痴漢電車 夕下がりのわななき(前編) 投稿者: マイクD
私、神岸あかりが次の授業の準備をしようと席で教科書を整理していた時、突然私の耳
に入ってきた声は、私の親友長岡志保の私の名前を連呼するけたたましい呼び声だった。

「ちょーっとちょっとちょっとちょっとちょっとちょっとちょっとちょっとちょっとち
ょっとちょっとちょっとちょっとちょっとチョップちょっとちょっとちょっとちょっと
ちょっとちょっとちょっとちょっとちょっとちょっとちょっとりあかりあかりあかりあ
かりあかりあかりあかりあかりあかりあかりあかりありきっくあかりあかりあかりあか
りあかりあかりあかりあかりあかりあーしんどあかりったらあかりあかりあかりあかり
あかりあかりあかりあかりあかりあかりあかりあかりあかりあかりあかりあかりあかり、
聞いてよーアタシ今朝痴漢に遇っちゃったのよーーーーーーーーーーーーーーーーー」

いきなり直球ド真ん中に投げ込んできた志保の言葉。ストレートなのはいいけど、もう
少し小さな声で言えばいいのに、もう。ほら周囲の耳がダンボになってる。

・ ・・・・・。て、なに・・・・って、それ・・痴漢んっっっっっんんんんん!!!??

「そーそーそーそーそーそーそーそーそーそーそーなのよーーーー。聞いてよ聞いてよ。
ね。アタシさー今朝学校来る途中電車の中で痴漢に遇っちゃってさーってね胸とかケツ
とかアソコとかおもいっっきり触られちゃったのよねーあーもーチョームカつくーあら
やーねぇやーねぇ花の乙女が『ケツ』とか『アソコ』だなんてやーねー下品ったらあり
ゃしないマイクDのバカドエロってねでね電車の中でさー電車でGO !とか言っててMD
聞いてたのよねーするとさーロン毛でグラサンつけた男がアタシの胸をモミモミしたり
お尻サワサワしくんじゃないの満員電車でバレないって思ってさどさくさまぎれにこっ
ちが身動きとれないと思ってやーねぇやーねぇまるできんどーにちよーちゃんみたいア
タシってば男ってこれだから信用できないのよもう金払えって感じでさあーもーチョー
ブルー入ってんのよアタシ朝からこんな目に合ってさーBGMはAsianDubFoundation
聴きたいってシチュエーションででも男も見る目あるわよねーやっぱ超絶美少女の志保
ちゃんって狙われやすいのよねースタイルいいしグンドンバンって感じで出るとこ出て
るしもう近くで見たらどんな男だって触りたくなるわよねーって別に触られたい訳じゃ
ないんだけどさああそういえば痴漢に遇った女性の比率って9割らしいんだけどさー残
りの1割ってどんな人なのかなーきっと夜は墓場で運動会してるような人か世界文化遺
産指定的な人ってゆーかさーかわいそーよねーそれはそれでって、あかり聞いてる?」

Hip HopのMCの様に一気にまくしたてる志保を前に、私はめまいを覚える。
そしてもう一つのめまい。それは脳天を突き刺すような志保の最後の言葉。

「ねえ、どうしたのあかり。アンタもブルー入ってんじゃん」
腰に手をあてる志保。「アンタも」って、志保の場合、そんなにブルー入ってるように
見えないけど。
「・・・・私、その1割の一人。・・・夜は墓場で運動会やってて、世界文化遺産に指
定されるような人・・・・」
蚊の泣く様な声でうつむきながらつぶやく私。
「へ?」

「・・・・私、い、今まで、ち、痴漢に遇ったたたここことないのののの・・・」

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ
えええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!
嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘ウッソ――――っっっ!!!!?」
「ほ、本当なの志保・・・私、志保が言った、は、墓場で、う、運動会やってる世界文
化遺産の一人・・・」
「そそそそそそそそそそそそそそれマジでぇぇぇぇ!!!!?????」
「志保、しつこいよ。符号の使いすぎ。それに表現過剰」
「文句ならマイクDに言って。アンタの言語中枢、変って。それよりもあかり、アンタ
マジで痴漢に遇ったことないの?」
「う、うん・・・・」

