『精一杯の勇気と、一欠片の恋心』 投稿者:健やか
前置き
 なんていうか、最近、久々野さんのSS読むと落ち着きます。
 アルルさんの作品とは、ちょっと違った感じですけど・・・。
 うまく言えませんが・・・。

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           『精一杯の勇気と、一欠片の恋心』

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シャーワシャーワシャワシャワシャワシャワ・・・・。
蝉の声が絶え間なく続く、夏のある日。

てくてくてくてく。
まさしくその効果音が響いてきそうな歩き方をする人が一人。

「・・・」

赤い髪に、冷静な瞳。
耳のあたりに、何やらアンテナのようなものが見受けられる。
・・・セリオだ。

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                〜1時間前〜

来栖川邸。
事の始まりは、綾香の叫び声からだった。

「えええええええええ〜〜っっ!!! そんなぁ!! どうして今日なわけ!?」
「申し訳ございません、綾香お嬢様。急な連絡でございましたから・・・」
「セバス・・・わたしが今日、なにがあるか知ってる・・・!?」
「勿論でございます。藤田様と買い物に行かれると・・・」
「だったらどうして今日なのよぉぉぉぉ!!!」
「ですから、御主人様より急なれん・・・」
「せっかく、せっかく、せっかく久しぶりの買い物だと思って、二週間も前からあれ
 これと買い物プランを考えていたのにぃぃぃぃ!!!」

そう言うと綾香は、セバスに対し、綺麗なワンツーを決める。

「あ、綾香お嬢様・・・また腕をお上げに・・」
「行く店も、寄り道する喫茶店も、夕日を眺める場所まで決めてたのにぃぃぃ!!」

バシバシ。
舞うような攻撃が日常茶飯事で出せるのが凄い。

「ふ、踏み込みもさらに早くなられて・・・」
「なんでこんな時に他企業の(ぴーー)と一緒に会食なんてしなくちゃ駄目なのよぉ!」
「あ、綾香お嬢様っっ!! そのような言葉を使われては・・・」
「分かったわよ、行けば良いんでしょ行けば!! いいわよいいわよ・・グスグス」

拗ねた表情で口をとがらす綾香。

「芹香お嬢様も行かれますので、お二人で楽しんでらして下さいませ」
「楽しいわけないでしょっ!!」

綾香はブツクサ言いながらも、準備のために自室に戻ってゆく。
そして、自室ではセリオが、綾香に頼まれたものを用意をしていた。

「綾香様、買い物に出かける準備は整っていますが・・・」
「セ〜リ〜オ〜・・・わたし、行けなくなっちゃって・・・」

残念そうな表情を見せる綾香。

「・・・では、どう致しますか?」
「う〜〜ん・・・あ、そうだ。セリオ、私の代わりに行ってくれないかな?」
「・・・私が、ですか?」
「うん。今日はメンテとか、大きな用事はないんでしょ?」
「はい」
「じゃあさ、御願い! 買い物は・・・服は頼めないから・・・これとこれ、あと、
 この新製品の化粧品を買ってきてくれる?」
「分かりました。・・・ですが、宜しいのですか?」

セリオは、今日誰と買い物に行くのかを知っていたので、確認が必要だと思った。

「あー・・・うん、彼には私から電話で連絡しておくわ」
「・・・では、行って参ります」
「あ! セリオ!! 待ち合わせは1時にコケモモショップの前だから、まだ出かけ
 なくてもいいわよ。・・・それより、せっかくのデートなんだから、たまにはさ、
 おしゃれしていけば? 服はわたしのを貸してあげるわ」
「・・・」
「さて、早速着替えましょうか!」
「・・・はい・・・」

よく分からない表情をしたままのセリオを、微笑みながらクローゼットに後押しする
綾香。
結局、二人が準備を終わらせたのは、互いに約束の時間に間に合うギリギリだった。
セバスチャンが何やら驚愕していたが、綾香は満足そうな顔で、セリオは相変わらず
困惑した表情のまま、出かけた。

