変心 --完全版-- (後篇 2)  投稿者:マイクD


(上段からの続き)
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「さあーて、佳境に差し迫ってきました、今週の『ポップスジャム
スペシャル 公開ライヴ』! 次の出演者は、皆さんお待ちかね、
森川由綺さんです!!」
 
 アホみたいな声を発する司会のMCの後、俺はいつもの歩調で
のったらのったらと歩き、舞台へ登場する。ガムを噛みながら。
 それに合わせ、客席から歓声と拍手とダミ声が渦巻く。

『『『『『『ユ゛ーーーキ゛チ゛ャ゛ーーーーーーーーーン゛!!!』』』』』』

 だからそれはもうええって。

「うわー、凄い声援ですね、由綺ちゃん」
司会の愛想笑いを含んだ声。
「そう?」
と俺はいかにもチンピラでございとばかりに、ぶっきらぼうな口調で
答える。ガムをくちゃくちゃと噛みながら。
 俺の態度に少々戸惑い、困惑しながら司会は改めて、
「あ、あのー由綺ちゃん、今日は何か不機嫌ですが…?」
と恐る恐る訊く。
「殺すぞ」
俺は無視。口をへの字にし、ガムを噛み続ける。
「あのー、由綺ちゃん…?」
「殺すぞ」
「えー…」
「殺すぞ」
「あ、あのー、番組進行が…」
 バカめが。生放送でいらん口叩きやがって。
 
 つかさず俺は司会の持っていたマイクを奪い取り、

「Everybody,clap your hands!!」

一喝、シャウトをかまし、客席に向けて指を差し、飛び跳ねた。

「…そ、それでは森川由綺さんの"White album"です。どうぞ…!」
と司会はあわて、途中途中で舌を噛みながら叫んだ。

『うわーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!』
『ユ゛ーーーキ゛チ゛ャ゛ーーーーーーーーーーーーン゛!!!』
『ぴゅーーーーーーーーーーぴゅーーーーーーーー!!!』
『おめでとさん、おめでとさん』
『ふみゅうううううんん!!!』
『あ、あううっ、た、ただのお水ですうっ!』

 拍手と歓声が場内に響き、飛び交い、渦巻き、その空気の中を
おなじみ"White Album"のイントロが流れ始める。
 俺の後ろにはギターX2、ベース、ドラムス、キーボード、テナー
サキソフォンの各セクトに分かれたバックバンドが備わり、各々が
演奏を始める。が、それは紛れもなく演奏をするフリのみ。場内に
流れるイントロ、メロディーはCDからの演奏で、先程ギョーカイズレ
したアホディレクターがのたまった「お約束」が、公然とここで
繰り広げられようとしている。
 その中を俺はただ一人、舞台の中央に備えられたマイクスタンド
前に位置し、口を一文字に結んでガムを噛みながら腕を組み、
仁王立ちで観客にメンチを切った。
 
 場内に流れるメロディー、伴奏、そして森川由綺のヴォーカル。

♪すれちがう、毎日が、増えてゆくけれど…♪
 
 冬のイメージとマッチさせた優しくもはかなげ、そして美しい音色。
しかし、俺には縁のない世界である。
 曲が流れる中、俺は仁王立ちのまま。じっとオーディエンス(観客)を睨みつけ、
歌うことは愚か、口を開けようともしない。

 異変を感じはじめたのはバックバンドが最初だった。ギターマン
二人の内、爆笑問題の田中を三乗変な顔にしたような方の男が
怪訝な表情を作り、そっと俺の顔を覗き込む。やがて田中の様子を
察知し、鉄腕アトムが髪を緑に染めたようなヘアスタイルをした
サックスプレイヤーも同じくちらと俺に顔を向ける。それに連鎖し、
バス、キーボード、やがて最後方のドラマーまでがプレイを止め、
12の瞳は同じ場所を凝視した。すなわち、俺が立つ、舞台の中央
へ。舞台の上に、異変と疑惑の空気が漂う。
 その空気はやがてオーディエンスにも伝染する。声援を送ってい
た親衛隊、ファン、その他の観客もやがて笑顔と歓声が消えさり、
ざわめきと違和感に満ちはじめる。
 舞台裏の方でもそれに気づいたのか、場内に流れていた音楽が
止まり、スタッフ連中、ディレクター、そして弥生さんも裾の方から
怪訝そうに覗き込んでいる。
 民間放送の番組ならば急遽ここでCMを無理やりに入れる所だろ
う。しかしこのライヴ、ひいては番組は天下の国営放送。そんなも
のなど一切ない。止めようがないのだ。なんといっても生中継であ
る。恐らくTVを観ているお茶の間も、奇妙な違和感に巻き込まれて
いる事が想像に固くない。

