ほんの2cm 投稿者: マイクD
いつの頃からだろう。こいつが住み着きはじめたのは。
俺の部屋には一匹の虫が住んでいる。
いや、マルチが住んでいる。
体長がほぼ俺の親指ほどの大きさで、太さも大体それと同じくらい。
緑色の髪に、怪しげな耳当て、何故かセーラー服をを着込み、モップを持つ。
ミニサイズで一見ミドリムシ、しかし明らかにマルチ。
謎である。

いつから俺の部屋に住み着いたのか、それは俺も知らない。
気がついたら横にマルチがいた。
初めてこいつを見た時も、特に驚きという感情を表さなかった。
そこいら辺を徘徊するゴキブリや、飛び回る蚊程度の虫を見た時の感情しか
持たなかった。はあそうですか、これが全てだった。

こいつは掃除が好きらしく、あちらこちらをモップを持っては走りまわっている。
普段俺の部屋は阿鼻叫喚極悪非道地獄悶絶支離滅裂七国報生といった感じの
部屋で、とにかく、汚い。一人暮しをしている男なら判るだろう。ああいった感じの、
ものすごい、すさまじい、えげつない、キミそれアカンで的な部屋である。
ある日俺がバイトに疲れ部屋に帰るとそれが一変、これが俺の部屋かと思うほど
に凄まじい変わり様となっていた。思わず俺は部屋を間違えたと思いこみ、
隣の部屋へ行き、隣の部屋に住むお姉さんから悲鳴をあげられた。
これは嬉しいハプニングだったが。
それにしても何度見ても目を疑わざるをえない。これが俺の部屋かと。
第一に俺の部屋には花なんぞ飾ってなかった。そんなものを飾る趣味は
俺にはない。それが花瓶にさした花が、窓際に具えてある。
どうやって具えつけたというのか。あの体で。それにどこから手に入れてきたのだ。
それとトイレがきれい。友人から一つの便器で三人がいっぺんにケツをだして
用をたすという中国人民用便所よりも凄まじいというありがたくもない評価
を受けた便所が、一流ホテル並のソレに変貌していたのには心底たまげた。
おかげで俺は便をたしても落ち着かなく、返って便秘に苦しむという副作用を呼んだが。
あといろいろとあったが、いちいち持ち上げるときりがないので
これぐらいにしておく。

こいつといると、色々と退屈凌ぎが出来た。
俺は○ボロ一日40本喫煙というヘヴィスモーカーなのだが、
煙をだすたびにマルチはその煙を吸い、煙たがる。
面白いので今度はワザとマルチに向けて煙を吐いてやると、そのまま風圧で
吹き飛ばされ、煙とニコチンのショックで卒倒してしまった。
またある時などはゴキブリに追われ、涙を流しながら逃げ惑い、
逃げおおせたと思いきや、隠れた場所がゴキブリ取りの中で側には
ゴキブリ数匹と一緒にランデヴーといった具合になり、それを見た俺は思わず
笑い死にしそうになった。
またある時は、俺の机の上を掃除しているマルチの姿を見ているうちに悪戯心が
生じてきて、口でふっと軽く息をかけてやった。マルチは風圧で仰向けに倒れる。
そのまま胸の部分を人差し指の指先でくりくりとこねまわす。
いっちょまえに顔を赤くして、悶える様子のマルチ。手足をジタバタ動かせながら。
どうやら『感じる』という感覚をそなえているらしい。いっちょまえに。
そこから後は、紙面のスペースの都合によりカット。残念でした。

そういえば他にこんなことがあった。人間なら誰しも経験があるであろう、
何もかも上手くいかず、ただただ冴えないことばかり、やることなすこと
全て手詰まりの状態というやつだ。
俺はすっかり投げやりな気分になり、どうでもいいとばかりに布団の上に
寝転がり、時間を持て余していた。
目をつぶり、寝ようと思う。すると目元が何やらムズムズする。
目を開けて見るとマルチがいた。どうやら俺の涙を拭いているらしい。
うっとおしいので手で払いのける。マルチは壁に飛ばされる。
俺は再び目を閉じる。また目元がムズムズする。
目を開くとまたマルチ。今度はおはじきを弾く様な感じで飛ばしてやった。
三度目を閉じる。またまた目元がムズムズ。今度は何かさっきと違う感触。
目を開く。するとなんとマルチは舌をだし、俺の涙を舐めていた。
うっとおしいし、気持ち悪いので指先でぷちりと潰してやろうかと思ったが、
そんな動作をすることすらうっとおしいように感じ、払いのけるのはやめて、
そのままほおっておくことにした。
何故だか知らないが、少しだけ、ほんの2cmだけ心が休まった。
多分気のせいだろう。

マルチはまだ俺の涙を舐めている。

そして今日もマルチは俺の部屋に住み着いている。
今日も俺の机の上を掃除している。
だけど俺のの梓人形をどこかに隠すのは勘弁して欲しい。やめてくれ。
あれは俺の宝物なんだから。
どうやら最近は『嫉妬』とう感情も覚えたようだ。