『止まない雨(後編)』 投稿者: 健やか
しとしとしとしと…………。

雨は小降りになっていた。
だが、もちろんのように日差しはなく、
夕暮れと共に、その空の暗さを増してゆく。

今日も、夜空に星は見えそうに無い。

               『止まない雨(後編)』

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「ふぅ、終ったぁぁ…」

初音が椅子に座りながら大きく伸びをして、体をほぐす。

「お疲れ様、初音ちゃん」
「あ、お疲れ様、隆文くん。…隆文くんも終ったの?」
「うん、ちょうど今ね」

…ここは、初音が通う高校。
そして、初音のクラスの教室だ。

初音は自分のクラスの学級委員をしている。
その為、今は体育祭の準備で大忙しなのだった。

「じゃあ、もう良い時間だし、帰ろっか」
「うん、そうだね」

時刻は午後6時42分。
六月とは言え、梅雨前線による雲のせいで、
いつもより外が薄暗く感じる。

「じゃあ、途中まで送って行くよ」
「…うん、ありがと」

隆文と言うのは、もちろん初音の同級生であり、
同じ学級委員をする一人だ。
役割としては彼が委員長で、初音が副委員長だ。

カタカタカタ…。
2人は下駄箱で靴を履き替え、やけに重たい出入り口の扉を開ける。

「御免ね、隆文くん…ここのところ毎日…」
「いいって、気にしなくても。…さ、帰ろうか!」
「うん!」

2人は同時に、傘をバサッと広げた。

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初音と隆文がてくてくと歩く。
初音は、なるべく隆文の歩調に合わそうとし、
隆文は、そんな初音に気遣って歩調をゆるめる。

「雨…止まないね……」

初音が、ふと口を開く。

「そうだね、もう、一週間以上だもんなぁ…」

隆文は恨めしそうに空を見上げ、もう見飽きたと言って良い、
重苦しい雲に息を吐き上げる。

てくてくてくてくてく…。

しばらくの、無言。

そして、柏木の家に向かう道と、隆文が帰るべき道が
分かれた所で、二人は挨拶を交わす。

「ごめんね、今日も有難う」
「いや、良いよ、そんなの…」
「それじゃあ…」

初音は微笑して手を振り、帰路につこうとする。

「あ、待って!! 初音ちゃん!!!」
「え?」

突然声を上げた隆文に驚きながら、初音は振り返る。
すると…。

何時になく真剣な隆文が、そこにはいた。

「あ、あのさ、初音ちゃん…」

妙にしどろもどろした口調で、いつもの隆文の面影は無い。

「僕はその、えーっと、クラスが一緒になった時から、
 一緒にクラス委員をしてきた訳だけどさ…」

徐々に隆文の顔色が赤く変わってくる。
初音は、今更になって彼が何を言おうとしているのかに気付いた。

「それでその、僕はええと、別に前から…っていうか、いや、
 前からなんだけど、そんなつもりで初めから接してたわけじゃ
 ないんだけどさ、なんていうかな、その…」

隆文は、初音の方を思い切って見つめる。
初音は雨の中、傘をさしながら微笑を浮かべていた。

「…つまりその…僕と…付き合って欲しいんだけど…」

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さぁぁぁぁぁ…………。

本当ならば激しい雨音も、室内にいるせいか優しく聞こえる。

「…あら、もうこんな時間なの…」

千鶴はふと、卓上の時計を見て驚く。
時計は、午後7:40になろうとしていた。
初音はもう、帰っている頃だろう。

(今日は耕一さんも歓迎会で遅いというし…、もう少しだけ
 仕事をして帰ろうかしら…)

