったな…。
俺はダッシュで下駄箱へ…
 「れ?ないざます」
 俺は口調を著しく変化させ、記憶を辿った。
 「そうだ…」
 入るとき、遅刻しそうだった俺は、体育館脇から…。
 「ビンゴ…あっちだぜ」
 俺は軽快にターンステップをとると、そのままスズメの様に跳ねていった。

 「おっ…」
 体育館裏のダンサーと化した俺だったが、不意にそのダンスを止めた。
人が居たのだ。それも木の陰に…ま、まさかっ忍びか!?俺は倉庫の角に隠れる。
もし、見られていたらヤルしか…。
 「あれ、藤井君?」
 返ってきたのは、聞いたことのある声だった。
 「へっ?」
 それに対し、俺は間抜けな声を上げた。
そしてゆっくりと木の方に向かうと…
 「あ、やっぱり藤井君だ…」
 子供のような嬉しそうな声を出したのは…
 「美咲さん…」
 目が赤いよ…泣いてた…?
 「あれ、どうしたの藤井君…こんな所で?」
 美咲さんは気づいたのか、俺からは後ろを向いてしまった。
明らかに目をこすっている。
 「あ…いえ、その…あっ、俺、シューズ忘れちゃって…」
 俺は『ははは』と笑いながら、喋った。
 「え!?、あっ、これ?」
 見ると、振り返った美咲さんの手には、
俺のシューズがくしゃくしゃに握られていた。
 「あ、ゴメンねくしゃくしゃにしちゃった」
 そう謝って、靴を広げようとする美咲さん。その時、靴の上に涙の跡があるのが
はっきりと解った。俺は確信した。
 「美咲さん…泣いてた?」
 俺はついつい尋いてしまった。
 「えっ?」
 不意に美咲さんの手が止まる。
 「泣いてた…?」
 俺はもう一度訊く。
 「ううん、そんな事ない。そんな事ないもん…」
 この一言で、俺はさらに確信を増した。
 「ねぇ、美咲さん…」
 俺は一呼吸おいてから美咲さんに尋いた。
 「なに?」
 多少は落ち着いたのか、今度はこちらを向いてくれた。
 「ここで何してたの?」
 しばらくの沈黙…
 「うん…」
 そしてまた沈黙…
 「花…」
 「え?」
 「花…ここの植木、あたしも育ててたから…」
 「だから…ここに来てたんだ」
 「うん、最後のお別れだなーって思って…」
 「俺の…シューズは?」
 「え…それは…あの、そこにあったから…忘れ物だと思って届けてあげようと
思ったら…」
 「俺のだった…と」
 「うん…それで…うん、つい、くしゃくしゃにしちゃった」
 どうしようもなく、困ったような表情を見せる美咲さん。
もう、彼女を責めるのは止そうと思った。
 「ねぇ、藤井君」
 もう、引き下がろうとした矢先に話し掛けられて、俺は多少驚いた。
 「な、なに?」
 「藤井君、大学はどこ…受けるの?」
 まっすぐに俺の目を見つめる美咲さん、その瞳は待っていた。俺の答えを…。
 「おれ…」
 「うん…」
 「悠凧大学…」
 「そう…」
 「あぁ、美咲さんも受けたんでしょ…どうだったの?」
 「え、えぇ…」

 ハッ…

 俺は目を覚ました。
いつの間にか布団を蹴飛ばしてしまい、クーラー風にさらされていた…
 「寒っ…」
 俺は起き上がると、クーラーのスイッチを切った。
そしてそのままの手で、TVのリモコンに持ち替え、TVのスイッチを入れる。
 「あっ…」
 『脚本家 澤倉美咲の世界』
 ちっぽけな14型ブラウン管には、その文字が大きく描かれていた…
背景には、人工的な自然が広がり、くだらなくスクロールしている…
 「美咲さん…」
 俺は不意に寂しくなって、名前を囁いてしまった。
 「みんな、みんな…」
由綺も、はるかも、そして美咲さんも…皆んな俺の側から居なくなる…
そう、皆んな…

 大切な…美咲さんの思い出…
俺はアルバムを思い出した。高校の卒業式の日…体育館の裏で撮った写真。
たまたまポケットに、レンズ付きフィルムを入れていた、俺が撮ったもの。
 「こんなものに…頼っちゃ駄目だよな…」
 美咲さんは偶像じゃない。俺はそのままその写真群をアルバムから抜いた。
そして、くしゃくしゃにして破る。そして、ベランダからそとに投げ捨てた。
風が強く、バラバラに落ちていく写真の切れ端。もう元には戻らない…美咲さん。

 不意に思い出す…大学生の時…
12月24日…俺は美咲さんとクリスマスを共に過ごした。
       でも、俺は由綺のコンサートに行った。
       美咲さんが行けと言ったから…素直に行った。
       そして戻ってくると約束した。
 しかし、俺が戻ったのは、朝方だった。俺は美咲さんを待たせた…ひどい奴。
俺は美咲さんの事が好きなのに、由綺をキープし、由綺に会いに行った。
 そして由綺には…尋かれた…他に好きな人がいるか…と。鈍い…鈍いよ由綺。
俺は高校の頃から…。俺は単なる美咲さん信者じゃない。美咲さんを…

12月25日…せっかく美咲さんを見つけ出したのに…俺は何も言えなかった。
       追う事すら出来なかった。身体が動かなかった。動かせなかった。
       己の薄弱な心のせいで、身体の自由を失った。
 最後に美咲さんが振り返って、悲しい表情を見せた時…あれは…。
本当は、美咲さん俺に強引にでも…掴んで離さないでいてほしかったのだろうか!?
そんな事は…でも、美咲さんは…俺の事、どう…?

