痴漢電車 夕下がりのわななき(後編 2) 投稿者: マイクD

「あらーーーーーーーーーーーー神岸さんだったの?」
それは私達の学校の上級生、来栖川財閥の令嬢、来栖川芹香さんの双子の妹さん、来栖川
綾香さんだった。
「あらーーーーーーーーーーーー誰かと思っちゃった。うちの学校の制服着て髪下ろし
ているから誰かと思っちゃった。いやーーーーーーーー意外な所であったわねーーーー。これがまた」
綾香さんはサングラスを下ろし、嬉々とした顔で私と対面する。でもなんで綾香さんが
こんなところでちちちちち……。
「ああ、何で痴漢なんかしてたかって?いやー相手の体をマサグル指使いね、痴漢行為、
格闘技のいい練習になるのよ、これが。え、なんの練習かって?そりゃあなた、運動神
経の強化に決まってるじゃない。え?それじゃ説明不足だって?うるさいわねー、この
話書いてるマイクDが格闘技あんまり詳しくないっていってんだから、そっとしといて
あげなさいよ。世の中にはアンタッチャブルなことも多々あるのよ。OK?」
誰に説明しているのか、ものすごく弁解口調な綾香さんのセリフ。

「それにね、初めは真面目な目的で痴漢してたら、なんか癖になっちゃってさー。
相手が喜んでんのか嫌がってんのか複雑な表情するじゃない。そん時なんかね、
ゾクゾクゾクゾクーてな、空手の試合の時に相手をKOする感覚? あれとそっくりそのまんま
同じものがクるじゃない。やーねぇやーねぇ。あらいやだ、あたしったらまるで
きんどーにちよーちゃんみたいね。この『やーねぇ』てセリフ。そのうち熊さんが突然、
『ノオオオオオウウウウゥゥゥゥ!!!!』とか『すてきよぉぉぉっ、お客さんッッッ!!!』
とか言ってマイク持ってシャウトしながら出てきたりして。って『マカロニ○うれん荘』
読んでなきゃ分かんないネタよね、それって。まーとにかく、それ以来、なんか病みつきに
なっちゃったのよね、あたし」
「あ、あのー、真面目な目的で痴漢って………」
志保とそっくりそのまんま同じな綾香さんの口調。
それにしてもなんで天下の来栖川財閥の、
しかもアメリカ帰りの御令嬢がそんな古いマンガを知ってるんですか?

「うるさいわねー、いいじゃない。財閥令嬢だってマンガくらい読むわよ。
いっつもいっつも小うるさいセバスやお爺様や家庭教師やその他モロモロが攻めたてて、
令嬢らしくしろ令嬢らしくしろって朴念仁みたく言うんだからさ。
ストレスの10トンや20トンも溜まるわよ。わかる?
ほんとにあいつら、刑事ドラマで刑事が犯人に向かって
令状つきつけてるような気分で言ってるに違いないわ。あらやだ、あたしって巧いわねー。
『令嬢』と『令状』を結び付けるなんて、さすがはあたし。ほほほ」
開いた口が塞がらない。
「それにこれくらいの役得いいじゃない。あたし本編でもメインキャラから
サブキャラに格下げされて、付録のソフトではエッチなCG入れられてるってな扱いだし。
まー幸いなことに、そのおかげで一部に人気でたみたいだけどさ」
きっとPS版では活躍させてくれると思います。