 そんな中で今だ仁王立ちを決め込んでいた俺は様子をうかがい、
やがて、

「なあ、お前ら」

ようやく口を開けた。だがその開口一番は、

「『騙された』って、気分になったことって、あるかい?」

だった。

 一気にざわつく観客。
 かまわず俺はマイクスタンドを引きずり、舞台の左右端から端まで
うろうろと歩きながら続ける。

「俺はいっくらでもあるよ。ツレが『明日には必ず返すからka○on舞
のエロエロ本買う金800円貸せ』と言ってなけなしの金2,000円
ふんだくり、2ヶ月経っても一向に返さない事とか。『幸運の壷』と
称する壷を怪しいおばはんから『この壷は良い壷だ』と壷の口を
指で弾きながら怪しげな口調で売りつけられ、幸運どころか3日後
スリにあって無一文になった事とか。難波千日前を歩いていたら
道端に立ってる怪しいおっさんに『30分4,000円やでー』と
無理矢理いかがわしい店に連れていかれ、30分後会計の際
払わされたのは14,000円、差額の10,000円はなんやねんと
訊いたら酒代及び指名料チャージ代+消費税、残り4,000円は
入店料だとのたまわれた事とか。梅田の場外行った時、知らん
おっさんが万札の札束をごそっとみせ、ワシの指名した馬買うたら
かならず来んでとその言葉を信じ金を払って教えてもらい、
結局惨敗。おっさんは金だけ持ってとっととトンズラこいた事とか」

 我ながら聞いてて涙ぐましい気分になるな。くそ。
 
 続ける。

「だがな、お前らも今こうして騙されてる事に気づいて無いか?
金払って視聴料ふんだくられ、エントランス料ふんだくられ、観させ
られるのは口パクライヴ。こりゃとんだ茶番だわな。ロックンロール
スウィンドルだよな。何そんなの知ってる?何今さらわかり切った事
いってんだ?憧れのアーティストの御姿が拝観出来ればわしゃそ
れでええ?ガキのタワゴト?青臭いのも大概にせい?もっと大人に
なれ?布教活動は余所でやれ?アイドルはアイドルらしくしろ?
身分相応に振る舞え?いやはや全て、ごもっとも」

 続ける。

「だが全てに対して、俺はこう言ってやるね。『クソ』と。そう、この世
は全て、クソまみれだ。スウィンドルだ。出したい声も出せず、ただ
ただ現状維持に甘んずる。痛みは初めのうちだけ、慣れてしまえば
大丈夫。そんなクソまみれの言葉発するバカは、俺が蹴りを入れてやる」

 観客もバンド連も舞台裏のスタッフも、そして弥生さんも、今ここで
何が起きているのか見当がつかず、悪夢でも見ているのか、ただ呆然としたまま。
 悪夢のアジテーションはまだ続く。

「痛い時には『痛い』と言え。イヤなものには『イヤ』と言え。泣きたい
時には大声上げて泣き叫べ。偽善を憎め。王様には『裸とウオノメ
付き』と言ってやれ。クソなゲームにはクソと言え。他人の言うことな
んか当てにするな。自分の眼と耳、そして感覚を信じろ。それが全
てだ。他人の評価も気にするな。そんなもん犬に食わせちまえ。好
きな奴とは酒を飲め。卓を囲んで牌を打て。嫌いな奴とはとことん
喧嘩しろ。好きな女がいたら押し倒せ。ムカつく奴がいたら張り倒
せ。チンケな上司や教師には『ハゲ』と一発かましてやれ。騒げ。
唄え。踊り狂え。レイヴだ。この世はレイヴだ。俺たちは今、この一
分一秒を生きている。踊っている。同じ踊るなら狂うほど。生を祝
え。無を憎め。恥を恥と思うな。恥ならとことんかいちまえ。
難しい小理屈なんざ後でとってくっつけりゃいい。ノイズに満ちた
世の中を、混乱に混沌する世の中を、笑い飛ばしてぶちのめせ。
『今在るもの』に対して『No!』と言え。こんな風にな!」

