『 〜どうしようもない僕に降りてきた天使〜 外伝私編』 其ノ壱 投稿者:健やか

はじめに。
このSSは、久々野様の『〜どうしようもない僕に降りてきた天使〜』に、私が勝手に精神的に感化され
思わず、というか、書きたくなってしまった私外伝的なSSです。殆どタイトルだけになってしまってい
るんですが…。ご本人様には一応、了承を得るためにメールは出させて頂いております。
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朝。
今日から新しい一日が始まろうとしている。
そう、今までとは違い、社会人としての新しい一歩を踏み出そうとしている。

…これからは、全てにおいて自己責任となる…。

自分の行動結果が、親によって庇護されていたときとは違い、全て自らの身で受け止めねばならない。

…精神的、社会的、経済的、等…。

…。

「ふぅ、朝から暗いなぁ、僕の思考も…」

そうなるのは、今日から正式に入社する事になった、会社の研修プログラムの性かもしれない。
何処にでもある研修プログラムで、社長の話やマナー研修に始まり、社会人としての基礎知識、会社の仕
組み、仕事の流れ、社内規則や労働協約についての説明、など…。

「見るたびに憂鬱になってくる…」

正式な内定通知と共に送られてきた入社式及び研修日程を恨めしげに見る。
別に心底就職したかったわけでは無いが、何もせずにぷらぷらするよりは、自分の持てる技術を利用し、
それを確実に身にする為にも、就職してみるのも良いと思ったのだ。

そして、見事に希望通りの職種にありつけたのだし。

「…何にしろ、行くか」

そう踏ん切りをつけ、僕は自分のアパートを出た。

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            『 〜どうしようもない僕に降りてきた天使〜 外伝私編』


                        其ノ壱


              《 〜 セリオが会社(ウチ)にやって来た 〜 》

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ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン…。
規則的に聞こえる電車の音。
そんな無機質な騒音に同調するかのような、周りの人たちの顔。
混み合った車内の中で、互いに相手が邪魔な存在だと思っているような…、そんな顔をした人たちの中、
僕もその中に入っていた。

(通勤ラッシュの時間に乗るのって、初めてだからなぁ…)

回り全部が人、人、人…。
あまり人の多いのは得意ではない性か、頭がボーっとする。

(これからほぼ毎日、これが続くのか…?)

朝のマイナス思考が蘇ったのか、また要らぬ方向へと考えが及ぶ。
が、その思考はすぐに停止させられた。

キ、キ、キィィ〜……。
電車のブレーキ音に続いて、混雑した車内で何人かの人がバランスを崩し、他の人に当たる。
そこここで謝る人がいる中、電車は何事も無かったかのように停止し、扉を開ける。

『序乃口〜、序乃口〜、降りられる方を先にお通し下さい』

車内放送が流れ…、

「っあ、すいません、降ります!」

僕は自分が降りる駅だと思い出し、慌てて駆け降りた。
今まで大学に通っていた路線とはまったく違う所なので、ついうっかり乗り過ごす所だった。

(ええと、3番出口から出て…)

出口を探しながら、ふらふらと歩く。
入社した会社には、会社訪問で一度行っただけで、試験や面接は全て別のホテルの会議室で行われた性か、
順路なんて綺麗さっぱり頭には残っていなかった。なにせ、社長面接まで同じホテルでやってしまった。
会社の意向というのは分からないが、なにか勿体無いだけだった気もする…。

(3番…あれ、か)

僕は人ごみの上に掲げられた、案内板を見て場所を確認する。
そして、その方向に向かおうとした時…。

ドンッ。

「あ、すいません…」
「いいえ。…失礼いたします」

…人、いや、アンドロイドとぶつかった。

(…”マルチタイプ”か…。もう、珍しいものでも無くなったな、メイドロボも…)

世界をリードする大企業、来栖川電工が生み出した今世紀初めの最高傑作、通称”セリオ”と”マルチ”。
この二種二体は超高性能ヒト型アンドロイドとして、2年の内に3回、バージョンをアップさせ今や世界に
君臨する地球規模的ヒット商品となった。

