『未来』 投稿者:健やか
 初めに・・・。
  これは僕が初めて書いた、つまり、デビュー作なのですが、それを大幅にアレ
  ンジしたものです。もし宜しければ僕のキャラを掴むなり、何なりと楽しんで
  下さい(笑)。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



・・・『彼女』は活動していた。
・・・いや、正確に言うならば、ただ「動いて」いるだけかもしれない。
・・・止まらない。
・・・止まれない。

・・・仕方がなかった・・・。

・・・『彼女』にはどうしようも・・・。

・・・選択の余地など、無いのだから・・・。

――――――――――― 第一章 『時代』に流された・・・ ―――――――――――

・・・・・2137年・・・・・・。
・・・「セ○ンド○ンパ○ト」も起こることが無く、
・・・人造人型決戦兵器が出てくることもなく、
・・・特務機関が生まれることもなく、

・・・人々は、地球(ここ)で生活していた・・・。

・・・唯一の問題を除いては・・・・。

人口が激減しはじめたのは、今に始まったことではなかった。
二十一世紀に突入した頃から、先進国では高齢化が問題となり、生産力の低下
経済の停滞、医療福祉制度の破綻、それに伴う国家財政の崩壊。
第三世界の国々では、乱開発による環境汚染が深刻化し、まともな子孫が産まれない
といった人類の種の保存にまで影響を及ぼした。
・・・「国が無くなる」・・・「人類が消える」。
そのようなことも、もはや避けられる出来事ではなかった。

そこでそれぞれの国々は、独自に生き残りを賭けた開発に乗り出した。
それは遺伝子操作や人と様々な動物との混血、人間の機械化にまで及んだが
どれも決定的な解決策にはならなかった・・・・。

  ―――――――――――――日本、○○市。―――――――――――――――

「・・・やはり、やめておくべきだったか・・・・。」
来栖川重工・革新技術研究局局長、長瀬はそう呟いていた。
ここは日本はおろか、世界有数の研究者が集まり、日々新技術が生まれていた。

(・・・この技術(ちから)は、・・・まずい。)

長瀬は悩んでいた。ここの技術は超一流であることを証明してきた者として、
親や祖父ら代々勤め上げてきた歴代の技術者として、そしてここの責任者として。
今回の開発で得られた技術は次元が違っていた。

(しかし・・・これならば、以前のような失敗はないはず。)

『以前のような失敗』・・・。
     ・
     ・
     ・
これは、以前まで来栖川重工が主に開発していたアンドロイドを指す。
長瀬の祖祖父が開発に携わったと聞いているが、そのおり、アンドロイドに『心』
を持たせるかどうかで、議論になったという。しかし、結局はコストの問題で
『心』は省かれた。ただ一人、『マルチ』という者以外は・・・。

『心』を省かれたアンドロイドは、もちろん日常では何ら問題はなかった。
ちょうど若年人口が不足してきたこととも重なり、需要は爆発的なものとなった。
寝たきりの老人は喜び、小さな企業でも一体あればかなりの活躍をするため
熾烈な資本競争にも耐えてゆける優秀なものであった。
しかし、『心』を持たない為、どうしても『機械』というイメージは払拭できなかった。
それが悲劇につながった・・・。

はじめに目を付けたのは、第三世界の発展途上国だった。
これらの国は、核兵器を持つ事のできる世界情勢では無くなっていたこともあり
決定的な武力を持つことができなかったのだ。
そこで採用されたのがこのアンドロイドだった。
輸入は確かに一般に対するものであったが、無論そんなものは表向きだ。
・・・『軍事目的』。
これこそが本音であった。
『心』を持たない、痛みを感じない兵器としての採用が行われた。
これに先進国やその他の国家は猛烈に反対し、非難を浴びせ、経済制裁を実行した。
しかし、第三世界の国々が武力行使を現実のものとしたとき、他の国々には
それを止める術はなかった・・・。
相手が『機械』である上、人が太刀打ちできるような平凡な能力であるはずもなく
アンドロイド兵器は敵国の兵士を次々となぎ倒していった。

