『止まない雨』 投稿者: 健やか
ザァァァァァ………………。

六月もそろそろ終ろうかとしている時期。
相変わらず梅雨前線は移動せず、隆山の街に長い長い雨を降らせていた。



              『止まない雨(前編)』

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ザザァァァァァァァァァァァ…………。

ここ数日間、空の色が灰色から変わる気配はなく、何時までもどんよりとした重苦
しい天井が人々の頭上にはあった。

「ふんふんふふ〜〜ん☆」

立派な屋敷の扉前。
綺麗な水色の傘。
その人物は、天候などとは無関係に明るい。

…柏木千鶴、2●歳、独身。

彼女は、かの有名な旅館『鶴来屋』を取り仕切る人物だ。
柏木家の呪われた血の性で、彼女は両親と叔父を亡くし、そして残された妹達の為
にも、自らの運命を束縛するしか無かった。

…だが、転機が訪れた。

彼女の叔父の忘れ形見である従兄弟の柏木耕一が、彼女を長年縛りつけていた≪鬼
の血≫の責務から、自由、そして笑顔を取り戻してくれた。

もちろん、その間にいろいろな事件はあった。

だが、柏木耕一はその全てを乗り越えて、彼女との心の絆を深め、そして自然と互
いの中が深まり、二人は結ばれた。

「ふんふ〜ん………フフッ!!……耕一さん……」

彼女が浮かれる理由はそこにある。
そう…彼女が想って止まない耕一が、今日ここに引っ越してくる、と言うのだ。

「まだかしら……」

柏木耕一、23歳。
春に大学を卒業し、今年四月から、とある国内専門の旅行代理店に就職した。そし
て六月半ばまで各地で研修を受け、勤務地が見事ここ隆山に決定したのだった。

その為である。
千鶴は耕一が予定している時間近くに家の前に出て、今か今かと待ち構えているの
だ。

そうこうしているうちに何分か経ち、曲がり角から見知った人物がこちらに向かっ
て近づいてくる。

「…あっ!…こういちさぁぁぁ〜ん!!」

千鶴はブンブンと大きく腕を振って合図を送る。
すると耕一も、少し照れを含みながら手を振り返してくれた。

その瞬間。
千鶴は待ちきれずに駆け出していた。


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「ふぅぅ、着いた着いた…」

耕一はよっこらせ、と肩に掛けていたスポーツバッグを下ろす。

「お疲れ様です」

そういって千鶴は、玄関の下駄箱の上にあるタオルを渡す。

「ん、有難う…。でも千鶴さん、今日仕事の方は?」

耕一は濡れた所をタオルで拭きながら、千鶴に言う。

「あ、ええ、今日は休みました…。初音は学校ですし…」

少し顔を赤らめつつ言う。
初音と言うのは彼女の妹だ。
千鶴には妹が3人おり、次女・梓、三女・楓、そして1番年下の初音である。彼女
らは全員学生で、梓は大阪の大学に行って今はおらず、楓も東京の大学に行ってお
り、自宅にはいない。ただ一人、初音だけは地元の高校に通っており、今もこの家
に住んでいる。

「そうかぁ、今ここにいるの、千鶴さんと初音ちゃんだけかぁ…」

しみじみと耕一が言う。
耕一の父、つまり千鶴の叔父でもあるのだが、その人も今はおらず、耕一の母も既
に他界している。その為、千鶴達姉妹と耕一との絆は自然と深く強くなった。

「ええ…。でも、耕一さんが来てくれたから、また明るくなります」
「ははっ、そうだと良いな」
「ふふ、そうなりますよ。自然に…ね」

千鶴は嬉しそうに微笑む。
耕一もそれにつられて微笑んだ。


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「ただいまぁ〜」
「おっ! お帰り〜!」
「ああっ! お兄ちゃん!!」

高校から帰って来た初音は、玄関に出て来た耕一の顔を見て嬉しそうに笑う。

「初音、お帰りなさい」
「千鶴お姉ちゃん、ただいま!」
「濡れなかった?」
「うん、だいじょーぶ、そんなに濡れなかったよ」

そういって初音は玄関を上がり、耕一に向き直る。

「耕一お兄ちゃん、今日の晩御飯何が良い?」
「え! 初音ちゃんが作ってくれるの?」
「うん! 梓お姉ちゃんが一人暮らし始めた時から、私が作るようになったんだよ」
「そうかぁ…じゃあ、やっぱり肉じゃがかな、肉じゃが」
「じゃあ、着替えてすぐに作るね!」

初音はにっこりと笑い、パタパタと可愛らしいスリッパの足音を響かせながら、自
分の部屋に戻る。

「…初音ちゃん、凄いなぁ…」
「ええ、あの子のお陰で私も生活できているようなもので…」

千鶴が苦笑しつつ言った。
千鶴は料理が四次元的に下手糞で、食べれる材料を使っても食べれない物を作り上
げる名人だった。

…本人はあまり自覚していないが。

「でも、いつもより明るいのは、やっぱり耕一さんがいるからでしょうね」

居間に向かう廊下を歩きつつ、耕一にそういうと、耕一は何やら少し寂しげな笑み
を浮かべ、そして「どうかな?」と言った。

(…? 耕一さん?)

千鶴は少し気になったが、

「今日の晩御飯、肉じゃがかぁ〜。そんな手料理食べるの、もう数ヶ月ぶりだよ。
 楽しみだなぁ〜」

といいながら子共のようにはしゃぐ耕一をみると、質問する気にはなれなかった。


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「「「いただきま〜す」」」

居間のテーブルには温かく湯気を放つ肉じゃがと、炊立ての御飯、そして味噌汁に
白菜の漬物、ほうれん草のお浸しが並んでいた。

「初音ちゃん、腕を上げたなぁぁ〜」
「ううん、梓お姉ちゃんの教え方が上手かったんだよ」

耕一が感心して言うと、初音が遠慮気味に応える。
その答えを聞くと、耕一が片眉をピクリと上げて応える。

「教え方…じゃあ無いと思うよぉ〜。教えてもらっても、なっかなか出来ない人も
 いるからね〜。やっぱり初音ちゃんの実力だよ」
「もう、耕一さんっ! それって私のことでしょう!?」
「いやぁ、別に誰とは…」
「う〜…」
「ま、まぁまぁ、2人とも…」

そして一瞬の後、3人が一斉に笑い声を上げる。
一しきり笑い終えたあとで、初音が言った。

「やっぱり良いね…家族が…一緒に暮らす人が多い、って…」
「初音ちゃん…」
「初音…」
「あ、御免なさい。お天気みたいに沈んじゃったね」

初音は少し涙ぐみながら、笑顔を浮かべて言った。

「いや、いいよ」

耕一は、初音を見つめ、微笑を浮かべて応えた。

「止まない雨なんて、無いんだからさ」





                            <… 続く …>

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<筆者あとがき>
 どうも、お久しぶりです健やかです。今回は自分の中で趣向を変えて行こうと
 決心し、自分の中には無かった千鶴さん(かなり明るい)をやってみようかな、
 と思い書いて見ました…が(苦笑) 途中で既に無理っぽい所がチラホラ…(爆)


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