「てな訳で神岸さん、さっきの続き、よ・ろ・し・くー」
「え゛?」
「いやーあたしまだ不完全燃焼な気分でさー。さっき体触れた瞬間、びびびびびびび!
ってクるもんがあったの、実際。やわらかでなめりのある肌。ピカイチよピカイチ。
それが神岸さんの体だったとはねー。てな訳でよろしく」
「何が『てな訳で』なんですか!」
「だから決まってるじゃない。ち・か・ん・こ・う・い」
にたありと歯をむき出し、笑う綾香さん。
「待って下さい、そんな倒錯的な。私達は女同士です!」
「だからいいんじゃないのー。葵にもよくやってあげたもんよ。稽古中、どさくさに紛れて」
「だからといって何で私なんですか!?」
「だからさっき言ったじゃない。神岸さんの体に触れた瞬間、びびびびびび!
って、クるもんがあったって。これって神様があたしたちに与えてくださった運命ね。運命」
「私はノーマルです」
「ええやないか姉ちゃん。減るもんやあれへんし」
「減ります!それに綾香さん、セリフが大阪弁になってます」
「うっさいのー、マイクDがこういうシチュエーションの時は大阪弁の方がしっくりくるって
言っとるんや。ええからワシの女になれや」
気がつくと綾香さんは足を大股に開き、ガニ股姿で私の体を後ろから羽交い締めにしている。
「『ワシの女』って、綾香さん、男言葉です!」
「今はタダのおっさんや」
「吉本新喜劇の桑原和男みたいなこと言わないでください!!」
「細まいこと気にしなや。な?なんやったらおっちゃん、何でも買うたるで。
綺麗なおベベやネックレス、エルメスの指輪、Gucciのバッグ。なんぼもええで」
「いりません!」
「なんやったら牛も買うたるで」
「そんなものいりません!!」
「英国産の直輸入品や」
「そんなもの食べたら狂牛病になります!!!」
「ウルトラセ○ン全49話LDBOXセットはどや?
付録としてCSチューナーセットも付けたる」
その一言を聞いて、一瞬だけど私の体はピクリと動く。
「反応あったみたいやな」
「………やっぱりいいです!!!」
顔を赤くする私。

「無理しなや。ワシかて無理矢理すんの嫌やねんから。
それ以上拒むと実力行使にでるわよ、神岸さん」
いきなり素に戻った綾香さんのセリフを尻目に私が目にしたもの。
それは綾香さんが私の喉元につきつけた人差し指。
「神岸さん、『点穴』て言葉知ってる?人体のある部分、いわゆるツボを押さえると、
いろいろとその人の体に反応が起こっちゃうのよね。腕が動かなくなっちゃったり、
足が動かなくなっちゃったり、ものが喋れなくなっちゃったり、
場合によっては3日後に原因不明の死をとげたりね」
「な、何をするつもりですか、綾香さん?」
「あたしが今、神岸さんの首筋を人差し指で押さえてるでしょ。
ここ『麻穴』ってツボなのよね」
「……え?」
「要するに、あたしがここを思い切り押さえると、神岸さんの体は一瞬にして麻痺、
自分自身の意識通りには体が動かなくなるって訳」
「そ、そんな……」
「あたしも力尽くってのは嫌なのよね。でもこれ以上拒むんなら……」
「待って下さい!」
「麻痺された体で好き放題されるのと、自分の意思によって気持ちのいい思いするのと、どっちがいい?」
ほとんど脅迫としか思えない綾香さんのセリフ。顔は笑みを浮かべているが、言葉の節々
にドスが利き、迫力をおびている。私は青ざめ、ただただ恐れおののくしか術はない。
「お、お願いします……」
サイゴン陥落。
「あらー、いいの?悪いわねー、なんか無理強いしちゃったみたいで。ほほほほほ。
素直な神岸さん。ほんとにいい娘ねー。それじゃ、いただきまーす」

綾香さんは嬉々として、私の体をまさぐり始める。周囲の目を気にもせず。
「えーへへー、いい匂いねー神岸さんの髪」
くんかくんかと私の髪を匂いながら胸をもみしごく綾香さん。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
目をつぶり、必死になって堪える私。
「神岸さんって髪をロングにしても似合うと思うわよ。藤崎し・・」
「綾香さん、それ以上はヤバいです」
敵をこれ以上作ってええんかい、マイクD。
「細かいことはいいっこなし。そーれ、下はどんな具合かなー?」
そう言いながら綾香さんは私のすすすススカートの中に手を突っ込んできた。
「…………ふふふ、かーわいい、神岸さん。ちょっと湿ってるわよ」
「う………嘘です!」
「ほんとよ。ひひひ、なんだかんだ言っても体は正直ねー」
「いやらしいこと言わないでください」
綾香さんは私の背中に頬を擦り寄せ、くんかくんかと匂いを嗅ぐ。
「いい匂いねー。何の香水つけてるの?でも神岸さんには香水は似合わないわねー。
こんなのつけたらケバ子ちゃんよ、ケバ子ちゃん。やっぱり神岸さんはナチュラルスメル
が一番似合うわよ。繊細で、自然で、優しげで」
何だかバカにされているようで悔しい。
それって私がまだ子供っぽいって言ってるようなもんです。