そんなとき、『来栖川の至宝』来栖川芹香・綾香の姉妹は一つの決断を下した。
『すべてのアンドロイドの機能停止』。
全てのアンドロイドに内蔵された一つのコードを入力し、この世界のアンドロイド
を停止させることにした。これでこの争乱は終結することになる。
しかし、すべてのアンドロイドが停止する事により、社会的には大打撃を被り
ライフラインさえも満足に供給できなくなる副作用が付いた。
     ・
     ・
     ・

(そんなことはゴメンだな。・・・しかし、報告しないわけにもいかんか・・・。)

長瀬は思いながら、この新たな技術を採用せざるを得ないと腹をくくった。
「バイオチップか・・・。」
今回得られた技術は、人に直接埋め込むバイオチップだった。これを脳に埋め込み
バイオチップが自己増殖し、全身に行き渡るのを待つ。
そうすれば、唯それだけで人は自分で酸素を生産し、栄養を確保し、ウィルスにも
負けない肉体を手に入れることができる。
・・・全身が深緑色になる事と、雌雄同体になることを除けば。

「しかし・・・。これはもはや『人』・・・いや、『生物』とも言えんな。」
長瀬は培養液の中で漂う実験者を見ながら、社長室に電話をかけた・・・。

――――――――― 第二章 『精神(こころ)』の崩壊は・・・ ――――――――――


プルルルッ、プルルルル、カチャッ。
      ・
      ・

長瀬は社長室の前にいた。むろん、あの新技術の報告の為である。
電話の後、自分の行動が正しいのかどうか、未だに決心がつきかねていた。

(しかし、もう後がない。今でなければ・・・。)

「ふぅ・・・。とにかく、行くか。」

コンコン。

「・・・はい。」
「長瀬です。」
「・・・どうぞ。」

扉を開けて入ると、来栖川のトップがいるとは思えない社長室に毎回驚かされる。
・・・それほどに、狭い。
その理由は、目の前に座っている少年の要望だった。
「一人で大きな部屋にいるのは落ち着かない。」
というのが少年の言い分であり、むろんそれは受け入れられた。

「お疲れさまです。・・・話は簡単ですが、伺っています。」
「そうですか。相変わらず、秘書は堅物のようですね。」
そういって、長瀬はニヤッと笑った。つられて少年も微笑む。

目の前の少年・・・。来栖川 空(そら)という少年は今年で十四歳になったばかりだ。
『来栖川の至宝』の一人、来栖川芹香の曾孫にあたる。
彼の両親はもう居ない。三人いた姉や兄も、夭折してしまっていた。
・・・つまり、来栖川の後継者と呼べる人物は、彼以外には存在しない状態だった。
彼が社長になるに際し、少なからず反対はあったが、少年の優秀さと
来栖川重工の中核を成す技術系組織のバックアップによって、大きな問題もなく
現在に至っている。

「それで、新技術の方ですが・・・。」
「はい、今回得られた技術は、今までのモノとは次元が異なる程のモノです。
 おそらく、諸外国からも色々とマイナス面の注文が付く事と思います。・・・が
 この技術は人類が生き残っていく為には必要なモノであることも・・確かです。」
「・・・あなたが迷うなんて、珍しいですね。」
「ははっ。私も人ですしね。今回のモノはちょっと、人間の根幹に関わることですし。」

『M−1バイオチップ』・・・。
今回長瀬らが開発した技術の名称。これを脳に埋め込み、自己増殖させ、人間の強度
を根底から引き上げるモノだった。これで環境問題も、ウィルスも、子孫にも困らな
いはずだ。
・・・ただし、強力な副作用が付く。
その一つが、全身の色が深緑色になるというものだった。これは、バイオチップ自体
が植物の研究から始められたことが大きな原因とも言える。
もう一つは、雌雄同体になること・・・。むしろこちらの方が現実問題として
頭の痛いところであろう。このチップが実用化されて、世界の人々に埋め込まれたと
して・・・。

