『Prototype』 投稿者:健やか

              『Prototype』

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                       何の意味があるというのだろう。
                        私が完璧であると言うことが。

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「おーーい、セリオ〜!!」

四限目の体育の時間、グランドを走っている私を呼ぶ声がする。
ふと、そちらを見ると、ある男性が私に向かって手を振っている。

・・・藤田浩之という男性。

とりあえず、どういう反応を返して良いか分からなかったので、
そのまま無視することにした。
それに今は授業中だ。
あの人も授業中のはずなのに、いったい何をしているのだろう?

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「お、セリオだ」
「あ、セリオさんこんにちわー」
「マルチさんに藤田さん、こんにちわ」

お昼。
渡り廊下を歩いていたら、バッタリあった。
マルチさんと藤田さんは同じクラスなので、よく一緒にいる所を見る。
理由は分からないが。

「そういやさ、さっきの時間、声掛けたのに反応しなかったじゃん」
「授業中でしたから。藤田さんは、授業ではなかったのですか?」
「おれ? おれも授業はあったけど、ワケ有りでさぼった」
「・・・」

訳有り・・・言い方からして、何か楽しいことのようだった。
あまりにも顔が嬉しそうだ。

「あ、さっきの時間、私がオーバーヒートで倒れちゃったんです〜。
 それで、浩之さんにご迷惑をおかけしてしまって・・・」

そういうことだったのか。
私たちは電力で動く分、規定外の負荷や事故にはめっぽう弱い。

「それで、それで・・・」

初めはえへへの口調から、次にうううっの口調へと変わるマルチさん。

・・・私は思う。

マルチさんは、表現が豊富だと。
それに比べて、自分のいかに拙いことか。

「セ、セリオさん?」

マルチさんが、不安げな顔で私の顔をのぞき込む。
どうやら、話の途中で少しボーっとしてしまったようだ。

「いえ、別に・・・何でもありません」
「セリオでも、ボーっとすることがあるんだなぁ。マルチは普段からそうだけど」
「うううっっ・・・」
「そんなことはありません、マルチさんは立派です」
「そ、そんなこと無いですよぅ〜!! セリオさんの方がずっと凄いです!!」
「ああ、何をやらせても超一流だものなぁ」

この二人は、知らないのだろう。
マルチさんが笑えることに比べれば、私が何でもできることなど・・・。

きーーーんこおーーーんかーーーーんこおーーーーん。

「あ、予鈴です〜」
「じゃ、そろそろ行くか」
「はい。セリオさん、またバス停で!」
「じゃな、セリオ!」
「はい、さようなら」

二人が笑いながら教室に向かっていく。
私は。
くるりときびすを返し、自らの教室に向かった。

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                         水面に落ちた水滴と、波紋。
         一度広がった波紋は、いったいどこまで続くのだろう・・・?

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来栖川研究所。
私が生まれた場所。
「私」はきっと、ここから出ることはできない。

それは、私がプロトタイプだから。

「んんーーーー? どうした、セリオ?」
「・・・長瀬主任・・・」

私は、自分のいるべき所へ向かう途中、煙草を吸っている人物にあった。
長瀬源五郎
マルチさんの生みの親。
マルチさんの、あの表情の・・・。

「長瀬主任」
「んーー?」

私は、思わず率直に聞いていた。

「私にも、笑うことができるのでしょうか?」
「・・・」

長瀬主任は、目をパチクリ、とさせた。
思ってもいなかった質問だったのだろう。
けれど、長瀬主任は答えてきた。

「それは・・・またどうして」

どうして。
どうして?

「・・・」

答えられない。
何なのだろう。
どうしてなのだろう。
私の存在は。
私としての存在は。
その答えを見つけることができない。

「・・・健康にいいからって訳でも、なさそうだな」

苦笑しながら、長瀬主任が言った。
そして、続ける。

「そうだよな、ふつうはそう考えるよな、どちらか一方が、そのどちらかしか
 持ち得ないモノを目の当たりにしたとき、絶対にそういう流れになるよな・・・
 やっぱり、このプロトタイプ制作実験、課もプロジェクトも、まずは一つに
 まとめてやれば良かったんだ。・・・しかしなぁ・・・」

ぶつぶつ言いながら、ふらふらと歩いてゆく。
そう。
私たちの開発には、色々有りすぎるのだ。

期待、不安。
希望、欲望。
未来、現実・・・。

そして。
ふと気がつく。

・・・私は、いつからこのような思考をするようになったのだろう?
これが、成長というモノだろうか?

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                          +と−、表と裏、光と陰。
              二つが一つになることは、あり得ないのだろうか。

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「もうすぐ、研修の期間も終わりますねぇ」

学校の帰りのバスの中、マルチさんがしみじみと言った。

「そうですね・・・・寂しいですか?」
「・・・はい・・・」

そう返事をするマルチさんは、もう半分泣きかけている。
私は、無言でマルチさんの肩を、ぽんぽん、とたたいた。

そう、もうすぐ終わる。
私たちの実験期間。

私は最後まで、笑うことができなかった。
マルチさんは最後まで、完璧ではあり得なかった。

それでも、良いのだろう。
私たちのすべての結果が総合的に検証され、私たちの妹に受け継がれる。

私の思考も、マルチさんの想いも。
きっと、受け継がれる。
その為に、今日までやってきたのだから。

・・・そうすれば、きっと私の妹たちは、笑えるはずだ・・・。

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そして。
その夜。

来栖川の生産方針が・・・






                              ・・・決まった。


                                 < 完 >

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筆者あとがき
 はいみなさまお久しぶりですこんにちわ。しばらく投稿していないウチに、めちゃくちゃ
 知らない人が増えてたりして、しかもきっと僕のことを知らない人も多いんだろうと思います。
 それはそれで良いんだろうけど(爆)。
 何か、世代が交代してくってこういう感じなのか、とか思ってしまった(苦笑)。
 ああ、ジジむさい。

 このSS、書き始めた当初は何か別なモノを目指していたのに、途中で路線変更(苦笑)。
 僕の中では、よくあることです。結局なんなのかというと、セリオは笑えませんでした、
 という話。そう、その妹たちも。
 はっきり言って、あまり面白くないSSになってしまいました(そういうことは始めに言え(苦笑))。