川釣り 投稿者: マイクD
「とにかくさ、その川っつうのが、凄くいい釣り場所なんだ」
 と俺、藤田浩之に熱心に力説する男は、俺の目の前にいるやたら暑ッ苦しい男、矢島。

「いいじゃん藤田、どうせ暇なんだろ?だったら行こうぜ。釣りに」
 大きなお世話だ。なにをそんなに熱心に勧めるのか。しかもよりによって、この俺に。何かこいつ、
腹に一物持っているのか。大体この近くに川があるなんて、聞いたことないぞ。
 と、邪推してはみたものの、根っからの野次馬根性、好奇心旺盛、閑人な俺は
矢島の言葉に動かされ、学校が終わると、奴の言う川へ釣りに行くことになった。
 二人だけだと寂しいし、相手が矢島ということもあるので、雅史を無理矢理引き連れて出かけることにした。
雅史はサッカー部があるから忙しいと渋ってはいたが、そんなの俺には関係ない。




「よっ、来たな。なんだ、佐藤も一緒なのか?まあいいや、人数が多い方が楽しいもんな。さあ、行こうぜ」
 やたらさわやかな矢島。見ればこの男、完全武装で本格的なフィッシングファッションを着込んでいる。
近所の川へ釣りに行くというのに、このいでたちは何なんだ。あ、歯がキラリと光った。アパガード?

「で、そこで何が釣れるの、矢島くん?」と、もっともなことを聞くのは、俺の横にいた雅史。
「・・・・ふっふっふ・・・・、知りたい?」もったいぶった矢島のセリフ。
「・・・・それはな・・・・」
「それは?」
「何なんだよ」
「・・・・行きゃあわかる!」
 あたりまえではないか。
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 チャリンコで丘を三つばかし越え、俺達は矢島の案内により、その川へと着いた。川は丁度中流に位置するらし
く、大き過ぎず小さ過ぎずといった大きさ。水は町中の川にしては珍しく、意外に綺麗。深さも子供が落ちたら充分
溺れるくらいの深さはある。
 何てことだ、こんなところに川があるなんて。迂闊にも俺はついぞ知らなかった。

 俺達三人は適当にその辺にチャリンコをとめ、川岸へと下りていった。
 矢島は適当な場所に荷物を置き、おりたたみイスを取り出し、釣りの準備をはじめる。
「矢島、さっきの話にもどるけどさ、ここで何が釣れるんだよ?」俺は矢島に訊ねる。
「まあまあ、いいからいいから。とにかく釣り竿用意して、準備しろって。な?」
 怪しい。
「話はそれから」
 怪しい。
「浩之、矢島君もああいってるし、用意しようよ」雅史は一人もくもく、釣り竿を取り出し、先にエサをつけている。
クールな奴め。
 雅史の言葉に従い、俺も準備をはじめる。正直釣りなんて小学生のガキの頃以来だし、少々手間取っては
いたが、何とか釣り針にエサを取り付け、川の水辺に投げ込む。
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 10分が経ち、20分が過ぎ、30分が経過する。
 釣れねえ。
 40分が経ち、50分が過ぎ、51分が経過する。
 釣れねえ。
 気の短い、苛質な俺には、元来釣りというものは合わない。段々とムカムカしてくる。

 くそ、矢島の奴、何だって俺をこんな川釣りなんかに誘いやがったんだ。はっ、こいつひょっとしたら、
あかりの一件の恨みから、俺を川に突き落とそうなんて考えてやがるんじゃないのか。
そうでなければ別段、それ程普段仲良くもない俺を誘って、こんな酔狂な川釣りなんかに誘う訳がない。揚げ句に俺を、このままドラム缶にでも詰めこんで、香港マカオ上海カルカッタ辺りに売り飛ばそうという魂胆か。
 そうかそうか。そうに違いない。いや全くその通り。これで要領が呑めた。
 ふっ、その手には乗らんぞ、矢島よ。この俺がお前の陳腐な策略に易々と乗るとでも思っているのか。
ならばこちらは逆手にとって、貴様に地獄を見せてくれるわ。
 
 などと俺が邪推していると、いきなり矢島がバカでかい歓声を上げた。

「おっしゃあぁぁぁ! ゲエーーーーッッッッットゥゥゥゥゥ!!」

 俺と雅史は二人して同じリアクションをとり、矢島の方へ視線を向ける。

「見ろ!藤田!!長岡さんが釣れた!!!!」

「…………………」
「…………………」

…………………はあ?

