変心 --完全版-- (後篇 1)  投稿者:マイクD


(お読みになる前に)
 このSSはleaf作品"ホワイトアルバム"をベースにした二次創作ですが、
原作のイメージからは100万光年かけ離れたドタバタSSと化しております。
 したがって、原作重視の方、およびヒロイン森川由綺をこよなく愛しておられる方に
とっては非常に唾棄すべき作品であると思われます。
 予めご了承下さい。

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 車に乗り込んだ俺と弥生さんは、渋谷(筆者注:「しぶたに」と
読んで下さい)のJHKホールへと赴く。その間、二人は何も話す事
は無かったが、時折弥生さんが頬を淡い紅色で染め、俺の顔を
ちろりちろりと盗み見する姿が伺えた。俺の顔を見るのはいいが、
ちゃんと前見て運転して下さい。

 なんてな事を思っているうちに、車はJHKホールの前へ到着。
うーむ。やはり文章は楽である。『到着』の二文字で事足りるのだから。
 ともかく到着したのはいいのだが、入り口前はライブ客の群群群
群群群群。人間が道路にまではみ出している。とても車で前へ進め
る状態ではない。

「困りましたね…地下の駐車場まで行けません」
と言ったのは弥生さん。
「地下?地下から行くの、弥生さん?」
「はい。いつもなら、地下駐車場からホールへ入れるのですが」
 なる程。それならばファンに囲まれることなく、スムーズに行けるわな。
「ですが、こう人が多いと…」
「いっそこいつら、ひき殺しちゃえば?」
「……由綺さんがお望みなのでしたら」
 本気にするな。

 しかしここで立ち止まってても、時間だけが経つばかり。ただでさえ遅刻気味なのに。
 
 よし。

「弥生さん、車ここに止めて、このまま入ろう」
「え?いけません由綺さん、危険です。ファンに囲まれでもすると、
たちまちパニックが起きます」
「大丈夫だって。とって食われる訳じゃなし。なんたって俺は森川由
綺よ、森川由綺。『どけー』の一言でファンの連中も道開けてくれるって。ね?」
「いけません、危険過ぎます。由綺さん、もう少しアイドルとしての自
覚を持って下さい。あれだけの人がいたら、どんなことになるか…」
「弥生さん、心配性。こんなとこで立ち止まっててもしょうがないし、行くよ、さあ」
「あ、あ、由綺さん。せめて、せめて帽子とサングラスを…」
 制止する弥生さんの声も聞かず、俺は煙草を咥えながら車のドア
を開き外へ出た。ふっ、来るなら来てみよファン共よ。俺の一喝で
もって、道をモーゼの如く切り開いてくれるわ。

 が、

『うおーーーーーーーーーっっっっっぅ!!!!!』
『ほ、ホンマモンやーーーっっっっっぅ!!!!!』
『ユッキーーーっっっっっぅ!!!!!』
『おめでとさん、おめでとさん』
『犬さん、犬さん、こんにちわっ!』

 たちまち周りを、汗臭いファン共にとりかこまれてしまう。さながら
朝の通勤電車を倍凝縮させ、足を上げれば、人人人に揉まれて、
上がったまま状態。とてもではないが、身動きなど取れそうもない。
それにしてもどうにかならんか、この汗のスメルと肉肉肉の塊、肉弾戦。

「お前ら、どけーーーーーっっっ!!!」
 一喝。
 
しかし、

『『『『『『ユ゛ーーーキ゛チ゛ャ゛ーーーーーーーーーン゛!!!』』』』』』

 聞いちゃいねえ。

『ちいさーーーーーーーーいいいいい!!!!』
 大きなお世話だ。
『え、ええ匂いわやーーーーーーーー!!!!!!』
 臭うな。
『可愛い服ーーーーーーーーーーー!!!!!!』
 摘まむな。
『おめでとさん、おめでとさん』
 お前、誰やねん。
『ひなたぼっこは、お好きですか?』
 わん。