実際、千鶴は夜遅くまで仕事をするのは珍しくない。
理由は簡単で、明日と言う日が来る以上、必ず仕事と言うものは
発生して行くモノなのである。

…会社の営利と、自らの生活の為に。

千鶴は受話器をとり、自宅への外線番号を回す。

プルル…プルルルルル、プルルルルル……プルッ、カチャ。

『はい、柏木でございます』
「あ、初音? 私、千鶴です」
『あ! 千鶴お姉ちゃん。どうしたの?』
「ごめんなさい、初音。今日も少し遅くなりそうなの…」
『…そっか、うん、分かった。晩御飯はどうするの?』
「あ、一応用意しておいてくれる? 初音の手料理、
 食べたいし…」
『うん、分かった』
「あ、それと、戸締りはキッチリね? 今日は耕一さんも
 遅いらしいから…」
『うん』
「それじゃあ、よろしくね」
『うん、千鶴お姉ちゃんも、頑張ってね』
「ありがと、初音☆ それじゃあね」
『は〜い』

かちゃり…。

電話を終え、ふぅ、と一息つく。

(初音には悪いことをしてしまったかしら…)

少しばかり自分の事情を見過ぎ、初音の気持ちを顧みる事を
怠ったかも知れない。だが、今の初音ならば、昔のように、
ただ遠慮したり許容するのではなく、自らの意思で物事を
判断し、立派にやっていけるはずだと、千鶴は確信している。

(でも、ついつい子供扱いしちゃうのよねぇ…。
 お姉さんとしての、習性かしら…?)

実際それは、長い間母親がわりであった事の影響なのだが、
『母親』というには初音は大きくなりすぎた。
だが、自分達が家族である事には、永遠に変わりは無い。

「…さ、もうひと頑張り、しますかぁ!!」

千鶴はグイッとガッツポーズをし、数字と文字が乱列する
書類へと挑みかかった。

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ザァァァァァァ………。

夜が深まるにつれ、雨が益々酷くなって行くように感じる。
時刻は、午後11:20。
千鶴は、車の後部座席で見るともなしに外を見ていた。

ザァァァァァァ………。

ここ隆山の街の大通りは少ない。
その道の一本を車は走っている。
この道をしばらく行けば、最寄の駅に行く事も出来る。

(そういえば耕一さん…終電に間にあうのかしら…)

疲れと空腹でいまいち回らない頭で考えながら、
千鶴の口は先に動いていた。

「すみません…、駅でしばらく人を待ちたいのですが…」

……駅前で待つ事、五分。
駅周辺には、雨と時間のせいで人など全くと言っていいほど
おらず、ただ一つ、ポツンと止まった車がマフラーから少量の
湯気を吐き出している。

(あと、二分…)

千鶴は、終電を待っている。
本当はこんな所でただ待つよりも、1度家に電話をし、耕一が
帰っているかどうかを聞けばより良いのかもしれない。

が。

千鶴は、何故かそうする気にはなれなかった。
もし初音が既に寝ていれば迷惑だし、耕一が帰っていたら、
何となく残念な気がしたのだ。

(…私って…、ううん、…『耕一さん馬鹿』なのかしら…?)

頭の中で、ちょっと訳の分からない単語を作る。
そして、自分でも分からない癖に、まぁ言いたい事が
まとまっている言葉だろうと判断し、ひとりでウケる。

そうこうしている内に終電がきて、ぽつぽつと人が降りて来る。

(…耕一さん……。…!! あ! いた!!)

バンッ!
千鶴は車を飛び出し、傘もささずに耕一に駆け寄ろうとする。
運転主がなにか言っていたが、耳には届かない。

ザァァァァァァ………。

「こうい……」

まだ遠かったが、思いきり名前を呼んで耕一に気づかせようとした時、
耕一に寄り掛かるようにして立っている人物がいるのが目に入る。

…女性だった。

…どくン…。

心臓が、一つ跳ねた。

ザァァァァァァ………。

雨でどんどんと服が濡れていく。

千鶴はとりあえず、耕一の側まで行こうとしたその時。





……2人の顔が、重なった。





ザァァァァァァ………。

雨の中、佇む女性は…。

2人の顔が離れると同時に。


…その場から駆け去った…。





                            <… 続く …>

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<筆者あとがき>
 ちわっす。健やかでございます。なんかヤバ目な展開ですが、大丈夫だと思い
 ますし、その上更に鋭意努力致しましてなるべく皆様に納得して頂ける作品を
 作りたいと思っておるしだいで、その為にも是非ここで起死回生の一発を…。

 耕一「似非政治家か、貴様は」