「ほんと神岸さんってかわいいわー、こうしてちゃんと反応してくれるし、
体はやわらかいし。今朝触った女の子ねー、確か神岸さんと同じ学校の子だと思うんだけどー。
胸は神岸さんより大きいし、お尻だってガーンとでるとこでてるしでスタイルはいいんだけどー、
体が固いのよねー。ありゃ『岩石魔人』よねー。『岩石魔人』。『イワえもん』てのもいいかも。
あ、もちろん神岸さんはそんなことないわよ。胸はそんなに大きくな
いし、お尻もそうだし、あえて言わしてもらえれば幼児体形なんだけどね、体がとって
もやわらかいし、肌もすべすべしているからとっても女らしいのよ。もーすっごく男好
きのする体よねー。あーもー憎らしくなっちゃう。憎いからこんなことしちゃえ!」
綾香さんは私の耳に熱い息を吹きかけ、更に私の胸の先端にあたる突起物を、指先で小さくひねる。
「ひっ……………!」
全身に電流のような刺激が走る。
「ふふふ神岸さんって感じやすいのね。感度いいわー」
「か、感じてなんか………」
口とは裏腹に、あまりの刺激にとても立ってはいられない。
「お、堕ちちゃうよぅ………」
がたがたと体を震わし、目をつぶってぽろぽろと雫をこぼし落とす。

「堕ちちゃえばいいじゃない」
「え?」
「人間はね、堕ちることによって己の真実を見いだし、救われる、業多き生き物なのよ。
どうせ堕ちちゃうんなら、底の底まで堕ちちゃうことよ。そうすることによって神岸さん、
あなたは真実の自分の姿を発見することができるわよ。そーら、壁を壊して。あたしが
手助けしてあげる。Break on through to the other sideよ!」
綾香さんはそう言いながら、私の胸と耳をたえまなく刺激する。

だんだん全てのことがどうでもよくなってくる私。
このまま流されてしまいそうな私。
正直、この感覚はこれまで経験したことのない感覚。
そのまま倒れこむのも悪くはないな。
このまま堕ちてゆくのも悪くはないな。
そのまま別の世界に踏み込むのも悪くはないな。
ごめんなさい浩之ちゃん。貞操守れなくてごめんなさい。
天国のお母さん、あかりはあっちの世界に行っちゃいます。
て、お母さんまだ生きているんだけど。

「ちんぴょろすっぽーん」

え?

いきなり奇天烈な声が聞こえた。ふいと下に下げていた首を上にあげる。
目の前に現れたのは逆さになった志保の顔。
志保は吊り革の輪っかに足首をいれてぶら下がり、私の目の前に唐突に出没した。
私が綾香さんに散々責められている間、忘れさられていたはずの志保が、私の目の前に
現れた。まさしくこれこそ神出鬼没。けっしてマイクDが忘れていた訳ではありません。
流されてばかりいたけど、私は一気に我に返る。
「し、志保………!」
「はーい、あ・か・り」
この時ばかりは今まで悪魔の様に思えた志保も、翼の生えた天使に見えた。真剣に。