 くそ、弥生さんの言う通りであった。まさかここまで凄いとは。いく
ら「どけ」と言った所で、誰も聞いちゃいねえし。

7、8人のホール警備員、そして弥生さんが何とか群集を解散させ
ようと盛んにやっきになっているが、バーストしているファン共を押さ
えられそうもない。
 
 あ、あ、あ、誰や誰や、誰やねん。俺のケツをどさくさに紛れて触
る奴。こら胸を揉むんじゃない。こら腕をひねるな。その前に、お前
ズボン降ろすな。ナニをいじっとんねん。

 キレた。

「かあああああああーーーーーつつつつつつっっっ!!!!!」

ぱき

 俺は目の前にいたファンの一人の顔面めがけ、広いデコでパチキ
(頭突き)をかました。
 パチキをかまされた奴、周りのファン共は一瞬何が起きたのか判
らず、空気が凍り付いたような雰囲気に飲み込まれている様子。そ
れは警備員も、弥生さんも同じ。表情を凍らせ、ただ静止するのみ。

そして

ぷしぃいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーー

 パチキをかまされた男の額から、血しぶきが飛ぶ。さながらそれ
は噴水の様に、且つまた、椿三十郎に切られた室戸半兵衛の如く。

「ぎゃああああああああああああああああああああ………………」

 男の、声にもならない悲鳴が周りをこだまする。額の血しぶきは止
まらず男は全身を血まみれにしてその場でのたうち回る。地面は紅
で染められ、近くにいた他のファンにも血しぶきが張りつく。ある者
は顔に、ある者は上着に、またある者は全身に。皆この場に何が起
きているか判らず、ただその場に立ち尽くしている。

 唯俺のみが、

「ん、何やってんの?まだ終わっとらんよ、お兄さん♪」

 と言いながら男の胸ぐらを掴み、立ち上がらせ、

「これ、あーげーる♪」
 
 と言って、咥えていた煙草の火を男の傷口めがけ、擦り付けた。

「ヴヴェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ…………」

 地獄の釜で茹でられるかの様な、男の悲鳴。男は白目をむき、ぼ
ろぎれの様になりながらも、よろよろと腕を動かす。

「ん、まーだ終わっとらんようねー♪」

 さらに俺は男を地面に倒し、

「と、ど、め♪」

 と、顔面に煙草を落とし、足で踏みつけ、揉み消した。

「………………………………………………………………………」

 男は返事がない。
 周りはしんと静まり返り、静寂のみが時を支配している。

さらに加え、俺は、
「♪サインがほしいか、そら、やるぞー♪」
と、鼻歌交じりで男の着ていたTシャツにサインを施してやった。
『腐れインキンタマスダレ』と。

「さ、行こ、弥生さん」
 俺の声で我を取り戻したのか、それまでただ呆然としているのみだった弥生さんは、
「は、はい…」
 と、言って、ささと俺の後ろを付いてきた。俺達はずんずんと前へ
進み、ホールの入り口へと入っていった。

 沈黙はしばらくの間続いていたが、しばらくして、

『ギャオー!!』
『ピョー!』
『ニョー!』
『おめでとさん、おめでとさん』
『あうー、私一生懸命頑張りますから、ごばざないでぐだざーい!』

といったわめき声が、外から聞こえてきた。
 俺たち二人は、何事も無かったかのように黙殺し、そのまま廊下
を進んでいった。時間が競っておるのだ。
 弥生さんの顔を見ると何やら青ざめ、全ての出来事を無視してい
る様子だが、大したことはあるまいて。
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「由綺!」
 
 通路を歩き、控え室へと向かう頃、俺に向かって呼びかける声が
した。声の主は若い男。姿格好から察するにADらしい。しかし、口
調はどうも馴れ馴れしい。

「…藤井さん」
と男を一瞥し、冷たい口調で俺の後ろから言葉を発するのは弥生さ
ん。知り合いなのか?