「・・・世界がどうなると思いますか?」
「・・・一言で言うなら、恐いよね。性別というものが存在しないわけだし。」
「それの意味することが、最も深刻なんですよ。」
「・・・と言うと?」
「・・・これからは恋愛ができなくなるぢゃないですかぁ!!!」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「コホン、えーと、まぁ、それは置いといてですね。一人で子孫を残せるということに
 なるわけですが、そうすると親のコピーといえる子孫が生まれる訳ですよね、他の
 血が入らないわけですから。」
「うん、そうなるね。」
「そうすると、新しい悪性ウィルスが出てきた時に、免疫力が付かないままに、次々と
 死んでゆく可能性があるんです。」
「・・・でも、一人ではなく、他の人物との子孫を残すこともできるわけですよね。」
「ええ。元々が人ですから。ただ、雌雄同体になったとき、恋愛感情そのものが
 残っている、と明確には言えませんので。」
「・・・『心』か・・・。」
「はい。・・・どうやら、人間というものは大した進歩をしないようですな。
 私の祖祖父も、先のアンドロイド製作に関して『心』の問題にブチ当たったと。」
「らしいね。・・たった一体だけだったっけ。」
「ええ、通称『マルチ』でしょう。」

お互いに書類に目を通しつつ、受け答えをする。
長瀬は答えながら、ふと思った。

(今は・・・何処に?・・・『御主人様』はもう居ないはず・・・。)

しかし、長瀬は煩わしそうに頭を振る。

(プロジェクトのデータの解釈こそが、今は大切だ。)

あらゆる階層の被験者より得られたデータ。
人類の明日のために。そして来栖川重工の名誉と存続のために・・・。

(・・・この技術が・・『来栖川』の・・・ラストチャンスだ。)

長瀬が常々抱いている思い・・・。
・・・『もう後がない』・・・

(そう。全てにおいて・・・。人類にも、来栖川にも・・・。)

だが、空少年は、長瀬の思いの遥か遠くで迷い続けている・・・。

「ここまでしなくてはいけないのか・・・。」
「・・・。」
「生き残る為に・・・。」
「・・・。」
「何の為に・・・。」
「・・・では、止めておきますか?」
「・・・。」
「・・・一応、雌雄同体に関しては、改良の余地があると思いますので
 研究を続けます。・・・採用はそれからでも、遅くはないでしょう。」
「・・・お願いします。」

      ・
      ・
長瀬は社長室を出た後、少し後悔した。

(少し、きつい言い方だったか・・・。)

だが、終わってしまったことだ。空少年もそれほど機嫌を損ねた訳でもなさそうだ。
少年に決断させるには少々酷な問題だが、企業のトップとして立っている以上
そういうことがあるのは覚悟の上だろう。

(でなければあの時、社長などにならなかったはずだ。・・たとえ望んでいなくとも)

そう考えながら、長瀬は研究室に帰っていった。

「俺には・・・俺のやるべき事がある。」

そう呟いて・・・。

――――――――――― 第三章 『歴史』に刻まれし・・・ ―――――――――――

空(そら)少年が悩みを持たない日はなかった。
企業の経営者として、十四歳の少年として、そして一人の人間として・・・。

(本当に良いのかな・・・?あの技術は危険だ・・・。)

彼は孤独だった。仕事に関しても、家庭に関しても。

       ・
       ・
       ・
来栖川重工は、かつて無い程に衰退していた。
以前まで十二部門三十七社の巨大関連企業を持ち、従業員数は系列子会社を含める
と優に一千万人はいた。それが当たり前であり、『来栖川の至宝』芹香、綾香の
姉妹がいた時代は、このまま巨大化を続けていくと思われていた・・・。

