Omoide in my head  投稿者:マイクD


 俺、藤田浩之は結婚を数ヶ月前に控えている身の上。
 結婚生活を送ろうと新居に移る為、長年住んだこの部屋をまもなく出て行かねばならない。
そこで部屋の整理をしようと、身辺整理、部屋の物を片づけていた。で、今は押し入
れの中の整理、という訳。



「ほんまにもう…。片づけても片づけても、次から次にしょうもないもんがが出てくんなあ」

 と言いながら掃除を共に手伝ってくれるのは、俺の嫁さんになろうという奇特な女、
保科智子。
 高校2年の時クラスメイトとなり、ふとした縁から付き合い始め、今日に至っている。
 ため息混じりに悪態をつきながらも、何だかんだと世話を焼き、こうして手伝ってくれている。
気はきついが、中々にいい女である。きっといい嫁さんになってくれるに違いない。


 押し入れの中を整理していると、奥深く眠っていたものがいろいろと出てくる。
 小学校時代の教科書。
 子供の頃遊んだおもちゃ。
 無くしたと思っていた漫画の単行本。
 アルバム。
 20年前の新聞紙の束。
 同人誌。
 エロマンガ。
 エロゲー専門紙。
 Kanon砲。
 マルチのフィギュア。
 etc.

 ………。

 いいじゃないか。ほっといてくれ。


「あ、浩之、何やのん、これ?」

 智子が何やら小汚い表紙をした、古いノートを見つけ出した。

「何々…、『198×年10月25日』…?」

 それは小学校時代、俺が記していた日記帳だった。

「何やの浩之、アンタ結構見かけによらず、小さい頃はマメやったんやなー」

 それは違う。この日記は小学校の担任だった教師が、強制的にクラス全員に書かせてい
たものだ。だいたいこの俺が毎日こまめに日記などというものを付ける訳がなかろうが。
だからどうした、いいじゃないかそんなこと。日記をつけていたからといって、人の全人
格を否定する様な事言わなくったっていいじゃないか。ほおっておいてくれ。

「まあそんな事どうでもええわ。ちょっと見せてなー。何々、『10月26日水曜日…』」

 と言いながら智子は声を出しながら日記を読み始めた。人の過去をあら探しする様な
真似はやめんかい。

「『クラスで、かぜがはやりはじめた。あかりも、まさしも、かぜをひいて家で休んだ。
ぼくだけが一人、かぜをひかなかった。ぼくはきっと、バカにちがいない』。なんやのア
ンタ、子供の頃から自分の事ようわかっとるやん」

 口に手を当て、ぷっと吹き出し笑う智子。失礼な女である。
 
 智子は続ける。

「『11月5日。放課後、クラスの男子の三分の二が集まり、教室でやらしい話をした。
ぼくはまだ、やらしいことにきょうみがないが、だまって聞いていた。矢島のくわしい
ことに、びっくりした』」

…………。

「『11月6日。放課後、今日もまた、きのうのメンバーが集まり、みんなでやらしい話
をした。時々あかりとか女子が近づいてくると「ソ連が悪い」とか、コレラの話とかを
して、ごまかした』」

…………………。

「…浩之。アンタ、ガキの頃から、根っっっっからの、ドスケベやったんやな」

 じとーー、と白い目で見る智子の視線が、俺の体に突き刺さる。
 俺のいったいどこがドスケベなのか。この日記から滲み出てくる知性、それがわからん
とは真にもって遺憾である。今の日記から察すれば、ガキの頃から俺はいやらしい話より
も国際情勢に深い感心を寄せていた少年であるということが、人並みの読解力があれば
判る筈である。それをドスケベとは。失礼極まる女である。

「もっと読んだろ。ええと、『11月10日。ぼくたちはブランコのくさりをねじって
のって、ぐるぐるまわってあそんでいた。その公園のブランコは、よくまわるので
こわかった。それから、あかりやまさしたちと、インド人をしてあそんだ』」

………は?

「『11月11日。ブランコで少しあそんでいると矢島が来たので、あかり、まさし、
矢島、そのほか5人であそんだ。インド人をしてあそんだ』」

…………。

「『11月13日。公園でまさしとあそんでいると、あかり、矢島、上田が来た。だから
5人で、インド人をしてあそんだ。5時になると、上田が帰った』」

…………………。
 
 日記から察するに、少年時代の俺は3日と空けず、外であかりや雅史達とインド人を
して遊んでいたらしい。

 だが、インド人てなんだ。

「へえー、懐かしー。浩之、アンタもやっぱり、インド人やっとったんか?」

 いきなり感歎の声をつく、智子。だからインド人てなんだ。

「ウチらんとこの神戸では、モンゴル人とか言うとったんやけどな」

 だから、インド人とかモンゴル人てなんなんだ。

「こないだな、神岸さんらと女同士だけで飲みに行った時、『小さい頃、インド人して
遊ばなかった?』『したしたー』とか言って話題になって。うちらが西の方でモンゴル人
て言うとった遊びが、東やとインド人と呼ぶいう事、ウチ最近知ったんよ」

 智子さん、人の質問に答えて下さい。

「でもやっぱり子供って、どこいってもやっとることは同じやねんねー」

 もしもし、誰かいますか。

「なんやのん、浩之。さっきからブツブツ言うて」

 一つ質問があります。

「なに?」

 インド人て、何ですか?

「アンタ日記に自分で書いとって、覚えてへんのん?」

 丸っきり。というか、インド人なんて遊び、やった覚えもございません。

「謎やねー」

 謎だ。

「ま、ええんちゃうのん?インド人はインド人やし」

 だから、その、インド人て、何なんですか。智子さん。

「知りたい?」

 うん、すっっっっごく。

「…インド人ていうのはな…」

 …はい…。

「……………」

 ……………。

「……イヤやわ、もー。女のウチに、そんな事言わさんといてーーーー!!!!」

 智子は顔を真っ赤にし、はにかみながら俺の顔を張り倒した。
・
・
・
・
・
 そして、結婚式。披露宴の日がやってきた。

 友人達によるスピーチの時間。

「ええー新郎浩之君と僕佐藤雅史は、幼い頃からインド人をして遊んだ間柄で…」

 ……。

「ええと、浩之ちゃ…もとへ、新郎藤田君とは小学生の頃、インド人をして遊んだこともあり…」

 あかり…。

「ええ、そりゃもうヒロってば中学になっても雅史たちとインド人やって遊んでてー」

 志保、お前もかい。

 そして、智子の神戸時代の友人。

「私は新婦智子さんとは小学校時代からの友人でして。暇を見つけては、王子公園でモンゴル人をして遊んだもので…」

 合掌。

・
・
・
・

 そして半年後、俺と智子との間に男子が誕生。俺は一児の父となった。

 それからさらに年月が過ぎた。
 それほど豊かではないにしても、取り合えずは人並みのささやかな幸せを得て、智子と
子供の3人家族、つつましく暮らしている。
 子供もすくすくと成長、無事に小学校に入学した。子供は毎日の様に、近所の友達と
外に出て遊んでいる。元気な所は小さい頃の俺にそっくりである。
 
だが、

「おかあさーん。僕、となりの七瀬くんと、公園でインド人して遊んでくるわー」

「インド人するんやったら、ケガだけには気い付けんねんでー」

 
 だからインド人て何なんだ――――――――――――――――――――!!!!



『Omoide in my head』(完)