 そういって俺はアンプの側へ駆け寄り、ヴォリュームを最大限に
上げ、マイクをスピーカーに近づける。すると全てのスピーカーから
強烈なハウリング音が場内を響いた。それは口の中にアルミホイル
を放りこみ、40回ほど噛むとおこる感覚と同じものだった。周り一
斉に耳を塞ぎ、中には失神する者も。
 そんな中を俺はバックバンドの方へ駆け寄り、

「おい、今からでも演奏出来るよな?ギターは適当に3コードの
16ビート。バスもドラムスも他のセクションも適当に合わせて
ジャムってくれたらいいから。曲はさっきの"White Album"」
と言った。

 何が起きているのか今だ判っておらず、バンドのリーダーらしい、
安岡力也に金髪モヒカン頭を付け若返らせて、濃い顔にさらにソー
スをぶちかけたような顔をしたドラマーは、「え…」と言いながら戸惑っている様子。
 俺はさらにダメ押しで、
「…ええな…?」
と言いながら力也の胸ぐらをむんずと掴み、その広いデコで力也の
脂で照かったデコを軽くゴツゴツと小突いた。力也は気迫に押され
たのかただ、「はい…」と小さく呟き、諾とした。ふ、気の小さな男よ。
というか、こういうのは気迫の問題なのだが。

 俺は再び舞台の中央へ戻り、マイクスタンドを持ち、

「いくぞーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

とマックスにシャウトした。場内に俺のシャウトがアンプスピーカーを
通し、一斉に響く。そして同時に、意を決したバックバンドのやけくそ
気味な音が鳴り響いた。
 
 イントロはギターの激しい3コードリフから始まる。今にも弦がぶち
切れそうな激しい音色。それに合わせバスの重いチョッパー。そして
バスドラムの辺りを圧倒させる叩きつける様な連打音が鳴り響く。
バンドが奏でる怒りに満ちあふれたチューンに合わせ、俺はマイク
スタンドからマイクを外し、体を揺らし飛び跳ねながらがなり立てた。

♪ずれ゛ーぢーがう゛ーーーま゛い゛ーに゛ぢがーーーー、
ずぎーでぐげーーーれ゛どお゛お゛お゛ーーーーーー!!!!♪

 我ながらに恐ろしいほどのド音痴。しかし先程も言ったがこういう
のは小手先のテクではない。気合いの問題である。

♪おだあ゛ーーーがあい゛ーーーき゛も゛ぢばい゛づも゛ーー、
ぞばに゛ーい゛ーーる゛う゛ーーよ゛ーーーー!!!!♪

 正にハードコア。肩の高さまで飛び跳ね、マイクに今にもかぶりつ
きそうな気配でもってシャウトする。

♪ぶだあ゛ーーり゛、あ゛あ゛え゛な゛ぐでーーも゛ーーーーへいーーーぎーーーだなんでーーーー、
づうよおがーーりいいっでも、だあめいいぎまじりねええええっとくらあああああ!!!!!♪

 ここで眠っていた様なオーディエンスは一気に目が覚める。歓声
を上げ、それは嬌声にかわり、やがてわめき声へと変貌する。中に
は乱闘する者も出始める始末。
 読者はここで、ンなアホなと疑問の声を上げられるかも知れない
が、それは違う。あなたの錯覚です。ここは大いに場が盛り上がり、
騒ぎが大きくなっているとご理解していただければ、筆者としては大
いによろこばしい。人間素直が一番だ。

