『いつもの笑顔』 投稿者:健やか
前書き
 明けましておめでとうございます!
 新年早々PCと長時間向き合い、不健康極まりない健やかです(苦笑)
 太田香奈子ちゃんのお話です。
 それでは、今年も皆々様が良き出会いに恵まれる事を祈りつつ……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



『いつもの笑顔』



キーンコーンかーんこーん。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

「さて、と」

太田香奈子は、トントン、と教科書とノートをまとめ、帰り支度を始めた。
そのとき、先ほどまで日本史の授業をしていた先生が声を上げた。

「……あ、太田、すまんがあとでちょっと職員室に来てくれ」
「あ、はい!」

太田香奈子は、生徒会副会長をしている。
そのため、知名度はそれなりのものがあり、何か雑用があると、
いの一番に声を掛けられる。

「じゃあね、太田さん」
「お先〜」
「うん、バイバイ!」

クラスの友人たちは先に帰ってゆく。
友人といっても、それほど仲の良い付き合いをしているわけではない。
彼女が一番親しく、そして仲が良いのは藍原瑞穂という少女だけだ。
それ以外の友達は、いわば知り合い、という程度の友人だ。

そういう関係が嫌なわけもなく、むしろ本人はありがたいと思っている。
その方が楽だし、不都合もない。
友達付き合いが苦手と言うことではなく、ただ自分がいろいろ忙しいから、
みんなと仲良く付き合いすぎると、とてもではないが体(と財布)が持たないのだ。
彼女自身は、その明朗闊達な性格と多彩な表情、そして頭の良さも手伝って、
かなりの人気を持っている。

「さて、じゃあ行こうかな!」

誰もいなくなった教室で、そう一声自分にかけて、彼女は教室を出た。

  :
  :

「失礼します」
「おう、太田、来たか」

先ほどの日本史の先生がいる。
その先生の机の上には、山のようなプリントがある。

「すまんが、このプリント、順番におまえのクラスの人数分とっていってくれ」
「はい、わかりました」

三つの山に分けられたプリントを、順番にとっていく。
そこで、ふと気づく。

「あの、先生……」
「ん?」
「これ、あしたの小テストじゃあ……」
「ああ、そうだ。おまえだったら見られても構わんからな」
「は、はぁ…」
「どうせテストの点数は変わらんさ」

はははは、と大きな声で先生が笑う。
それだけ太田香奈子という人柄と頭脳が信用されている、
ということの現れだった。
彼女は少々恐縮しながら、黙々と作業を行う。

そこへ。

「失礼します」

男の声の挨拶と共に、一人の生徒が入ってきた。

(あ……!)

彼女の胸は、大きく一つ跳ねた。
彼女が密かに思いを寄せる、その人物だからだ。
どこが、とか、なにが、という理由は無い。

三年の月島拓也。
彼は生徒会会長を務め、頭脳の方は明晰だ。
一般の生徒の話しでは、妹思いの良いお兄さん、ということだ。
ただ、生徒会で一緒に仕事をして、それで気になる人になってしまった。

優しそうな声。
柔らかな瞳。

……トクン、トクン、トクン……。

自然と胸の鼓動が高くなる。

「あれ? 太田君じゃないか」
「あ、あの、はい、こんにちわ」

…ドモってしまった。
変に思われたりしなかっただろうか…。

「お互い、雑用が大変だねぇ…」

そう苦笑しながら、月島拓也はいう。
何やら生徒会が行う全校集会について、話あうそうだ。

「あの、私は参加しなくて宜しいんですか?」
「うん、別にいいよ。また生徒会の会議の時に連絡するからね」
「…わかりました」
「それじゃあ」

そういって去っていく月島の後姿を見ながら、ふと見ると、胸元に抱えた
日本史のプリントが崩れそうになっているのに気付き、慌てて抱えなおした。

  :
  :

「失礼しました」
「ほい、お疲れさん」

あれから二十分ほどでプリントの整理を完了した。

(さて、と…帰ろっかなぁ……)

そう思い、廊下を歩き始める。

もう学校には、クラブ以外の人は残っていない。
静かな校舎の中で、ぷらぷらと歩きながら考える。

(やっぱり、好き…なんだなぁ…私……)

生徒会長のことを考える。
今まで、生徒会として色々な仕事を一緒にしてきた。
いつからそう想う様になったのだろう…?

  :
  :

校舎を出たとき、校門のほうに見なれた人の姿が見える。

「瑞穂ぉーーーー!!!」

大きな声を上げ、手をブンブンと振る。
向こうも気づき、こちらを見て手を振っている。
急ぎ駆け出し、追いつくことにした。

「ふぅ、瑞穂、今帰り?」
「うん、クラスの用でちょっとね……香奈子ちゃんも?」
「そ。今まで職員室で先生に使われてたの」

そう言って、互いに笑う。
二人は中学からの親しい友人だ。
中学の頃、藍原瑞穂はどこにでもいそうな、ちょっと暗めの女の子だった。
友達を作るのも、人と付き合うのも苦手だった。

そんな彼女に、太田香奈子は声をかけた。
理由は……忘れた。
ただ何となく、放っておけなかったような気がする。
それがきっかけとなって、瑞穂と香奈子は友人となった。

瑞穂は、香奈子の明るくて行動的なところが。
香奈子は、瑞穂のまじめで意外と頑固なところが。

それぞれが互いに惹かれた。
そして、二人が親友になるには、そう時間はかからなかった。

「そうだ瑞穂、今日これから時間ある?」
「え? うん、大丈夫だけど」
「じゃあさ、ちょっと寄り道してこうよ!」
「寄り道って……どこに?」
「この間出来た、駅前のケーキ屋さんだよ。コーヒーも美味しいって」
「あ、あそこかぁ。うん、行こう!」