・・・しかし・・・。

『第三世界の争乱』・・・。
この事件は、来栖川重工を衰退のどん底に落とす役割を果たし
その原因は実に明白だった。
『全てのアンドロイドの活動停止』。
これを実行し、且つ成功したことが、第三世界の反乱よりも各国にとって驚異と
思われたのだ。つまり、世界中のアンドロイドの活動状況が、来栖川重工に
握られているわけである。
各国にして見れば、『殺人人形』が常に自分たちの側にいて、いつでもその行為を
実行に移すことが出来る・・・。そう思われても、仕方がないだろう。

・・・結果は、明白だ。

争乱の終結後、全世界のパッシングと不買運動によって、当時会長職であった
来栖川芹香は辞任。妹の来栖川綾香の責任も追及されたが、姉と共に行方不明と
なったため、そのまま自然消滅の形になった。そして来栖川重工は、大半の部門や
系列会社を売却、分割し、現在は空少年が社長を務める『来栖川重工』の母体が
唯一の『来栖川』になってしまった・・・。
       ・
       ・
       ・

(どうすればいい?・・・父さん、母さん。・・・僕は・・・・・。)

       ・
       ・
       ・
彼の両親は、来栖川重工の立て直しに尽力をつくした人物だった。
そして完全とは言えないまでも、一つの企業としては標準並のレベルにまで到達
させ、その研究分野における技術レベルはトップを維持し続けた。
しかし、仕組まれていたかの様な突然の事故死。
その結果、残された子供達が会社を引き継ぐことになる。

空少年には姉や兄が三人いた。
一番上の兄は経営状況の良化を・・・。
二番目の兄は優秀な人材の確保を・・・。
三番目の姉は企業としてのイメージアップを・・・。
それぞれがそれぞれに取り組み、成功させた。

彼ら兄姉は、三人で協力し、労を惜しまず勤め上げてきた。
しかし、それも三年も経たずして終わってしまう。

原因は、病。

この頃には、人類が解明できうるウィルスの数は低迷し、未知のウィルスと
人類が吐き出した公害によって、人が長生きできる環境は何処にもない。
まして、病に伏した者を回復させることが出来る環境など、なおさらだ。
三人の兄姉がこの世を去るのは、あっという間だった。

そして再び来栖川の経営が危うくなるが、来栖川内で強力な影響力を持つ技術部の
バックアップを得た空少年が社長となり、一応は落ち着いた。

『まるで呪いだな・・・。』

これは、ある研究者が発言した言葉だが、無論それは来栖川の実状のためだ。
この空少年にもそのような災いが降りかかるのでは・・・という社員達の不安もある。
だが、空少年は意に介さなかった。
なぜなら、少年にとってこの会社こそが家族の『遺志』であり、『全て』であり
『絆』だからだ。

恐れては、いない。
不安があるわけでも、無い。

ただ・・・何もないだけだ。
この会社以外に。自分の肉体以外に。

(僕は・・・。僕のすべきことは・・・。)

少年は、長瀬から渡された書類を見つめている。

(何の為に・・・。ここにいるんだ・・・・。)

少年は、自分がなぜこの立場を選んだのかを、強く意識した。

(迷ってばかりではダメだ。・・・一歩でも・・・前へ!!・・・未来へ!!)

彼の両親は、願いを込めて名付けたはずだ。
・・・少年の名を、「空」と。

少年は、自ら、自らの人生(みち)を、切り・・・開く。

――――――――――― 第四章 『悲劇』を超えた・・・ ――――――――――――

『彼女』は呻いていた。

何も分からない。
何も感じない。

・・・けれど、悲しい。
それだけはやけにハッキリと分かる。

胸が空っぽだ。頭の中は空白だ。
あの日、自分が一番愛する人を亡くした日。
親しかった人が消えてしまった日。
ただただ、泣いて、泣いて、叫んで、悔やんで・・・
全てが終わってしまったように思っていた。