”セリオ”タイプは演算処理、解析、A・I、多彩なソフトなど、全ての能力が十二分に揃っており、企業
などがビジネスのパートナーとして、主に利用している。勿論コストも馬鹿高い。
”マルチ”タイプは全ての能力が程ほどに造られており、こちらは徹底的なまでにコストを削っている製品
となっている。今では、自営業や病院など、個人利用や福祉面での活躍が目立つ。

(でも、なぁ…。こないだ行った居酒屋にマルチタイプがいたけど、生中頼んで「かしこまりました」って
 返事されるのは、どうもなぁ…)

先日遭遇した、少し愉快な場面を思い出しながら、僕は目的地へと向う。
実際、世の中の流れとしてメイドロボを利用している所は珍しくないし、その傾向は更に増加している。

(そういえば、入社が決まった会社も、今期から導入するって言ってたな…)

就職が決まった会社…世間で言う所の中堅といわれる機械メーカーなのだが、そんなに大きくない会社にも
関わらず、労働者の形としてメイドロボを導入した。当然ながら人件費の削減と、資産としての有効性を認
めてのことだろう。

(僕みたいな新入社員にもサポートとしてつけてもらえるのかな…。そんな風な話はあるみたいだけど)

このメーカーで働く理由の一つがこの事でもあった。一体どう言うものなのか、又、どれほどの能力を持っ
ているのか…。しかし、それ以前に会社でうまくやって行けるのか、とりあえず今日のプログラムは如何に
居眠りを我慢するか…などと考えが浮かんでは消える。

…そして、その期待とこれからの不安に挟まれながら歩みを進めている内に、僕は、これから暫くはお世話
になるであろう会社に到着していた。



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「…あ〜、ここが君が配属される予定の、開発課だよ。主に新製品の設計、開発、それと特注品なんかの設
 計もここでしているんだ…ってまぁ、入社前に説明は受けてると思うけどね」
「あ、はい…」

長い長い社長の話が終わり、夕方近くまで会社の規則やらの説明を受け、そしてやっと、四時を回ったとこ
ろで開放されるのかと思いきや、とりあえず配属先を見学という事で連れてこられた。まぁ、少しでも早く
職場の雰囲気だけは知っておきたかったから丁度良かったのだが。

「…」

職場を見渡してみると、まず感じる事。
…女性が一人もいない。
いるのはマルチタイプのメイドロボが五体いた。
あとの十五、六人はみな男性で、CADで設計をしているのか、マウスのカチカチという音が僅かに響き、
それとサーバーのラックから、換気ファンの音が聞こえてくる以外は殆ど音が無い。広々としたオフィス
で、一人一人の机が区画整理された、ちょっとした個人の部屋みたいな形なので、人の会話もあまり聞こえ
ない。

「…どうかな、雰囲気は」
「え? あ、はい。…良い感じだと思いますけど…」

ここまで案内してくれた、僕の先輩となる人は軽く頷きながら同じようにオフィスをみる。

「つい此間までは、メイドロボの他に女性社員もいたんだ。男性ももう少しね。でも、会社は将来的なコス
 ト削減の為に、必要な人間は最低限に抑える方針で行くらしくてね…ちょっとしたリストラがあったんだ
 よ」
「そう…なんですか」
「うん、だから新卒で新入社員が配属されるときいてね、正直驚いたんだけど、ウチの課って割と平均年齢
 が高くって、会社としては次の人材も育てておかなきゃならない事に気づいたんだろうね」
「…はぁ」

少しにやりと笑い、その人は話した。

「…僕もこれでも、36だからね」
「え、ええっ!? ま、全く見えませんよ!?」

思わず声を上げてしまい、職場の人がこちらを見る。
…メイドロボは気にせず、仕事をしているが。

「フフ、だろ? そーいう人が多いから分からないけど、実際は平均年齢45ぐらいなんだよ。…あ、君が
 きたから少し下がるかなぁ。今までは、僕が一番下だったから」
「そ、そうなんですかぁ」

