心臓疾患。僕の病名だ。
僕が入院してもう2年になる。15歳の時から。
入院してから一度たりとも、外の世界に出たことなどありはしない。
僕一人だけの一人部屋。
日々の検査が続く、毎日。
ただ己の職務に忠実で事務的に応対する医師、看護婦。
週に一度、僕の顔を見に義務的に訪れる、無機質な顔をした両親、
コンパクトCD、それにかけて聴くThe Smithのアルバムが3枚。
これが僕が外とかかわり、そして僕が持つ全ての世界。
普段から人見知りが強い僕だから、友人などいやしない。
特に欲しいとは思わない。うざったいだけだから。
何も、変わらない、日々何も変わらない療養の生活。
直るとも直らないともわからない不透明な日々。
僕は病気をただ一人の友人としてつきあい、日々を生きる。
ただ一人だけの世界で。
こんな僕だが、一つ楽しみを持っている。
窓の外を見る。
窓には道が写る。坂道。
ちょうど道は丘に上がるただらかな坂道になっており、ここを僕と同年代らしき学生達が、
学校への通学路に利用している。
そんな人々の顔を見、様々な想像をして僕一人で楽しむ。自分一人、勝手なことを想像して。
あの子はまだ1年生でちょうど部活動の帰りなのだなとか、一緒に帰り道を急ぐあの子は友達同士。
今話をしているのは今日のテストのこととか、自分がちょっと気になる男子のことなんだろうとか、
他人からすれば別に何でんないことを、一人で想像しては顔をにやけさす。
今日も道を通った、赤い、長い髪のあの子はおそらく僕と同い年。癖のあるもみあげが特徴的。
いつも元気にこの道を歩いている。
いつもスポーツバッグを手にして、それを振り回してはニコニコと、歌でも歌うかのようにしゃべくっている。
帰りの時間は少し遅いめ、多分運動系のクラブにはいっているんだろうか。
いつもは同じクラブだろう女の子と帰り道を歩いているが、今日は男の子と一緒に歩いてた。
男の子の方は穏やかな目つきでおとなしいといった感じ。ちょっと暗さを漂わせた雰囲気の男の子。対照的だな、女の子と。
僕よりも年下? いや、やっぱり同い年かもしれない。
赤毛の女の子はときおり男の子の肩をぱしっと叩き、口元に手を当ててけらけらと笑い転げる。
男の子は首をうなずいたり、はにかんだり、困惑といった感じの表情で相手をしている。
漫才で言うなら彼女はツッコミ、彼氏はボケといったところかな。いや逆かもしれない。
二人は恋人同士?ただの友達?でも僕には一生縁がないんだろうな。
別の日にみかけたあの子はショートカット。眼鏡を掛けて、いかにも優等生然といった感じの女の子。
ちょっと内気? いやおとなしいといいなおしたほうがいいかな。
目は垂れ目がち、それが彼女の穏やかな性格を表しているのかも。
彼女と一緒に歩くもう一人の女の子。彼女の友達か。ショートボブでしっかりした感じ。
眼鏡の子とくらべたら彼女は態度もきぜんとしており、大人っぽい。
なんて事いったら眼鏡の子に怒られるかな。
彼女らは文化系のクラブかな。二人の雰囲気からしても運動やってますといった感じには見えないもんな。
一見凸凹コンビといったところかな。二人とも全然タイプが違うし。あ、またこんなこといったら怒られるな。
何の話をしているんだろう。一方的にショートボブの子がしゃべっている風。
そして眼鏡の子はうんうんうなずいたり、目を細めて優しげに笑う。
お互いの好きな男の子の話でもしてるんだろうか。
また別の日にみかけたあの男。アゴ髭をのばし、チビTシャツとジーンというラフで汚いいでたち。
今日も女子高生をジロジロと見ている。まるで物色でもしているかのよう。
赤いTシャツには『LOSER(負け犬)』とロゴが大きく書かれてあり、雰囲気は怪しさ倍増てな感じ。
電気グルーヴの石野卓球でも意識しているのか似合わない顎鬚をはやし、ウロウロしている。
ひょっとしたらあれってマイクD?うわ似合わないグラサン掛けて、自分はイケてるとでも思ってるんだろうか。
