【筆者注:これはリーフキャラによる、ドキュメンタリーSSです】 * *************************************** 俺、千堂和樹は同人誌用の原稿を描く傍ら、今夜もまたインターネットで 同人サークルのHPを閲覧し、次のこみパに出されるであろう新刊のチェックを 息抜きがてらに勤しんでいた。 そんな時だった。 Tel tel tel tel tel tel…… 突然電話が鳴り響く。わが家の回線はデジタルであるから、回線接続中でも 普通の電話は繋がるのだ。うらやましいだろう。 『もしもし、千堂?』 こんな深夜に平気で電話を掛けてくる礼儀知らずのバカは、俺の知る限りこの世に 4人しかいない。 一人は、幼なじみにして、疫病神の九品仏大志。 二人めは、関西在住の、燃える闘魂同人屋、猪名川由宇。 三人めは、同人界のケバの女王、大庭詠美。 そして最後のもう一人は、 『あははははは、やあ、いたいた。やっぱり起きてた。あははははは。俺、俺、矢島だよ』 大学で知り合った、矢島という男だ。 それにしても開口一番、笑う奴があるか、くそ。デリカシーのかけらもない男である。 『あのさあ千堂。ちょっと訊きたい事があってさあ、俺』 なんだ、さっさと言え。俺は忙しいんだ。 『俺さあ、パソコン買っちゃったんだ。パソコン』 ほう。んで?それがどうした。 『そんでさあ、何買ったと思う?今ナウでホットなヤングにバカウケの、 iMacっつー奴。知ってるだろ?』 ほう。i−Mac様を買ったのか。 知っている。CMでローリング・ストーンズの"She likes a rainbow"を BGMに流した、小イキでクールなリンゴ社製のカッチョイイマシンの事だ。矢島のくせ に生意気にも、iMac様を買ったのか。 しかし、『ナウでホットなヤングにバカウケ』という言葉は、人様の前で言わない方が いいと思うが。 『ほんでさー、あのなー、電源入れるだろ』 矢島は俺の重要な指摘をあっさり無視する。 『で、電源入れて、しばらくガリガリガリガリ中からゴキブリが中で蠢く様な、 無気味な音がしてだなー』 ゴキブリが蠢く音ではない。それはハードディスクの回転音だ。 iMac様を買い、他に自慢する奴がいないから、俺の所に電話かけてきたのか。 パソコン買い立てで他人に自慢したいという気持ちは判るのだが、今は深夜、丑三つ時も 過ぎている。自慢話は程々にせんかい。 「ほんでなー、TVの画面に画が出るだろー?ほら、空の絵を背景にして」 矢島はあっさりと、俺の重大な指摘を却下する。それにそれはTVではない。 ディスプレイというものだ。 ん、"空の絵を背景に"? 『"WINDOWS98"って文字が出てくんじゃん』 ………………………………………………………………………。 ちょっと待て。いつの間に、リンゴの会社はゲイツさん家のビル君に身売りしたのだ。 『で、そっから、水色の画面上に、小さい絵が並んでんじゃん。 例えば…んー、"マイコンピュータ"とか書かれてる奴』 矢島さん。それ、本当に、iMacですか? 『んー?iMacだよ。ほら、箱んとこに、"Sotec"て書かれてる』 ………矢島、それはe−oneだ。Macではない。 『おっかしいなー、これ買った店の店員、iMacとか言って俺に売りつけたんだけどなー?』 どうやら察するに、選んでカスを掴まされたらしい。幸薄い男である。 『まーいいや。パソコンはパソコンだろー』 たくましい男である。 『で、俺、これでインターネットやってみたい訳。でさー、細かい事よくわかんねーのよ』 なる程、確かに初めてパソコンに触れる人間にとって、接続設定など細かな事 はよくわからないだろう。 そこで俺は受話器越しに、接続設定の事について事細かに教授した。 ・ ・ 『うんうん。何とか設定できたよ。サンキュー。んじゃ、さっさく繋いでみるわ。ありがとな』 がちゃん。 電話はそこで一旦切れる。 俺は再び、HP閲覧に勤しむことにした。 が、 Tel tel tel tel tel tel…… 再び電話が鳴り響いた。 受話器を取る。声の主はやはり矢島。 『あのさー言われた通りやってみたんだけど、繋がんねーぞ、これ』 そんな筈はない。 ひょっとしたらパスワードかID入力の際、スペルの打ち間違いがあったのかもしれない。 この様な場合、えてして些細なケアレスミスが原因している場合が多い。 『でもさよく考えてみたら、俺そのパスワードもIDも知らねーのよ』 念の為に訊いてみた。 「矢島よう」 『何?』 「お前、プロバイダと契約、した?」 『ぷろばいだ、って何?』 「…」 それ以前の問題だった。 ・ ・ ・ ・ ・ 数日後。 『あはははははは、千堂千堂。繋がった繋がった。あれから『鼈甲飴』っつープロバイダ と契約してさー、何とか繋がった。あははははは。面白れーな、インターネットって』 馬鹿笑いする矢島の声が受話器を伝わり、俺の耳に入ってきた。 『初めのうちさー、何をどこ見に行けばいいのか、ちーとも判らんかったのよ。 で、雑誌とかに書かれてある数字、URLっつー奴?これを打ち込んで、そのHPへ 行ったのよ。そしたらなんて言われたと思う?』 んなもん知るか。 それにしても、それくらいの事で感激して、いちいち電話を入れてくるとは。俺はこの 時、サルが初めて二本足で立つ瞬間の場面を、頭の中で連想した。 