♪ずぎでゆぐーーーぎいいせづにいいーーーー、おいでぎいたああたあかっらもおのおおおおーーーーーーーー!!♪

 観客は座っているシートを蹴り、ぶち壊し、手で無理矢理引っ剥が
し、投げつける。あちらこちらでモッシュが始まり、舞台前へ駆け込
み、ダイヴする者も出る始末。

♪大切なあああーーーピイ――スのかけだーーーー、パ・ズ・ルだねええーーー!!!♪

 そして二次的爆発の為、少し声を抑制し、

♪しろいゆきいいいがあまあちにいいいーーーー、やさしくつもおるよおおおにいいい……♪

 飛び跳ねるのを止め、押え込むように唄う。

♪あるばむのおお、くううはくを…♪

 体を縮ませ、

♪全部…♪

 最後、



♪うめえーーーーーーーてーーーーーーーしまああおおおおーーーーーーーーーーーっっっっっっっ!!!!!!!!!♪



 マイクスタンドを舞台の上に叩きつけて壊し、一気に声を爆発さ
せ、大の字になって宙を飛んだ。
 
 観客は猛獣の様な雄叫びをあげ、一斉に舞台に向かって拳を上
げ、吠えた。興奮が最大限にバーストし、舞台の上へ駆け登ろうと
する者も出てくる始末。そんな輩を俺は蹴り上げ、下へと叩き落と
す。落とされた客は他の客にもみくちゃにされ、哀れタコ殴りの憂き
目にあう。
 
 それは他のスタッフ連も同じだった。舞台の狂騒、観客の狂乱は
完全にTVキャメラに映し出され、電波を通して全国へと流れた。ス
タッフとしての使命感、義務感に燃え、この狂騒を止めようとする者
もいたが、そんな事は焼け石に水、猛獣と化したオーディエンスを
前にはハナクソ程の威力も説得力もない。服を破かれ、顔を殴ら
れ、血まみれになる始末。ヤケクソ気味になる者も中にはおり、
そういう奴は観客席へみずから飛び込みバースト化、モッシュの
応酬に明け狂う。中にはどさくさに紛れ女を犯す奴も出る程に。
俺も仲間に入れろこら。
 
 バックバンドは間奏に入る。観客の狂騒、盛り上がりに呼応し、
これまで眠っていたミュージシャンとしての本能が目覚めたのか、
好き勝手にインプロビゼイションの応酬に出る。ジャムの応酬。
ギター、ベースは飛んだり跳ねたり、キーボードは鍵盤を肘や足で
打楽器の様に操り、ドラムスはここぞとばかりに暴力衝動を発揮
させ、鬱憤を叩きつけるかのようにドラムを打ち鳴らす。
 
 俺はといえばそんな中、叩き折れたマイクスタンドを観客席に向
かって投げ込み、マイクコードを持って、舞台上を歩き回る。そして
マイクを鎖鎌の様に分銅の如く取り扱い、宙にむかってぶんぶんと
回転、ぐるぐると回し暴れる。上にぶら下がっている照明をたたき壊
し、舞台に繰り出し止めようとするスタッフの頭をかち割る。さらにT
Vキャメラの前に来て、手で万国共通オ○ンコマークを作り誇示し、
さらに先程まで口の中で噛んでたガムをとりだし、キャメラレンズに
向かって張りつけおちょくった。


 大爆発大音響大豊作グアテマラ首領横綱級ブルドーザ激突
 火を吐くゴジラ稲妻稲光
 どてらい奴のどっこい大作2メーターのヌンチャクドラムスティック
 クラッシュシンバルヒトゴロシのミナゴロシ
 ベースドラムキックで火を吹く風嵐
 天竺までも響き渡るマグマのスネアー
 鉄をも溶かす火山のビート


 とまあ、電気グルーヴ風にこの場でかき鳴らされている音を表現
すると、こんな感じになるだろうか。もはや場の収拾は治まらない。
 俺は時折、マイクに向かって"hahahahahahaha"とバットマンの
ジョーカーの如くけたたましげに笑い叫び、視聴者に向かって広い
デコを誇示する。
 すると舞台横から見慣れた顔が覗き込まれた。それは髪をくしゃく
しゃにした、これまで238回は人を騙してきたであろうという人相を
しているあの番組ディレクターだった。眼ナマコを血走らせ、歯ぐき
を見せ、ケタケタ気違いの様に笑い、こちらに駆け込んできた。
様子から察するに、俺を絞め殺そうとする気配である。
 俺はすかさず持っていたマイクコードをディレクターの首めがけ、
はっしと投げ込む。巧い具合にマイクコードはディレクターの首に巻
きつく。ツボにはまったのか、少し力を入れコードをきゅっと引っ張る
と、ディレクター氏の顔色は青黄赤と信号機の如く三色に変化し、
その場に泡を吹いて倒れた。合掌。
 