「由綺、お前顔が血まみれだぞ。まさか事故にでもあったのか!?」

血まみれ?ああそうか、返り血か。

「お前が中々来ないって、皆散々心配してんだぞ。ディレクターも、プロデューサーも」

 馴れ馴れしい口調。なんだこいつは。

「で、俺がディレクターに言われて、今から事務所まで迎えにいこう
としたら、丁度タイミングよくお前と弥生さんがやって来て」

 馴れ馴れしい口調。

「でも無事でなによりだよ」

 馴れ馴れしい口調。

「もう番組始まっちゃったぞ。出番まであと20分しかないし、
急いで控え室へ行って準備しろ」

 馴れ馴れしい口調。くそこいつ、何様のつもりで、この俺に偉そう
に抜かすのだ。たかがADのくせしやがって。

 キレた。

「かあああああああーーーーーつつつつつつっっっ!!!!!」

「?????????!!!!!!!!?????????」

 先程と同じく、俺はその広いデコでもって、男の顔面に向けてパチ
キをかました。問答無用に。パチキは藤井と名乗る男の顔面に見
事命中。見ると鼻が潰れてある。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ……、ゆ、由綺…何を…?」

 藤井は声も出せない筈なのに無理に声を出し鼻を押さえ、その場にうずくまる。

すかさず、

「ちゃああああああーーーー!!!」

 うずくまる藤井の頭めがけ、足でけり上げる。藤井は勢いで天井
へ飛び、バウンドして床へと落ちた。
 さらに、倒れた藤井の髪を引っ張りあげ、近くにあったダスト
シュートへと叩き落としてやった。ダストシュートの奥底からは藤井
の断末魔が響き聞こえる。ふ、ゴミの哀れな末路よ。そういえば明
日は燃えるゴミを出す日だったような。

「さ、時間マジでヤバいみたいだし、行こか、弥生さん」
「…はい」

 と近くでじっと成り行きを見守っていた弥生さんに告げる。見れば
弥生さんは口を上向きに曲げ、ほくそ笑んでいた様子だが、恐らく気のせいであろう。
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 控え室で簡単なヘアメイクをすませ、フリフリな舞台衣装に着替
え、血に染まった顔を洗った俺はそのまま舞台裏へと直行。歩きな
がらディレクターとライヴについての簡単な打ちあわせをする。

「…と言う訳で由綺ちゃん、いつもの様に『口パク』でお願いね」
「…口パク?」
「そ。バックで曲流すから、それに合わせて踊って、振りつけてくれ
たらそれでいいし」
「…いつもそんな事してんのか?」
「何いってんのさ、由綺ちゃん。今さらそんな。このギョーカイのお約束よ」
「そんなことやっても、客にはすぐバレるぞ。CDとそっくり同じ演奏とヴォーカルだと」
「えー、お客もそんな事百も承知よ。様はね、みんな由綺ちゃんの
曲、演奏が聴きたいんじゃなくて、由綺ちゃんの姿がみたいのよ。も
ちろん視聴者も同じ。みんな森川由綺の動いている姿、生の姿が
見たいのよ。バックバンドも演奏してるフリだけで、演奏はCDから
だしー、じゃそゆことで」

 俺がバカだった。ライヴと聞いたもんだから多少は意気込んで
いたのだが、まさか『口パク』、ヤラセだったとは。しかも天下の
国営放送の番組で。ほとんど詐欺ではないか。冗談ではない。
「客も納得している」と、これまで150人は人を騙してきたであろう
人相ヅラをしたディレクターが言ってはいたが、本当にそれでいい
のか。『由綺ちゃんの曲、演奏が聴きたいんじゃなくて、由綺ちゃん
の姿がみたいのよ』だあ?ふざけるな。わしゃコアラかパンダか、
はたまたトキの子供か。
 まがりなりにも視聴者は視聴料を払って放送を観ている筈だ
し、ここに訪れている客も似たようなものだ。金出して観ている客に
対して『ライヴ』と称するからにはそれなりのモノをみせるのがプロ
の仕事ではないのか。

 俺はある意を決する事にした。
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(長くなりましたので、下段に続きます)