二人は並んで、ありふれた学校の話をしながら、
絶え間無く笑い声を上げながら駅前に向かった。

  :
  :

カランカラン…。
ドアベルが鳴ると共に、店員が言う。

「いらっしゃいませ〜」
「うわ、きれ〜なお店〜…」

香奈子は思わず声を上げた。
全体的にガラス張りで仕上げられた店は、南側を向いている事もあって
店内が明るく、しかもテーブルごとも割りと間隔があって座りやすそうだ。
今のような夕方ともなると、夕日が射し込んで、店のすべてがセピア調の
ように見える。

「あ、あ、ねぇねぇ、香奈子ちゃん、何にする!?」

瑞穂は嬉しそうにケーキを眺める。

「私は…チョコレートのミルフィーユと、カフェオレで」
「じゃあじゃあ私は、オレンジのタルトと冷ーコーで」
「み、瑞穂、あんた、その言い方オヤジよ…しかも関西圏の…」
「はい、この番号札をお持ちになって、お席でお待ち下さい」
「つ、通じたっ!?」

香奈子は「嘘っ!?」というような顔をして店員を見る。
店員はなにごとも無かった用に作業し、瑞穂は席に向かおうとしている。

「ね、香奈子ちゃん、行こうよ」
「あ、う、うん…」

(この店……)

香奈子は内心、冷や汗をかきながら席を探し、待つ事にした。

  :
  :

「香奈子ちゃん、ケーキ美味しいねぇ」
「そうね、初めは心配したけど…」

二人のテーブルには注文したケーキとドリンクが置かれ、
既に半分は食べている。

「でも久しぶりだね、二人でこういう所に来るの」
「そうだね…最近忙しいもんねぇ…」

はぁぁ、とため息をつく香奈子。

「もうすぐ生徒会の全校集会だもんね」
「うん…」

実はこの、藍原瑞穂も生徒会の書記委員をしている。
二人は、互いの仕事が忙しいのは十分に良く知っている。

「あのさぁ、瑞穂…」

少しの沈黙の後、香奈子が口を開く。

「ん〜?」

アイスコーヒーを口に含みながら、瑞穂が返事をする。

「…好きな人、いる??」

ブバァァ!!!!
元気良く噴出す瑞穂。

「うわ!? だ、大丈夫、瑞穂!?」
「だ、ゴホゴホッ…大丈夫…ゴホッ……」

香奈子が鞄からティッシュを取りだし、テーブルを拭きつつ、
瑞穂にも手渡す。

「有難う…」
「あー、ビックリした」
「ビックリしたのはこっちだよぅ…」

瑞穂はまだ少し苦しそうに言う。

「いきなりそんな事聞くんだもん…」
「あはは、御免ね」
「でも、どうしたの、突然」
「え? う〜ん、ちょっと、ね」
「まさか、香奈子ちゃん…」

そう言って、瑞穂はズズィ、と香奈子に顔を近づける。

「好きな人が…できたの?」
「……」

カァァァァァ〜…。
次第に香奈子の顔が赤くなるのが良く分かった。

「え!? やっぱりそうなんだ!?」
「あ、あははははは…」

香奈子が恥ずかしそうに鼻の頭を掻く。

「なんだかねぇ、そうみたいなのよ…」
「ふぅぅ〜ん…」

香奈子は照れ笑いを浮かべ、
瑞穂はなんだか嬉しそうな顔で香奈子を見ている。

「…誰だか、聞いていい?」
「え、あ、うん……生徒…会長…なんだけど……」
「…」
「…」
「……いいなぁ」
「え?」
「私も『恋』がしたいよぅ〜!」
「ち、ちょっと瑞穂、声が大きいってば」
「だって〜」

グズグズいいながら、瑞穂は続けていう。

「でも、香奈子ちゃん、頑張ってね」
「え?」
「その恋、叶うといいね!」
「……うん、ありがと」

瑞穂がにっこりと笑い、それにつられて、香奈子も微笑んだ。

  :
  :

「じゃあね、香奈子ちゃん」
「うん、また明日学校で! 気を付けて帰りなさいよ、瑞穂!」
「分かってる、じゃあね!」

二人は店を出た後、しばらく歩いた後でそれぞれの帰路についた。

(ふう…)

空を見上げると、日はほとんど沈んでしまったようだが、深い濃紺色した空と、
まだ少し赤みが残った空とが、グラデーションして広がっている。

(『恋』…かぁ……)

徐々に空は翳りを増し、それにつられて煌く星の数も増えてくる。
それらを見ながら、香奈子は強く思った。


 『あの人のことを考える。
  それだけで、胸が熱くなる。
  鼓動が早くなる。

  今、自分にとってあの人は、太陽なのかもしれない。
  一瞬で私を染め上げる。
  自分の意思など、あの星のようだ。
  太陽の光に覆われると、たちまち色褪せてしまう。

  でも。
  太陽の光を受けて輝く星があるように、
  私も…。

  私も、あの人の光を受けて、輝き放つ、星になりたい…』



                          − 完 −

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
筆者あとがき
 新年一発目SS、いかがだったでしょうか? 香奈子ちゃんの話は
 最近よく頭に浮かんでくるようになりました。こと今回のSSの用
 に、ちょっと本編への繋ぎを果たしてくれそうな話が。

 しかし、後半の方の太陽と星の記述。知っている人は知っていると
 思いますが、相変わらずdyeさまのシリウスを精神的にも作品的
 にも引っ張っていることが明確です(笑) 描写の方向性と使い方は
 違いますけど…。やはり、名作は名作だという事を自分で納得しち
 ゃいましたよ(笑)

 今回の香奈子ちゃん、読者さんの心には、どの様に写りました?

http://www.kcn.ne.jp/~typezero/