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で、目的地に向かって歩くセリオ。
陽射しは強く、風もほとんどない。
蒸し暑く、メイドロボとはいえ、コンディションが良い日とはいえない。

「・・・?」

セリオは、時折自分を振り返ってまでみる人がいることを感じ、少し疑問に思った。
しかし、頭の中ですぐに回答は出た。

(確かに、まだ製品化されていないのだから、珍しいのは確かです・・・)

何故かそう考えてしまう自分に、やはり困惑したまま、道を間違うことなく目的地に
向かう。
・・・待ち合わせの場所。
コケモモショップ前。
店の前に大きな桜の木があり、蝉がひとときの合唱団を形成している。

(12:55・・・無事、予定時刻の前につきました・・・)

そう思い、桜の木の下、木で出来たベンチに腰掛ける。

「ふぅ・・・」

セリオは小さくため息を付いた。
そして。

(・・・? 私は、今、ため息を・・・?)

今年の春、某高校での研修が終了した後、面白い研究データが得られたとかで、更に
研修を続けることになっていた。
・・・もう四ヶ月以上研修を続けている。
そのため、多くの人々と関わり合いを持つことが増え、セリオ自身の考察能力や、経
験に基づく知識がふえた。
その性か。

(・・・また・・・)

先ほどから、道行く人が自分をちらちらと見ている。
こういうことには慣れている。
高校に初めて研修に行ったときも、珍しさが先行して、常に見られていた。
それにしても今日は、やたらと見られる。

「お、いたいた。オーイ、セリ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オ?」
「こんにちわ、藤田さん」
「・・・その格好は・・・・・・・」
「・・・これは、綾香様に着て行け、と」
「・・・ふーん・・・」

浩之は、唖然としていた。
セリオが着ていたのは、水色のサマードレスだ。
ドレスとは言え、それ程豪勢なものではなく、ワンピースによく似ている。

「ポイントは、この腰にあるリボンだそうです」
「・・・ほう」

文句無く、似合っていた。
普段制服のセリオしか見たことが無く、表情があまり豊かでないから気付かなかった
が、こうしてちょっとでもおしゃれをすると、抜群に綺麗になる。

「・・・藤田さん?」
「あ、ワリィ。じゃ、行こうか!」
「はい」

二人は並んで歩き出す。
やはり、周りの人が注目する。
浩之は、少し恥ずかしかったが、何よりセリオの表情がいつもと違っているようで、
嬉しかった。

                 〜1時間後〜

「・・・で、綾香に頼まれた買い物は終わったわけだ」
「はい」

二人は、綾香がセリオに買ってきてくれと頼んだ買い物を済ませ喫茶店に入っていた。

「・・・しかし、ホテルニューコケモモの喫茶とは・・・」

そう、ここは最近出来た新しいホテルで、かなり高級なホテルだ。

「ここの喫茶店は、食器はマイセンの良い物を使っていますし、コーヒー自体も、豆
 の大きさ、鮮度にこだわっており、素晴らしい薫りを出します」
「・・・なるほど。コーヒー一杯800円もする訳だぜ・・・」

唸る浩之。
そして、ふと気付いた疑問を口にする。

「なぁセリオ。・・・楽しいか?」
「・・・」

質問の意図を即座に理解するセリオ。
以前であれば、すぐに事務的な返答をするところだが、最近はだいぶ様子も変わって、
こちらの言っていることの、より中心的な意味を取るようになっていた。

「そうですね・・・よく・・・分かりません・・・」
「・・・そうか・・・」
「ですが・・・」

さっ、とセリオの瞳が色を放つように見えた。

「綾香様は、デート・・・と仰っていました。今日のように・・・色々な場所に行き、
 会話をしたり・・・お買い物をしたり・・・。こういうものがデートというものな
 らば、私は・・・初めてです」
「・・・そっか。まぁ、退屈していないみたいだから、良かったよ」
「・・・はい」
「・・・よし、そろそろ出ようか」

