「こころの枝 〜ぶどうの実〜」 投稿者: 紫陽
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           「こころの枝 〜ぶどうの実〜」
 1.藤田 浩之 編

 「マルチ…マルチ…」
 俺はマルチを、これまでになく強く強く抱きしめた。
もうすでに、家で凍りついていたマルチ見つけてから、
17時間が経つ…勿論、一時電源は落とされたが。
 「ひろ…ゆ…き…さぁ…ん…」
 やっと口を開いたマルチだが、唇は重く、どこをみているのか
瞼も重い。当然、こんなマルチを見たのは
これが初めてである。俺は戸惑いの色を隠せなかった。、

 「長瀬さん!!」
 俺はマルチを抱いたまま振り向かず、白衣の男に叫んだ。、
 「なんだ?」
 「マルチの不調の原因は…なんなんです!?」
 「…」 
 「なんで何も言わないんだ!?」
 強く叫んだが、俺はあくまでマルチを抱いたままの姿勢を
保った。
 「…」
 「そんなにひどいのかよ?」
 「…」
 「なぁ…教えてくれよ、なぁ?」
 俺は無言の長瀬さんに対し、疑問をぶつけた。
 「…実は…」
 彼はやっと重い口を開き、こうつづけた…
 「よく…わからんのだ」
 「なに…?」
 「恐らく、何かの電源に隣接して『共鳴現象』を起こした事で、
どこかが壊れたのだと思うのだが…」
 「それがどこかわからねぇって言うのかよ」
 「…すまない」
 「けっ製作者が聞いてあきれるぜ!」
 「もし、本格的に原因を調べるのなら、一度マルチを
分解せねばならない…君だって、それは嫌だろう?」
 「…」
 「完璧な筈のセルフメンテナンスに引っかからない故障だ…
分解しても果たして見つかるかどうか…」

 長瀬さんはそのまま壁に手を当て、そして もう片方の手を
口に当てると、そのままうつむいてしまった。

 俺はそれ以上は何も喋らなかった。
 そのかわり、マルチを抱き上げると、そのまま研究所を出た。
 長瀬さんは止めようともせず、うつむいた姿勢のまま、
俺達を目線だけで見送った。

 俺は家へと向かっていた…が、さすがにマルチを
抱きかかえたまま歩くのは辛い。途中の公園のベンチで一休み
することにした。

 「…すっ…かり…も…みじ…ちっ…ちゃい…ました…ね…」
 「あぁ…」

 未だ木にしがみついている葉っぱもあったが、
もう既に茶褐色に変わってた。

 目を閉じれば、それが散ってゆく様が見える。
 散ってゆく…『いのち』。散るために生まれた、『はかない、いのち』
 違う…散るために生まれる『いのち』なんてありえない。
 マルチは、俺の宝だ。世界に唯一の『いのちあるメイドロボ』…

 思案にふけっていると…人影が俺の心をよぎった。
 心…じゃない。実際に、俺の目の前に誰か立っている…誰だ?

		…俺はゆっくりと顔を上げた…


「こころの枝 〜ぶどうの実〜 1.藤田 浩之 編」(完) 4.28 紫陽