だから、あの『コード』が全世界へ向けて発せられたとき
これで終わるのだと、自分も止まるのだと思い、何故か安心した。

でも、止まらなかった。

本当なら、自分は今、活動してはいないはずだった。

               『・・・何故?』

理由はすぐに分かった。自分だけが、他のみんなと違っているのだから。
体に組み込まれた『疑似アナログ機能』によって、完全な『機械』では無くなって
いたのだ。だから、体の大半の機能は停止したとしても、残された、他のみんなとは
違う機能が動き続けているのだ。

・・・苦しい。
・・・止まりたい。

そう思っても、止まれないのだ。
何か・・・。そう、何かが欠けている気がする。
自分はそれを見つければ、落ち着いて眠りにつくことが出来る。
そう思うと、止まってはいられないのだ。

「う・・・・く・・・。」

彼女は向かっていた。
必死に。
自らが生まれ、管理されていた場所へ。
そこへ行けば、何かが見つかる気がした。

・・・いや。
何も見つからない・・・そう感じる。
ただ、確認できるだけだろう。

・・・親しかった者全て、もうこの世にはいない、という事実を。

      ―――――――――来栖川重工・社長室―――――――――

「・・・ええ、そうです。」

空少年は電話をしていた。
相手は・・・。

『では、本当に実用化なさるのですね・・・?』

長瀬だ。

「はい。雌雄同体の問題がクリアされた後、まずは日本の国内から実用を進めます。
 それで良い結果が得られれば、海外の信用も得られるでしょう。」
『・・・分かりました。しかしまぁ、よく決断なさいましたね。』
「・・・それが、仕事です。」
『・・・。』
「それに、僕が今ここに有るのも・・・両親や兄姉に少しでも近づきたいと思っての
 事ですから。」
『・・分かりました。それじゃ、まぁ私は来栖川の研究者として、恥ずかしく無い位
 の仕事をして見せましょう。』
「はは・・・宜しくお願いします。あなたの腕は・・・一級品でしょうから。」
『だっはっはっは。お任せあれ。』
「それでは・・・。」

プ・・ツーツーツー・・・・かちゃ。

「ふぅ。」

何故か、電話だけで疲労を感じてしまう。自らの決断を未だに信用できないからか。
だが、そうするほかにはないはずだった。

「バイオチップ・・・か。」

あれが実用化されれば、純粋な意味での『人間』はいなくなる。皆、中途半端な機械
人間になるわけだ。考えれば考えるほど恐ろしいことだった。自らの決断が、人々を
全く違う世界へと誘(いざな)うのだから。

「でも・・・これで良いんだ。・・・これで。」

両親や兄姉でも同じ決断をした・・・と思う。そうしなければ、全ては終わってしま
う。少しでも最悪の事態から逃れられるならば、打てる手は打っておいた方がいい。

「ふぅ・・・。」

どうも思考にまとまりがない。最近疲労が溜まっていると自覚してしまう。
まだ片づけねばならない書類があったはずだ。

少年はそんなことを考えながら、眠ってしまった・・・。

――――――――― 第五章 『行動』という結果が・・・ ――――――――――――

    ―――――――――来栖川重工・革新技術研究局―――――――――

「・・・よし、こんなもんだろう。」
「では、次のファクターへ移行します。」
「ああ。」

『M−1バイオチップ』。現在長瀬らが開発している『生きた機械』の名称である。
これが完成すれば、人類は劣悪な環境下でも生存していくことが出来る。
しかし、問題がないわけではない。まず、全身が深緑色になること。
これは全滅か生存かの選択にさほどの影響は無い。問題はもう一つの点・・・。

「雌雄同体か・・・。全く、厄介な問題だ。」

そう、このチップを使用した人間は例外なく雌雄同体になってしまう、ということだ。
長瀬らはそれを改善すべく、ここ一ヶ月はカンズメに近い状態で研究を続けていた。

「男女それぞれの被験者のデータ、でました。」
「ん。報告してくれ。」
「はい、ホルモンバランス、DNAレベル、染色体レベル、全て正常です。
 性別にも変化ありません。」
「・・・成功、か。」
「やりましたね、長瀬さん!」
「ああ。これでお前らも好きなあの子と別れずにすむな。」

そう言うと、研究所の中かドッと笑いに包まれた。だが、長瀬の気持ちは晴れない。

(実用化か・・。自分たちで作ったとは言え・・『機械』を自分の体に組み込むこと
 になるとは・・・。我々も『心を持つ機械』になる訳だ・・・。)

そう考えると、長瀬はどうしても分からなくなることがあった。

(俺の御先祖は・・アンドロイドに『心』を持たせて、未来に何を夢見たんだ・・?)

