どのくらいの時が流れたのか。どのくらいのストーリーが過ぎたのか。 プレイヤーは既に待ちきれない思いでいるだろう。この遅延の時を。 あれから様々な出来事が起こった。 俺の親父、柏木賢治の謎の死因。 俺達の周囲を胡散臭い目で探る警察。 立て続けに起る、無差別猟奇殺人事件。 それに関連するのか、梓の後輩、日吉かおりちゃんの失踪。 そして、柏木家に纏わる、「鬼」の伝説。 恐らくこれは物語上における必要不可欠な伏線であろう。 暗躍する、影。俺の目に見えぬところで蠢く、「もう一人」の「存在」。 最後に、プレイヤーにとっては最も重要な感心事であろう。 柏木の美人姉妹、千鶴さん、梓、楓ちゃん、初音ちゃん。 この4人の誰と恋仲になり、結ばれるのか。 一番やきもきしているのではないだろうか。 俺自身が一番やきもきしている。 ほおっておいてもらいたい。うらやましいだろう、プレイヤーは。 美人四姉妹に囲まれた、ハーレム生活のこの俺の立場を。 選り取り見取り食い放題、丼おかわり状態。 おお、男のロマン。夢。野望。目標。願望。意思。 はっはっは、妬め妬め、プレイヤー諸君。主人公の特権である。 うらやましいだろう。そうだろう、そうだろう。はっはっは。 おそらくラストの方では爛れた性の営みが彼女らと共に繰り広げられる。 それを思うと俺は股間を抑えずにはいられない。己の三角テントが天に向かって大きくそびえ立つモノを。 ・ ・ ・ 俺達柏木のメンツは今、朝食を取っている。 TVに流れるNEWSをBGVに、何気ない、なんでんない、ありふれた会話がなされる。 皆を母親のような暖かな目で見やる、千鶴さん。 俺にツッコミをいれながらも、ガツガツと茶碗メシをむさぼる、梓。 ただ一人、黙々と御飯をほうばるマイペースな、楓ちゃん。 くすくすと笑い、俺と梓の漫才をみては、一々と仲裁に入る、初音ちゃん。 俺は三杯目の飯を食おうと初音ちゃんに茶碗を渡す。 その時、TVのNEWSが流した言葉。 「昨日新たなる三度目の犠牲者が! 恐怖に支配され、恐れおののく住民! 捜査線を嘲笑う犯人!!地団駄を踏む警察!!地元住民から不満の声続出!!」 しんと静まり返る、食卓。 先程まで明るい雰囲気だったものが、一気に沈黙に支配される。 まずい。いかん。こらあかん。 俺はこの雰囲気を変えようと、話題を振ってみることに。 ここで選択肢がでる。 1. 「みんな、何ブルーになってンだよ。今ここで心配してもどうにもなるもんじゃないじゃん」 と、陽気な声ではっはっはと笑い飛ばす。 2. 「大変なことになってンなぁ」と、他人事のようにぼそっと呟く。 3. 「なあに、人間愛する心があれば大丈夫さ」とロッテンマイヤーさんはそっと僕の頭を撫でてくれた。 4. とりあえず俺の向い側の席に座っている千鶴さんとバトルだ! ふっ、君にはしばらくの間、眠ってもらおう。 5. 「醤油とって」と、初音ちゃんに言う。 おお、一気に選択肢が3つに増えているじゃあないか。 ナイスである。さすがである。OKである。All you good good people である。 前回プレイした時には、1と2しか選択肢としてでなかったのが、今回は3つも増えている。 前々回、1を選択した時はそのまま千鶴さんに殺される、所謂バッドエンディングに突入、俺を失意のズンドコに叩き込んでくれた。 前回は2を選択、結果、千鶴さん、楓ちゃん、初音ちゃんは犯人らしき奴に陵辱の限りを尽くされ、共に俺は惨殺。 所謂これもバッドエンディング。 と、言うことは、追加分の選択肢、3、4、5、にこそ、真実への道が開かれているに違いない。よっしゃー。 3。 何じゃこれは。こんなもん論外。 4。 俺はまだ死にたくない。おそらくこれも引っ掛けに違いない。逆に千鶴さんに切り刻まれ、「俺は薄らぐ意識の でそっと呟いた」などと言い、そのままバッドエンドに突入。ふっ、こんな単純な引っ掛け選択にかかる俺ではな いわ。 と、なると一番まともそうな選択肢、すなわち5だろう。丁度目の前にある冷奴に醤油をかけたかったところだし、 一番無難な選択肢ではないのか。 よっしゃ5だ、5。俺はためらわず、5を選択した。 すると四姉妹は顔色を変え、一斉に俺の方に顔を向け、各々が宣告を言い渡した。 「退場」 「退場」 「退場」 「退場」 突然音楽がなりだし、目の前に現れたのは熊の仮面を被った、筋肉隆々のマッチョな男が二人。 俺を二人して担ぎ上げ、そのまま、えいさえいさと外へ連れ出していった。 何だ何だこれは。こんなんでいいのか。いつものバッドエンドのタイトルロールはどうした。 俺はこんなマッチョな野郎共には用はない。放せ、肩が気持ち悪い。 しかしマッチョ共は俺のことなど無視。そのまま暗闇へと連れていき、やがて二人は姿を消した。 後に残ったのは俺一人。誰もいない、薄暗く、肌寒い暗闇。 ここはどこだ。ストーリーはどうなった。主人公は俺だぞ。主人公不在でいいのか。 主人公不在でストーリーが展開するわけがない。それが常識だ。 あの四姉妹とえっち、もとへ、救えるのはこの俺しかいないんだ。主人公がいなくていいのか。 誰も応えない。 