少し衝撃を受けたが、これでややリラックスできた。
この人、人が良いのだろう。恐らく経験として、新入社員がこういう場では緊張しているのを知っていたの
かもしれない。普通に振舞っているように見えても、実際僕も緊張していた。しかしこれで、少し話しやす
くなる。

「あの、ところで、僕にもメイドロボって、サポートにつけてくれるんですか?」
「あ、うん、それなんだけどね…」

先輩は少し言い辛そうに言う。
もしかしたら、つけてもらえないのかもしれない。

「実は、見てのとおりウチが使ってるのはマルチタイプでね。それほど高性能じゃあないんだ。それでも、
 普通に人が単純業務をやるよりは格段に早い仕事をしてくれるんだけどね。でも、それも今は一体で3人
 が限界で、君にまで回すゆとりが無いんだよ…」
「あ、そうなんですか…」

…少しがっかりした。
身近でその、なんというのだろう、完璧という凄さ、というのだろうか。そう言うものを実感させてもらえ
る上に、色々勉強にもなると思っていたのだけれど…。

「君の入社が決まったのも遅かっただろう? だから、準備している余裕もなかったんだ」
「そうですねよね…」

実際、僕がココに内定を貰ったのは今年、つまり入社3ヶ月前の一月半ばだったのだ。
偶然見つけた二次募集で応募し、あっという間に決まってしまった。恐らく、会社としてもなにか事情が
あったのだろう。さっき聞いた、リストラに関連するような、急激な経営方針の変化による人員ミスのよ
うなものが。

「でも、大丈夫。今、会社が来栖川電工と交渉していてね…。ウチも取引があるから、なんとか安く、古い
 タイプでも良いから欲しいってね。それが来たら、おそらく君専属になるはずだよ」
「え? そうなんですか?」
「うん。だって、きっとかなり前のモデルだと思うからね。性能から言って、初期のセリオタイプより今の
 マルチタイプのほうが断然早いよ。使っているICやMPUも、二世代は違うんだから。そんなのを同じ
 ようには使えないでしょ」

先輩が苦笑して言う。
でも、僕にとっては古い新しいは関係無かった。
僕にサポートとして専属でつけてもらえる事が、何よりも嬉しかった。

「いやぁ、でも、嬉しいですよ…。古くても、専属だと。きっと助かります」

僕は素直に感想を述べた。
先輩は、まぁ、そうかも知れないな、と笑って応えてくれた。



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「ゴメン、この図面の訂正頼むわ」
「…あ、はい。何時までですか?」
「うーんと、二日後…4月の6日までにお願い」
「分かりました」

勤めはじめて、三日が経った。

普段は、仕事など無い。

偶にこうして、先輩がバイトのような仕事をくれる。一応、大学のほうでは機械工学を学んでいたので、C
ADや図面には慣れている為、新製品の図面をちょこちょこと訂正したり、新しく作ってみたりと、お遊び
程度ではあるがやっている。

今の所は、研修という形でプログラムが組まれており、午後からは上司に時間を割いてもらい、会社のソフ
トの使い方や、課としての仕事の流れを教えてもらったり、製品の図面を描く為に、基本的に必要な知識…
例えば製品に利用する素材は何か、その選択の基本等…を学んでいる。

それ以外は特にする事も無いので、他の部署を見て回ったり、過去の図面を見たりと、あれこれ好きなこと
をさせてもらっていた。おかげで会社の中はどういう構造になっているとか、お昼は何処が美味いとか、メ
イドロボが何体いるかとか、それなりに雑学の知識は増えた。一番印象的なのは、セリオタイプのメイドロ
ボは一体しかおらず、それは総務課で課長の専属として利用されていた。勿論、この一人と一体以外、総務
課に人はいない。

『…まぁ、十人近くいた総務の人に給料払うより、こっちのほうが有効だと考えたんだろう』

というのは、僕を初日に案内してくれた先輩の言だが、僕自身にも良いか悪いかは分からない。
分かるわけが無いのだ。

「…」

会社内をウロウロし、いろんな事を見聞きしたが、何か僕の中では物足りなかった。
恐らく、僕自身がまだ、直接メイドロボとの接触を持っていなかったからだろう。もうそろそろ旧型ではあ
るが、メイドロボが送られてくる、というのは聞いている。

