変心(前編) 投稿者: マイクD
 ある朝俺は布団から目覚めると、森川由綺に変身している自分の姿に気がついた。
 
 鏡を覗いてみる。いつもは短髪である俺の頭がロングヘア。でかい口が小さなおちょぼ口、
三白眼の目つきの悪い眼が二重瞼と垂れ目がちな大きな眼。広くなったデコ。ああ、これは元々だったな。
耳にはピアス。ああ、これも元々だったか。それに加えて、二つに膨らむ胸。くびれた腰。股間を触ると
ナニが消えてある。
 まさしくどこをどう見ても、森川由綺。謎である。あ、一度使ったな、このフレーズ。
 
 夕べ、連れと飲みにいっていた俺は、晩の1時頃下宿に帰宅し、へべれけになりながらTVをつけた。
TVには森川由綺が映っており、それを観ては由綺ちゃんと一緒にハミングしたり腰を振って
踊ったりした。「ヘイベイベー、もっと腰を振りな。お前のカスタード・パイは蜜で溢れかえってるぜ」
とか意味不明なことをまくしたてながら。それにしても俺がこんな台詞吐きながら踊ると、
思いっきり下品になるな、とかそんなことはどうでもいいことであって、それ以後のことは覚えちゃいない。
気がつくと布団の上に寝っころがり、俺は森川由綺に変身していた。
 とりあえず起き上がり、俺はタンスの上に具えてある置き時計に目を見やる。時間は10時23分。
結構寝てたんだな。

 さて、これからどうしよう? 
 幸い、今日は仕事は休み。慌てることはない。
 人によってはこの状況に慌てふためき、ゲシュタルト崩壊を起し、場合によってはフルチン、ああ下はないのか、
ともかく喚きながら外へ飛び出し、関係ない人間をかたっぱしから殴り飛ばしたり女を犯したり、ああレズプレイ
になるな、とか錯乱状態で街中を突っ走る。そういうのも有りだろう。
 が、案外俺はこの状況を楽しんでいる。面白いではないか。この違和感。この状況。俺は絶望の中に楽しみ
を見いだす癖を持ってる。あ、このフレーズも使ったか。
 それよりもヒマの方が、俺にとっては何よりも敵だ。何もすることが無いなんて俺には耐えられない。
イギー・ポップも言ってたもんな。『俺達の敵は退屈と無関心』だって。
 それはともかく何もすることのない俺は、森川由綺の身体でとりあえずオナニーを始めた。
「おっおっおっおっ」とか、オットセイのように声をあげながら。
 初体験の感想。とっっっっっっても、新鮮でした、はい。オナニーの詳細を描写すると、ワードパッドで書き込み、
A4サイズに印字して20枚、というとんでもない枚数になるためここには書かない。が、2時間ほど楽しませて
もらった俺は風呂に入り、チノパンと黒のチビTシャツに着替え、外をぶらつくことにした。こんな汚い下宿に籠って
いたって、しょうがないもんな。

 外に出たとしても、べつだん何もすることはない。俺は煙草を咥え背中を曲げて、のっしのっしと街中を
野良犬のようにうろつく。何だか人の視線がやたらと目がつくな。まあ、気のせいだろう。
 途中本屋に入り、「巨乳パラダイス」とか「Zubaaan!!」とか「オメガストア」などといった雑誌を立ち読み
して万引きしたり、レコード屋に入ってCDを万引きしたり、コンビニに入って食い物を万引きしたり、
道をひたひたと歩く野良犬に石を投げてみたりする。ん?なんか万引きばかりしてるみたいだな、俺。
 昼を回り、腹が減った俺はさっきコンビニで万引きしたパンとジュースを食い、煙草を吸いながらベンチに寝っ転
がる。空は晴れ上がり、雲一つない、澄み渡るような青空。涼しげな風が顔にたなびき、長く伸びた髪と睫毛と
鼻毛をたなびかせる。
 さて、これからどうしよう?とりあえず一眠りするかな。


 とか思ってると、突然車のクラクションのけたたましい音が響き渡る。周りに人はいない。どうやら俺に
発せられた音のようだ。俺はベンチから起き上がり、クラクションの方へ顔を向ける。
そこにはバカでかいベンツがでんと聳えていた。

「由綺さん、探しましたよ。こんなところで何をやってらっしゃるんですか?」

 ベンツから下りてきたのは、ワンレングスな髪、目つきは鋭いがどこか涼しげ、そして端正な顔つきの
スーツ姿をした美人で巨乳なお姉様。ん、何だ?俺に何の様だ?

「マンションの方へ出迎えに行ってもいらっしゃらなかったし、私、散々探したんですよ」

 ん?出迎え?何で?

「無断で仕事を放り出したりして、こんな自覚の無い行動をとられては困ります。午前のスケジュールは全部
キャンセルになりましたが、今からでも遅くないですから私と一緒に来て下さい。午後も仕事が詰まってますんで」

 どうやら話から察するに、彼女は森川由綺のマネージャーらしい。あ、そうだ、俺は今、森川由綺なんだった。
道理で街中をうろついてたら、人の視線がやたらと目につく訳だ。わっちゃー、まいったなこりゃ、はっはっは。

「何をブツブツと言ってらっしゃるんですか、由綺さん? さ、早く車に乗って下さい」


(後編に続く)