「今までどこにいたの、志保?」
「いやーさすがに何度も何度も変態ヤロー共をバッタバッタとブン投げてたらさー、
超絶美少女ファイターの志保ちゃんも疲れちゃってさー、列車の屋根の上に昇ってパンタグラフを
枕に昼寝してたのよね。するとさー急カーブに差しかかって、体が振り落とされそうになったのよ。
アタシ一気に目が覚めちゃったわねー。あとでここの運転手シメておかないとね。
乙女の安眠を妨害しやがってくそこら。まーそれはともかく、下の方からアンタの声と、
聞いたことのある声が聞こえてくんじゃない。するとアンタと綾香さん
が乳繰り合ってて、アタシゃびっくりこいたわよもー。あかりってそっちの気があった
のかってー。まーそれはそれで面白いからじっと見守っていたのよね。するとアンタの
隣にいる、このカピバラ女、人のことを『岩石魔人』とか『イワエもん』とか
『ケバ子ちゃん』とかまー好きほーだい抜かしやがって。何様だと思ってんのよ、え?カピバラ女」
列車の屋根によじ登っていたなんて、あんたはインド人かい。
黙って見守っとらんと助けたらんかい。

この志保のセリフを聞いて、激昂したのは綾香さん。
「ちょっと待ちなさいよ、長岡さん。だーーーれーーーーが、『カピバラ女』だっって?」
「あーーーらーーー、聞こえた?耳だけはいいみたいね。アタシゃてっきりそのお上品
な耳ン中、ガッポリと耳クソ詰まって聞こえてないって思ってたけど」
「おあいにく様、毎日耳は掃除してます。あたし」
「へーーーーーそーーーーーなのーーーーー!?毎日毎日『耳クソターーーーーイム!』
とかいって、やってんの?きっと綾香さんにとっちゃ一日で最も真剣に生きてる時間帯
なんでしょーねーーーーー」
「あんたと一緒にしないでよ!!大体何よ、その『カピバラ女』ってのは!!!!」
「知りたきゃ動物図鑑でも開いて確認することね。
アンタのお友達や御先祖様がたくさん住んでいるわよ」
「あんたマンガの読みすぎよ!!!」
「何だ、知ってんじゃん。『カピバラ』」
「ふん、マンガしか読まない知能指数48程度のバカ女に言われたかないわね。
人気係数最低値のクソ女に」
「かーーーーーーー!!!!いっちゃん人が気にしていることを!!!!!
大体アンタ、本編でもチョイ出のくせに、でかいツラしてんじゃないわよ。このホームベース女」
「人気最低の岩石魔人に、そんなこと言われたかないわね」
「ぐるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる」
「がるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる」
低レベルな二人の口ゲンカ。ほとんど小学生。野良犬の唸り声の様にうめき、
今にも噛つきそうな雰囲気。冷たい満員電車の中も、そのゾーンだけが熱い。
そして電車が駅に停車した。

逸早くホームに降りた志保と綾香さんは、視線を戦わせ、ぶつかりあう。
火花を散らし、睨みあう。さながらマカロニ・ウェスタンのワンシーン、ワンショット。
「ふっ、どうやら地獄を見に行きたい様ね、綾香さん」
「そのセリフ、そっくりそのまま返させてもらうわよ、長岡さん」
二人は睨みあい、それぞれファイティングポーズをとり、相まみえあう。
微動とも動かない二人。
綾香さんはさすが空手の有段者だけあって基本に忠実。足は馬歩、サンチン立ちで両手
を構え、ちょうど人間の弱点である身体のの中心線を守るように備えている。
志保は何を考えているのか左足一本で立ち、右足は膝を上げ、腕は少林拳でいうところ
の鶴の構えと言えばいいのか、ちょうど鶴が翼をはばたくかせるような感じで構えている。
どうみても独学で研究しましたという、まったく我流の拳法。
ピクリとも動かない二人。
1分が経つ。
2分が経つ。
3分が経つ。
4分が経つ。
今だ二人は動かない。
やがてホームに電車が入線する音が聞こえてくる。
ピーッと鳴らす、警笛の音と共に。
と、同時に二人は動いた。
同時に宙に舞い上がり、同時に足を上げ、同時に相打つ。