「…はぁ」

思わず溜息が出る。

「…浮かない顔ね、新人くん?」
「えっ?! あ、いや…」

いきなり横から声を掛けられる。
横には初めて見る人が立っていた。

…しかも、この会社で初めて見かけた女性社員だ。

丁度《営業1課》というプレートが架かっている所の扉が開いていた。どうやら、ここの課の人らしい。手
には大きなカタログが四、五冊抱えられており、今からでも外回りに行こうかという勢いだ。

「すいません、まだ慣れてないもので…」
「そお? 開発課ではもう馴染んじゃった雰囲気があったけど」
「え゛…。来られてた事、おありなんですか…?」
「まぁね〜。でもさっきの顔はなんだか子供みたいだったわね」

目を細め、クスクスと笑いながら僕の顔を見る。
…何か、子供が玩具を買ってもらうのを、待ち遠しそうにしている様子に近かったに違いない。途轍も無く
恥ずかしかったが、もろにバレていたせいか、僕も苦笑していた。

「あ。私もう行くから…それじゃあね」
「はい、すいませんでした、お引留めして」
「いいのいいの、じゃ、またね!」

そう言って足取りも軽く歩いていく。

(ああいう人でないと、残っていけないんだな…)





「…戻ろうかな」

少し、現実を実感した。



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キーンコーンカーンコーン。
何処にでもありそうな放送のチャイムが鳴る。

「…さて、帰ろうか…」

相変わらず大した仕事もないので、定時きっかりに帰る事ができる。でもまぁ、恐らく残業なんてしないで
良いのはこの時期だけだろうから、遠慮無く帰ることにする。
僕は自分の席を立ち、周りに一声掛けてから帰ろうとしたとき、後ろから声を掛けられ、呼びとめられた。
振り返ってみると、課長が手招きして呼んでいる。
僕はとりあえず、早足で課長のデスクに向かう。

「…なんでしょうか?」
「ああ、帰ろうとするところ悪いね。実は急ぎの用なんだ」

そう言って課長は傍らにあった、やたらに分厚いマニュアルのようなものと、DVD一枚を僕のほうに押し
進めた。とりあえず要領を得ないので、聞くことにする。

「…これは?」
「マニュアルとソフトだ」

簡単明快且つ、見た目そのままの説明をしたあと、課長は付け足した。

「つい今しがた、君用に用意してくれと言っていたメイドロボが届いた。セットアップその他、必要事項は
 全て君自身の手でしてもらうことになるから、とりあえず今日は残業してくれ」
「あ、はい、分かりました!」

僕は広辞苑はあろうかというマニュアルの厚さなんて気にも止めないぐらい、浮かれた返事をした。
それを聞いた課長は苦笑しながら、

「まぁ、今までで一番仕事らしい仕事かもな」

と言った。
僕も苦笑しながら、とりあえずマニュアルとソフトを抱え、課長に何処にあるのかを聞く。

「ああ、第二ビルのB1駐車場においてあるらしい。何か、あまりに汚れが酷くてビルの中に入れるのも気
 が引ける状態らしいぞ」
「そ、そんなに?」
「しかし、ハード的なチェックは終わっているらしいから、後はソフトを入れて動くかどうか、だな」
「分かりました。とりあえず試してきます」
「ああ」

僕は急いで駐車場に向かった。

(…やっとだ。やっと届いた。一体、どんなのなんだろう…)

仕事場ではメイドロボがいるが、それはあくまで先輩たちがマスターなのであって、自分は全くの関係外の
人間だ。だからといって彼女等メイドロボが僕に全く何もしないわけではなく、稀に仕事を手伝ってくれた
り、お茶を入れてくれたりなんかもする。

でも、それだけだ。

ユーザーとして、手を借りたいときにサポートしてもらえるわけでもないし、自分の仕事に最適化している
わけでもない。やはり自分に合ったメイドロボが一番良いに決まっている。
入社して1週間経った今、メイドロボがいる環境で第3者的な立場だったから、強くそう思う。