沈黙が時を支配する。 とりあえず俺は立ち上がり、歩こうとする。 しかし、暗闇はどこまでも続く様子。どこまで歩いてもあるのは暗闇ばかり。 小一時間も歩き続けたのだろうか。延々と続く闇の中で俺は疲れはて、その場にへたりこんだ。 全てがどうでもよくなる中、ぼおっと目の前に拳ほどの大きさをした火の玉が現れる。 「よう来たのう」 火の玉が俺に呻く。 恐怖心よりも好奇心の方が俺を支配する。こいつは一体何なんだ。 「失敗したのう。 『退場男』」 「『退場男』?」 俺は火の玉に向かって応える。 「せや、お前の名前や」 「失敗ってどういうことだ?」 「選択肢や。お前は選んだらアカン選択肢を選んでもうた。せやから退場させられたんや」 「でもたかが『醤油とって』て、いう選択肢だぞ。それがいきなり退場させられる理由なのか?」 「せや」 たかがそれだけのことで退場させられたのか? 理解に苦しむ。 「じゃあ本当はどれを選択すべきだったんだ?」 「『6』や」 そんなもんなかったぞ。 「実は隠しコマンドとして『6.ンガ・チュル・ガウメ』という選択肢があの中にあってのう、それを選べばお前はあの 四姉妹と酒池肉林、ただれた性生活をおくって一生を過ごしましたとさ、めでたしめでたし、ちゅう隠れトゥルーエン ディングが見れた筈やったんや」 とってくっつけた様な火の玉の台詞。大体「ンガ・チュル・ガウメ」って何なんだ。 「『好きだ』ちゅう意味や」 「ンガ?」 「ンガ・チュル・ガウメや。どや、なかなかスウィートやろ。アイ・ラブ・ユーもスウィートやが『ンガ・チュル・ガウメ』の ほうがベリースウィートやで」 余計なお世話だ。ンガとかチュルとかいう方がよっぽどムードぶち壊しだと個人的に思うぞ。 「日本語でいうとそれは何と言う?」 火の玉が俺に向かって吐く。 「愛してる、だ」 「アイステル」 捨ててどうする。 「あ、い、し、て、る」 「ア、イ、シ、テ、ル」 「愛してる」 「アイシテル」 それでいいが、そんな気色悪いこと何度も言わすな。 「それでお前は一体誰なんだ?」 俺は火の玉に叫ぶ。 「あては熊男3号や」 何じゃそれは。ショッカーの改造人間か。 「1号2号はどうした」 「さっきお前を担いだ男二人が1号と2号や」 ふざけるな、仮面ライダーじゃないんだ。 そう言いながら、突然周囲が暗転する。 周りは枯れ葉が舞い落ちる森の中。その中に俺と熊男3号は立っていた。 なるほど。男をみると熊のお面を顔につけ、筋肉隆々のマッチョ、何故か腰に手をあててポーズをとっている。額には丸字で赤く、「3号」と書かれてある。 気持ち悪いからやめてくれ。 「さて、ほなら行こか」 「行くってどこへ?」 「次の世界や」 「次の世界?『痕』はどうなった?俺は千鶴さんや梓達の胸でまだ揉みしごかれてないぞ。冗談言うな」 「あんたも物覚え悪いのー。せやからさっき言うたやないか。あんたは退場させられた男やねんで。これ以上あそ こにおる訳にはいかんのや。サッカーでも野球でも退場させられた男は、その試合、再びフィールドに立つことは できへんのや」 「わかったようなわからないようなことをいうな。俺はあの梓の巨乳が捨てがたいんだ。楓ちゃんや初音ちゃんの、 あの何も知らなさそうなそぶりが非常にそそるんだ。俺色に染め上げてやりたいんだ」 「もうそのことは忘れ。次行く世界もなかなか捨てたもんやないで」 「次に行く世界?」 「せや。その世界は高校を舞台に繰り広げられる、愛あり涙あり笑いありSFありオカルトあり格闘ありドタバタあり の何でもこい、ボインちゃんも洗濯板もパツキンの外人もブルマァも眼鏡ッ娘も幼馴染も、各々のリビドーを満たし てくれるラブラブ青春学園バイオレンスアクションロマンや。どや、ええやろ」 「それは中々楽しそうだな。しかし俺は幼馴染とか、そういう王道物には、正直飽きたぞ」 「うーん、せやなー。これなんかどや。あんたにはすでに恋人がおるんや。その恋人はまだ駆け出しの新人アイド ル。彼女はやがて人気が出始めるが、それに反し、二人の間は疎遠になってゆき、引き離される。寂しさに心を引 き裂かれる思いのあんたは他の女に目移りし、そのままねんごろな関係になる。こっちも巨乳ありロリあり ショートカットありと、選り取り見取りやで」 「ほう、それはなかなかそそる設定じゃあないか。しかし今時アイドルっつうのも、なんかなあ…」 「つべこべ言いなや。どっちにすんねん。前者か後者か」 「うーん、………後者!」 「よっしゃ、ほなら頑張りな。今度は退場させられんようにな」 そういいながら熊男3号は去っていった。 後ろを振り向く。 ドラえもんに出てきた『どこでもドア』のようなドアが。 ドアにはネームが立て掛けてあり、そこにはこう書かれている。 『W.A』 俺は気を引き締め、ドアのノブを握り締め、開ける。 思えばこれが泥沼の始まりだった。 これまで経験したことのない、痛い痛い思いをするという、極めて自虐的な、マゾ的な遊戯の始まり。 俺は気合をいれ、ドアの中へ、その第一歩を踏み出す。 そこは雪の降る世界。 そして、雪の向こうには、七瀬彰が立っていた。 (完)