「やあぁぁぁぁーーーーーーーーっっっ!!!」
「ちぇいさぁぁーーーーーーーーっっっ!!!」

一点、火花が飛び散る。
赤く赤く光り、やがて消える。
ふと目をみやると、二人は対峙していた地点から降り立ち、膝を下ろしていた。
入線する電車。
振り向き、お互いを見やる二人。
其々の頬には赤い筋の様な線がついている。蹴りの跡。
血。血の雫がたらりと流れる。両者の頬から。傷口から。
綾香さんは指先で血を拭い、ぺろりと舐める。
志保もまた同様。手の甲で拭い、それを見やり、にやりと笑みを浮かべる。
「ふう、なかなかやるわね、長岡さん。素人にしては」
「ふっ、アンタもね、綾香さん。カピバラ女にしては」
まだ言うんかい、志保。
でも似てるかもしれない。
「その減らず口、嫌でも黙らせてあげるわよ、素人さん!!」
「『瞬殺の綾香』の名、伊達名かどうか見せてもらうわよ!!」

目にも止まらぬ攻防戦の光景が、私の目の前に繰り広げられた。
先制は綾香さんの、右中段からの逆突きから始まった。
志保の胸めがけて、綾香さんの右拳が突きにかかる。
すかさず志保は手首をはっしと握り、そのまま綾香さんの懐へと飛び込む。
虚を疲れた綾香さんは腹部へめがけ、膝げりをくらわそうとする。
志保は志保で危機を感じたのか、綾香さんの体を離し、後ろへ回ろうとする。
綾香さんはそのまま体を180度回転させ、右回し蹴りを志保に放つ。
それは志保の側頭部にめがけ、そのまま炸裂。
しかし右手で守っていたのか、ダメージはそれ程でもない様子。
志保も反撃に繰り出す。
痛みを抑えながらも、回し蹴りによって腹の側部ががら空きになった綾香さんめがけ、
そのまま左手の甲で打ち返す。
綾香さんはバランスをくずし、床に倒れる。
志保はその隙を逃さない。そのまま宙に飛び上がり、
倒れた綾香さんめがけ、二―ドロップを落とす。
しかし綾香さんも伊達ではない。とっさに隣に転がり、志保の空中落下から難を逃れた。
気の毒なのは志保。勢い余ってそのまま落下。膝をモロに床に打ち付けた。どんくさい。

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ、……これで痛み分けってとこかしら?」脇腹を抑える綾香さん。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ、……よねっ!」にかっと白い歯をむき出し、笑う志保。

再び攻防戦が始まる。
人間離れした、技と技の応酬。
綾香さんが裏で返せば、志保はそのまま表で返す。
志保が甲で返せば、綾香さんはそのまま乙で返す。
技と技とのせめぎ合い。言い方は単純だけど、すさまじい。言い様がない。

「蟷螂拳連勾手背襲!」
「パワースラム!」
「心意六合拳赤尻連拳!」
「ティルトスラム!」
「八極拳秘門長肘!」
「オックラホマスタンピーット!」
「洪家拳虎鶴双形拳!」
「ファイヤーバードスップラァッシュ!」
「……形意拳五行相剋拳……」
「フルネルソンバスタァアー!」
「り、六合大槍…」
「スタイナースックリュードライバー!」
「ね、ねえ長岡さん……」
「あによ?」
「どうしてあたしが難しい漢字の技で、あなたが優しいカタカナの技なの?」
「決まってんじゃん。アンタは拳法使い、アタシはプロレス技による応酬。そういう設定
だからよ」
「あの、いちいち技かけるのに、叫ぶの止めない? いいかげんあたし、舌噛みそうになるのよ」
「ネタ切れ?」
「そ…じゃあなくて、格闘の臨場感を損なうからよ!!OK?」
「Yeah!とか言ってる隙に、ちぇいさー!」
「あいたー、何すんのん! 卑怯よ長岡さん、いきなり肘うちくらわしてーーー!」
「勝ったもん勝ちよ! 格闘っていうのは」
「分かったような分からないようなセリフで煙に巻くの、やめなさい!!」