「ほらほらほらほら見てみそ!!見、見る見れ見ろ見よ」別に変格活用などせんでもよろしい。ちゃんと見てます、
矢島さん。

 …て、なんだこれは。まさか…本当に志保か!?
「あ、ほんとだ。志保だ」と、間の抜けた声で感嘆するのは雅史。
 矢島の釣り竿の先に垂らされた針に引っ掛かっているのは、明らかにどこかで見た顔。そう針に引っ掛かり、
手足をバタバタさせながら、けたたましげに動きまくるのは、長岡志保。ミニサイズの。

「矢島…これ、なんなんだよ?」
「だから、長岡さんだって」顔を赤らめ、興奮げな矢島。
「え?」訳がわからん。

「だから長岡さんだって。言わなかったか?ここはミニサイズのキャラクターが釣れる川なんだって」

 …………………………………………………。謎だ。

「うん、俺さ、いとこのガキから教えてもらったんだけどナ、何でもここの魚って、ミニサイズのゲームキャラクターが
うようよ泳いでいるんだって。で、その手のモンが好きな方々がよくここへ釣りに来て、自分の好きな
キャラクターをゲットしようと、ずっと釣り竿を垂らしてるんだって」
「……そうなのか?」
「ああ、だから俺さあ、神岸さん釣り上げようと思って、ずっと張ってたんだけど、なかなか釣れやしねえ。
んで、普段仲のいい藤田に来てもらったら、きっとミニサイズの神岸さんも顔を出してくるかなーと思って
呼んだんだ、お前を」
「……ようするに、俺は、播き餌か?」
「そう」

 なんて奴だ。ムカつく。よりによってこの藤田浩之さまを播き餌扱いするとは。無礼な奴め。

「……矢島」
「ん?何だよ」
「ちぇいさー」
「うおわあ!何すんだあ、藤田!」
 さっきからなかなか魚が釣れないで頭にきていた俺は遂にキれ、川辺に立っている矢島をそのまま
川へ蹴落とした。
 
「ふうじいたああああああああああああああああああああ…………………」
 矢島は川の流れに身を包まれ、水洗トイレに流される汚物の如く、下流へと流されていった。



「浩之、どうする、これから?」何もなかったかの様に、平然として釣り竿を垂らしている雅史。相変わらず
マイペースな奴。
「…まあせっかく来たんだし、もう少し釣り竿でも垂らしておくか」
 ひょっとしたら、リボン付きや、眼鏡っ子の幼馴染や、ちょっと生意気なファミレスの同僚が、釣れるかも
しれないもんな。

 10分が経つ。
「えいっ、釣れた。あ、レミィだ」
「…」俺は釣れない。
 20分が過ぎる。
「あっまた釣れた。今度は保科さんだ」
「……」釣れねえ。
 30分が経過。
「よっ。よし、姫川さんだ」
「………」釣れないってば。
 ……42分。
「見てみて浩之、今度はマルチだよ。2cmサイズの」
「…………」釣れろよ。
 ご、56分……。
「やったあ!来栖川先輩だあ!!」
「………………」釣れんか、このボケ。

 キレた。
「雅史」
「何、浩之?」
「ちぇいさー」
「うわあ、何するの、浩之!?」
 場所を代れば魚は釣れやすくなる。ここはボーズサイト。という訳で、ふっ、雅史くん、往生せいよ。
 俺は雅史を川へ蹴落とした。

「ひいろおゆうきいいいいいいいいいいいいいいい…………………」
 雅史は矢島同様川の流れに包まれ、これまた汚物の如く下流へと流されていった。

 ふっ邪魔者は全て消えた。これでこのサイトは俺一人のもの。雅史よ安らかに眠るがよい。
君の死は無駄にはせん。


 こうして場所を代えた俺はそのかいあってか、さっきまでのボーズが嘘の様に、バカスカ釣れた。
 戦績。葵ちゃんに綾香坂下の格闘技トリオ。それに加えて柏木梓に初音の柏木姉妹。森川由綺に緒方理奈と
いった芸能界コンビ。中には緒方英治に七瀬彰、フランク長瀬といったいらんもんまで釣れた。なかなかの大漁。

 しかし肝心のものがまだ釣れないでいる。
 そう、神岸あかり。俺の幼馴染。
 俺はあかりを狙って、ずっと座って釣り糸を垂らしている。
 俺はあかりが欲しい。あかりを釣り上げたい。
 しかし、あかりは今だ、釣れないでいる。

 夕日が紅く染まって、それでいて大きく見えた。
 でも、それがなんだかとてつもなく悲しげなものに感じたのは、俺の気のせいだろうか。


(完)