『"あなたは18歳未満ですか? Yes or No"って言われたのよ』 …………………………………………………………………。 『失礼だろー?機械のくせによー。当然"No"を選択してさー。でもな、その後、 "この画面を開くには、指定されたアプリケーションが必要です"なんて表示が出てさー』 どうやら察するにこの男は、パソコンをキーボードとモニターが付いたエロ本として しか使用してないらしい。 がちゃん。 俺は無言で電話を切った。 ・ ・ ・ ・ ・ 更に数日後。 『あははははは。千堂千堂、いやー一日一日が充実してるわ、俺。このインターネットって奴、 ホントにやればやるほど奥深いよなー』 嬉々とした声で、矢島がまたも夜中に電話をかけてきた。 『でさー、またちょっと判らない事があってさー、こうして電話した訳よ』 「和樹ぃ…だれ?」 ここで何の脈絡もなくゲストとして登場するのは、俺の横で眠っていた女、高瀬瑞希。 横で寝ていた瑞希は寝ぼけ眼で甘ったるい声を出し、目をこすっている。 その膨よかな乳房をさらけだしながら。 ………………………………………………………………。 とまあそういう、やんごとなき事情だ、矢島君。 ここは一つ気をきかせ、後日改めて電話し直してください。 『あのさー、最近なんやかんやと話題になってるMP3てあるじゃん?音楽の』 矢島はこちらの前向きな提案をあっさりと無視する。 『さっきからHPで"MP3"て書かれてある所、何度クリックしても音が出ないんだよなー』 これもまた、絵に描いたような初心者の質問であった。 それにしてもあの矢島が、アイコラと無修正画像の為にしかパソコンを使わなかった男 がついにMP3にまで手を出すとは。 俺はこの時、これまで二本足で歩いていたサルがモノリスに手を触れ、道具を使う原人 に進化した瞬間の場面が、脳裏に写った。 取り敢えずベッドから起きあがった俺は自分のパソコンを起動させ、自分が使用して いるMP3プレイヤーのサイトを開いた。 そして矢島に説明を始める。 まずMP3を聴くためにはMP3を再生するプレイヤーソフトが必要だということ。 Windowsなら代表的なもので"WINAMP"(http://www.winamp.com/) というのがあって、それはネットから無料でダウンロードして落とせるからそれを 手に入れろと一通りの事を教え、電話を切った。 そして俺は再びベッドの上で、瑞希とバトルを展開し始めた。 ・ ・ ・ だが、20分後。 『何にも音でねーぞー?』 ……………………………………………………………。 くそーーーーもう少しでフィニッシュだったのに、ちょっとはTPO考えて電話せんかい。 まあそれはいい。 音が出ないとは、そんな筈はない。この男は一体どんなMP3を聴こうとしているのか。 『んーーーーーーー?まだ何かいんのか?』 やたら間延びする矢島の声。 バカにしとんのかいこいつと一瞬思ったが、改めて思い直す。要するにこの男は プレイヤーの使い方がわからないのだろう。英語だし。 WINAMPはCDでいえばCDプレイヤーの様なものであって、MP3ファイルは CDソフトである。CDを入れないと音が鳴らないのと同じ事であって、自分が聴きたい MP3ファイルをどこかからダウンロードして、それをWINAMPなどのプレイヤー ソフトで聴くのだ。 そこで俺は矢島に、自分が聴きたいMP3ファイルを探す検索サイト"Listen.com" (http://www.listen.com/)に行ってみろと言った。 ここはいわば、オンライン・ミュージックの世界のyahoo!みたいなもので、 MP3以外にも、Liquid Audio,Windows Media Audio など色んな種類のフォーマットもある。ここで自分の聴きたいアーティストを検索し、 配信サイトを探せ、と説明をした。 『おう、行ったぞ行ったぞ…うひゃーーー無茶苦茶あるじゃん、量。…え、ひょー全部 無料なのこれ…って犯罪じゃん!!??』 ちゃいます。それはアーティスト側がプロモーション目的に無料で提供した、 オフィシャルなものです。 因みに現在問題になっているのは、アーティストとはまったく無関係の第三者が、無断 でCDからコピー変換したMP3ファイルを自分のHPで公開、提供しているという事で ある。 マスメディアが違法MP3をやたら喧伝したおかげで、MP3即違法行為という認識が 広がっている。知らない人がMP3に嫌悪感を抱くのも無理はない。 そういった事を教えると、矢島は嬉々としてMP3を物色し始める。とりあえず、 アメリカのヒップホップ軍団Public Enemyの新曲"Do you wanna go our way???"を ダウンロードすることにしたらしい。 『なんかむちゃくちゃめんどくさいし、時間かかんなー』 どうやら人によってはそう感じられるらしい。普通の曲で3〜6メガくらいあるから。 ・ ・ そして10分後、 『おおーうーーーーー!!!おおーーーーう!!!!』 サカリのついたサルの嬌声が受話器を伝って聞こえてきた。どうやら鳴ったらしい。 「鳴った」という事にこんなに盛り上がる人間がまだまだいるのだ、ということを俺は 改めて実感する。 『千堂!!こりゃMP3、めちゃめちゃクるよーーーーーーーーーー!!!』 とのこと。 もうだいぶん前からキているとは思うのだが、喜んでいる様子なので、悪いと思い 黙っていることにした。 『ザ・インターネット』 (完)