私は志保がさっき言った『夜は墓場で運動会をしている世界文化遺産的な人』という言
葉が妙に心にかかった。自分は女性としての魅力に欠けているのだろうか、と。
私は確かに志保に比べると、性格も容姿も考え方も子供っぽい。服も地味だし、取り柄
と言えばお料理しかない。
痴漢に遇わないということは、それはそれでいいんだけど。遇わないに越したことないし。
でも変な例えだけど、遇ったことがないと言われればそれはそれで、私が女性としての
魅力に欠けるのではないのだろうか?
幼馴染の浩之ちゃんが私にの方に振り向いてくれないのも、私が子供っぽくて女の子と
しての魅力を何も感じてくれないからなのかな?
私って考えすぎなのかな?
私は一生結婚できないのかな?
私は一人寂しくちゃぶ台に向かってチリメンジャコのお茶漬けを食べなければいけないのかな?
私は最後の一瞬を一人寂しく老人ホームで猫や犬にみとられなければいけないのかな?
私はそんな被害妄想的な考えにとりつかれた。一瞬にして。

志保は続ける。
「でも確かにねー、あかりって結構幼児体形だしロリー入ってるし田舎の中学生って感
じだし高校生って言われれば相手も首傾げるわよねー。ま、一部のマニアな人だったら
引っ掛かるかもね。『どーれオジサンのたて笛もプイーって吹いてごらんー』って感じで」
ケタケタ笑いながら話す志保。妙におじさんくさい。
「志保言い過ぎだよ、それって・・・」
彼女はこの歯着せぬ言葉が災いし、幾人かの友人を失っているかもしれない。私はそう
確信した。
「んじゃ、いっちょ体験してみる、あかり?」
志保の目にきらりと閃光が走る。よからぬ事を企んでいる時の表情。
「え、な、何を?」
私は不安を覚える。
「決まってんじゃん。は・つ・た・い・け・ん」
「だから・・何?」
恐る恐る尋ねる私。
「ち・か・ん」
にたありと歯を出しながら、目を細くして笑う志保。何だか不気味。
「・・志保?」
「いやーアタシ正直チョームカついてんのよね。いくら魅力と美貌に溢れた志保ちゃん
に痴漢が目を付けるってのは分かるんだけどさー、こう電車に乗るたび痴漢に遇うとさ
ー。ね?そこでいっちょここらでガツンとカマシたらなアカンって思うのよね」
「志保それって危ないよ。相手は何するかわかんないし。それに志保だけでそんな痴漢
退治だなんて」
「だーいじょうぶよ。そこでアンタの出番って訳」
「え?」
「まず手順を説明するわね.。アンタはまず満員電車に乗る.。なるだけ挑発的な服装をし
て。そこで痴漢がやって来る。痴漢はアンタに痴漢行為を及ぼす。そこをこのアタシが
乗り込んで正義と愛と真実のの使徒シホラー推参!て感じで相手をピヨピヨにする・・・
て、こんなところ。どう、ナイスでイケてる作戦っしょ?」
「どうって志保、それって要するに私は囮になる訳じゃないの?」
「まあほぼそうね」
ケロリとした顔であっさり言う志保。なにを言い出すのよ。
「ほぼそうねって・・」
「だって痴漢に遇ったことないって言ってたじゃん、さっき。この際いい機会だ
から痴漢の一回や二回、経験しとくってのもいい勉強になるわよ」
「なんの勉強よ。そんな、ひとごとだと思って」
「社会勉強よ。社会の現実とかそういうのを知っておくのも、世間知らずのアンタには
いい勉強じゃない?」
冗談じゃないよ。そんなの社会勉強じゃないよ。それは単なる『恐いもの見たさ』。
「それにこれは言わば、福祉事業ね」
「福祉事業?」
「そ。女性の敵、社会のガンである憎っくき痴漢を退治とることによって、世の女性は
大喜び、アタシは憂さ晴らし、それに加えてアンタは社会勉強。これって立派に社会に
奉仕してるし、まごうことなき社会福祉じゃないの。今ナウでホットな。あらやだアタ
シとしたことが、『ナウでホット』なんて死語使うなんて、やーねぇやーねぇ」
「・・・・」
「これぞ正に一石二鳥ならぬ、『一石三鳥』ってやつね。ほほほ」
はっはっはと豪快さんに笑い飛ばす志保。でも私の立場は?

「そうと決まれば善は急げ!行動開始よ。ふふふ、放課後が楽しみねー」
「善は急げって、だから決まってないってー。私、まだ納得してないよー」

この時私は生まれて初めて、他人に対して「殺意」という衝動を感じた。



(中編に続く)