 その間もバックバンドの演奏は醒め止まず、乱暴で激しいギター
リフを掻き鳴らしている。
 そのうちギタリスト氏は感極まったのか、床に向けてギターを叩き
落とし、壊し始める。またもう一人はギターに火をつけ、燃えろ燃え
ろと手であおり、錬金術でも施すかのように火をあおっている。
ベーシストはアンプスピーカー向けてベースで突き破る。
キーボードはとうとう自分のイチモツを取り出し勃起させ、
木琴を叩くようにキーボードを打ち鳴らす。さらにドラムスはキック、
スネアー、シンバルを足で蹴り上げ、ドラムセットを叩き壊す。
サキソフォンは倒れているディレクターの耳元にサックスを近づけ、
気違いの様に吹き鳴らしている。恐らくディレクター氏に遺恨のある
一人だったに違いない。
 
 俺も興奮冷め止まず、近くに倒れていたギターを拾い、マイクの側
へ持っていき、これまた乱暴に、弦が弾けるように荒々しく掻き鳴らし、




「まだやり足らんのじゃああああああーーーーーーーーー!!!」




 と最後に一喝、シャウトを入れた。ギターをスピーカーに向け、上段から叩き殴るように打ちつけた。

 そしてアンプスピーカーはバチバチと音を立て、

『BOOOOOOOOOOOOOOOMMMMMMMMM!!!!!』

火が吹いた。

 火は辺りに飛び散り、カーテン類に移り、燃え広がり始める。
あちこちで煙が立ち、観客もいぶりだされる。
 そんな中一人、哀れだったのはディレクター氏。倒れていた所に
燃え落ちたカーテンが体を覆い被せ、全身に火がつく。普段から脂
ぎってた体の為か、火の付きは一瞬の内に広がり、ディレクター氏
は火だるまになって気が狂った様に舞台の上を転がる。恐らく気が
狂う程に熱いのであろう。大体火傷はほんの一部分、部分的火傷
でも死ぬほどに熱いのだ。それが全身である。気が狂うのは至極
当然の事と言えるだろう。嘘だと思うなら一度火だるまになってみる
がよろしい。

 観客もスタッフもバンドマン達も一斉に逃げ始め、辺り一面タワー
リングインフェルノの如き有り様となる。俺もさすがに身の危険を感
じ始め、取り敢えずこの場を逃げ出すことにした。
 が、肝心の大事なモノを忘れていた。そう、賢明な読者諸氏なら
おわかりであろう。
 
 弥生さんである。
 
 筆者が調子に乗ってライヴ風景の描写を楽しんでいる際,
完全に忘れ去られていた感のある彼女であるが、俺自身は決して
忘れてはいない。俺は一度抱いた女の事は決して忘れないフェミニ
スト野郎なのだ。あ、今は俺、女だったな。まあそんな些細な事はど
うでもよろしい。とにかく舞台の裏へ走り、弥生さんを探す。

 見つかった。すぐに見つかった。彼女は気を失い、うつ伏せになっ
てアンプの近くで倒れていた。実に都合のいい展開である。
 何遍も書くようで恐縮だが、文章表現とは真に便利なシロモノであ
る。一言「見つかった」だけですませられるのだから。まあそんな話
はどうでもいいとして、取り敢えず弥生さんを背中に担ぎ、比較的
冷たい空気が流れ込む裏通路の方へと駆けていった。背中は柔ら
かな巨乳の感触で被われ、とっっっっっっても心地よかった。
 
 背中に背負う最中、時折弥生さんは、
「…由綺さん…もう、勘弁して下さい…」
と苦し紛れに呟いていた。
 察するに先程のライヴをみて気を失ったのか。はたまた、ここへ
来る前に俺に体をもて遊ばれ、今だその余韻に浸っているのか。
それは紙のみぞ知る、と言ったところである。
 俺は何とか無事に弥生さんを連れて外へ脱出。その辺に止めて
ある車をパクリ、否、借り受け、事務所へと戻った。

 余談。
 その後JHKホールは完全炎上、愛○山一面を焼き尽くした。
 業火は近くの建物にも飛び火した。
 eg○manライヴハウス、○ワー、パ○コ、その他主立った建物も
燃え盛り、渋谷(筆者注:最初にも書きましたように、ここは「しぶた
に」とお読み下さい)の街は空襲にあった様な狂乱に陥った。
 チンピラ風のアンちゃん、フリーター、コギャル、イケテないサラ
リーマン、昼間からぶらぶらしてる大学生高校生中学生etc。さらに
加え、コ○ケ帰りで「こみパ」詠美ちゃん様及びあさひのエロエロ同
人誌を脇に抱え、帰りに洋盤屋へ立ち寄り、イロモノレコードを物色
していたマイクD。皆、焼け死んだ。