結構いい歳してるようだけど、こんな昼間からブラブラしているような人間にろくなやつはいない。
あ、なんかお巡りさんに尋問されてる。
そんな何でんない一幕。僕は空想、妄想をふくらまし、一人にやける。
僕は絶望の中に楽しみを見いだす癖を持つ。
そんな中でも特に気になるのは、今日も向こうの坂道からこちらに向けて一人で歩いて来る、制服姿のあの子。
うつろ、というには余りにも透き通るような瞳。遠くから見ているだけでも吸い込まれていきそうな気分にさせる。
肌は白く、これまた透き通るよう。小さくつぶら、うす紅い野に咲く花のような唇。白銀色、とでも言うべきか、
他に形容する言葉が見当たらない綺麗な髪。
文字通り、ちょこん、といった表現がぴったりとはまる全体の印象。
深窓の佳人、とでも言った方がいいかな。人はそういうのかな。
小さないきものとでもいえばいいのか、それでは彼女に失礼かな、そのまま消えてしまいそうな彼女の印象。
僕はいつしか彼女が窓の外を通りがかり、会うのを心待ちにするようになった。
『会う』などといっても、別に実際に会ってる訳じゃないけどね。
僕は自分の空想の中で彼女と出会う。
やあこんにちは、今日もここを通りかかったね。
今日は学校どんなだった?ああそうなんだ。うまくやれてる?
いつも僕は君とここで出会うけど、君を見るたびに思うんだ。なんて綺麗な瞳をしているんだろうと。
それにその髪、君ってなんて綺麗なんだろうと。綺麗綺麗とバカみたいにくり返しているけど、
僕には他に言葉が見つからないんだ。警戒する?変な人だと思う?こんな僕を。
でもこれだけは信じて、君って最高に綺麗な女の子だっていうことを。ほんとに僕はそう思うんだから。
そう思わない奴は頭と目がどうかしてると思うね.。
そういえば僕は君の名前、知らないんだな。僕がつけてもいい?
そうだな、『ベル』なんてどお?
あ、笑わないで。ほんとに君を見た瞬間、ああこの子はベルなんだなって直感したんだから。
笑わないでよ。そんなにうけた?え、ただ可笑しいだけ?
それでもいいな、だって君の笑い顔だって最高にいかしてるもの。
やっぱり綺麗な女の子は笑顔が一番すてきだね。
君がベルなら、僕はさしずめセバスチャンてところかな。あ、また笑う。
いいさ、君の笑顔が見れるなら、僕はどんなことでもするよ。
なんだったらこのまま窓から飛び降りて、
君を追いかけてあの坂道を全速力で駆け出すことだって出来るかもね。
髪も瞳も綺麗だけど、君の唇はもっとすてきだね。ほんとにかわいい花みたいだ。
とてもやわらかそうだし暖かそう。君の手のひらも、とても暖かいんだろうな。
でも僕にはさわれないな。だって今の君は、僕の妄想の中の存在だもの。
それに君の輝きは、病人の僕には眩しすぎるよ。
君の手に触れるだけで、僕はきっと君の輝きで全身がとけちゃうかもしれない。
でも妄想の中なら僕はどんなことだってできるさ。
君の手を握り締め、空を飛ぶことも出来るし、この窓を飛び出してあの丘のてっぺんにだって走って行けるよ。
うん、そんなもんさ。
僕はねベル、君にキスするよ。
しようと思えば僕は世界中の女の子にキスすることだって出来る。
僕はこうしてベッドに横たわり、キスの練習をしている。
僕は常に自慰を行い、君を連想する。
君の吐息が僕の腹にかかり、その度に僕は絶頂に達する。
君は自分の妄想の写真をとったことがあるかい?
客観的になれるかな?
僕の口をふさぐ手。
窓にかかる手
君の髪にかさねる手。
僕の喉元にかかる手。
君の手は僕にとって凶器そのもの。
僕の胸を貫き、肺腑をえぐる。
でも僕がおとなしくして、君が抱きしめ合いたいのならそれもいいね。
どうだい、ベル。君とはきっとうまくやれそうな気がするよ、僕は。
僕は深海の底に沈む魚。
太陽の熱さと輝きを知らず、妄想という名の海の中、暗闇の奥深く沈み、
ベッドの上で一人寂しく一生を終える。
(Side B に続く)