その問いに答えるものは・・・いない。

      ―――――――――来栖川重工・社長室―――――――――
・・・その日は、静かだった。

  ・
  ・
  ・
「ん?」

カチャッ、キィ・・・。

「あ、き、君は・・・!?・・どうして・・・?」
「・・・。」

何とそこには、百年以上も前に造られた『心』を持つアンドロイド・マルチが立って
いた。パッと見た限りでは、活動していることが不思議なくらい損傷しており、思わ
ず空少年は駆け寄った。

「せ・・りか・さんは?・・・いない・・・の・・?」
「え・・芹香さん・・?・・それは・・あの芹香さん?」

そう言って空少年は、写真立てに並んでいる一枚の写真を指さす。
こくり、とマルチは頷いた。

「あ・・。あの人は・・もういないよ。ある事件のあと、いなくなってしまったそう
 だから。それに、そのこと自体、もう百年ほど前の話だよ・・・。」
「い・・・ない・・?・・・あなたは・・だ・・れ?・・同じ・・・?」
「あ、僕は来栖川空。・・・一応ここの社長を」

ズボォッ!
・・・何かの鈍い音と共に、自分の腹部に違和感があるのを感じた。
そのために少年は最後まで言葉を続けられなかった。

(な・・・なんだ・・・!?そんな・・・馬鹿な・・!!)

見ると、自分の腹部をマルチの腕が背中まで貫通していた。
しかし、完全に貫通しているためか流血はほとんどしていない。
焼けるような痛みは、有る。

「ぐ・・・う・・・・。」
「なに・・・が?」
「・・・え?」
「どうして・・・誰も・・・何処へ・・・?」
「・・・。」

明らかに人間であれば、精神の均衡がとれていないと言える・・。
どうやら此処に来るまでの道のりは、並みのことではなかったようだ。

(可哀想に・・・。)

死にかけているのに、相手のことを気遣ってしまう。・・・そういう少年だった。
ズボリ・・・。
そんな音がして、マルチの腕が引き抜かれる。
途端、少年を中心とした辺り一面に血が流れ落ちる。

「ぐはっ・・・。」

倒れた空少年の頭の中は、何故か落ち着いていた。
これで、悪くないように思う。理由は分からなかったが、疲れたのかも知れない。
そんなことを考えながら・・・意識は沈んでゆく。

(・・・父さん・・母さん・・・兄さん達・・・。は・・はは・・・・
 思い出なんて・・・ほとんどないけど・・・でも、暖かかったなぁ・・・)

おそらくマルチにも、そういった人達がいたはずだ、と思った。マルチが創られて
から百年以上は経つ。でも・・・もう、いない・・・。

「マルチ・・・。」

空は、虚ろな表情でどこかへ行こうとするアンドロイドに声を掛けた。
ピタリ、と歩みが止まり、じっと見つめる。

「君は、とても・・・繊細なんだな・・・。」

そう言って、マルチが泣いている様に見えた瞬間、少年の意識は・・・落ちた。

     ―――――――――来栖川重工・中央ロビー―――――――――

(今日は人がいないな・・・。)

そう思いながら、タバコを吹かす。
ピッ、ポーン。・・・どうやら誰かがエレベーターから降りてきたようだ。

(まぁ、俺には関係ない。)

「・・長瀬・・さん?」

(!?)