何度もくり返すが、まさしく技と技の応酬。
すさまじいバトル。ストリートファイト。
綾香さんはまだしも、志保は一体どこであんな技を身に付けたのだろう。
私には何も成す術はない。ただただおろおろするばかり。
二人を止めようにも止めようがない。私の取り柄は凶器じゃなくて料理だから。
うろうろおろおろと二人の周囲をグルグルと歩き回る中、突然光るものが目の前に飛んできた。
硬貨。
500円硬貨。間違いない。
すると今度は1000円札。
なかには2000円と豪気な人も。
どうやらお捻りらしい。
プラットホームにおける、大道芸と間違われている様だ。
拍手と歓声がホームに飛び交う。
そりゃそうだろう。花の女子高生が二人、取っ組み合いでストリートファイトを演じ、
しかもスカート、制服姿なもんだから。それ以上は、言わぬが花。
あ、どうもすみません、どこかの知らないお父さん。え、5000円?
こんなにいただいていいんですか? え? エエもん見せてくれたから、これくらい安いもんやって?
え、475円?消費税込み?細かいなー。金額少ないよ。お兄さん。
こっちのお兄さんは1000円。どうも有り難うございます。え?パンツは売ってないんです。
金額を見て見ると、結構入ってる。いくらになるのかな、売上金。
こんなんだったら雛山さんも誘ってくればよかったかな。彼女きっと喜ぶのに。
って全然よくない。
何をやってるの、神岸あかり。お金なんか拾っている場合じゃないでしょう。
今は即刻あの二人のケンカを止めさせないと。
しかし私の力ではどうすることもできない。
ああどうすればいいの?
天国のお母さん、あかりに力を貸して。
って、お母さんまだ生きてるんだけど。
私は無力の自分に涙し、ただただ落ち込むばかり。
取り敢えずやることがないので、近くの看板にパチキ、いやもとへ、頭突きを入れてみた。
夏至夏至夏至夏至夏至夏至夏至と。

「………………あかり、オメー何やってんだ、こんなところで」
どこかで聞いたことのある声。聞いただけでほっと心が落ち着く声。
私はふと、パチキ、いや違う、頭突きを止め、頭を上げる。
そこにはいた。
藤田浩之。
幼馴染の浩之ちゃんだ。
私の想い人の浩之ちゃんだ。
紛うことなき浩之ちゃんだ。
ほんまもんの浩之ちゃんだ。
パチモンじゃない浩之ちゃんだ。
.あの目つきの悪い、三白眼。
性格を形作る、硬そうな髪の毛。
栄養失調の様な、ひょろっとした風貌。
間違いない、浩之ちゃんだ。
「………オメー地獄を見に行きてーらしーな………」
しまった。いつのまにか声を出していたようだった。

「うわ〜〜〜〜〜ん、浩之ちゃ〜〜〜〜〜ん……」
私は声を上げて泣きじゃくり、浩之ちゃんの胸に飛び込んだ。
「浩之ちゃん、どうしてこんな所に?」
浩之ちゃんは頭を掻きながら、面倒くさそうに答える。
「ああ、映画の試写会券をお袋からもらったもんで、雅史と行く約束してたんだ。
でも雅史はクラブがあるからって事でことわって、んでオメーか志保でも誘おうと思って
たんだけど、学校終わるとオメーも志保も逸早く帰ったっつーじゃねーか。券もったい
ないし、しょうがないから一人で行こうと思って、こうして駅まで来たんだ。すると何か
ホームで大騒ぎしてんじゃねーか。『女子高生が取っ組み合いのケンカやってるぞー!』って。
で、面白そうだから覗いて見ると、オメー、志保と綾香じゃねーか。遠くではオメーが
お捻り貰うのに一生懸命になってるし」
あうううううう、やっぱり見られていたのね。しかもよりによって浩之ちゃんに。
浩之ちゃんは続ける。
「んで、まー、結構見ていて面白いし、下手に仲裁に入って殴られんのもやだし、
それ以上にあいつらと知り合いだと思われんのもやだし、
まー遠くから暖かい目で見守ってたんだな、これが」
あんたも見守るだけかい。友達やったら止めたれよ。