 
 そして、渋谷の街(筆者注:くどい様ですが、ここは「しぶたに」とお読み下さい)は崩壊した。
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 何とか無事事務所まで帰り着いた俺は今だ気を失っている弥生さ
んを背負い、会議室のロングチェアへ寝かせ、心臓マッサージを
行った。途中から何故か胸を愛撫し始めたが、それでも起きなかっ
たのでそのまま寝かせる事にし、俺は一人事務所を出た。
 
 外は既に暗くなり、空を見上げると月が昇っている。月の光は優し
げな光を照らし、俺の体を包み込む。
 俺はふと思う。俺はいつ、元の体に、男の頃に戻れるのかと。
 前篇で俺は言った。『面白いではないか。この違和感』と。
 しかし正直な話、元の体が懐かしくもある。
 貧乏たらしく、薄汚い、森川由綺とは正反対な体ではあったが、
親がこの世に生をもたらしてくれた体は、本当の俺の姿は、
在るべき姿は、以前のあの男の体だと。
 いつ戻れるのか。どうやったら戻れるのか。ひょっとしたらもう二度
と戻れないのではないのか。そんな不安がふと、頭に過る。
 しかし、じたばたしても今は始まらないのだ。
 戻れる時は不意に戻る時がくるかもしれないし、その逆もまた然りである。
 また別の体に変身したところでみても、俺自身は大して変わらな
い。以前の下種で下品で粗野な、しかし愛すべき俺である。
 変わるのは、周りをとりまく、俺を見る人の目である。
 しばらくの間はこの違和感を楽しんでいよう。
 神様なんか信じちゃいないけど、もしそんな奴がいるとするのな
ら、些細な気まぐれでおこした悪戯なのかもしれない。この俺の魂
があの世に行き、神に会う事があるのなら、俺は一発そいつに蹴り
を加えてやろう。それまではこの違和感を楽しみ、違和感の中で
もがいて生きてやろう。
 
 そんな事を思いながら、『俺=森川由綺』は、行きつけのホルモン
焼き屋で一杯引っかけようと思い、夜道を歩いた。

 
 おっ、えーケツしたねーちゃんやんか。
 ねー、これからどこ行くのー。彼氏と一発やるんかい。
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『変心 ―完全版―』(完)
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(Bonus track)
 
 ある朝ベッドから目覚めると、私森川由綺は一人の見知らぬ、
若い男の人に変身している自分の姿に気がついた。
 
 鏡を覗いてみる。
 長かった髪が、短髪でしかも金色に染めてある。
 二重まぶたの目が、三白眼の目つきの悪い目に。
 口は大きく、耳も大きい。
 そして胸は無くなり、下を覗いてみると…これ以上見れません。
 誰だろこの人。ていうか、私どうなっちゃったんだろう?
 
 取り敢えず着替えをしようと、ベッドから起きあがり、クローゼット
から服を出し、下着を着ける…て、この体で下着付けたら変態さんだよー。
 取り敢えず無難にTシャツに着替え、顔を洗い、もう一度鏡を覗き
込む。しかし、相変わらず顔は知らない男の人。
 私は訳が判らなくなり、再びベッドへと戻り、そのまま倒れ込んだ。

 取り敢えず誰に相談しようか。でもこんな事、誰も信じてくれない
に決まってる。だけど他にこの場ではやることがない。そこで
恋人、藤井冬弥君に電話することにした。
 電話をかける。だけど4回5回とかけ直しても、冬弥君は一向に
出てこない。帰ってないのかな?

 じゃあ弥生さん。今度は事務所の方へ電話を入れた。
電話を入れると、弥生さんはすぐさまこちらに来るとの返事をしてくれた。
そしてTVをつけ、指定された番組を見るようにと指示を受けた。
 
 こんな事を弥生さんが言うのは珍しいので、私は怪訝に思いながらも言われるままにTVをつけた。
 そして…
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 この続きはまたいずれ…て、もうしんどい。誰か書いて下さい(涙)。



『変心 ―完全版―』(真完)