…ピンポーン。

エレベーターが停止し、地下の駐車場に着く。
開発課や営業がある第一ビルと、検査や倉庫がある第二ビルとの地下はつながっており、大きな駐車場とな
っている。

僕は早足で第二ビルがある方向へと足を向ける。
途中で帰宅しようとする人に挨拶をしながら、右手に第二ビルのエレベーターが見えて来たとき、その入口
のそばに何やらダンボールのでかい物が寝かして置いてあった。
引越しするとき、大き目の冷蔵庫でも入れれそうなぐらいである。

「…もしかして、コレ?」

ダンボールの開封口には伝票が張ってあり、開発課の僕宛になっている。
中身についてはなにも書かれていない。

「とりあえず、開けるか…」

頑丈にテーピングしてあるものを1箇所ずつ丁寧にはがしてゆき、ガパッと前を開けた。

ブワァッ…。

「うわ! すっげぇ埃!!!」

中はかなりの埃が溜まっており、何が入っているのか良く分からないぐらいだ。
しかし良く見ると、何箇所かは埃がかぶっておらず、恐らくハードチェックのときにそこだけ拭き取るか何
かしていたのだろう。

その埃が被っていない個所から、メイドロボであろう素地が見える。

「…」

僕は少し焦る気持ちを抑えながら、とりあえず起動スイッチを入れようとする…。
入れようとする…。
入れようとする…のだが…。

「ええーーーい! 埃だらけで良く分からん!!」

マニュアルを見て起動スイッチを探すが、それでもスイッチが埃まみれなのか、どこなのかさっぱりだ。
やはりまず、埃を取り除くしかないようだ。

「しかし、どうやって取り除くんだよ、こんなに…」

そこでふと、閃く。
たしかここには、廊下掃除用の巨大な業務用掃除機があったはずだ。それを使えば…。

…。
…。
…十五分後。

無事掃除機を見つけ、ズコズコと埃を吸い取ったダンボールの中から、はっきりとその存在が見て取れた。

…HMX−13の刻印。

それは、汚れていてもくっきりと浮かんでいるようにも見える。
エアパッキンのベッドに横たわっている彼女は、ただ寝ているようだ。
実際、これから起動するのだから、寝ているだけだと言って良い。

僕は、マニュアルにしたがって起動スイッチを押す。

ウィ……ン……。
ピ、ピ、ピ、…。

電子的な音が地下に響き、次の要求をしてくる。

「…ソフトウェアディスクを入れて下さい」

僕は一瞬、どきっとした。
今の要求はプリセットされた音声ではなく、彼女自身の口から発せられたものだったからだ。
とりあえす要求されたディスクをセットし、インストールを開始する。

ピピ、キュィィ………ン。

大した時間もかからずにインストールは終了し、次にユーザー登録を要求してくる。所有者は会社に設定を
し、ユーザーは僕一人だけなのでシングルユーザーのマスターとして登録を済ます。

「…設定、完了しました。直ちにHMX−13、『セリオ』を起動しますか?」
「…はい」

ブゥ…ン。

一瞬電圧が高まり、周囲の空気に伝わる。
そして…。
そして彼女は、ダンボールの中から起きあがった。

「初めまして、マスター」

軽く礼をしながら、彼女自身の第一声が発せられる。

「あ…初めまして」

僕も慌てて礼をする。
彼女はそんな事を気にするでもなく、言葉を続ける。

「私の事は、セリオとお呼び下さい」
「あ、うん、分かりました」
「…」
「…」

言葉が続かず、沈黙。

「あ、あのさ、セリオ…」
「はい。何なりとお申し付け下さい」
「え、と。…とりあえず…」
「…」

セリオは、僕の言葉を待っている。
でも、これからどうすれば良いのかさっぱり分からない。

…しかしふと、一つ気付いた事があった。

「そうだ…とりあえず、シャワーでも浴びようか」

僕は、彼女が埃まみれでドロドロである事を思い出した。



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会社の中にある宿直室で、警備員のおじさんに頼んで風呂を貸してもらうことにした。