「で、一体何が原因なんだ?」
「うん、実は………」
私は事の一部始終を浩之ちゃんに話した。
朝、志保が通学電車の中で痴漢に遇ったこと。
そこから端を発し、志保が痴漢退治に乗りだし、痴漢に遇ったことがないという私を社会勉強と
称して、囮役にしたこと。
その中で河村君(仮名)を始め、多くの罪なき人々の犠牲者が出たこと。
そして痴漢の正体が綾香さんだったこと。
全てを話した。包み隠さず。

じっと私の目を見つめる浩之ちゃん。いつになく真剣な眼差し。
やだ顔が赤くなってきた。何だか心臓もバクバク鳴ってるし。
そんなに見つめちゃいや。浩之ちゃん。
でも浩之ちゃんはそんな私の想いを鑑みることもなく、少しずつ顔を寄せてくる。
や、やだ浩之ちゃん、こんなところで。人が見てるよ。
あ、いや……。
近づいてくる浩之ちゃんの顔。そして、手。
浩之ちゃんの手が私のおでこに触れる。とっても暖かい手。
そしておでこに激痛が走る。
浩之ちゃんは私のおでこを、指で力強く弾いた。いわゆる『デコしっぺ』というやつ。

「あいたーーーーっ!何するの?浩之ちゃん……」
私はおでこを手で押さえ、あまりの激痛にその場にへたりこむ。涙目をして。
無言の浩之ちゃん。
「ひどいよ、浩之ちゃん。何でこんなことするの?」
私は顔を上げ、浩之ちゃんに訴える。
見ると浩之ちゃんの顔は憐れみと嘲笑を足して2で割った表情をして、私を見つめていた。
「はぁぁぁぁっ……」
溜め息をあげる浩之ちゃん。
そして浩之ちゃんのとどめの一言が、私の頭と胸に突き刺す。

「………バカかオメー。オメーなー。オメーはオレと同じで徒歩通学だろうがよ。
家から歩いて25分!そんな距離だろーが。毎朝毎朝オレの家まで叩き起こしに来るし。
電車通学もしたこともないオメーが、どうして電車の中で痴漢に遇うんだ?
遇いようがねーだろーがよ」

……………………………………………
「……………」
……………………………………………
「……………」
……………………………………………

私は浩之ちゃんの言葉を聞いた時、一瞬にして全身と頭の中が真っ白になりました。
そうだ。そうだ。そうだったんだ。私は徒歩通学だったんだ。
毎朝毎朝、浩之ちゃんを起こし、一緒に歩いて学校まで行く。
何でそのことに、もっと早く気がつかなかったんだろう。
すると今までやってきたことは、一体何だったの?
私達、いや、私のやってきたことは、一体何だったの?
志保の口八丁に踊らされ、時代遅れなコギャルの格好をさせられ、綾香さんにいいよう
に体を持て遊ばされ、はたまた無関係な人々を川に突き落とし。
まったく嫌になる。こんな自分が嫌になる。
こんな単純な自分が嫌になります。
いいの?マイクD。こんなオチで本当にいいの?
3週にわたって繰り広げられ、前、中、後と三つに分けてまで書いたこの長い話が、
こんなオチでいいの? どう考えても、小説というものをなめているとしかおもえない。
天国にいるお母さん、こんな私でも、あかりでも生きてゆく資格があるんでしょうか?
て、お母さんまだ生きてるんだけど。

ああ、何も聞こえなくなってきた.。
ああ、何も見えなくなってきた。
目の前にいる浩之ちゃんが、霞んで見えて仕様がない。
遠くにはいいかげんファイトに疲れたのか、志保と綾香さんが床に寝っころがり、
指相撲で決着を付けようとしている仕草がかすかにみえる。ああ、もうなにがなんだか
わけがわからない。
遠くからまたあらたな電しゃがホームににゅうせんするおとがきこえてくる。
ああ、とうとうなにもみえなくなっきた。
なにもきこえなくなってきた。
いしきがとおのいてゆきます。
くやしいからこのへんで、とうとつにおわることにします。
みなさん、さようなら。

痴漢電車 −夕下がりのわななき− (完)