 最愛の人をも見つめ続けている事が出来ない…俺…哀れ…だよな。

 TVでは、ほんの10分間だった、美咲さんの作品への解説がとっくの昔に
幕を下ろしていた。
 次回は、造形芸術家の特集らしい。
 せめて…観ておけば良かったかな…。

 翌日…いつものように出勤し、暇な店を運営する。
暇過ぎて人件費が使えない。だからアルバイトを一人だけ雇っている。
しかし、今日はサボリやがった。
朝イチの電話で…
 「スミマセン、今日都合悪いんですよ」
 「何…!?」
 「それが、家庭教師もやってるんですけど、その子が今日になって急に…」
 「判った…今日の所は勘弁しよう…」
 「スミマセン…」
 まったく、最近の若いもんは何を考えているのか…。

 そういう風にぶつくさ文句を放れていると…
いつの間にか、夜になった。
 「こんにちは…」
 「いらっしゃい」
 と…由綺だ。英二さんも一緒だな。
 「やぁ、由綺じゃないか。なんだか懐かしいな…元気にやってるか?」
 俺は、穏やかに喋って見せた。実際、もう由綺との事はなんとも思っていない。
 「うん…冬弥君、変わらないね」
 一時はトップを極めた由綺だったが、もう大分下り坂に差し掛かっている。
今は穏やかに、歌を謡いつづけ、偶にトーク番組に出る調子である。
 「そうか…」
 俺はしっかりとうなずいて見せる。
 「もう…青年じゃないけどな、藤井君も」
 “藤井君も”の所がやたらと強調されていて気になったが、それは水に流した。
 しかし、英二さん…もうすっかりオッサンになってしまったな…。
それでも、英二さん調は変わらない所はさすがだ。
 「んもう、あなたったら」
 バシッとツッコミを入れる由綺の手には、いつしか迫力が備わっていた。
理奈ちゃん程とは言えないまでも、どこと無く…英二さんで苦労してきたのだろう…
うん…きっとそうだ…だから、理奈ちゃんみたいに迫力があるのも仕方ないんだ。
 「ねぇ、冬弥くん…」
 由綺がゆっくりと喋り出す…
 「今だから言えるけど…わたしね、冬弥君に告白したとき…」
 「あぁ…」
 不意に喋りだしたので、何のことか判らなかったが、やっと思い出し、相づちを
入れる。
 「あのね…知ってたんだ。美咲さんの事…」
 「そうだったんだ…」
 今更それを責める気などさらさらない…
 「美咲さんが冬弥君の事好きで…、冬弥君も美咲さんの事を見つめだして…」
 「何っ!!」
 俺は少し叫んだが、溜め息をして落ち着いてから、また喋りだした。
 「それ、逆じゃないのか!?」
 「え?」
 呆気に取られた顔を見せた由綺だったが、やがて哀しく微笑んで…
 「そう、冬弥君もはじめから…美咲さんの事好きだったんだね…」
 「…」
 俺は唾をゴクリと飲んだ。
由綺くらいの鈍感でも、感じてしまったそれを…俺は感じられなかった訳だ。
俺は自分を中心に見ていたが、周りから見れば…美咲さんが中心という事だって
ありえたわけだ。
 「ごめんね…あたしったら…邪魔しちゃったんだね」
 そして顔を伏せてしまう由綺。それに対し、俺は…
 「いいよ、もう…」
 俺は最高に優しい微笑みを作り出し、由綺に向けた。由綺も若干それで安心
したようだ。
 「本当に、良いのか?」
 脇で尋いていただけの英二さんが、口を挟んできた。
 「はい?」
 「澤倉さん…あぁいう人だからな、結構…」
 「結構?」
 「今でもずっと我慢してるのかもよ…恋愛を、おあずけのまんまで…」
 「…」
 俺は黙ったままだった。
 「さぁて、由綺ちゃん、もうそろそろ行こうか」
 「あっ、はい。…冬弥君、それじゃ」
 「あぁ、由綺も身体気をつけて…」
 「あばよ、藤井君!釣りは要らないぜ!!」
 「あ、どうも…」
 最後にカッコ良くお代を払っていった英二さんだが、90円足りない…。
俺はあえて何も言わず、二人を手を振って見送った。
 その後、俺は溜め息をつき…
 「美咲さんが…」
 そうか、そうだったのか…と思ってしまった。
幸か不幸か、店は暇なので考える時間は、豊富にある。
色々考えた…考えてしまった。美咲さん、美咲さん、美咲さん…
その内次第におれの体温は熱くなり、火照っていく…

 いつしか夜になり、お客が増えてきた。
 俺はせっせと料理を作ったり、それを運んだり、オーダーを聞いたりと、
大忙しであった。バイトが休みの日に限って忙しいのである。
この売り上げは、普段の三日分にも匹敵するぞ。
 俺は必死に働いた。お陰で美咲さんの事も、ほとんど忘れ去ることが出来た。
恋愛のイタミなんてものは忘れた方が得だ。うんうん。

 「ふぅ…」
 今日も良く働いた…もとい、“今日は”良く働いた。いつもこれくらいだなぁ…
なんて思いながら、店を閉める準備をしていると…
 「あの…いいですか…?」
 「あ、すみません今日はもうオー…」
 俺は硬直した…
 「お久しぶり…藤井君…」
 「み…美咲さん…」

第六話につづく…