長瀬は思わず、タバコを落としてしまった。しかし、気にせず声の方へ向く。

「き、君は・・『マルチ』!!!・・・なぜここに!?」

しかし、目の前にいるアンドロイドは血に染まり、虚ろな目をしていた。

「・・違う・・長瀬さん・・・じゃ・・ない。」
「いや、私は確かに長瀬だが・・・。ん・・?もしかして、君を作った『長瀬』の事
 を言っているのか・・?」
「・・・(こくり)。」
「・・その人なら、もう亡くなったよ。それより、君の格好・・。」
「亡く・・なっ・・た・・・?」
「ああ。それよりも君の・・・。」

そう言った長瀬は、なにやらぶつぶつと呟く『マルチ』を見て、一つ気付いた。

(疑似アナログ機能が・・・『マルチの心』が・・故障しているのか?)

全身のあちこちが汚れ、人工皮膚の損傷が激しい。内部のソフトウェアに異常を
きたしている可能性は大いに有り得る。

(『心』が故障しても、体は機械だ・・・。駆動は続ける、ということか。)

そして長瀬は、彼女の呟きに耳をうばわれ、愕然とした。

「・・・あかりさん・・芹香さん・・長瀬さん・・・・浩之さん、ひろゆきさん・・
 ・・みんな・・どうし・・て・・私以外・・は・・・みんな・・・。」

(・・そうか・・・。この百年近くは・・・たった一人で過ごしていたのか・・・。
 『心』とはいえ・・所詮はプログラムされた疑似アナログ機能・・・。長い間
 たった一人でいることの悲しさに『心』の方がついて行かなかったのか・・・。)

長瀬は決断した。

「マルチ・・・私が直してあげるよ・・。君を。」
「・・・なお・・す・・・?」
「ああ、そうだ。体を修理して、心のメンテナンスもしよう。そうすれば君は元の
 状態に回復することが出来る。」
「・・・。」
「さあ、行こう。」

そう言って長瀬はマルチの肩に手を添えた。
刹那、マルチが動き、長瀬の腕と体を押さえ・・・。

ゴリッ、ビ、チィッ・・・・!!!!
鈍い音と共に、長瀬の腕が引き千切られた。

「ぐ・ああああああああっっっっ!!!」

長瀬の叫びがホールに響き、どさりという音と共に倒れ込む。
倒れた長瀬の傷口から血が溢れ、白衣を染め、血池を作ってゆく・・・。
マルチは千切られた長瀬の腕を持ったまま、無表情に見下ろしていた。

(くっ。・・・なんというパワーだ・・!!・・とてもメイドロボとは言えんぞ!
 疑似アナログ機能が故障している分、機械本来の力が出ている、ということか。
 ・・・まさか・・・あの血は・・・人を殺してきた返り血なのか・・!?)

マルチの目は視点が定まっていない。なにやら呟いているが、極度の出血のために
耳鳴りがしてハッキリとは聞き取れない。

(・・今まで・・・此処に来るまでに・・人を殺してまで・・・生きてきたのか。)

そう思ったとき、長瀬はフッと自嘲気味に笑った。

(は・・!今まで俺も、何人もの人を犠牲にしてきたじゃないか・・・。しかも、
 その研究結果が、自分達を人で無くしてしまうものだと?・・・笑わせる・・・。
 いずれは『心を持つ機械』に・・・『マルチ』に似たものになるんだ・・・。
 直せる者のいない、『壊れる』前に死ねるなら・・・悪くない。)

そう思いながら、遠退く意識の中で、何故かマルチの呟きだけは明瞭に耳に届いた。

「浩之さん、ひろゆきさん、ヒロユキサン・・・。くる・・しいです。何・か・・・
 とても・・・。こんな・・ことな・ら・・こう・・・なるの・なら・・・ば・・・。」

「・・・・コ・コ・ロ・ナ・ン・テ・イ・ラ・ナ・カ・ッ・タ・・・・・・。」

―――――――――― 最終章 『明日』へと・・・つづく ――――――――――――

      ・・・人が、純粋に『人』とは言えなくなってから・・・。
         ・・・どれくらいの月日が流れたのか・・・。
   ・・・壊れた街のどこからか、とても懐かしい歌が聞こえてくる・・・。
 ・・・たしか、研修として高校へ・・・桜のきれいな高校へ行ったときに・・・。
          ・・・誰かが歌ってくれたはずだ・・・。

