TO-HEART第2話 記憶 投稿者: しもPN
第2話 記憶

「今日から、この学校に転校して来たマルチさんです、
皆さん仲良くしてやってください」 
 ざわざわ、急に辺りがざわめき立ち生徒の目が一心にマルチに
注がれる。
「さっマルチちゃん自己紹介して…。」
 ここの担任の先生が優しそうな目でにっこりと彼女に即す。
 その時まで彼女は緊張して手をギュッと握っていたのだが、
その表情を見て、少し安心そうな感じで自己紹介をしだす。
 まずは彼女の名前、そしていままでアメリカのハイスクール
に居たこと、そして最後に彼女の好きな趣味のことを…。
 その中で皆が一番興味を示したのは彼女が帰国子女だということ
であった。
 まわりがまたざわめき立つ。
「えっアメリカ…それじゃあ英語しゃべれるんですか?」 
 その受け答えの代わりに流暢な英語で答える。
「すごーい」
「じゃあこれはこれは…」
「それはね…」
「すごいや」
 教室は学生の声で一杯になった。
 そしてあらかた静まり返ったところで、先生が彼女の席を
指差しながら、あそこに座ってねと彼女に促す。
 彼女はその方向を見ようと、右方向に視線を動かしていく。
そしてそれは生徒の間を過ぎ去り自分の席まで辿り着く。
 が、そこを通りすぎて…。
 そしてその右隣にいる少年の前で少し止まった。
 別段、特別背が高いわけでも、かっこいいわけでもないのだが、
彼女はその目に強く引かれる。
 そしてマルチは自分の席に向かって歩き出し、席まで来る。
「あっ…あのここですか」と聞かなくてもわかっているのに、
少女はその人に席はここでいいのか聞く。
 少年も彼女の方を向き、そうだよと優しそうな表情で
言いながら…。
「あっ俺、浩之よろしくね…」とちょっと自己紹介。
「あっこれからもよろしくお願いします…」
 少女は顔が高潮していくのを必死に押さえながら席に着く。
「教科書とかもうもらった?…もし良かったら見せるけど」
 彼女の手荷物が少ないのを見てまた横の優しそうな少年は、
その真摯な目を彼女に向けながら、そっと教科書を近づける。
「ありがとう…ございます」
 結局その日1日少年と席を付けながら勉強した。
 今日の授業は昼までだったけど、彼女の心音は高鳴り、
頬が高潮していたのですごく長い時間のように思えた。
 それは、自分が彼を見つめていることを悟られたくない
という心と気づいて欲しいという心の葛藤であったのかもしれない。

 結局その日、浩之と一緒に下校するマルチ。
 まわりの景色はいつもよりも綺麗に見え、燦燦と空から
降り注ぐ強い光が照り付けていた。
 そして2人はお互い10センチくらいの距離を空けて歩いている。
 ぎこちないような足取りで…。
 周りから見れば付き合ったばかりのカップルが下校しながら
寄り添って歩いている微笑ましい光景を想像するかもしれない。
 そのくらい2人の光景はお似合いに見えた。
「ねえ、マルチちゃん」
 何か話題を振らないとと考えたのか突然浩之が彼女に切り出す。
 マルチも少し微笑み返しながらぎこちなく相槌を打った。
「えっと、空綺麗だね」
 今まで色々な話しをして、言うことが思い浮かばなくなったのか、
ぎこちない話題が振られてくる。
 その話題になんかお見合いみたいと感じながらも、頷く彼女。
 また、少年の方にボールが返されてくる。
 そういう状態を何度か繰り返していくうちに、会話は彼の
幼なじみの話題へと移り変わっていく。
 名前をあかりといい、いまだに髪を三つ編みに束ねている
笑顔が似合う少女だ。
 中学2年までは彼がどこに行く時もいっしょに行動を共にして
いたのだが、最近はお互いちょっと距離を空けて付き合っている。
 そんな話しを彼は、仕方が無い奴だよとか言いながら楽
しそうにマルチに話しをしていく。
 そしてその話題があかりの誕生日にいった後…。
「ところでマルチちゃん、誕生日はいつもどうしているの」
「えっ」
「………」
「ドンッ」鈍い音がした。別に周りで何かが起こったわけでも、
何かが衝突したわけでも無く、それは彼女の中からした音だった。
「何今の…」それ以降その音は無く嘘のようにあたりが静まり
返る。
「あっそうだ」その後、さっき話をしていた誕生日のことを
思い出し記憶の断片を必死になって探そうとする彼女。
 皆で祝ったことも、一人寂しく迎えたこともあったような感じが
する、しかしそこには全くリアリティーが無かった。
 その時、一つの電気信号が中枢に届きそれが音として浮かび上
がる。
 ふいにそれに耳を傾ける少女。
「おはよう、マルチ」
「今日は調子どうだい」
「はい、誕生日プレゼント」
「あっそうか。じゃあ私が開けよう。大丈夫だよ取らないって」
「可愛いだろ、クマの縫ぐるみだよ」
 ツーッと彼女の右目から涙が流れ落ちる。
 忘れてしまった記憶?…だが不思議に彼女の表層記憶の中には
存在しない思い出だった。
「どうしたの…」記憶から戻ると少年が少し心配そうに彼女を
見ている。
「えっ…なんでも」
 マルチは詳しいことを説明するのも少し照れくさく、なんとでも
取れるような曖昧な返事を返した。
「ところで、マルチちゃんは誕生日何日なの」
「10月1日」
「それじゃあ1ヶ月後だよね」
 そっか1ヶ月後だったんだと自分でも妙にリアリティー無く理解
するマルチ。
 だが少年の方は、詳しく聞きたいみたいでその時どうするのか
聞いてくる。
 一人暮らしをしているから多分管理人の叔父さんくらいが
祝ってくれるだけくらいかなと答えると…。
「それじゃあ寂しいから祝ってあげるよ」と妙に嬉しそうな
表情をしながら少年が彼女を見ている。
 その後、少し照れながらも、それでもさっきよりは自然に歩く
2人。
 少し前より近く寄り添いながら…。
 その時、心の深層部では、今年の誕生日は少し今までとは
違う誕生日になりそうだと思っていた。
(つづく)

一言
 あかりの設定でつっこまないでね^^;