そして、レジに向かった時。

「あ、藤田さん。ここは、私が・・・」
「・・・え? いや、でも」
「構いません。本当であれば、別のお店にお連れするはずだったのです・・・」
「え? じゃあ、この店はセリオ自身が・・・」
「はい、ですから・・・」

そう言って、レジを済まそうとするセリオ。

(そうかぁ、セリオ自身が店を選んだんだ・・・)

昔では考えられなかったことだろう。
綾香の教えてくれた店ではなく、セリオ自身が選んだ店だ。

(最高じゃないか・・・)

浩之はそう思った。

「2520円になります」
「・・・すいません、これで御願いします」

セリオが出したのは『ゴールドビリケン・エクスカリバーカード』だ。
最も査定が厳しく、まさに一流の人物しか持つことのできないカードである。

(・・・持ってるものも、最高だな・・・)

思わず冷や汗が出る浩之であった。

                 〜3時間後〜

二人は、浩之の自宅近くの公園にいた。

「今日は、有り難うございました」
「いや、いいって。俺も楽しかったし」
「そうですか・・・」

そう言って、少しうつむくセリオ。
何やら、言うか言うまいか悩んでいるようではある・・・。

「・・・私は、本当であれば今日は綾香様が・・・」
「ああ、それは良いって。それにセリオと話せたのが何よりよかったし」
「そうですか・・・」

まだ、何か言いたそうだ。

「なぁ、ちょっと座らないか?」
「・・・はい」

そうして、二人は公園のベンチに腰掛ける。
夕日がかなり眩しく、緑の木々でさえ赤に染める。

「・・・私は、今日、多くの人に見られていました」

唐突に話し始めるセリオ。

「もう、慣れたはずだったのですが・・・それに最近では学校帰りであっても、今日
 程見られることはありません・・・。やはり、私という存在は人々にとって特異で
 あり、容易に受け入れがたい存在なのでしょうか・・・」
「・・・そんなことないと思うぜ。今日は目立っていたからな、特に」
「・・・?」
「・・・その格好だよ。初め見たときは、俺だってビビッたから」

そして、ハハハ、と浩之は笑った。
セリオは、未だに要領を得ない様子だ。

「だからさ、こんなに可愛くて綺麗な女の子がいれば、どうしたって目立つって事」
「・・・」

夕日の性か、照れたのかは分からないが、セリオの顔が赤く見える。

「自分では思ってないかも知れないけど、かなり可愛いと思うぞ、うん」
「そう・・・ですか」
「ああ、そうそう」

そう言って浩之は立ち上がる。

「それに、今のセリオ、すっごくいいぞ」
「・・・?」
「ちょっと、マルチに似てきた」
「・・・マルチさんに・・・」
「ああ・・・」

セリオが立ち上がり、二人は歩き始める。

「藤田さん・・・」
「ん〜〜?」
「・・・」
「・・・」

しばしの、沈黙。

「私、藤田さんのこと、好きです」
「@$#4¥!!!」
「いえ、綾香様たちと同じように、ですが」
「そ、そうか・・・」
「・・・よくは、分かりません。今の私の回路の中にあるイメージ・・・これを例え
 て言うならば、そうなのかも知れません。明確に言葉で表すことは、できないよう
 にも判断します。ただ・・・」

セリオが、少し微笑んだ。

「私の周りに、親しい人がいるということ・・・これが、とても嬉しく思います」
「・・・そっか・・・・・・きっとそれは、いい事じゃねーかな」
「・・・はい」

そして、二人は互いの帰路についた。
互いが家に着いたときは、もう、日は落ちていた・・・。


                                 < 完 >

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筆者あとがき
 お久しぶりの作品で・・・書いてしまいました、セリオ。よくある話に仕上がって
 しまった気もしますが、久しぶりにしては、良いものが書けたと思ってます。

 これを書いていて思ったのは、久々野さんとdyeさんとAEさんのこと。
 お三方には、本当に感心します。
 特に、AEさんの「ふきふき」が忘れられず、どうもギャグ路線に行きそうなのを
 踏み止めるのに苦労しました(苦笑)。