精神 投稿者:健やか





プルルルッ、プルルルル、カチャッ。
      ・
      ・

長瀬は社長室の前にいた。むろん、あの新技術の報告の為である。
電話の後、自分の行動が正しいのかどうか、未だに決心がつきかねていた。

(しかし、もう後がない。今でなければ・・・。)

「ふぅ・・・。とにかく、行くか。」

コンコン。

「・・・はい。」
「長瀬です。」
「・・・どうぞ。」

扉を開けて入ると、来栖川のトップがいるとは思えない社長室に毎回驚かされる。
それほどに狭い。
その理由は、目の前に座っている少年の要望だった。
「一人で大きな部屋にいるのは落ち着かない。」
というのが少年の言い分であり、むろんそれは受け入れられた。

「お疲れさまです。・・・話は簡単ですが、伺っています。」
「そうですか。相変わらず、秘書は堅物のようですね。」
そういって、長瀬はニヤッと笑った。つられて少年も微笑む。

目の前の少年・・・。来栖川 空(そら)という少年は今年で十四歳になったばかりだ。
『来栖川の至宝』の一人、来栖川芹香の曾孫にあたる。
彼の両親はもう居ない。三人いた姉や兄も、夭折してしまっていた。
・・・つまり、来栖川の後継者と呼べる人物は、彼以外には存在しない状態だった。
彼が社長になるに際し、少なからず反対はあったが、少年の優秀さと
来栖川重工の中核を成す技術系組織のバックアップによって、大きな問題もなく
現在に至っている。

「それで、新技術の方ですが・・・。」
「はい、今回得られた技術は、今までのモノとは次元が異なる程のモノです。
 おそらく、諸外国からも色々とマイナス面の注文が付く事と思います。・・・が
 この技術は人類が生き残っていく為には必要なモノであることも・・確かです。」
「・・・あなたが迷うなんて、珍しいですね。」
「ははっ。私も人ですしね。今回のモノはちょっと、人間の根幹に関わることですし。」

『M−1バイオチップ』・・・。
今回長瀬らが開発した技術の名称。これを脳に埋め込み、自己増殖させ、人間の強度を
根底から引き上げるモノだった。これで環境問題も、ウィルスも、子孫にも困らないはずだ。
・・・ただし、強力な副作用が付く。
その一つが、全身の色が深緑色になるというものだった。これは、バイオチップ自体が
植物の研究から始められたことが大きな原因とも言える。
もう一つは、雌雄同体になること・・・。むしろこちらの方が現実問題として
頭の痛いところであろう。このチップが実用化されて、世界の人々に埋め込まれたとして・・。

「・・・世界がどうなると思いますか?」
「・・・一言で言うなら、恐いよね。性別というものが存在しないわけだし。」
「それの意味することが、最も深刻なんですよ。」
「・・・と言うと?」
「・・・これからは恋愛ができなくなるじゃないですか!!!」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「コホン、えーと、まぁ、それは置いといてですね。一人で子孫を残せるということに
 なるわけですが、そうすると親のコピーといえる子孫が生まれる訳ですよね、他の
 血が入らないわけですから。」
「うん、そうなるね。」
「そうすると、新しい悪性ウィルスが出てきた時に、免疫力が付かないままに、次々と
 死んでゆく可能性があるんです。」
「・・・でも、一人ではなく、他の人物との子孫を残すこともできるわけですよね。」
「ええ。元々が人ですから。ただ、雌雄同体になったとき、恋愛感情そのものが
 残っている、と明確には言えませんので。」
「・・・『心』か・・・。」
「はい。・・・どうやら、人間というものは大した進歩をしないようですな。
 私の祖祖父も、先のアンドロイド製作に関して『心』の問題にブチ当たったと・・。」
「らしいね。・・たった一体だけだったっけ。」
「ええ、通称『マルチ』でしょう。」

お互いに書類に目を通しつつ、受け答えをする。
長瀬は答えながら、ふと思った。
(今は・・・何処に?・・・『御主人様』はもう居ないはず・・・。)
しかし、空少年の声を聞き、思考を中断せざるを得なかった。

「ここまでしなくてはいけないのか・・・。」
「・・・。」
「生き残る為に・・・。」
「・・・。」
「何の為に・・・。」
「・・・では、止めておきますか?」
「・・・。」
「・・・一応、雌雄同体に関しては、改良の余地があると思いますので
 研究を続けます。・・・採用はそれからでも、遅くはないでしょう。」
「・・・お願いします。」

      ・
      ・
長瀬は社長室を出た後、少し後悔した。
(少し、きつい言い方だったか・・・。)
だが、終わってしまったことだ。空少年もそれほど機嫌を損ねた訳でもなさそうだ。
少年に決断させるには少々酷な問題だが、企業のトップとして立っている以上
そういうことがあるのは覚悟の上だろう。

(でなければあの時、社長などにならなかったはずだ。・・たとえ望んでいなくとも)

そう考えながら、長瀬は研究室に帰っていった。
「俺には・・・俺のやるべき事がある。」
そう呟いて・・・。

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筆者あとがき
 風の向くまま気の向くまま、書いてしまった。一応「時代」の続きです。
 自分ではそれなりにまとまった文面になっているのでは、と思うのですが・・・。
 ペースが速いのは、ネタがまだあるからでしょう(笑)。次回で終わるつもりですが
 長くなったら分けるつもりです。後、読んで下さった方、ありがとうございます。
 率直なご意見やご感想を頂けると嬉しいです。

  後、投稿量に関して少し。僕はネタが思いついたら、ばぁーっと書いてしまう方なので
 四、五日ぐらいはぱっぱと投稿するかもしれません。これも昨日から連続ですし。
 これが終われば少し熱も冷めると思いますし、お許し下さい。それとレスは
 ここではしません。できる限りメールでします。皆さんに聞いていただきたいとか
 アドレスを都合上使えない方とかは別ですが。以上の点で、ご意見がある方は
 是非メール下さい。できうる限り改善方法を試みます。(書いても暫しおいておくとか)

 アルルさんがおっしゃっていた読者さんですが、ちょっと減っているのではないか
 とは僕も思います。伝言版の方で話題になっている、といったことも見かけません。
 それの理由の一つに、ここが伝言版の中にあるという事も関係しているのでは
 ないでしょうか。伝言版に接続するだけでも大変なのに、そのさらに奥へはなかなか
 来にくいのでは?僕自身もここのHPを知って暫くは即興には来てませんでした。
 別にこれはリーフ様を非難したり、SSのコーナーを独立させろ、とか言っている
 わけではありません。(でも独立したらそれはそれで嬉しい・笑)
 ここのコーナーがあること自体がリーフ様のご厚意ですし。
 解決策は伝言版での宣伝でしょうか(笑)。何か伝言版論争みたいでちょっと・・・
 ですが、元気に楽しくやっていきましょう。すいません、あとがき長くて。

 最後に一つ。久々野 彰さん、デンパマンは最高です(爆)。