始めまして。刹那五月といいます。 マルチエンドその後です。ただ結末がちょっとつらいので、 そういうのが嫌な方はとばしてください。 _________________________ 目覚め 「浩之ちゃん、変わっちゃったね」 久しぶりに会ったあかりは、俺にそう告げた。 「マルチちゃんが帰ってきてからだよね、変わっちゃったの。 以前はどんなことがあっても、私と目をそらさずに話して くれたのに」 俺はあかりの方に顔を向けられなかった。 「どうして?」 その理由を俺は分かっている。そしてあかりは気づている。 俺の心が今、あかりではなくマルチへと傾いていることに。 「どうして、マルチちゃんなの?なぜ私じゃいけないの?」 「・・・・」 「マルチちゃんはただのロボットなのよ!」 「あかりっ!お前まで・・お前までそんな事を言わないでくれ・・ あいつにロボットなんて言葉を使わないでくれ」 「ごっごめん、浩之ちゃん。でも・・・」 そのとき初めて俺はあかりの方に振り向いた。あかりの瞳に 浮かぶ涙。こぼれる雫。その雫は俺の服を濡らし、そして心に 染み込んだ。 「でも・・でも私は今まで・・ずっと浩之ちゃんのことを見てきた。 私には・・私には・・・浩之ちゃんしかいないの・・。お願い、 私を・・見捨てないで・・・。私から離れて・・いかないで・・・」 俺はあかりを抱きしめた。その肩は折れそうなほど華奢だった。 今までずっとあかりと一緒に歩んできた。これからもずっと そうだと、俺は思っていたんだ、あの日まで。どうしてこうなった んだろう。どこで俺は間違ってしまったんだろう。いや、考える までもなくその答えを俺は知っている。 「マルチを愛してしまったからだ」 「・・・・」 「あかりの気持ちを知りながら、マルチを愛したからだ」 「・・・・」 「その後ろめたさからあかりを避けた」 結果、あかりの心を傷つけてしまった。 「ただの機械にすぎないマルチを」 「やめろ・・」 「俺は愛してしまった」 「やめてくれ。」 「人ではない、機械にすぎないマルチを」 「ちがう!マルチは・・・」 「マルチはただの」 「マルチは・・」 「ただの」 ただの・・ロボットだ・・・ 「お帰りなさい、浩之さん!」 笑顔で出迎えてくれるマルチ。 「ご飯の用意ができてますよ」 ああ、そうだ。この笑顔が俺の心を惑わしていた。 「どうなさったんですか?浩之さん」 俺を気づかう言葉、やさしい気持ち。だが、すべては機械の プログラムにすぎない。 「浩之さん?」 人の心を分析し、その奥にまで巧みに入り込んでくる、 人ではない、ただの機械。 「マルチ・・・」 「なんです?浩之さん」 「さよなら」 ガン!バキ! 「浩之さん、なにをするんです!」 ガツン!ガンッ!バキッ! 「やっやめて・・くださ・・イ・」 メキッ!メキキッ!バリッ! 「浩ゆ・・キ・・サん・・」 ガツン!ゴンッ! 「ゴ・・しゅジ・・んサ・マ・・」 バキン! 「ダイ・・ス・・キ・・デシ・・タ・・・」 グシャ 明日、あかりに謝りにいこう。全て俺が悪かったのだと。もう、 悪い夢からは覚めたのだと。 もはや物言わぬ、最後まで笑みを絶やさなかったガラクタを 目の端にやり、俺は、ふとそう思った。 (了) __________________________ 後書き: マルチエンドを初めて見てからかなり経ちました。 これまではずっと、あの後3人が皆幸せになれることしか考え てませんでした。しかし、最近ちょっと疑問に思うことがありました。 一つは、浩之の心があかりへ傾いてもマルチは祝福してくれる けれど、もし浩之がマルチへ傾倒したときあかりはどうなる? という疑問。 それともう一つ、マルチという人により作られたプログラムに 御主人さまと呼ばれて幸福を噛み締める浩之と、恋愛ゲーム の中の都合よく作られた電脳少女に「好き」と言われて有頂天に なってしまう人に重ってしまい、あのままマルチに依存してはいけない のではという疑問。 その二つからこの話は生まれました。 最後に、こんな話を書いてしまいましたが、今でもやはりマルチの シナリオは好きです。そしてマルチ自身も。