「こいつはまた、ドえらい汚れたメイドロボじゃのお!」

警備員のおじさんの一言である。
端的且つ明確に事実のみを述べる、貴重な意見であると言える。

「ええと、じゃあセリオはシャワーを浴びてきてよ。出たら、この会社の制服を着てくれれば良いから」
「わかりました。それでは、失礼します」

そう言って、着ているレオタード上のものを脱ぎ始めるセリオ。

「ち、ちょっと待ったぁ!」
「はい?」

驚いて大声をあげる僕に対し、対したリアクションも無く振り向くセリオ。

「着替えるのはあっちで頼む。それと、以後、人前で服は脱がないこと!」
「…了解しました」

僕に命じられた事をすばやく実行に移す。
恐らくセリオはなんの気もなしにああいった行動をとるのだろうが、僕のようなその手の事に初心な人間に
は辛い…というか、こちらが恥ずかしくてたまらない。

「…少し、勿体無かったの〜」

顔を赤くする僕のやや後ろで、警備員のおじさんの声がする。
僕は振り返り、苦笑しながら応える。

「でも、本物の女の子じゃないですよ?」
「ああ、構わんよ。この年になると、若い女の子との出会いなんぞ、更々ないからの。作り物であっても、
 若い女の子の裸が見れるなんざ、有り難くって拝んじまうわぁ!」

そう言っておじさんはがっはっはと笑う。
そんなおじさんを見ながら、僕は更に苦笑するしかなかった。

何故なら。

僕だって、セリオが服を脱いだとき、ドキドキしたのだから。


…セリオがシャワーを浴び終わるまで、二十分とかからなかった。
出てきたときのセリオは、はじめに見た時とは180度イメージが変わっていた。

くすんでボサボサだった髪はさらさらでシャンプーの香りがする。
ドロドロだった顔や腕は綺麗になり、妙齢の女性の肌に見える。
そして、ウチの会社の制服も似合っていた。

「マスター、これで宜しいでしょうか?」
「あ、うん、十分十分。バッチリだよ」
「こらまた、見違えたねぇ…」

警備員のおじさんが溜息交じりに言うが、僕も同感である。

「さて、それじゃあ…」

とりあえずこれからどうするかを考える。
まずは開発課に戻って、課長に報告をしなければならないだろう。
後はセリオの開発課での居場所…要は、デスクやシステム関係のセッティングをしなければならない。

「セリオ」
「はい」
「これから一度開発課に戻るよ。そして、君のための仕事場を整えよう」
「分かりました」
「…おじさん」

僕は警備員のおじさんに向き直り、

「有難うございました」

と礼を言った。
おじさんは、

「おう、大事にしなよ」

と何気なく言った。
でもその言葉が、ひどく僕には嬉しくて、そして、自然なものに思えた。



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「課長」
「おう、戻ったか……。…ほう…」

課長は、僕が連れているセリオを見て、多少の驚きを表す。
恐らく、予想以上に古くも汚くもなかったからだろう。

「ええと、とりあえずセットアップは完了しました。…セリオ、こちらが僕の上司である、開発課の課長。
 君の上司にもなるから、挨拶を…」
「はい」

僕はセリオを前に出るよう促す。
セリオは折り目正しくお辞儀をし、挨拶をする。

「HMX−13、…セリオと申します。以後、宜しくお願いいたします」
「ああ、君は彼の専属だ。全力でサポートしてやってくれ」
「はい、承知致しております」

挨拶が済むと、僕はセリオに自分の席の傍に、彼女のデスクが用意されていることを告げ、とりあえずそこ
で待っているように言う。勿論彼女は素直に従い、すばやく行動を起こす。
僕は課長に向き直り、セリオの待機状態、夜間のプログラム、電源の確保など、必要事項を聞く。
そして、一通りの説明を受けた後、課長がふぅ…と溜息を漏らしながら言った。

「あのセリオ…お前にやったのはちょっと勿体無かったかなぁ…」
「はははっ、何言ってるんですか。もう返しませんよ」
「はは、分かっているよ…。まぁ、明日からは本格的に彼女も起動することになるだろう。お前にも仕事を
 用意しておくから、しっかり頼むぞ」
「はい、分かりました」