            ・・・あの、最後の日に。

「ううっ。・・・うえっ・・・ひっく・・・。」

何故か突然、悲しくなった。
マルチは泣いた。『心』があるから・・・。

 『心』があるから、悲しみが・・・

     『心』があるから、喜びが・・・

         『心』があるから・・・・・あの、思い出が・・・

とても懐かしく感じられるのではないか・・・。
あの人達のおかげで・・・今こうして『生きて』いるのではないか・・・。

なのに・・・ただ失ったモノを求めて、自らの殻へ閉じ籠もろうとしていただけ
なのかもしれない。あらゆるモノに永遠は存在しない。時の流れでさえ・・・。
まして人と機械の関係など、初めから永続しないと分かっていたはずだ・・・。

「ぐすっ・・・はぁ・・・ううっ・・・っ・・・。」

マルチには。
マルチにはどうしようも無い。

「・・・・すん・・・う・・・。」

だが、一つだけ、気付くことがあった。
彼らは皆、時代の流れと共に、精一杯生きていた。

だから・・・。

「私は・・・わたしは・・・まだ・・・。」

体が僅かに機械音をあげる。

「まだ・・・止まる時・・では・・無いので・・すね・・・浩之さん・・・その時
 が・・・・・わたしが・・自然に・・・朽ちるまで・・・。」

そうして、彼女は、『人』のいない世界へと・・・消えた。


                                 <完>

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――
筆者あとがき
 参りました。サクシャマンを投稿しようと思ったら、フロッピーを大学に忘れると
 いう大ポカをしてしまいました。ま、ゼミ室だから、見られるとすれば担当教官の
 み・・・。あああああああ!!!!!! いいのか俺!! どうすんだよ俺!!

以下レス&その他
>久々野彰さん(今回はちょっと真面目)
 どうでしょう、今回の空くん。今回は出番も増えたので、少しは一人立ちしたと思
 うのですが・・・。貴方のご意見、お聞かせ下さい。あと、色々なことで自責の念
 を持たれていますが、あまり気にしすぎないで下さい。人間、どうしてもやってし
 まったことに対する後悔が必ず残りますが、囚われすぎると物事が進みませんし。
 それに、皆様が貴方の言動に対して反応する、ということは、貴方のこと、もしく
 は貴方の作品が気に入っている人だと思うのです。だとすれば、心配こそすれ、何
 やってんだ、なんて思いはしませんよ(笑)。お忙しいのは文面から察することが出
 来ますし、皆様お優しいですから(笑)。すいません、こういう事も分かっていらっ
 しゃるからご自身をお責めになるんでしょうが、あえて言います。
 ・・・偉そうですね(苦笑)。

>西山英志さん
 あうあう、シリアスですか・・・。今は・・・無理っぽいです(爆)。ぢつは、サク
 シャマン、もう仕上がっているんですが、上のような事情で出せませんでした。
 ・・・怪しい方向・・・次回のもヤバヤバです(笑)。その中心に貴方がいます(爆)

>岩下信さん
 すいません、今日出せるかと思ったのですが、そうは行きませんでした。連続で出
 すのも何なんで、ちょっと日を改めることにします。

>カレルレンさん
 バ、バ、バトルシーン・・・。明るく楽しいバトル・・・そうですね、頑張ってみ
 ます。サクシャマン、面白いですか?如何です?貴方も(爆)。

>るーちゃんへ
 ゴ、ゴメン・・・対して変わらなかった・・・力量不足だね、やっぱし。例のあれ、
 気長に待ってます(笑)。

それでは・・・。