僕は入社以来初めてと言って良いような、はっきりとした返事をする。
この時から、僕の中で何かが変わり始めたのかもしれない…。

初めて持つ、目的意識。
そして、それを実現したいと思う。

自席のほうに戻ると、逆にセリオは席を立ち、僕に告げた。

「新着のメールが2通届いています。2通とも社内文書です。あと、勝手ですが私のデータボックスを、他
 のマルチタイプの皆さんと同じように開発課のフォルダに作成しました。…構いませんでしたか?」
「ああ、構わないよ。ちゃんと君用に確保されていた領域を使ってくれたんだろう?」
「はい」
「なら、問題ないよ。さて、じゃあメールだけ確認して、今日は終わりにしようかな」
「了解しました」

データを素早く僕のデスクに展開するセリオ。
その横顔は、とても先ほどまで眠っていたとは思えない…。


…そう。
…今から。

今、この瞬間から、セリオと僕の時間は動き始めた。





                                        ―其の壱・了―

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筆者あとがき(というか、異様に長い説明とも言える…)
 どうも初めましての方、初めまして、健やかと申します。お久しぶりの方、本当にお久しぶりです(笑)
 僕は元気です(笑・ベタな手紙かい)

 初めに、前半部が長すぎたと後悔。修正を図るも、全体が更に長くなる(爆) セリオ登場後、あまりのネ
 タのストレートさに、「これで良いのか!? あと続くのか!?」とビクビクするが、展開をこれ以上思
 い浮かべる事が出来ずに、流す(爆爆) しかし、出来てみれば割と納得の出来(笑) 本家本元とは程遠い
 ですが、自分の「どう天」としての世界観が著せられたのではないかと思います。書くのに3ヶ月は軽く
 かかってしまいましたけどね(苦笑)

 目標としては、久々野様が自宅という、セリオと密接な関連を持つシチュエーションの観点で描かれるの
 に対し、こちらは会社という、一定のラインからは絶対的に切り離した形での接点を描いていく事を目指
 してみました…っていうか、目指してます(笑) …続いてしまうのです…(苦笑) 内容的には、とことん
 虚無的な存在であるセリオと『僕』との間で、『僕』が受ける影響というか、感想というか…第3者的な
 感覚でありながら、一対一である感覚を書いていければと思っています。…何言ってるんだか、自分でも
 さっぱり(爆) しかし、はっきり言ってしまえば、今回のセリオ自体は面白くないかもしれません(苦笑)
 ラブリーなセリオを期待する方にとっては。

 あと、何故外伝としたのか。もちろん、関連性が無いと言ってしまえば全く無いので、タイトルだけの問
 題じゃないか、と言われるかもしれません。ですが、自分自身が『あの作品に対してコレを書きたい!』
 と強く思ったので、外伝という形にしました。言ってみれば、二次創作の二次創作になるわけですが…。
 自分の中では、かなりリンクしてるんですけどね。見えない部分で、ですが…(苦笑) 
 それがもし、少しでも皆様に感じていただければ(『ああ、こーいうのってありそうだよなぁ』とか、
 『セリオだったらそうだろうなぁ』と言う感じです…(苦笑))、この作品としては大大大大成功と言う所
 です(笑) だから、この作品には今までに無い位『感想欲しい病』にとり憑かれていたりする僕です(笑)

 この作品、エンディングの構想は珍しくまだ出来てません。僕は大概、OP,EDが先に完成する書き方
 なので…。何時終わるのか分かりません。ですから、一つの話ごとに区切れる書き方をするつもりです。
 連載と言うには、ちょっと違いがあります。とりあえず、あと2話程度のネタと構想は出来ています。出
 せるのはだいぶん先になるでしょうけど。…うぐぅ(苦笑)
 でも、結末の行く先だけはぼんやりと見えているので、必ず終わらせる事ができると思います。
 恐らく、自分の中のセリオが全部出るのではないか、そんな気もしています(笑)

 何はともあれ、『外伝』と書いたことを許して下さった久々野様に感謝、です(笑)
 それでは、これにて。

http://www1.kcn.ne.jp/~typezero/